年度末は大変(8)
◆登場人物◆
・岡本千夏:高校二年生、文芸部部長。一人称は「わたし」。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。4月を前に新入生の勧誘計画を立てようとしている。
・那智しずる:文芸部所属の二年生。一人称は「あたし」。人嫌いで有名だが、学業優秀の上、長身でスタイルも申し分のない美少女。実は「清水なちる」の筆名で活躍する売れっ子小説家。
・里見大作:大ちゃん。一年生。文芸部にただ一人の男子で、千夏の彼氏。一人称は「僕」。2mを越す巨漢だが、根は優しいのんびり屋さん。その見かけに反して、手先が器用。
・高橋舞衣:舞衣ちゃん。一年生。一人称は「あっし」。身長138cmの幼児体型。変態ヲタク少女にして守銭奴。毎度毎度、しずるをダシにしては金儲けを企んできた。今回は、新歓の取りまとめを買って出たのだが、その真意は……。
・西条久美:久美ちゃん。一年生、双子の姉。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。髪の毛は左で結んでいる。かつて、大作に自分の気持ちを告白したことがある。
・西条美久:美久ちゃん。一年生、双子の妹。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。髪の毛は右で結んでいる。
彼女達二人は、髪型で違いを出してはいるが、ほとんどの人は見分けられない。二人共オシャレや星占いが好き。どうも、隠れた才能を持っているらしい。
「ブブゥー、ップハァー」
豪快にお茶を吹き出す音が聞こえた。
「な、何すかぁ、しずる先輩。きたない、きたないっすよ」
わたしの目の前で繰り広げられていたのは、いきなり、しずるちゃんが飲んでいたお茶を吹き出して、立ち上がっているという光景だった。
左手にはティーカップを、右手にはA4サイズのプリントをギュッと握っていた。しかも、奥歯を噛み締めて、ワナワナと震えている。
「な、何よ、このスケジュール! こんなの出来る訳無いでしょう!」
しずるちゃんは、耳まで真っ赤になると、そう絶叫した。キラリと光る丸淵の眼鏡の奥からは、いつもの二倍くらいのキッとした眼差しが、傍らの舞衣ちゃんを射るように睨みつけていた。
「もうっ、何すか、先輩。きたないっすよぉ。ああ、こんなところにも……」
舞衣ちゃんは、そんなしずるちゃんを歯牙にもかけず、少し粘稠性のある液体をハンカチで拭きとっていた。
「あたしは、このスケジュールの事を言ってるの!」
彼女は、頭の天辺から火の出るような勢いで、舞衣ちゃんを叱責していた。
「へいへい。分かってます、分かってますよぉ。まぁ、取り敢えず落ち着くっすよ、先輩」
舞衣ちゃんは、しずるちゃんに生返事をしながら、尚もテーブルを拭いていた。そして、ひとしきり作業が終わると、彼女は立ち上がったままのしずるちゃんの方に顔を向け、ニコッと笑顔を作った。
「ねっ、キレイになったっしょ」
と、舞衣ちゃんに言われたしずるちゃんは、「ウッ」と呻いて一歩後退った。
そして、少し恥ずかしそうに目を瞑ると、
「あ、ええ。ありがとう。悪かったわね」
と、バツが悪そうに応えた。しかし、その一秒後には、はたと気を取り直して、
「そうじゃなくって、このスケジュールよ、スケジュール。ちゃんと説明なさい」
と、手に持ったプリントを振り回しながら、再び舞衣ちゃんに詰め寄った。
一方、舞衣ちゃんはというと、先程テーブルを拭いたハンカチを手に持ったまま、それを難しそうな顔で、ジッと見つめていた。
そのうち、彼女は首をくるっと回して、しずるちゃんに顔を向けた。
「先輩……」
何か思い詰めたような目でしずるちゃんを見つめる舞衣ちゃんに、彼女は怖気づいたように見えた。
「な、なによ」
舞衣ちゃんは、もう一度手に持ったハンカチを真剣な眼差しで見詰めていた。
「この、『しずる先輩の唾液』がついたハンカチ……幾らぐらいで売れるっすかねぇ?」
「…………」
「あ、あ、アホかぁ」
一瞬、呆気に取られたものの、今度こそ真っ赤っかになったしずるちゃんは、
「あなたって人は、あなたって人は、あなたって、ひ、と、わぁ」
と、舞衣ちゃんにダッシュで近寄ると、彼女が手に持っていたハンカチを強引に奪い取った。そのまま、舞衣ちゃんに背を向けると、グショグショに濡れたままのハンカチを上着のポケットにねじ込んでいた。
「あ、あっしのハンカチ……」
背中から聞こえた舞衣ちゃんの言葉に、しずるちゃんは、
「ああ、ごめんなさい。これは、新しい物を買って返します。気にしないで」
と、奮える声で返事をした。
「でも、制服が濡れるっすよぉ。大丈夫っすかぁ」
舞衣ちゃんは真面目な顔で、そう言った。
「…………」
そう言われたしずるちゃんは、二の句が継げないようだった。
彼女は、しばらくの間、黙って目を閉じていた。そして、一回深呼吸をすると、ようやく落ち着きを取り戻したようだ。
しずるちゃんは、もう一度くるりと反転して、椅子に座ったままの舞衣ちゃんに詰め寄ると、片手に持ったプリントを指差しながら、
「あたしが納得がいかないのは、このスケジュールよ。兎に角、ちゃんと説明して!」
と、怒りのこもった言葉をぶつけた。
「まぁ、まぁ、落ち着いて欲しいっす。最初から、説明するっすよ」
舞衣ちゃんは、怒り心頭のしずるちゃんをなだめすかせると、椅子に座らせた。
そして、改めて自分も椅子に座り直すと、こう言った。
「ええっと、お茶、飲みながらで良いっすから、あっしの説明を聞いて欲しいっす。あーと、お手元のプリントをご覧ください」
舞衣ちゃんの言葉に、わたしはテーブルに置いたプリントを見た。そういや、二人の騒ぎに気を取られてて、内容を全く見てなかったよう。さてさてぇ……。
「んじゃぁ、来月の新入生勧誘に向けての、作業スケジュールを説明するっす。先ずは、一つ目。『宣伝ポスター』の製作。これは、千夏部長と大ちゃんとで用意して欲しいっす。部長。部長は、去年にポスターを作った事があるんすよね」
舞衣ちゃんにそう訊かれて、わたしは、
「うん、そだよ。去年は、しずるちゃんに手伝ってもらったし。今年は、部で大判のプリンタが買えたから、印刷も楽だしね」
と、応えた。まぁ、実際、去年は、殆んどしずるちゃんがやってくれたんだけどな。
「オーケイっす。大ちゃんも、いいっすね」
「大丈夫、なんだなぁー。ち、千夏さんが一緒だからぁ……」
大ちゃんは、少し赤くなって、ちょっとばかしまんざらじゃない様子だった。つられてわたしも、赤くなってしまふ。
「ふむん。ポスターは、入学式前には生徒会の許可を取って掲示したいっすから、〆切は四月の五日にしといたっす。掲示前には、皆で確認しましょうっす。これで、一件目はクリア。良いっすよね、しずる先輩」
そう言って、舞衣ちゃんは、しずるちゃんを一瞥した。
「ま、まぁ、いいわ、そこは」
彼女は、腕を組んで目を瞑ったまま、オーケイを出した。
「んじゃぁ、次は、宣伝用のチラシっす。これは、久美ちゃんと美久ちゃんとで、作って欲しいっす。ええっと、百枚くらいで良かったっすよね、部長」
またもや、舞衣ちゃんに尋ねられて、
「あ、そだね。印刷は部のプリンタで出来るから。チラシ配りは、皆で協力してやろうね」
と、応えた。これも、去年はしずるちゃんが作って来たんだっけ。ええっと、確か、知り合いの絵師さんに頼んで、イラストを描いてもらったんだよね。キャッチコピーもしずるちゃんが用意してくれて、バッチリだったよ。
「ふむ。久美ちゃんと美久ちゃんは、大丈夫っすか?」
舞衣ちゃんは、双子の西条姉妹の方を見ると、確認した。
「大丈夫ですわぁ」
「任せて欲しいのですぅ」
と、二人共、笑顔でオッケイしてくれた。
「ところで、いつぐらいまでに作りましょうかぁ?」
と、姉の方の久美ちゃんが、ニッコリと笑って訊くと、舞衣ちゃんは、
「そうっすねぇ……これも、来月五日にするっすね。まぁ、刷る数が多いから、取り敢えず今月最終日までに原案を見せて欲しいっす。それで、ポスターと一緒に、部の皆で確認するっす。これで良いっすよね」
と言った。最後の言葉は、しずるちゃんの方をチラ見しながらだったが。
「分かりましたぁ」
「じゃぁ、私と久美で作ってみますねぇ。ね、久美」
「うん、美久」
と、チラシの方も、大丈夫のようだ。
はて、このスケジュールのどこに問題が? そう思って、わたしは、舞衣ちゃんの隣で椅子に座っているしずるちゃんを見やった。
ううう、……未だ機嫌悪そうに眼を瞑ったままだ。組んだ腕の上で、指が忙しなく動いている。
「んじゃ、これもクリア。三件目は、体育館での部活動紹介のスピーチっすね。これは、昨年通りに部長にお願いしたいっすが、……よろしいっすか?」
あ、スピーチかぁ。わたしは、ちょっと『ドキッ』とした。
「あ、うん。取り敢えず、わたしが部長だからぁ」
と、この場は応えておいた。
「去年の部長のスピーチ、きまってたっすよぉ。今年も、あんな感じでよろしくっす」
「でしたよねぇ」
「部長、ステキでしたわぁ」
と一年生達が言ったので、わたしは、恐る々々挙手をすると、次のように付け足した。
「ソレなんだけど。スピーチの原稿を作ったの、しずるちゃんなんだ。それで……」
と言って、わたしはしずるちゃんの方を見た。閉じたままの彼女の瞼の片方が、ピクっと動いた。ありゃ、ここが地雷だったのかなぁ……。
「そ、それでね。しずるちゃんさえ良ければ、今年も原稿をお願いしたいんだけどぉ……」
と、わたしは、おずおずと彼女に訊いてみた。
「そうっすかぁ。さぁすがは、しずる先輩。どおりで良く出来ているって思ったっす。先輩、お願いして良いっすかぁ」
舞衣ちゃんが、重ねてそう言った。
わたしは、ドキドキしながら、しずるちゃんの方を見ていた。
彼女は、少しイラッとした顔つきだったが、眼を瞑ったまま、少し首を縦に振ると、
「分かっているわ。やりましょう。八日まででいい?」
と、期日の提案をした。
「うーん、出来れば、これも皆が集まった時に確認したいんで、五日までに何とかならないっすかねぇ。本来は春休みで、時間もあることですっし」
と、舞衣ちゃんは、いけしゃあしゃあと言ってのけた。わたしは、今度こそ、しずるちゃんの逆鱗に触れたかな、と思ってビクビクしていた。
「仕方ないわね。じゃぁ、〆切は五日で。良いわね、千夏」
と、彼女は眼をじっと瞑ったまま、イライラした口調で訊いてきた。
慌てて、わたしも、
「あっ、ああーと。良いよ。だいじょぶ」
と、応えた。
ふぅ、どうやら、これも問題無さそうだ。わたしは、チラと舞衣ちゃんの顔を見た。彼女は、ニッとしたたかな笑みを浮かべると、次の項目に移った。
「オッケイっすね。じゃ、次。今度の新歓では、プラカードか看板を持って校内を回ろうと思ってるっすよ。えっと、運動部がよくやってるやつっす」
へぇ、プラカードかぁ。ちょっとハズカシイかも。
「あのぅ、その件なんですけどぉ」
今度は美久ちゃんから、質問が出た。相も変わらず、しずるちゃんは苦虫を噛み潰したような顔をしている……。
「何すか? 久美ちゃん」
え? 質問したの、久美ちゃんだっけ。
「はい。えっとですねぇ、そこまでして部員を集めなくても良いんじゃないか、って思うのですけどぉ」
「そうですねぇ。私も同意見ですぅ。さすがに、プラカードは、ちょっと恥ずかしいのですぅ」
ですよねぇー。わたしは、声にならない笑いを浮かべると、傍らの大ちゃんを見上げた。
「まぁ、そう言う少数意見もあるっすが。でも、皆、思い起こして欲しいっす。一年生部員の内、あっしと大ちゃんは、姉ちゃんに紹介されて入部したっす。あの勧誘で入部したのは、実質、久美ちゃんと美久ちゃんの二人だけだってことっす」
舞衣ちゃんはそう言って、生徒手帳を取り出すと、パラパラとページを捲り始めた。
「ええーと、規約によると、『部』として認められるのは、部員が五人以上。それに満たないと、『同好会』に格下げっす。この事を考えると、去年の勧誘活動は、かなり危うかったと判断できるっす」
と、冷静な顔で評価を下した。ううっ。まぁ、舞衣ちゃんの言う通りなんだけど。舞衣ちゃんは舞衣ちゃんなりに、理屈が通っている。
「その点については、あたしも同じ結論だわ。悔しいけど。多少の賑やかしは、必要と思うわ」
なんと、しずるちゃんが同じ意見だったとは。やっぱり目は瞑ったまま、不機嫌そうな様子だったが。
「さっすが、しずる先輩。そこで、今回は、大ちゃんにちょっと活躍してもらうっす。大ちゃんぐらいの上背があれば、何処にいても目立つっすからね。それと、……」
「それと、あたしも練り歩けって言うんでしょ。知名度じゃ、この中ではあたしが一番だからね」
と、しずるちゃんは、本当に嫌そうな口調で継ぎ足した。
(ああ……、この事だったのかな)
「はは、よくご存知で」
舞衣ちゃんが、頭を掻きながら、しずるちゃんに応えた。
「でも、今回、しずる先輩は、部室前に居て欲しいんす。先輩に校内を彷徨かれちゃ、人だかりで、動きが取れなくなっちゃうっす。と言う事で、宣伝は、大ちゃんと、久美ちゃん・美久ちゃんが交代でやって欲しいっす。看板とかは、あっしが担当するっすから。これも、来月の五日の日に確認するっすよお」
ほうほう、そうか。やけにあっさりしてるなぁ。でも、わたしは引っかかるところがあったので、口を挟んだ。
「で、でもぉ、大ちゃんが久美ちゃん達と宣伝に練り歩くのは、わたしとしてはちょっとぉ」
と、少し抗議をするように、異を唱えた。
だって、大ちゃんはわたしの彼なんだよ。大ちゃんが他の女の子と歩くのは、彼女として見過ごせない。
「ああっと、部長には申し訳ないっすが、部長が部室にいないと、入部届の受付が滞るっす。ここは、千夏部長には申し訳ないっすが、文芸部のために我慢して欲しいっす。それから、大ちゃんも」
舞衣ちゃんは、そう言いながら、両手を合わせてわたし達を拝むようにしていた。
「ぼ、僕は、ち、千夏さん一筋なんだなぁ」
と、大ちゃんは、少し赤くなりながら言った。高みから見下ろす眼が、わたしと合った。
「まっ、この件に関しては、舞衣さんの言う通りね。筋が通ってるわ。堪忍しておあげなさい、千夏」
うう、しずるちゃんまで、舞衣ちゃんの側に立って。
「……仕方がない。わたし、我慢するよ。部長だし。久美ちゃん……」
わたしは決心すると、テーブルの向こう側の久美ちゃんに声をかけた。
「な、なんでしょう……、部長」
久美ちゃんが、ちょっとだけ怯えた声で返事をした。
「大ちゃんに、変な事しないでね」
わたしの声も、少し震えていたかも知れない。
「えっ、……もう勘弁して下さいよぉ、部長。もう、変な事は考えませんからぁ。大ちゃんは、私の憧れの人ですけど、今の彼女は部長ですし。それより、大ちゃんを信用してあげて下さいな」
久美ちゃんは、ちょっと慌てて、そう弁解した。
「イタイわよ、千夏。千夏は、それでも上級生なんだし、部長なんだし。大人気ないわよ」
と、しずるちゃんからも釘を刺された。
「うう、ゴメン。大ちゃん、……信用してるからね」
わたしは、念を押すように、大ちゃんを見上げた。
彼は、少し真剣な目つきになると、「うす」と小さく応えた。
「もうソレくらいにしなさい、千夏」
ここで、しずるちゃんからストップがかかった。
(ううう。確かに、わたしも大人気なかったよなぁ。ハンセイしよう)
わたしはコクリと頷くと、下を向いた。
「それで、舞衣さん。あたしは部室の前で何をすればいいの? また、着飾ってポーズをつけていれば良いのかしら。それとも、脱がすの。未だ寒いから、水着は勘弁してくれないかしら」
と、しずるちゃんは、如何にも嫌そうに毒を含んだ口調で、そう言った。
「あは、先輩ったら。今回は、そこまで要求しないっす。やっぱり、『文芸部のしずる先輩』には、制服が一番似合うっす。中二病の制服フェチには堪んないっすよぉ」
あ、しずるちゃんの額に『激おこマーク』っぽいのが……。
やはり、これだったのかな?
「しずる先輩は、文集の『特別号』にサインをして欲しいっすよぉ。『清水なちる』って。あと、握手とか」
「結局は、それかぁ!」
しずるちゃん! しずるちゃんが怒ったぁ‼
「だから、いつも言ってるでしょう。あたしは、平和で静かな高校生活を送りたかったの。あたしは、芸能人じゃないわ。それと……」
これまで我慢していたのが一気に吹き出すように、しずるちゃんの言葉が続いた。
「この文集は何なの! 部員として、二千文字くらいの掌編を一つ。それから、『清水なちる』名義の寄稿文を一つ。その上、学校新聞に文芸部の紹介を兼ねて一文。生徒会の広報誌に、紹介文を一つ。放送委員会の学校放送のシナリオを二作。それから、写真部の『特報フォトアルバム』って何? それにも、詩かエッセイを寄稿って、何であたしだけこんなに仕事があるのよ。しかも、明日から撮影のロケとか、月末に映画部のミニシアター用の撮影だとか試写会とか何よ。無理無理無理。絶対にやらないからね」
ここまで一気に言ってのけた彼女は、肩で息をしていた。
はぁ……。確かに……凄い量だわなぁ。わたしは、プリントを裏返すと、スケジュールを示すガンチャートを見つめた。
あーあ、何てスゴい過密スケジュールだろう。これじゃぁ、しずるちゃんも怒るよねぇ。
「まぁまぁまぁ、落ち着くっす、先輩。多いって言っても、これまでも似たような過密スケジュールをこなしてきたっすよねぇ。ねっ、しずる先輩」
舞衣ちゃんは、あっけらかんに何でも無いように言った。
「大丈夫っすよ。あっしが、付きっきりで、マネージメントするっすから」
と、彼女は明るく、アハハと笑いながら言ってのけたのだ。
「そんな事が問題じゃなーい!」
しずるちゃんが、再び怒鳴った。
「あたしが我慢ならないのは、撮影とか撮影とか、撮影とかっ、て事よ。あたしも物書きの端くれだから、頼まれて納得したものなら、〆切までに原稿を書き上げるわ。全然、納得してないけどね。百歩譲って、サイン会とか握手会までなら、ギリギリ我慢します。で、でも、モデルはいや。もーいや! 勘弁して欲しいものね」
あー、そゆことか。
しずるちゃんは、写真に撮られるとか、映画を撮られるとかが、嫌だったのか。わたしも嫌だけど。恥ずかしいし。
「しかも何。この衣装合わせって。また、薄くて面積の小さい服を着せられるの? もー、ヤダ。もー、カンベンして。こんだけ大量の原稿書かされて、その合間に撮影とか、信じられないっ。ぜーったい、やらないからねっ」
しずるちゃんは真っ赤になりながら、舞衣ちゃんに抗議していた。
そんな彼女に、舞衣ちゃんは、
「先輩、落ち着くっす。だいじょぶ。だいじょーぶっ、すよぉ」
と、相変わらず、ノレンに腕押し、柳に風、と全く怯む様子もなく、ケラケラと笑っていた。
「ぜーったい、やらないからね!」
そんな舞衣ちゃんに、しずるちゃんは執拗に抵抗していたが……。結果は、分かるよねぇ。
ゴメンね、しずるちゃん。助けてあげられなくて。




