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新入部員勧誘(2)

◆登場人物◆

・岡本千夏:高校三年生、文芸部部長。一人称は「わたし」。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。入学式を前に新入生の勧誘を計画している。

・那智しずる:文芸部所属の三年生。一人称は「あたし」。人嫌いで有名だが、学業優秀の上、長身でスタイルも申し分のない美少女。実は「清水なちる」の筆名で活躍する売れっ子小説家。

・里見大作:大ちゃん。高校二年生。文芸部にただ一人の男子で、千夏の彼氏。一人称は「僕」。2mを越す巨漢だが、根は優しいのんびり屋さん。その見かけに反して、手先が器用。今回はポスター制作担当。

・高橋舞衣:舞衣ちゃん。二年生。一人称は「あっし」。身長138cmの幼児体型。変態ヲタク少女にして守銭奴。毎度毎度、しずるをダシにしては金儲けを企んできた。今回は、新歓の取りまとめを買って出たのだが……、何か裏の目的があるのかも知れない。

・西条久美:久美ちゃん。高校二年生、双子の姉。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。髪の毛は左で結んでいる。かつて、大作に自分の気持ちを告白したことがある。

・西条美久:美久ちゃん。二年生、双子の妹。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。髪の毛は右で結んでいる。

   彼女達二人は、髪型で違いを出してはいるが、ほとんどの人は見分けられない。二人共オシャレや星占いが好き。新歓では、チラシ作りを担当している。









 今日は、四月五日。

 舞衣(まい)ちゃんの設定した、〆切の日だ。


 そう、〆切……。

 しかし、しずるちゃんは、テーブルの端っこでノートパソコンに向かって執筆を続けていた。


「え〜っとぉ、それじゃぁ、新入生勧誘のための作戦会議を始めます。み、皆、用意は出来てるかなあ」

 わたしは、チラチラとしずるちゃんの方を見ながら、そう言って号令をかけた。

「だ、だいじょぶ? しずるちゃん」

 今日まで、しずるちゃんは、朝から晩まで延々とパソコンのキーを叩き続けていた。傍から見ていても、スゴい集中力である。今朝も、わたし達よりも早くやってきて、作業をしていたのだ。

 その時、二言・三言しか話せなかったが、彼女の顔は少し蒼白くて、やつれて見えた。眼鏡のレンズの奥にある目元には、黒ずんだ隈があるように見えた。

「ホントに大丈夫っすか、しずる先輩。〆切、今日っすよ」

 舞衣ちゃんも、そう言った。しかし、彼女が心配しているのは、しずるちゃんの体調ではなく原稿の方らしい。

 それを察してか、しずるちゃんは、

「任せて。後、二万五千字。三十分で書き上げるわ」

 と、恐ろしい事を平気で言ったのだ。

 その返事に納得したのか、

「さっすが、しずる先輩っす。ギリで間に合うっすね」

 と、舞衣ちゃんは言った。

「当然!」

 と、しずるちゃんは、自信たっぷりに応えた。

「んじゃあ、千夏(ちなつ)部長、予定通り会議を進めましょうよ」

「え? ああ……そだね。始めよっか」

 わたしは、仕方なく舞衣ちゃんに促されるままに、会議を始めることにした。

「えと、皆、資料とか原稿とか準備出来てるかな?」

 わたしは、テーブルを見渡すと、確認をとった。

「あっしは、大丈夫っすよ」

 舞衣ちゃんが、元気に応える。

「私達も、準備出来てますぅ」

「僕も、オーケイなんだなぁー」

 双子の久美(くみ)ちゃん達も、大ちゃんも、準備出来ているようだった。

「じゃぁ、始めます。……舞衣ちゃん、進行役をお願い出来るかな?」

 わたしは、しずるちゃんとは反対側に座っている舞衣ちゃんに声をかけた。元々、この企画は、舞衣ちゃんが骨子を作ったのだ。先月の計画発表の時も、彼女に説明してもらった。

 折角なので、わたしは、今回の司会進行も彼女に任せてみようかと思ったのだ。

 そう、これは、OJT──オン・ザ・ジョブズ・トレーニングっていうやつだ。決して、楽をしようという訳ではない。

「了解っす。……では、今回の会議は、不肖、高橋(たかはし)舞衣(まい)が仕切らせてもらうっす。……んと、大ちゃん、部屋の明かりを落としてもらえないっすか」

 舞衣ちゃんがそう言うと、わたしの隣に座っていた大ちゃんが、のっそりとその巨体を動かした。ゆっくりと壁まで歩むと、電灯のスウィッチを操作した。窓のカーテンは、予め閉じてあった。光源を失った室内は、薄暗くなる。

 ノートパソコンの画面から漏れるバックライトの明かりで、しずるちゃんや舞衣ちゃんの顔が、薄暗闇の中にボウと浮かんでいるのが、ちょっと不気味だった。

「んじゃ、始めますっか」

 舞衣ちゃんは、そう言うと、テーブルの中央に据え付けたプロジェクターの電源をオンにした。フィーンと冷却ファンの回り出す音がして、機械のレンズ部分がチカチカと明滅すると、壁に貼り付けた白い紙にパソコンの画面が映し出された。


(ふーん、便利なもんだな。会議って、こうやってやるものなんだ)


 わたしは、昨年の末から急激に近代化した図書準備室に、驚いていた。

 去年の四月は、しずるちゃんと二人っきりだったから──って言うより、ほとんど、しずるちゃんがやってくれたから、こんな大掛かりな機械は使わなかったなぁ。

 その前の年は知らないけど、先輩達も、こんな豪勢なプロジェクターやノートパソコンは使っていなかっただろう。

 それもこれも、守銭奴=舞衣ちゃんの辣腕に拠るところが大きい。

 普通、ちょっとでも儲けたら、それを大事にとっておきたくなるだろう。しかし、舞衣ちゃんの凄いところは、儲けたお金を投資に使って、更なる利益をせしめようとする事である。

 実際、無線LANシステムとか、液晶プロジェクターとかを置いてあるのは、視聴覚室を除けば、生徒会と写真部くらいだろう。


 幾らするのか訊くのが怖かったけど、A2版の巨大カラープリンタとか、手書き原稿を読み取ってパソコン用のテキストデータにしてくれるスキャナーとか、高そうな機械も去年の年末くらいにバンバン買っちゃったのだ。

 その他にも、ふぁ、ファイルきょうゆうしすてむ? とか、プロジェクトかんり……なんだっけ? 忘れちゃったけど、わたしにはよく分からない先進の『あいてぃーしすてむ』なんてのが、図書準備室の隅っこにゴロンて置いてある真っ黒い金属の箱の中にあるんだって。それで、ええっと何だっけ? わたしの携帯アプリで『あくせす』? なんて事をすると、部員の原稿の仕上がり具合が分かったり、イベントの計画表が見えたり出来るようになっている。

 その上、原稿を流暢な日本語で読み上げて、誤字や送り仮名の間違いのチェックもしてくれる。

 前に舞衣ちゃんに、「このスマホアプリスゴいね」なんて言って褒めたら、「それはサーバーの文章解析エンジンで語句解析をして、音声データにコンバートしたデータを、単純にスマホのDA変換機で鳴らしてるだけっすよ」と、よく解らない説明をしてもらった。

 難しい事は全然解らないけど、兎に角スゴいものなんだな。


 その所為だろうか、最近は、他の部が文芸部に備品を借りに来ることが多くなった。

 わたしは直接関わっていないので分からないんだけど、どうやら貸す時に、何らかの見返りを要求しているようだ。お金とか取っていないと良いんだけど……。

 トラブルにならない事を祈っている。


 まぁ、そんなこんなで、作戦会議は、壁に投射されているパソコンの画面を見ながら進める事になった。


「んじゃぁ、最初は、千夏部長からお願いするっす。ポスターの方は、どうなったっすか?」

 最初の項目だ。

 わたしは目の前のノートパソコンを操作して、ポスターの原稿をロードした。

「ええっと、わたしと大ちゃんとで、掲示するポスターの原稿を作りました。舞衣ちゃん、わたしのパソコンの画面を出してくれるかな?」

 準備が出来たので、わたしは舞衣ちゃんに操作をお願いした。

「ういっす。ええっと、部長のはと……二番のポートかぁ。ポチッとな」

 彼女はそう言って、プロジェクターのリモコンを操作した。すると、白い紙を張ったにわか作りのスクリーンに、わたしのパソコンの画面が投影された。


(ああ、切り替わった。しかし、スゴいなぁ。どういう原理なんだろう。映画館みたいだなぁ。これで映画観賞会をしたら、シネマパークに行かなくてもいいよなぁ)


 なんて事を、ボーッと考えてたら、

「部長、どうしたっすか。さっさと進めて下せい」

 と、舞衣ちゃんに急かされてしまった。

「あっと、ゴメン。えっとぉ、画面を見て下さい。わたしと大ちゃんとで、掲示板に張り出すポスターを作りました。これは一枚目です」

 わたしは、慌てて説明を始めた。

 自分達で作った絵を、大画面で皆に見られるのは、少し恥ずかしかった。変じゃないかな?

「良いんじゃないっすか。良く出来てるじゃないっすか」

 舞衣ちゃんが、腕を組んで、分かったような批評をした。

「ええ、よく出来ていると思いますわぁ」

「キャッチコピーがステキですわねぇ」

 西条(さいじょう)姉妹の言葉に、


(ああ、こんなんで良いのか。良かった)


 と、心の内でホッとしたわたしは、次の絵に切り替えようとパソコンを操作した。

 投写された映像も、次の絵に切り替わる。

「あっと、これが二枚目ね。どかな?」

 ちょっとビクビクしながらも、わたしは皆の反応を待った。

「うんうん。良いんじゃないっすか。これ、大ちゃんが描いたんすか?」

 舞衣ちゃんが、眼を細めてそう言った。

「ああ、そうなんだなぁー。ペンタブを買ってもらったから、それを使って」

 大ちゃんが、いつもと変わりない、ぬぼぉーっとした感じで応えた。

 そうそう、おっきなペンタブも買ったんだっけ。わたしは大ちゃんの横で、ああだこうだと言っていただけだったけど。使い方、よく分かんなかったんだもん。

「オッケイ。久美ちゃん達、どっか直すところとかあるっすか?」

 うう、舞衣ちゃんて、まるで部長みたいに態度が偉そうだ。部長はわたしなんだよ。わ・た・し。

 何てことは、とても口に出しては言えないが。

「良いと思いますわぁ。ねぇ、美久」

「そうですわねぇ、よく描けていますわぁ」

 彼女達の批評に、舞衣ちゃんは満足そうに頷いた。

「じゃ、次の絵、お願いするっす」

「あ、ああ。じゃあ、次はこれね」

 わたしは、急いでパソコンを操作した。次の絵が投影される。


 そんな風にして、わたし達が作ったポスター原稿を皆で見て、良し悪しを評価してもらった。

 結果は、いくつかの言葉を直すだけだった。後は、カラープリンタで印刷して、生徒会でハンコを押してもらうだけだ。


(ふぅ。終わった。何か疲れたなぁ。去年って、こんなに苦労したっけ)


 取り敢えず、自分の番が一つ終わったので、わたしは胸を撫で下ろした。

「ポスターはオッケイっす。じゃぁ、次はっと……『宣伝用チラシ』っすね。これは久美ちゃん達の担当だったっすね。久美ちゃん、お願いするっす」

 舞衣ちゃんが、次の議題へと進める。言われた久美ちゃんは、自分のパソコンを操作していた。

 舞衣ちゃんもリモコンを操作して、映し出す画面を久美ちゃん達のマシンに切り替えた。

 壁に映し出された画面には、少女らしい可愛らしいイラストと、『文芸部』の文字が映っていた。

「わぁ、ステキだね。久美ちゃんと美久ちゃんとで作ったの?」

 わたしは、センスの良いイラストに、好感をもった。

「ええ。去年のチラシのデータがもらえたので、それを参考にして、久美と一緒に考えましたぁ」

「この前に見てもらった時の意見も、参考にしたんですよぉ」

『どうでしょうかぁ』

 彼女達の言葉には、ちょっとだけ、不安が含まれていた。

 まぁ、仕方ないか。初めてだもんね。

「んんーっと、だいたい良いっす。……えっと、でも、『ぶんがくにふれてみませんか』ってのは、平仮名じゃなくって漢字にした方が読みやすくないっすかね」

 そう舞衣ちゃんが、修正案を出した。

「え? でも舞衣ちゃん。前は、「平仮名にした方が親しみがもてる」って言ってたからぁ」

「そうですわぁ。それで、これに修正しましたぁ」

 二人は、少し不満そうに言葉を返した。

「えっ? そうだったっすかぁ。……そういや、そうだったっすねぇ」

 舞衣ちゃんは頭をひねると、まじまじと壁に映った画像を見ていた。

「えっと、修正前の原稿は残ってるっすか。有ったら見せて欲しいっす」

 彼女は、未だ納得がいかないようだった。

「ええ、残してますわぁ」

「ちょっと待って下さいねぇ。……これですわぁ」

 美久ちゃんが、パソコンを操作して、修正前の画像に切り替えた。

「う〜ん。そっか。……千夏部長は、どう思うっすかぁ」

 舞衣ちゃんは、わたしの方に話題を振ってきた。

「え? えっとぉ、どっちかな? どっちも、よく出来てると思うんだけど」

 わたしは、ついしどろもどろになってしまった。

「いや、最終決定権は部長にありますから。あっしは、平の部員っすよぉ」

 舞衣ちゃんが、しれっとして、そう言った。


(ううう、こんな時だけ、部長権限で決めろって。ズルイよ)


 わたしが考えあぐねていると、

「あたしは、前の方が良いと思うけど。全部を平仮名にしたら、間延びして見えたでしょう」

 という意見を出したのは、しずるちゃんだった。まだ、原稿を打ち込んでいる。いつ、久美ちゃん達の原稿を『見た』んだろう?

「そうですわねぇ。確かにしずる先輩の言う通りですわぁ」

「私も久美も、何か違和感があったんですけどぉ」

『そういう事でしたのねぇ』

 何か、二人も納得している。

「そう言われれば、その通りっすが……、千夏部長はどう思うっすか?」

 舞衣ちゃんも、しずるちゃんの鶴の一声に動かされそうになったが、尚もわたしの意見を確認しようとした。

「そうよ。千夏が部長なんだから、最後は千夏が決めて」

 そう言ったのは、しずるちゃんだった。

 でも、しずるちゃんがああ言ったら、敢えて違う方に決められないじゃない。責任だけ、わたしがかぶるのか。不公平だよ。

「じゃ、じゃあ、前の方の案で。いっかな、これで」

 結局、わたしも、しずるちゃんの意見に従った。

「分かったっす。じゃ、今映ってる案で決定っすね。久美ちゃん・美久ちゃん、これで決定稿にして欲しいっす。後で、量産して下せい」

 うう、チラシの原稿も決まってしまった。

 良いのか、これで。


 そんなわたしの思いを他所に、会議はどんどん進行していった。

 で、……結局、しずるちゃんの原稿の番が来てしまった。

「さて、文集の件すね。しずる先輩、原稿出来たっすか?」


(あああ、とうとう来てしまった。しずるちゃん、間に合ったのかなぁ)


 わたしが、今まで敢えて見ないようにしていた方向へ顔を向けた。

 その時、『タン』と一際力強い打鍵音が室内に響くと、

「出来たわ」

 と、澄んだ心地良い声が聞こえた。いつものしずるちゃんだ。

「さすがっすね。時間ピッタリ。勿論、校正済みの最終決定版っすよね」

 舞衣ちゃんがしずるちゃんの方を見て、ニヤリと怪しい笑みを浮かべた。

「当然。十分前に完成させて、八分で校正を完了したわ」

 顔を上げてそう応えたしずるちゃんも、不敵な笑みで以って返した。

「でも、サーバーに上げるのに七十五秒もかかってしまったわ。スループットが低いのね、きっと。大作くん、暇な時で良いから、SMBのバージョンとかを確認してみて」

 え、えすえむびぃ? なんだそりは。

「分かったんだなぁ。でもそれは、ストレージの方の影響だと思うんだなぁ。キャッシュを最適化して、版管理システムの更新タイミングを少し修正すれば、改善されると思うんだなぁ」

 え? 解るの大ちゃん。

「そうっすねぇ……、確かに。大ちゃん、あっしからも頼むっす」

「そうですわねぇ。ウインドウズでファイルを共有してますからぁ」

「通信プロトコルがボトルネックになる時がありますけどぉ。この場合は、書き込み遅延でしょうかぁ」

 え? ええ? 皆、知ってるの! 解らないのは、わたしだけなの。

「じゃ、そゆことで。良いっすよね、部長」

 舞衣ちゃんはそう言って、わたしの方を見てニッコリと笑みを浮かべた。

「あ、あ〜と。うん、その通りだね。わたしからもお願いするよ、大ちゃん」

 あああー、言ってしまった。何でこんなところで、見栄なんか張っちゃったんだろう。

 わたしは、胸の内で後悔しながらも、隣の大ちゃんを見上げた。きっと、わたしの顔は引きつっていたに違いない。暗くて良かったぁ。

「えーっとぉ、分かったんだなぁ。今日の夕方には、調整出来ると思うんだなぁ」

 と、大ちゃんは、わたしを見下ろしながらそう言った。

「さすがね、大作くん。よろしく頼むわ」

 しずるちゃんの賞賛の言葉に、

「えっと、それ程でもないんだなぁ」

 と彼は、頭を掻きながら応えた。

「い、いや、大ちゃん。充分スゴイ事だよ。さすがだよ。大ちゃんは、もっと自分を誇っていいよ」

 わたしは、思わずそう言っていた。何でも解っているようなしずるちゃんに、少し嫉妬したからかも知れない。

「ええー。そうですかぁー。でも、千夏さんに誉めてもらえて嬉しいんだなぁー。頑張って倍速……いや、三倍速に挑戦してみるんだなぁー」

 少し赤くなって、わたしには理解不能な暗号でしゃべる彼の顔を見て、こう決意した。


(よしっ。帰ったら、いんたーねっとで勉強だ。わたしも部長らしいところを見せなくちゃ)


 しかし、これがどんなに無謀な事であるかを思い知るのは、真夜中を過ぎた頃であった。




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