試験（１）
◆登場人物◆
・岡本千夏：高校二年生、文芸部部長。一人称は「わたし」。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。ひとつ下の大ちゃんが彼氏。雑誌の小説紹介コラムを担当するようになった。勉強に、仕事に大忙しの毎日を過ごしている。
・那智しずる：文芸部所属。一人称は「あたし」。人嫌いで有名だが、学業優秀の上、長身でスタイルも申し分のない美少女。実は『清水なちる』のペンネームでヒット作を世に送り出す新進気鋭の小説家でもある。
・高橋舞衣：舞衣ちゃん。一年生。一人称は「あっし」。身長138cmの幼児体型。変態ヲタク少女にして守銭奴。千夏やしずるのマネージャー気取りで、仕事の手配にも手を出し始めた。
・里見大作：大ちゃん。文芸部にただ一人の男子で、千夏の彼氏。一人称は「僕」。２mを越す巨漢だが、根は優しいのんびり屋さん。出番は少ないが、重要人物の一人。
・西条久美：久美ちゃん。一年生、双子の姉。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。髪の毛は左で結んでいる。
・西条美久：美久ちゃん。一年生、双子の妹。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。髪の毛は右で結んでいる。
彼女達二人は、髪型で違いを出してはいるが、ほとんどの人は見分けられない。二人共オシャレや星占いが好き。どうやら、某アイドルグループの大ファンであるらしい。
歳が明けてすぐの今日。わたしは、舞衣ちゃんのスケジュールから何とか逃げ出して、こっそりと駅の近くの神社にやって来ていた。ここで愛しの大ちゃんと待ち合わせをして、初詣に行くのさ。
もう、去年の年末は大忙しだったよぅ。
舞衣ちゃんの口車に乗って、週刊誌のコラムニストとしての仕事がギュウギュウに詰まっていたからだ。その上、年末はしずるちゃんと『年越しニコ生中継だ』とか言って、徹夜で大騒ぎしていたのだ。さすがのわたしもグロッキー。平気な顔をしているけど、実は重度の不眠症を患っているしずるちゃんも、最後にはぐったりしていた。
一方の舞衣ちゃんの方は、企画が成功して、アフェリエイトやら編集部からのご祝儀やらで、ご機嫌のようだ。相も変わらず、彼女は金の亡者だった。
そんな舞衣ちゃんの監視を逃れて、やっとこさで待ち合わせの神社の鳥居にやって来たわたしを迎えたのは、遠くからでも分かる、頭一つ分抜け出た大ちゃんの勇姿であった。
「あっ、大ちゃーん。ごめんねぇ、遅くなって。舞衣ちゃんの監視の目を盗むのに苦労しちゃってさぁ」
わたしが、人混みの中から大きな声で呼ぶと、大ちゃんはすぐに気が付いてくれた。
「あっ、千夏さん。僕も今来たところなんだなぁー。ところ、なんだけど……」
大ちゃんの声は、何故か暗かった。どしたのかな？
「どしたの、大ちゃん。何か困った事があった？」
わたしが大ちゃんに近寄って話しかけると、彼は困惑した顔をして、後ろを振り返って指差した。
そこに居たのは……、
「千夏部長、明けましておめでとうでやんす。今年も、いっぱい働いて貰うっすよぉ」
そこにいたのは、白いダウンジャケットを羽織った舞衣ちゃんだった。この寒い日なのに、短めのキュロットに生足である。もっとも、足元はゴッツいバッシュだったりするが。
いや、問題はそんなんじゃない。どうして、舞衣ちゃんがここに居るかだ。
「な、なんでここにいるの！ 舞衣ちゃんの監視は潜り抜けたはずなのに」
わたしが焦って狼狽していると、
「部長の行動パターンくらい、簡単に予測できるっす。元々、今日は皆で初詣のつもりだったっす」
と、こともなさげに応えた。
「何だってぇ。それならコソコソ逃げまわるようなことなんて、しなくて良かったのにぃ。舞衣ちゃんのイジワル。……って、あれ？ 今、『皆で』って言わなかった？」
わたしは、ちょっと嫌な予感がして、舞衣ちゃんに問い正した。
「言ったっすよ。ねぇ、しずる先輩」
彼女がそう言って目を向けた先には、振り袖姿のしずるちゃんがいた。綺麗に着飾った彼女は、人混みの中でも輝いて見えた。
「しずるちゃんも来てたんだ。明けましておめでとう」
わたしがそう言うと。しずるちゃんも、
「明けましておめでとう、千夏」
と、やや硬い声ながらも返事をしてくれた。長い黒髪をアップに結い上げた頭には、紫のかんざしがささっていた。軽くお化粧をしているみたいで、唇の朱が鮮やかなワンポイントになっていた。丸渕の眼鏡も、和装に違和感なく調和している。こんな時、やっぱり、しずるちゃんには敵わないなぁって思っちゃう。
「凄いや、しずるちゃん。晴れ着だなんて。すっごく似合ってて、とっても綺麗だよ」
わたしが賞賛すると、
「千夏は、いつでもお気楽ね。かく言うあたしだって、何やかんや言っても、舞衣さんの計略に乗せられたって訳。着付けとかメイクとか、ちょーしんどかったわよ。どうせこの後、どっかに連れて行かれて、撮影会でもするつもりなんでしょう。そうよね、舞衣さん」
と言い放つと、しずるちゃんは、その苛ついた目を舞衣ちゃんに向けた。
「あははは、しっかりお見通しで」
「当たり前でしょう！ 着物とか、スタイリストとか、メイクさんとか……。何であたしにだけ入念に用意してんのよ。こんだけお金をつぎ込んでるのは、それ以上の収入が期待できるからでしょう。少し考えれば、分かります」
しずるちゃんの洞察は、いつも通り理路整然としていて、納得がいくものだった。
（そっかぁ、撮影会かぁ……。え？ あれ？）
「ああっ、だったら、わたしも、もっとオシャレしてくれば良かったよう。一年に一度のことなのに。舞衣ちゃん、どして教えてくれなかったの。ヒドイよ」
かく言うわたしの出で立ちは、クリーム色のふわふわトックリセーターに茶色のミニスカート。寒いので黒のタイツにブーツを履いてきた。その上には、濃紺のスタジアムジャンパーを羽織っている。何よりも機動力を重視したからだ。
でも、舞衣ちゃんが初詣を企画していたのを知ってたなら、わたしも晴れ着を着たかったよう。でなくても、もっと可愛い服装を。折角、大ちゃんとの初詣なのに。
わたしが、恨みがましい目を舞衣ちゃんに向けていると、その向こうから、可愛らしい声が聞こえた。
『部長、私達も忘れないで下さいませぇ』
双子の西条姉妹である。彼女達も晴れ着を来ていた。色違いのおそろいの柄である。二人ともとっても可愛かった。
「どうですかぁ、千夏部長」
「似合ってますかぁ」
と言う二人は、まるでお人形さんのようだった。
「二人共、よく似合っているよ。これも、舞衣ちゃんのコーディネート？」
わたしがそう訊くと、
「いえいえ、これは自前なのですぅ」
「小さい頃から、着せ替え人形にされて、人に見せられてましたのでぇ」
『着付けも自分達でやったんですよぉ。どうですかぁ』
おっ、最後はハモった。
（……そうか、慣れてるのか。わたしなんか、自分一人じゃぁ、着物なんて着れないもんなぁ。でも、もっとオシャレはしたかった）
わたしの心の中を、『後悔』という二文字が駆け回っていた。
「千夏さんも、その服、似合ってるんだなぁ。……か、可愛いんだなー」
と、大ちゃんは少し赤い顔をして、わたしの服装を褒めてくれた。うん、お世辞でも嬉しいよ。
「そう言ってくれるのは、大ちゃんだけだよぉ」
わたしはそう言って、彼の左腕にぶら下がった。
「部長、恥ずかしげもなく、よくやるっすね。若いって良いっすねぇ。もう、このバカップルが」
と、舞衣ちゃんがはやし立てたが、わたしは気にしなかった。だって、大ちゃんと一緒の初詣なんだモン。大ちゃんの方は、少し赤い顔をしていて、ちょっとだけ困ったような顔をしていた。
この初々しさが、またそそるんだよ。これが年下彼氏の役得ってやつ？
「千夏はいいわね。彼氏と一緒で」
と、しずるちゃんは、ちょっとトゲトゲした言い方をしていた。
「そういや、しずるちゃんの彼氏さんは？」
わたしが、そう言って不思議そうに訊くと、
「決まってるじゃない。勉強よ！ 一次試験が、すぐ目の前なのよ。本試験よりやさしいとは言っても、一問のミスが致命傷になりかねないわ。本当は、あたしがつきっきりで監視して勉強させたいんだけど、あいつ、『気が散るから』って。その代わり、『満点取れたら胸触っていい』って、言ってあるから。これで、アイツも本気モードになってるに違いないわ」
と、しずるちゃんは、右手が震えるほどに、拳を握りしめていた。
「身体張ってるね、しずるちゃん」
「当然っよ。何が何でも医学部合格しなきゃ、ただじゃ済まさないんだから」
はぁ、凄い力の入れようだね。実は、しずるちゃんの彼氏さんの実家は、病院を経営しているのである。跡取り息子としては、医学部合格は必至だろう。初詣デートを返上してでも勉強させるところは、しずるちゃんらしいや。
（そういや、大ちゃんは将来とか、何か考えてるんだろか？）
わたしは、そんな事を考えて、彼のことをじっと見上げていた。
すると、舞衣ちゃんが、
「まぁ、大ちゃんは、手先も器用で、基本なんでも出来るから、将来は手に職つけて、専門の職人さんっすかね。部長、心配しないでも、将来は安泰っすよ」
と、話しかけてきた。心を見透かされたわたしは、ちょっとだけおどおどして、
「べ、別に、そんな事考えてないし。大ちゃんが素敵なのは、変わらないから」
と、口を滑らした。
「全く、相変わらず千夏は、お気楽ね。でも、将来性は大事なのよ」
「そうっす。大事っすよ」
と、しずるちゃんと舞衣ちゃんは、両側からわたし達を畳み込んだ。
「お二人共、いつも仲良しなのですぅ」
「本当に、羨ましいですぅ」
『私達も、素敵な彼氏さんが欲しいのですぅ』
おう、またハモった。……そか、西条姉妹も彼氏欲しいんだ。
そういや、『双子で困るのは彼氏』って言ってたよなぁ。交換こも、半分こも出来ないからって。
そう思って、わたしがいつまでも立ち止まってると、しずるちゃんが声をかけてきた。
「さぁ、千夏。いつまでもこんな所にいないで、お参りをしましょう。初詣なんだから」
「そだね、しずるちゃん。じゃあ、文芸部の皆で、お参りに行くよー」
『おー』
と、今年も威勢よく新年を迎えることになった。
この一年の文芸部はどなるのかな？ ワクワクが止まらないよ。
