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年度末は大変(7)

◆登場人物◆

・岡本千夏:高校二年生、文芸部部長。一人称は「わたし」。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。4月を前に新入生の勧誘計画や受験勉強で大忙し。

・那智しずる:文芸部所属の二年生。一人称は「あたし」。人嫌いで有名だが、学業優秀の上、長身でスタイルも申し分のない美少女。実は「清水なちる」の筆名の売れっ子小説家。

・里見大作:大ちゃん。一年生。文芸部にただ一人の男子で、千夏の彼氏。一人称は「僕」。2mを越す巨漢だが、根は優しいのんびり屋さん。その見かけに反して、手先が器用。

・高橋舞衣:舞衣ちゃん。一年生。一人称は「あっし」。身長138cmの幼児体型。変態ヲタク少女にして守銭奴。毎度毎度、しずるをダシにして金儲けを企んでいる。新歓の取りまとめを買って出たのだが、その真意は……。

・西条久美:久美ちゃん。一年生、双子の姉。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。髪の毛は左で結んでいる。

・西条美久:美久ちゃん。一年生、双子の妹。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。髪の毛は右で結んでいる。

   彼女達二人は、髪型で違いを出してはいるが、ほとんどの人は見分けられない。二人共オシャレや星占いが好き。どうも、隠れた才能を持っているらしい。










 翌日は、よく晴れていた。


 三月も中旬を過ぎると、さすがに暖かくなってくる。この間まで冷たかった風も(ぬる)んで、歩いていると少しポカポカするようになった。

 サクラの花も、もうすぐかな。

 わたしは、街路に植えられている木々を見上げた。驚いたことに、サクラの蕾がもう膨らんでいて、殺風景だった枝に、ピンク色のアクセントが加わっていた。


(下ばっか向いてると、気が付かない事があるんだぁ)


 時間の経つのは早い。

 昨夜、しずるちゃんと相談したように、今回の新入生勧誘では、文集の特集号を出すことにしよう。これは、高橋(たかはし)舞衣(まい)ちゃんの提案だけどね。わたしは、割りと良い考えだと思っている。

 だって、文芸部だしね。それに、有名な小説家先生──清水なちる先生こと那智(なち)しずる嬢の文章が載っているなら、そりゃ誰だって欲しくなるっしょ。

 わたしは、心の奥で、少しニヤニヤしながら通学路を歩いていた。

 すると、角を曲がったところで、スラリとした長身の少女が制服を着て歩いているのを発見した。サラサラの黒髪を、ポニーテールにまとめている。後ろ姿からだけでも、ほっそりとしたその体型に似合わず、出るところはちゃんと出ていて、魅力的なシルエットを形作っている事が分かる。


 わたしは、しばし、ホウとして、その姿に見惚れていた。


 その僅かな間に、長い足の彼女は更に先に進んでいた。わたしとの距離が広がる。

 あっ、と思って、わたしは少し足を早めると、(くだん)の女生徒に背後から近づいた。

 右手で、ポンと彼女の背中を軽く叩くと、わたしはこう言った。

「おはよ、しずるちゃん。明日は、もう終業式だね」

「あら、千夏(ちなつ)じゃない。お早う。今日は良い天気ね」

 振り返ってそう返事をしたのは、わたしのクラスメイトであり、我が文芸部のエース、那智しずるちゃんである。さっきの特集号が成立するのも、ひとえに彼女の存在があればこそ、である。

「どうしたの、千夏。息が上がっているわよ」

 しずるちゃんが、その丸淵眼鏡の奥から、鋭い目付きでわたしに問い掛けた。

「だって、しずるちゃん、足早いんだもの。歩幅、おっきい。やっぱり、足が長いからかなぁ」

 わたしは、なかなか動悸が治まらない小さな胸を押さえて、こう応えた。

 さすがに、「彼女に見惚れてしまっていた」とは言えない。

 わたしに『足が長い』と言われた彼女は、チラと下を一瞥した。膝丈のプリーツスカートからは、黒のストッキングに包まれたほっそりとした足が見えている。

「そうでもないと思うのだけれど」

 と、しずるちゃんは、少し頬を染めて、そう言った。

「そんな事無いよ。いいなぁ、しずるちゃんは。スラリとしてるのに胸は大きいし。背も高くてモデルさんみたいだし。一体どしたら、そんなスタイルを維持できるのさ」

 わたしは、ようやっと息を整えると、いつも彼女に抱いている事を話した。

「えっ? えーと。特に気を付けている事なんて無いわよ。あたし、お米のごはん好きだし。後は、お新香とか、アジの開とか好きだけど。普通に食べているだけで、特にダイエットなんかはしていないわ」

 彼女は、少し上を見上げて首を傾けると、そんな事を言った。

「へぇ。しずるちゃんは日本食なんだ」

 そう応えたわたしは、自分の好物を考えてみた。


──ラーメン、カレー、ピザ、後は、ハンバーグと、アイスクリーム……


 イカンイカン。カロリーの高いものばっかりだ。

「そっかぁ。わたしの好きな食べ物って、高カロリーの物ばっかりだよ。こんなんじゃ、また太っちゃうよぉ」

 わたしは、しずるちゃんを見上げると、そんな泣き言を語った。

 長身の美少女は、そんなわたしを一瞥すると、クスリと笑った。

「そんな事無くてよ。千夏こそ、小柄で可愛らしいわよ。本当に羨ましいわ」

 ファッションモデルのような悩殺ボディーの彼女からそんな風に言われても、本気で受け取れない。

 わたしは、ムゥと頬を膨らませると、

「取ってつけたような事、言わなくてもいいよ。どうせ、わたしはチンクシャ(・・・・・)だから。しずるちゃんと並んでても、引き立て役にしかなりゃあしない」

 と、不貞腐れてしまった。すると、

「千夏。また、そんなこと言う。千夏はチンクシャじゃないわ。あたしから見ても、千夏は素敵な女の子よ。千夏のこと、悪く言うヤツがいたら、すぐに教えて。あたしが制裁を下してやるわ」

 と、しずるちゃんは、少し過激な発言をした。

「それに……、あら、ちょうどいいところに。千夏には、ステキなナイトがいるでしょう。ほら」

 そう言って、彼女は、わたしに後ろを見るように促した。

 そこに居たのは、やや強い陽射しからわたしを守るように影を作る、巨大な人型であった。

「千夏さん、お、おはようなんだなぁー」

 ボウとした声を発する巨漢は、わたしの彼氏──里見(さとみ)大作(だいさく)くんであった。

「あ、あーと。おはよ、大ちゃん……」

 いきなりの対面で、少し恥ずかしくなったわたしは、そう言って目を逸らした。

「…………」

 後が続かない。付き合い始めてから結構経っているはずなのに、やっぱりこういう時は照れてしまう。

「あらあら、ごちそうさま。それじゃぁ、あたしは先に行くから。千夏達は、ゆっくりで良いわよ」

 しずるちゃんは、少し茶化すようにそう言うと、早足で先に行ってしまった。

「あっ、しずるちゃん……。ええーん、行っちゃった」

 わたしは、返事を言いそびれたまま、そこにボヤッと立っていた。

「あっと、えーと。ち、千夏さん……。どうしましょぉー」

 大ちゃんの途方に暮れたような声が、頭の上から降ってきた。二メートルを超える彼とわたしの身長差は、五十センチ以上あった。

「あ、あっとね。……じゃぁ、折角だから二人で登校しよっか」

 これでも、わたしの方がお姉さんなのだ。この場合、年上がリードしなくては。そう思って先に歩き出すと、大ちゃんもわたしの歩調に合わせて着いてきた。

「えーと、ね、大ちゃん」

 黙っているのも何なので、わたしは彼に声をかけた。

「なんですかぁー、千夏さん」

 大ちゃんの、ヌボォっとした声が返って来た。

「えっと、あ、何でもない。何でもないよ」

 わたしは、ちょっと混乱して、結局そのまま話が続かなくなった。


(う〜、どーしよ。折角、しずるちゃんが大ちゃんとの時間をくれたのに。わたしのバカ)


 わたしは、心の中で後悔していた。だが、ふと横を見ると、彼の手の甲が見えた。指がワキワキと動いて、何も無い宙を弄っている。


(あっ、そっか。それで、いんだ)


 わたしは、やっと大事な事に気が付くと、その大きな手を握った。

「ち、千夏さん……」

 彼の手が、少し汗ばんでいるのが分かる。わたしは、何も言わずに、大ちゃんの手を握りしめた。彼も、握り返してくる。


(カワイイなぁ。これが年下の彼氏ってやつかな)


 わたしは、少しだけ、しずるちゃんを追い越したような気がした。気の所為だけどね。

 そうやって、わたし達は、ゆっくりと歩いて校門へ向かった。



 今日は、授業も適当であった。期末試験も過ぎてしまっていては、残りはロスタイムである。

 しずるちゃんと一緒に勉強したお陰で、特に塾とかに通っていないわたしも、希望のコースに進める事が決まった。

 特に、夢とか希望とかがあった訳じゃない。だけど、しずるちゃんと小説を書いたり、編集さんのお仕事を眺めたりした為か、いつしか『編集のお仕事をしたいなぁ』なんて思うようになっていた。文芸部に入って、先輩達に文集の作り方を教わったからかも知れない。そして、しずるちゃんのお仕事を、横から見ていたのもあるだろう。

 舞衣(まい)ちゃん程の敏腕マネージャーには、なれないかも知れないけど、しずるちゃんみたいな作家さんと色んなお話を創り上げる事が出来たらいいな。

 なんてね。

 まぁ、当面の目的は、四月の新入生勧誘だ。

「しずるちゃん。そろそろ、部活、行こっか」

 わたしは、自分の机でスマホを操作していた彼女に声をかけた。

 しずるちゃんは、スマホから眼を上げてこちらを振り返ると、

「そうね。ええと、今日は確か……舞衣さんが文集のスケジュールを提案してくれるのよね」

 と、確認するように言った。

「そだよ。昨夜(ゆうべ)、お話したように、新歓に合わせて特集号を出すんだ。何しろ『清水なちる』先生の小説が載るんだよ。プレミアがつくかもね」

 わたしは、少し調子に乗って、そんな事を言ってしまった。

 美少女小説家は、そんなわたしに、

「あらあら。千夏まで、舞衣さんに感化されて仕舞ったの? 新入生限定で、無料配布するに決まってるでしょう」

 と、いつもよりも三割増くらいのキッとした鋭い目つきで、わたしを睨めつけていた。

「あはは。仰る通り、なんだけどね」

 わたしは、照れ隠しに頭を掻きながら、そう答えた。

 彼女は、一瞬、怪訝そうな顔をしたが、「フゥ」と溜息を吐くと、

「さて、行きましょう、千夏。あの()達、放おって置いたら何しでかすか分かりゃしない。先輩であるあたし達が、締めとかないとね」

 と言って、席から立ち上がった。そして、片手で前髪を掻き上げると、学生鞄を手に取った。

 その動作は、何の変哲も無かったが、どこか煽情的で、ドキンとわたしのハートを射抜いていた。

 わたしは、少し身体が火照るのを自覚した。

「どうしたの? 千夏。……千夏?」

 しずるちゃんの呼びかけに、わたしは我に返った。

「あ、ああ。何でもないよ、しずるちゃん。じゃ、行こっか。きっと、皆待ってるよね」

 慌てて、そう言うと、わたしも鞄と手提げを手にした。

「フゥ。あの()達が待ってるのは、千夏部長じゃなくて、千夏の淹れるお茶でしょ。そろそろ、お茶当番も一年生に任せたら。いつまでも『部長がお茶くみ』なんて言ってたら、舐められるわよ」

 しずるちゃんはそう言うと、プイッと踵を返して、教室の出口へ向かった。

「ああん、待ってよ、しずるちゃん」

 わたしは、そんな彼女を追いかけて、早足で出口に向かった。



 わたしとしずるちゃんが図書室に着いた時、昨日よりも更に生徒がいなかった。さすがに期末テストも入学試験も終わったとあっては、わざわざ図書室で勉強に励む理由がない。それに、今日は午前中授業だった。皆、帰っちゃったか、どこかで食事でもしているのだろう。

 わたしは、司書の先生に挨拶をすると、図書準備室へ向かった。

「こんにちわ。皆、もう来てる?」

 わたしは、ドアを開けるなり、そう声を出した。

「ウィッス、千夏部長。もう皆、揃ってますぜ」

 そう応えたのは、舞衣ちゃんだった。やはり、授業中に居眠りをしていたのだろう。ショートボブの前髪が跳ね上がっている。ほっぺたにあるのは、ヨダレの跡だろうか。

「こんにちわ、舞衣さん。ほらほら、髪が跳ねてるわよ。どうせ、また授業中に居眠りしてたんでしょう」

 わたしの後に続いて入って来たしずるちゃんは、舞衣ちゃんの顔に気がつくと、鞄から櫛を取り出して、舞衣ちゃんの頭を直し始めた。

「うう、大丈夫っす。これくらい、自分で出来るっすよ」

 舞衣ちゃんは抵抗していたが、しずるちゃんは有無を言わせず彼女を椅子に座らせると、強引に髪の毛を整え始めた。

「おとなしくなさい。もう、舞衣さんだって女の子なんだから、少しは見てくれに気を付けなさい。ちゃんとすれば、舞衣さんもカワイイんだから」

 そんな事を言いながら、しずるちゃんは舞衣ちゃんの世話を焼いていた。

「珍しいですわねぇ。しずる先輩が、舞衣ちゃんのお世話をするのなんてぇ」

 双子の姉の西条(さいじょう)久美(くみ)ちゃんが、首を傾げながらそう言った。

「久美さん。それじゃぁ、あたしが、いつも、あなた方後輩達を放ったらかしにしてるようじゃないの。たまには、あたしにも先輩らしい事をさせなさい」

 そう言いながら、しずるちゃんは舞衣ちゃんの髪を撫で付けていた。

「しずるちゃんとこ、弟さんがいるんだっけ」

 わたしは、前に彼女が言っていた事を思い出した。

「そう。本当は、可愛い妹が欲しかったんだけれどね。だっ、かっ、らぁ、あなた達は、あたしの妹分として、あたしを癒しなさい」

 彼女は、そう言って再び舞衣ちゃんの頭を直し始めた。

「ううっ。しずる先輩の妹分になるのは光栄っすが、……ちょっと乱暴っす。あ、や、や、や、助けて欲しいっす」

 舞衣ちゃんは、しずるちゃんの強引な愛情の押し売りに閉口しているようだった。

「じゃ、舞衣ちゃんはしずるちゃんに任せておいて、わたしはお茶の用意をするね」

 そう言って、わたしは鞄を置くと、支度にかかろうとした。すると、

「お茶の準備なら、美久(みく)が大ちゃんと、今やっているとこですよぉ。部長は、ゆっくり座って待っていて下さいですぅ」

 と、久美ちゃんが言った。


(ふぅん。今日は、美久ちゃんと大ちゃんとでお茶当番かぁ。だいじょぶかな?)


「自主的にお茶の準備をするなんて、珍しいわね」

 しずるちゃんが、舞衣ちゃんの頭を弄りながら、そう言った。

「いえいえ。今度は私達にも後輩が出来るんですからぁ。しずる先輩じゃないですけど、私達も『先輩らしい事』が出来るようになりたいなぁ、って思ったのですよぉ」

 久美ちゃんは、にこやかにそう答えた。


(そっか。先輩らしくかぁ。二人だけで、だいじょぶかな)


 わたしは、大ちゃんと美久ちゃんがお茶の準備をしているところを想像した。

「…………」

「あれ、どうしたんすか? 千夏部長」

 舞衣ちゃんに言われて、わたしは我に返った。

「あ、や。何でもないよ。ちょっと、ボォっとしただけ。やっぱり、お茶当番やらないと、手持ちぶたさになっちゃうのかな」

 そう言って、わたしはその場を誤魔化した。


 ホントは……。ホントは、大ちゃんが別の女の子と居るのが、ちょっと気に食わなかったんだ。これはヤキモチかな。去年は、久美ちゃんが大ちゃんに大接近して、ヤバイことになりかけたけど……。それは昔の話だ。わたしの大ちゃんは、変なことしないモン。


 なんて、考えてると、また胸の中がモヤモヤしてきた。

 チラッと、しずるちゃん達の方を見る。二人は、未だぎゃぁぎゃぁ言いながら、攻防を続けていた。

 わたしが彼女達の方をを見ていると、一瞬だが、しずるちゃんが、わたしの方に鋭い視線を投げたような気がした。ホンの一瞬である。でも、わたしは、それだけで理解した。

 すぐに椅子に座ると、適当に鞄を片して、下を向いた。


(今、わたし、どんな顔してたんだろう。きっと、しずるちゃんには分かっちゃったよね。今更、他の()にヤキモチなんて変だ。どしよう。今日、ちゃんと出来るかな)


 わたしは、頭の中がどんどん変な方向へ進むのが分かった。きっと今、わたしの顔、赤くなってる。きっと、変な顔してる。


 そう考えれば考える程、思考は、在らぬ方向へ進むのだ。こりゃ、イカン。

 わたしが一人でパニクっていると、誰かがポンとわたしの肩を叩いた。

「ほら、千夏。大作くんが淹れてくれた紅茶よ。とっても美味しいから、要らない心配はしなくて良いのよ」

 わたしが顔を上げると、そこにはソーサーに乗ったカップを差し出すしずるちゃんがいた。彼女が壁になって、一年生部員達からは影になっている。

「たかがお茶くらいで、そんなに心配しないの。大丈夫。ちゃんと出来ているから」

 重ねて、彼女はそう言った。

「なぁんだ。千夏部長、ずっと俯いていたから、どこか調子が悪いのかと思いましたのよぉ」

「私達の淹れるお茶の心配をしてくれていたのですねぇ」

「なぁんすか。そんな事っすかぁ。あっしも、心配して損したっす」

 一年生達が、口々にそんな事を言っていた。


(わたし、一体、何やってるんだろう)


 しずるちゃんからカップを受け取る時、彼女は人差し指を唇に当てて、軽くウインクをした。

 そっか。しずるちゃんにはバレバレだったんだ。

 わたしは、急いで何とか表情を整えると、少し大袈裟にカップから紅茶をすすった。

「うん。美味しい。よく出来てるよ。大ちゃん、これなら、安心してお茶当番を任せられるよ」

 そう言って、わたしはその場を切り抜けた。

「ちょっとだけ、心配だったんだなぁー。でも、千夏さんがそう言ってくれたんで、安心したんだなぁー」

 しずるちゃんの背後から、大ちゃんの野太い声が聞こえた。

「さて、お茶の用意も出来たし、これからお昼にしましょう。皆、未だなんでしょう。ほらほら、大作くんは、ここに座って。千夏がお弁当を用意してきているから」

「えっ。そーなんですかぁー」

 しずるちゃんが、少し茶化すように、大ちゃんをわたしの隣に座らせた。わたしは、また顔が赤くなるのが分かった。

「千夏ったら。今更、照れてもしょうがないでしょう。ほんっとに初心(うぶ)なんだから」

 そう言って、しずるちゃんは、わたしの事を誤魔化してくれた。

「あ、や、あはは。そなんだ。今日は、張り切って、おべんと、二人分作っちゃった。美味しいといんだけどな」

 わたしも彼女に合わせて、その場をとりなした。そして、手提げ袋の中から、大小、二つのお弁当箱を取り出すと、大きい方を大ちゃんの前に置いた。

「うわぁ、千夏さん、ありがとうなんだなぁー」

 大ちゃんは、周りに人がいるのにもかかわらず、ニヘラァと表情を崩した。

「いいなぁ、大ちゃん。少しあっしにも分けるっす」

 舞衣ちゃんが、横槍を入れようとする。

「やめなさい、舞衣さん。あなたは、少し我慢するという事を覚えなさい」

 そんな彼女を、しずるちゃんは強引に引き剥がすと、わたし達から少し離れた席に座らせた。そして、自分もその隣に座ると、鞄から紙包みを取り出した。

「あれ、しずる先輩、それだけっすか? サンドイッチだけじゃ、お腹空いちゃうっすよ」

 舞衣ちゃんは、紙包みの中身を見てそう言った。

「これで充分なの。栄養も、カロリー計算もしてるから」

 彼女はそう言うと、例の手帳サイズの超小型パソコンをチラリと見せた。

「毎度、先輩はハイテクっすね。じゃぁ、あっしは自分の分をたっぷりと味わうっすよ」

 舞衣ちゃんはそう言うと、半透明のレジ袋の中から、購買で買ったと思しきパンを取り出し始めた。


 一個、二個、三個、……未だ出てくる。八、九、十個!

 一体どんだけ食べるのだ、コイツは。

 わたし達が呆気に取られていると、舞衣ちゃんは、一番大きなパンの袋を破くと、口を大きく開けて噛り始めた。

「舞衣ちゃんは、豪快ですねぇ」

「では、私達も食べましょうかぁ」

 双子の西条(さいじょう)姉妹も、それぞれに巾着を取り出すと、中からお弁当箱を取り出した。彼女達は、普通に可愛いお弁当だった。

 少し遅いお昼ご飯を部員達で始めた時、おもむろに舞衣ちゃんが立ち上がった。それから、彼女は鞄から紙束を取り出すと、こう言い始めた。

「おーっと、いけないいけない。危うく忘れるところだったっす。例の『新入生特集号』の計画を作って来たっすよ。食べながらでいいっすから、目を通して下せい」

 舞衣ちゃんは、パンを口に咥えたまま、テーブルを巡ると、わたし達に資料を配布していった。

「これ、部長の分っすよ」

 舞衣ちゃんに手渡されたものの、未だ顔の赤いわたしは、眼が潤んでいて、何が書いてあるのかよく理解出来ないでいた。

 その時、「ブゥー」と、お茶を吐く音がして絶叫が聞こえた。


「な、何よ、このスケジュール! こんなの出来る訳無いでしょう!」


 らしくない行動と発言をしたのは、資料を手にして立っているしずるちゃんであった。




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