新入部員勧誘(1)
◆登場人物◆
・岡本千夏:高校三年生、文芸部部長。一人称は「わたし」。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。入学式を前に新入生の勧誘を計画している。
・那智しずる:文芸部所属の三年生。一人称は「あたし」。人嫌いで有名だが、学業優秀の上、長身でスタイルも申し分のない美少女。実は「清水なちる」の筆名で活躍する売れっ子小説家。
・里見大作:大ちゃん。高校二年生。文芸部にただ一人の男子で、千夏の彼氏。一人称は「僕」。2mを越す巨漢だが、根は優しいのんびり屋さん。その見かけに反して、手先が器用。
・高橋舞衣:舞衣ちゃん。二年生。一人称は「あっし」。身長138cmの幼児体型。変態ヲタク少女にして守銭奴。毎度毎度、しずるをダシにしては金儲けを企んできた。今回は、新歓の取りまとめを買って出たのだが……。
・西条久美:久美ちゃん。高校二年生、双子の姉。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。髪の毛は左で結んでいる。かつて、大作に自分の気持ちを告白したことがある。
・西条美久:美久ちゃん。二年生、双子の妹。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。髪の毛は右で結んでいる。
彼女達二人は、髪型で違いを出してはいるが、ほとんどの人は見分けられない。二人共オシャレや星占いが好き。新歓では、チラシ作りを担当している。
・中里さん:三年生。写真部の新部長。しずるや構内の美少女の写真を厳選した『フォトアルバム』を企画している。
四月だ! 春だ! 新年度だ!
わたしとしずるちゃんは、三年生になった。
学校は未だ始まっていない。今は春休み。でも、校内は賑わっていた。どの部も、新入生を部活動に勧誘する準備をしているのだ。
温んできた春の木漏れ日が照らす中庭を眺めながら、わたしは茶葉が開くのを待っていた。未だ十一時。お昼ご飯にはちょっと早い時間。それでもわたしは、一服しようと、皆に提案していた。
「そりゃ良いっすね。そろそろ、飽きてきたところっすからぁ」
舞衣ちゃんは、テーブルにくっつけていたオデコを持ち上げると、眠そうにそう言った。
「そうですねぇ。私達も、そろそろ煮詰まって来たところですからぁ。ありがたいですわぁ」
双子の姉の西条久美ちゃんも、こちらを向くと、そう言った。
「うん。そろそろ、お茶も淹れ時だよ。しずるちゃんも、お茶するよね」
わたしは、テーブルの端っこでノートパソコンのキーを連打している美少女に声をかけた。
彼女は、超スピードで打鍵しながら、
「ううううう。そんな暇、ある訳無いでしょう。見ていて分からないの!」
と言ったきり、再び押し黙った。後に残るのは、キーボードの音ばかり也。
「まぁだ出来ないんすかぁ、しずる先輩。〆切、明後日っすっからねぇ」
舞衣ちゃんの言葉に、一瞬、キーを叩く音がと切れた。そして、「ギリッ」と歯噛みする音が聞こえたような気がした。だが、次の瞬間には、激しい打鍵音が復活した。
「舞衣ちゃん! しずるちゃんは、舞衣ちゃんの持ってきた仕事を仕上げるので手一杯なんだよ。そっとしといてあげようよ」
わたしは、しずるちゃんの隣で頬杖をついている彼女に、注意した。
「はぁーい」
舞衣ちゃんは、しずるちゃんの方をチラリと見ると、そう言って再びテーブルに突っ伏した。
もう、しようがないなぁ。わたしは、彼女の傍若無人さに呆れると、ティーポットを手に取った。
「久美ちゃん、美久ちゃん、ちょっと手伝ってー」
わたしは、人数分のティーカップにお茶を注ぎながら、双子の西条姉妹に声をかけた。
「分かりましたぁ」
「ただいま、参りますぅ」
二人の返事がすると、パタパタと足音が近付いてきた。彼女達はわたしの隣にやって来ると、お茶の注がれたカップや、砂糖の入ったポットなどを、手際よくお盆に乗せ始めた。
さすがに一年も経つと、勝手が分かっている。
わたし達は、お茶・その他を持ってテーブルまで行くと、それぞれにカップを配っていった。
「大ちゃん。大ちゃんのだよ。大ちゃんは、お砂糖もミルクも入れないんだよね。わたしと、おんなじ」
わたしは、いの一番に、愛しの大ちゃんにカップを持って行った。彼は大きいだけに、ティーカップも大きい物にしてある。
「ち、千夏さん……あ、ありがとうなんだなぁー」
いつものヌボォーとした、しかし、ちょっとだけ照れの含まれた言葉が返って来た。少し、顔が赤くなってるかな。
大ちゃんは、自分用の大きなティーカップを手に取ると、未だ熱い紅茶を一口すすった。
「おいし?」
わたしは、下から大ちゃんの顔を覗き込むと、お茶の味を訊いた。彼は、しばらくして、もう一口紅茶を口に含むと、しばし考え込んだ。
そして、わたしの方に顔を向けると、
「う、うん。美味しいんだなぁー」
と、感想を口にした。
(うん、上出来)
わたしは、彼ににっこりと笑いかけると、次はしずるちゃんのところに行った。
お盆に乗せてあったティーカップを、仕事の邪魔にならないように、ノートパソコンの左側の少し離れた場所に置く。そして、小声で、彼女に話し掛けた。
「しずるちゃん、お茶、ここに置いとくね。良かったら、飲んでね」
すると、彼女は超スピードで打鍵しながらも、首を少しひねってこちらに目を向けると、
「ありがとう、千夏」
と、言ってくれた。しかし、その後は、再びディスプレイに向き直った。首が振れた勢いで、ポニーテールの房がユラリと揺れる。それは、室内の明かりを乱反射して、少し艶めいているように見えた。濃紺のブレザーの襟元に、ほつれ毛がかかっている。その先には、白い……でも健康的な白いうなじが見て取れた。
わたしは、それに何だかエロティックなものを感じて、「ドキッ」とした。
「部長、どうしたっすかぁ。顔が赤いっすよぉ」
しずるちゃんの隣に座っていた舞衣ちゃんが、テーブルに突っ伏したまま顔だけ横に向けて、わたしに問い掛けた。
「あ、……ああ、何でも無いよ。しずるちゃんってスゴいなぁって思って。だって、もんの凄い勢いで、原稿が出来てくんだもの」
そう言いながら、わたしは、彼女の後ろをそおっと通って、舞衣ちゃんの位置に向かった。そうして、舞衣ちゃんの鼻の先にソーサーを置き、ティーカップを乗せた。
「熱いから、気を付けてね」
そう言うと、彼女は上半身を起こして、
「ういっす」
と応えた。改めて、テーブルのティーカップをソーサーごと、ズリズリと手前に引き寄せると、湯気の立ち昇るカップを覗き込んでいた。
「良い香りっすね」
舞衣ちゃんが、眼を細めてそう言った。
彼女は、テーブルの上から細い紙包みを取って破くと、中身の砂糖を半分ほどカップに投入した。ティースプーンでかき混ぜられているカップから、湯気とともに甘い匂いが広がるような気がした。舞衣ちゃんは、両手でカップを包むように掴むと、口元に持って行った。「ふーふー」と息を吹きかけて少し冷ますと、口をカップに付ける。そのまま、一口、二口、熱い液体を口に含んだ。
「う〜ん、美味いっす。さっすがは千夏部長。大ちゃんでも、この域に達するには、未だまだ修行が必要っすねぇ」
舞衣ちゃんはニヤリと笑みを浮かべると、そう感想を述べた。
「お茶請けもありますよぉ」
そんなところに、久美ちゃんが小袋に分けられたクッキーの入った籠を持ってきて、テーブルに置いた。そして、わたしにこう話しかけた。
「しずる先輩、大丈夫でしょうかぁ? ここ数日、朝から晩まで、ずっと原稿ですよねぇ。手首とか痛くならないんでしょうかぁ。私、心配ですぅ」
「腱鞘炎かぁ。作家や漫画家の、職業病みたいなものだよねぇ」
わたしが、小声で応えた。
すると、わたし達の会話が聞こえたのか、
「大丈夫よ。手首や指に負担のかからない打鍵方法をマスターしているから。それに、適度に休憩してるし」
と、しずるちゃんは、相も変わらずキーを打ち続けながら、そう言った。
そして、<カシッ>と、少しだけ強く【Enter】キーを叩くと、キーボードから両手を離して、大きな伸びをした。
「うーん……。少し、休憩するわ。一段落ついたし。……お茶、いただくわね」
そう言って、彼女は、丸淵の眼鏡にかかっていた前髪を直すと、左手を伸ばしてティーカップを掴んだ。そして、そのまま口元に運ぶと、まだ温かい紅茶を口に流し込んだ。
お化粧も口紅もつけていないはずなのに、しずるちゃんの唇はヌラリと少し濡れ光っているようで、未だ十代のはずの彼女に、大人っぽい色気を加味していた。
お盆を胸の前に抱きかかえてそれに見惚れていたわたしは、しばしの間、幻想の中をフラフラと泳いでいるような気がした。
「ん? 千夏、どうかした?」
しずるちゃんは、そんなわたしに気が付いて、声をかけてきた。
「え? ああ、何でもないよ。味、どお。美味しいと良んだけどな」
わたしは少し慌てて、そう応えた。
すると、彼女は微かな笑みを浮かべると、
「美味しくてよ。さすがは千夏ね。この味は、他の人じゃ、未だまだ出せないわね」
と、美味しいと言ってくれた。
「良かったぁ。しずるちゃん、だいじょぶ? 疲れてない?」
わたしも、久美ちゃんのように、彼女の事が心配だった。
「平気よ、千夏。今やっと、生徒会誌用の原稿が上がったところ。舞衣さん、サーバーにアップしたから、確認をしておいて。問題なければ、生徒会に持ってってくれないかしら」
しずるちゃんは、何でもないように、そう舞衣ちゃんに言った。
でもわたしには、眼鏡のレンズの向こうに、少し暗い色が見えたような気がした。
(きっと、家でもやってるんだろうなぁ。ちゃんと眠れてるのかなぁ)
わたしは、しずるちゃんが重度の不眠症である事を聞かされていた。睡眠導入剤無しでは、彼女は自力で眠る事すら出来ないのだ。
「何、千夏。ホントに大丈夫だから、そんなに心配しないで。それよりも、プリンタの方を見てきてくれないかしら。千夏の『スピーチ原稿』の印刷が出来ている筈だから。チェックをお願いしたいの」
わたし、そんなに心配そうな顔してたかな。でも、今のしずるちゃんには、余計な負担はかけさせたくない。それが、わたしを気遣ってのものだとしても。だって、わたしが文芸部の部長なんだから。
「うん、ありがと。早速、読んでみるね」
わたしはそう言って、お盆をテーブルの隅に置くと、トテトテとプリンタのところへ急いだ。
「さっすがっすねぇ、しずる先輩。順調に原稿が仕上がってるっす。何もかも、あっしのプラン通り。これなら、〆切りなんて楽勝っすよ」
部費で買ったノートパソコンで、出来上がったばかりの原稿を読んでいた舞衣ちゃんが、口を挟んだ。
それを聞いたしずるちゃんは、少しお茶に咽て咳き込んだ。
「大丈夫っすかぁ、先輩。しずる先輩の身体は、先輩一人のものじゃ無いんすからね」
と、舞衣ちゃんは聞いたふうな事を、真顔で言っていた。
「だ、誰の所為だと思っているのよ。舞衣さんが、月末に、撮影とか撮影とか、撮影とかを突っ込んできたから、原稿を書いてる時間が無くなったじゃない! それより、あなたの担当の分は進んでるの? 『特別号』に原稿を載せるのは、あたしだけじゃ無いんでしょう」
しずるちゃんは、険しい顔で舞衣ちゃんを睨んでいた。
「あっしは、大丈夫っすよぉ。久美ちゃんと美久ちゃんは、どおっすかぁ。明後日が〆切っすよお」
この期に及んでも、彼女は、少しのほほんとした調子で、二人に訊いた。
「えーっとぉ、私達は、あと半分くらいですぅ」
「新入生に配るチラシも、概ね出来上がってますからぁ」
『今は、文集の原稿を書いているところですぅ』
(おお、今日もハモった。双子ってスゴいなぁ)
わたしは、変なところで感心していた。
いや、それより、スピーチ原稿だ。忙しいしずるちゃんに、無理を言ってお願いしたんだ。ちゃんと読んで、自分で出来るところは自分で直さなきゃ。
そう思って、わたしはプリンタのトレイに吐き出されているA4の紙を手に取ると、内容に眼を走らせた。
数分後。わたしは、またもやしずるちゃんに敬服してしまっていた。
(直すところが、無い……)
彼女の原稿は完璧であった。去年のは、少し難しい言葉もあって、「新入生に伝わるかな?」とか思っていた。けれど、今年の原稿は、平易な言葉を使っていながらも、文芸部の事を余す事なく伝えるものだった。このわたしにでも、辞書無しで理解できたのだ。
わたしは、未だ一服してお茶を飲んでいるしずるちゃんのところまで戻ると、
「この原稿、すっごく良く出来てるよ。わたしでも、ふりがなも辞書も無しで分かった。一回読んだだけで、文芸部の事が解った。コレなら、部活動紹介で話しても、きっと一発で喰い付いてくれるよ」
と、賞賛の言葉を並べた。
「あら、良かったわ。千夏にそう言ってもらえて、嬉しいわ。じゃあ、ソレは、千夏に任せるわね。発表までに、ちゃんと練習しておいてね。……それじゃぁ、あたしは、次の原稿に取り掛かるかあ」
そう言って、しずるちゃんは、もう一度大きな伸びをすると、改めて椅子に座り直した。左手で、トレードマークの丸淵眼鏡の位置を直すと、両手をパソコンのキーボードの上に軽く置いた。そして、「フゥ」と一息吐くと、再度、もの凄いスピードでキーを叩き始めたのだ。
(ガンバレ、しずるちゃん)
わたしは、心の中で応援の言葉をかけると、空になったティーカップを、邪魔にならないようにそおっと片付けた。そのまま、忍び足で洗い物をシンクへと持って行った。
そして、今は午後一時半。
昼食後、わたし達はそれぞれに仕事を進めていた。しずるちゃんは? というと、食事もそこそこに、パソコンで執筆を続けていた。
(お昼、あんな少しで、しずるちゃんだいじょぶなのかな)
やっぱりわたしは、彼女の事が心配だった。かと言って、何か手伝える事があるかというと、「う〜ん」だった。
「こんにちはぁ。文芸部の皆さん、お時間よろしいですか」
そんな時、扉を開けて入ってきたのは、写真部の新部長である中里さんだった。
去年の文化祭の後、荒木先輩達から写真部を引き継いだのだ。
「あっ、中里先輩。待ってたっすよぉ。例の件でしょ」
応対したのは舞衣ちゃんだった。高校生の男子にしては、ちょっとだけ小柄ながらも、整った顔立ちの『美少年』である彼は、舞衣ちゃんのお気に入りだった。
しかし、『例の件』って、何だろ?
「お待たせぇ。やっとあがったよ。結構、ノイズが乗っちゃっててさぁ。逆光って難しいよね」
と言いながら、中里さんは抱えていた大振りのノートパソコンをテーブルに置くと、ディスプレイパネルを開いて、スウィッチを入れた。
「早く見せて下さいっすよぉ」
待ちきれない舞衣ちゃんは、中里さんの直ぐ側に寄ると、強引に画面を覗き込もうとした。
「おいおい、もうちょっとだから。待ってよ、高橋さん。近い。顔、近いから」
幼女に見えるとしても、舞衣ちゃんも女子である。顔面近くに寄られて、中里さんも、顔が赤くなっている。
「すぐだから、もうちょっと離れて。作業が出来ないから」
「そりゃないっすよ、先輩。早く、早く」
舞衣ちゃんを強引にどけながら、中里さんは耳まで赤くなってパソコンを操作していた。
「おおっ、出たっす。これこれ。イヒヒヒ」
パソコンに画像が出たのだろう、舞衣ちゃんが下品な笑いを浮かべながらディスプレイを覗いていた。
「中里先輩、やっぱコレっすよね。コレが最強っすね」
舞衣ちゃんは画面を指差しながら、中里さんに同意を求めていた。
「そうそう。やっぱりね、露出が厳しかったんで、使えるのはコレを含めて数枚なんだけど……。あ、岡本さん。岡本さんも、ちょっと見てくれないかな」
中里さんは、わたしにも声をかけた。
「あっ、はーい。何でしょうか?」
わたしが、彼の近くまで戻ると、次のように説明された。
「えーとね、聞いてるとは思うけど、写真部が新歓で配る『フォトアルバム』の件なんだ。決定版が出来たから、那智さんと一緒に確認して欲しくて」
あ、そなんだ。でも、しずるちゃんは……。
わたしは、今も鬼のような速度でタイプを続ける彼女を見やった。
それを察したのか、
「あたし、今、手が離せないから。千夏、代わりに選んどいて」
と、返事があった。
(う〜ん、良いのかなぁ。わたしなんかが決めちゃって)
「しずる先輩も、ああ言ってんだし、あっしらで決めちゃいましょうよ、部長」
舞衣ちゃんは、飽くまで強硬姿勢のようだ。
仕方がないので、わたしは、おずおずと中里さんの持って来たパソコンの画面を覗き込んだ。
「えっ、コレって……。コレは、ちょっとマズイんじゃないですかぁ」
わたしは、表示されている写真画像を見て、そう言うしかなかった。
「ええー。これしか無いっしょ、千夏部長。あんなに苦労して撮ったんだし」
舞衣ちゃんが、口を挟んできた。
「確かにキレイだけど……。だいたい苦労したのはしずるちゃんであって、舞衣ちゃんは何もしてないよね。いくらなんでも、この写真が載ったら、しずるちゃんはすんごくハズカシイと思うよ」
わたしは、しずるちゃんに忖度して、意義を唱えた。
各言う問題の写真とは、しずるちゃんが白のYシャツ一枚で窓際に膝立ちになって佇んでいる姿を撮ったものだ。逆光の為に細部までは分からないが、Yシャツの下が素肌だけであるような印象を受ける。
実際のところ、撮影の時には、舞衣ちゃんが嫌がるしずるちゃんを説き伏せて、強引にここまで脱がしたのだ。確かに、コレ一枚のために丸々一日潰したのだ。だけど……、コレはエロいよねぇ。
「あのおー、しずるちゃん。例の写真なんだけど……、やっぱり駄目だよね」
わたしは、念の為に、執筆中の彼女に訊いてみた。
「いいわよ、千夏が良ければ。あたし、今、忙しいの。そっちは任せたから」
と、そう返事をしたきり、パソコンに向かったままだった。
「あーと……、どおしよっか」
わたしが躊躇していると、
「千夏部長。しずる先輩も、ああ言ってんだし、良いんじゃないっすか。ねぇ」
と、舞衣ちゃんが強引に決めようとする。
「でも、コレはエロ過ぎでしょ。高校生には刺激が強いと思うの」
わたしは、何とか回避しようと努力していた。
「エロくないっす。これは、芸術っす」
「そう、芸術です。岡本さん、芸術なんですよ、これは」
「えっ、……うう」
わたしは、中里部長と舞衣ちゃんの勢いに、押し切られようとしていた。
「でもお、……先生達だって……、そう、生徒指導の先生が許してくれないよっ」
わたしは、最後の一筋の蜘蛛の糸にすがるように、そう意義を申し立てた。
「ああ、それなら大丈夫ですよ。生徒指導の吉岡先生も、うちの顧問の先生も大賛成してくれましたから」
(はぁ、……そなのかぁ。どしよっか……)
「部長、もうコレしか無いっしょ。しずる先輩も覚悟を決めてたんだし。先輩の努力に報いるためには、コレを世に知らしめるしか無いっしょ」
「そうですよ、岡本さん。芸術は、皆で共有されるべきなんです」
(ううう、そなのかなぁ……)
わたしは途方に暮れて、しずるちゃんの方をチラッと見やった。彼女は、ひたすらにキーボードを叩いていた。
(もう、しょーが無いっかぁ)
わたしは、「本人が良いなら、もういっか」って思った。
(知らないよ。しずるちゃんが良いって、言ったんだからね。はぁ……)
「分かったよ。もう、好きにして。でも、出来るだけ、エロくないのにしてね」
わたしは、ようやっとそれだけを口にすると、ガックリと肩を落とした。
「やったね♪」
と、舞衣ちゃんは小躍りして、中里部長とハイタッチをしていた。
(あああ、良いのかなぁ、これで。後から文句を言っても、後の祭りだよ、しずるちゃん。ホントに良んだよね)
わたしは、最終確認をするように、しずるちゃんの方を振り返った。
相変わらず彼女は、執筆を続けていた。
良いよ、もう。知らないからね。
「はぁ、……負けました。もうそれで良いから」
わたしは、それだけ言って、大ちゃんのところまで退いた。
(良いのかなぁ、これで。何か、大変な事になりそだけれど……)
こんな風に始まった新年度は、何か波乱が起きる予感を含んでいた。