年度末は大変(5)
◆登場人物◆
・岡本千夏:高校二年生、文芸部部長。一人称は「わたし」。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。ひとつ下の大ちゃんが彼氏。もうすぐ受験生になるので、勉強も大忙し。お茶を淹れる腕は一級品。
・那智しずる:文芸部所属の二年生。一人称は「あたし」。人嫌いで有名だが、学業優秀の上、長身でスタイルも申し分のない美少女。他校に一つ年上の彼氏がいる。
・高橋舞衣:舞衣ちゃん。一年生。一人称は「あっし」。身長138cmの幼児体型。変態ヲタク少女にして守銭奴。平たく言えば、金の亡者である。
・西条久美:久美ちゃん。一年生、双子の姉。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。髪の毛は左で結んでいる。
・西条美久:美久ちゃん。一年生、双子の妹。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。髪の毛は右で結んでいる。
彼女達二人は、髪型で違いを出してはいるが、ほとんどの人は見分けられない。二人共オシャレや星占いが好き。どうも、隠れた才能を持っているらしい。
・里見大作:大ちゃん。文芸部にただ一人の男子で、千夏の彼氏。一人称は「僕」。2mを越す巨漢だが、根は優しいのんびり屋さん。その見かけに反して、手先が器用。最近は影が薄いが、重要人物の一人。
「今日は、あたし、用事があるから。だから、部活はパスね」
それが、わたしがしずるちゃんから言われた言葉だ。
(そっか。今日、しずるちゃん、居ないのかぁ)
わたしには、ただそれだけが、ボンヤリと脳裏に残った。
「うん、分かった。けど、何で休みなの?」
わたしが彼女にそう尋ねると、しずるちゃんは少し顔を赤くした。
「何でも無い。そう、何でも無いのよ。ちょっとした、野暮用よ。や・ぼ・よ・う。気にしないで、千夏」
彼女はそう言うと、丸渕眼鏡の奥からキッとした眼差しをわたしにくれた。
しずるちゃんが、こんな態度をとる時といったら……、
「ああ、彼氏さんとデートなんだぁ。頑張って合格したんだもんね」
と、わたしは直球で投げ返した。
「そ、そ、そ、そんなんじゃ無い、わよ。で、デートっていうか、そんなに色気のあるもんじゃ、ないのよ。だ、だって、相手はアイツだし」
と、予想通りの反応を彼女は示した。分かり易いネ。
「ふ〜ん。そなんだ。合格のお祝いをしてあげようね」
わたしは、しずるちゃんは、もう少し正直になった方が良いと思っていた。好きな人がいるのは良い事だし、その彼氏さんにメデタイ事があったら、一緒にお祝いをするのは素敵な事だと思う。
わたしが、しずるちゃんにそう伝えると、彼女はますます顔を赤くした。
「も、もうっ。千夏まで、そんな事言うなんて。ほ、ほんっとーに、何でも無いんだから。えーと、そ、そう。ちょっとよ。ちょっとだけ、パーティー気分でお茶するだけなんだから。そうよ、お茶会、お茶会なの」
と、彼女は、明らかに動揺を隠せない様子で、そう言い訳じみた事を話してた。
ホント、乙女なんだから。頬を上気させ、鋭い眼差しでわたしに抗議するしずるちゃんは、どこか可愛かった。頭の後ろで纏めた髪の毛の房が、しゃべるたんびにユラユラと揺れて、未だ少し寒い教室の空気の中で、光を散乱させていた。
その光景を見ていたわたしは、少し心が暖かくなったような気がした。
「しずるちゃんって、カワイイ」
わたしがそう言って、ニッコリと笑うと、
「か、カワイイって。何よ、千夏。あたしがカワイイなんて……、は、恥ずかしいじゃない」
と、長身の彼女は、わたしを見下ろしながら答えた。
同級生の女の子達の中でも身長の高い彼女が、背の低いわたしと向き合って話そうとすると、自然にこうなってしまう。決して上から目線では無いのだが、わたしとしては、ちょっと威圧されたようで、いつもは気後れしてしまう。
でも、今のしずるちゃんは違った。彼氏さんの事となると、必要以上に恥ずかしがるのだ。眼鏡のレンズの奥を見つめると、少し目が泳いでいるのが分かる。
「しずるちゃんったら、もう。恋する事は、恥ずかしい事じゃ無いよ。うん、早く行きなよ。彼氏さんによろしくね。合格おめでとうって」
わたしは、ニッコリと笑って彼女を教室から送り出した。わたしも廊下に出て彼女を見送っていたが、しずるちゃんは一々立ち止まってはこっちを振り返って、何かをブツブツ言っていた。
(ガンバレ、しずるちゃん)
わたしは右手を振って、しずるちゃんが廊下の端を曲がるまで見送っていた。
(さぁて、今日はしずるちゃん、居ないんだ。どーしよっかなぁ)
そんな事を考えながら、わたしは教科書やノートを鞄に仕舞うと、図書室に向かった。
明日までに、生徒会に色々な書類を提出しないとならない。何と何があったっけ? 舞衣ちゃんが来たら、訊いておこう。
(今日のお茶は何にしよっかなぁ。しばらく、紅茶が続いたから、久しぶりにオリジナルブレンドにしようかなぁ。大ちゃん、美味しいって言ってくれるかなぁ)
ここまで考えて、わたしは耳が赤くなるのが分かった。
──ハズカシイ
しずるちゃんに、あんな事を言っておきながら、自分の事となると、やっぱりハズカシイんだ。
わたしの脳裏に、愛しの大ちゃんの姿が浮かんだ。
丸まっちい顔に、ちょっと細めの目。二メートルを超える巨体の彼は、ちんまいわたしの視界には納まり切らない。まぁ、それ程、わたし達の愛情が大きいって事かな。
(な〜んてね)
自分で思っておいて自分で照れてるなんて、各言うわたしも、恋する乙女であった。わたしは、しばらくの間、廊下の真ん中で立ち止まって顔を赤くしていた。
そんな時、わたしの背中を誰かが<バン>と叩いた。勢いで、少し前のめりになる。
「千夏部長、こんな所で何してるっすか!」
驚いて振り向くと、そこには、わたしより背の低いショートボブの女の子が立っていた。
「なーんだ、舞衣ちゃんか。もうっ、いきなりなんて、ホントにビックリしたよ」
わたしが言い返すと、
「部長が、こんな廊下の真ん中で突っ立ってるからっす。通行の迷惑っすよぉ」
と、彼女はニヘラーとイヤラシイ笑みを浮かべて、そう言った。
「どうせ、大ちゃんの事でも考えてたんしょ。もうもう、千夏部長ったら、乙女なんだからぁ」
それは、さっき、わたしがしずるちゃんに言った台詞だ。
「う〜う。良いじゃない、早春は恋の季節なんだからぁ」
わたしは、そう言って反論したが、彼女のニヤニヤは止まらなかった。
「いいっす。いいっすよぉ。恋する乙女、いいじゃないっすか。あっしも、恋愛小説は大好物っすよ」
と言うと、両手を頭の後ろで組んで、ヒャッハッハッハと笑いながら仰け反っている。
(く、くそぉ。やはり、恋愛関係を知られる事は、弱点を曝すという事なのか……。ぬかった)
と、今更ながら、しずるちゃんの気持ちが理解できたような気がした。
「それより部長、今日は、しずる先輩はどうしたんすか? 一緒じゃないんすか」
ああ、そだった。今日は、しずるちゃん、居ないんだっけ。
わたしは、心を切換えて、その旨を舞衣ちゃんに告げた。
「ふ〜ん。しずる先輩、彼氏さんの合格祝いっすかぁ。どっちもどっちも、お盛んですなぁ」
と、彼女は、少し下世話な口調で茶化した。
「もう、舞衣ちゃんたら。生徒会とかに出さなきゃならない書類があるんだよ。しずるちゃんが居なくても、する事は沢山あるんだからぁ」
と、わたしは、ちょっとだけ部長らしくして、彼女を窘めた。
「え〜えぇ。もうすぐ春休みになるんだし、書類なんて、めんどーくさいっすよぉ」
舞衣ちゃんは後頭部で手を組んだままの姿勢を崩さず、不平を言っていた。
わたしやしずるちゃんの仕事を取ってくる時は、黙っていても余計なモノまで抱え込んでくるのに、肝心の文芸部の活動になると、これだ……。
「何言ってるんだよ、舞衣ちゃん。四月になって新入生が入学してきたら、すぐに部活の勧誘活動が始まるんだよ。準備があるんだから、春休みになっても、やらなきゃならない事は沢山あるよ」
わたしは両手を腰にあてると、少し強い口調でそう言った。
「うー、分かってるっすよ。新歓、新歓、っと。そうと決まったら、書類なんてのも、ちゃっちゃと片付けちゃいましょうよ」
舞衣ちゃんは、渋々頷くと、わたしの先に立って図書室の方向へと歩き出した。
わたしは深い溜息を吐くと、舞衣ちゃんの後に着いて部室へ向かう事にした。
「こんにちは。皆来てる?」
わたしは、部室である図書準備室の扉を開けた。
「あ、部長。こんにちはですぅ」
部室には、既に双子の西条姉妹が来ていた。今返事をしたのは、姉の方の久美ちゃん……の筈だ。
「ういーっす」
そう言いながら、舞衣ちゃんも、わたしの後に着いて部室に入って来た。
「大ちゃんは、未だ来てないんすね」
舞衣ちゃんは、部室の中を見渡すと、そう言った。
大ちゃんと聞いて、わたしは少しドキッとした。チラリと窓の方を見やると、ちょっと耳を赤くした自分の影が、薄ぼんやりとこちらを見つめていた。
「ああ、大ちゃんは、生徒会に行ってるのですぅ。何か、さっき生徒会の人が来て、連れてかれちゃったんですのよぉ」
「なのですのよぉ」
美久ちゃんと久美ちゃんは、そろって報告してくれた。
「ふ〜ん。生徒会っすかぁ。なんすかね?」
舞衣ちゃんが、あまり関心が無さそうにそう言って、わたしの方を見た。
わたしはというと、
「えと、わたしだって分かんないよ。書類の関係かな」
と、少しドギマギしながら応えた。
「かも知れませんわねぇ」
「生徒会の人が、「決算がどうの」って言っていたような気がしますぅ」
久美ちゃん達も、わたしと同様の考えのようだった。
「あー、何かメンドクサ。書類くらい、大ちゃんだったら、チャッチャと片付けてくれるっすよ」
舞衣ちゃんはそう言うと、鞄をテーブルの上に投げ出して、近くの椅子にどっかと座った。
「それより部長。早く、例のヤツ、お願いしますよぉ」
続けてそう言う彼女は、少し態度が横柄な気がした。わたしは、ちょっとムッとしたが、それはあんまり顔に出ないようにして、
「ああ、お茶ね。すぐに用意するよ。えーと、今日はブレンドでいかな。しばらく紅茶が続いたしね」
と、大人の余裕を見せた。
「コーヒーっすか。いいっすね。千夏部長のオリジナルブレンドは、もう、最高っすから」
「そうですわねぇ」
「私達も楽しみですぅ」
三人とも、異論は無いようだった。
「そか。なら、久々に、特製ブレンド『千夏スペシャル』といこっかな」
わたしが、そう応じると、
『お願いしまーす』
と、三人娘の声が返って来た。
ふむ。大ちゃんも一仕事終えて帰ってくるんだし、ちょびっとだけ、気合入れてみよっか。
わたしは鞄をテーブルに置くと、上着を脱いで椅子の背もたれに引っ掛けた。
「じゃ、ちょっと待っててね」
と言うと、電気ポットに水を汲んで、お湯を沸かし始めた。
しばらくしてお湯が沸騰し始めた頃、わたしは、何種類かのコーヒー豆を選別して計り取ると、ミルサーで砕いた。ちょっと振るって皮を分離すると、漏斗に敷いたフィルターに入れる。
ちょうど準備が出来た頃、電気ポットには、お湯がシュンシュンと沸いていた。わたしは、火傷をしないように、それをフィルターのコーヒーにゆっくりと注いでいく。
それと同時に、辺りにコーヒーの香しい匂いが漂う。この至福の時間を楽しみながら、コーヒーが抽出されて来るのを、わたしはじっと見ていた。
さて、もうすぐ頃合いかな、って思ってた時に、<バン>と音がして、部室の扉が開かれた。ビックリして出入り口の方を見やると、そこには大ちゃんが立っていた。しかし、その顔は、少し厳しかった。何かあったのか、その時の大ちゃんは、肩で息をしていた。思うに、何か重大な事が起こったらしい。
「大ちゃん、どうかしたの?」
わたしは、ちょっとオドオドした口調で、彼に話し掛けた。
「ち、千夏さん。……た、大変です」
やけに深刻そうな大ちゃんであったが、わたしはなるべく動揺しないように、冷静になるようにして、彼に問い掛けた。
「どしたの? 何かあった?」
それに対して、彼は、
「ち、千夏さん。しょ、書類を出さないと、文芸部が廃部になってしまいます」
と答えた。
『えー!』
わたし達は、思わず同じ言葉を口にしていた。
「な、な、な、何で、そんな事になったの? 大ちゃん、説明して」
わたしは、取り敢えず現状を把握しようと、大ちゃんに問い正した。
「え〜と、収支報告書に不審なところがあるようですー。もっとちゃんとした報告書が、要るんだそうなんですー。それから、新入生勧誘の関係の書類も、今日中に出さないといけないんだそうなんだなぁー」
それが、彼の回答だった。
「ええー。何それ。書類の〆切って、明日じゃ無かったの?」
わたしがそう問い返すと、大ちゃんは、
「今日って、言ってましたよぉ。生徒会長にも確認しましたぁー」
という返事であった。
(ええー。そんなん聞いてないよぉ。しずるちゃんは、明日って言ってたよう)
「何でも、会計処理の関係で、今日中に提出しないと、来年度に合算されてしまうらしくって……。で、会計が不明瞭な部は、次年度の予算が降りないようですよぉー」
何だそれわっ。わたしは、大ちゃんの言葉を聞いて、愕然とした。
「も、もしかして、舞衣ちゃんの隠し財産がマズかったのかなぁ」
わたしが、思わずそう言うと、
「ええっ。あっしの所為っすかぁ。そりゃあ無いっすよ。あっしは文芸部のために、誠心誠意頑張ってるっていうのに」
と、舞衣ちゃんは、責任逃れをしようとした。
しかし、わたしを含め、舞衣ちゃんを除く全員が、『ジト』っとした眼差しを彼女に向けていた。
「え? ええ! やっぱ、あっしの所為! そりゃないっすよ。あっしだって、文芸部の為を思って、資金繰りをしていたんすから。……そんなところに文句をつけられるんなら、写真部だってそうじゃないっすか」
舞衣ちゃんは、多少狼狽しながらも、自分に非が及ばないように先手を打ってきた。
「写真部は、全ての収支報告を提出して、承認を受けたそうですよぉー」
そんな舞衣ちゃんの自己防衛を、大ちゃんはあっさり砕いていた。
「なんですってぇ。舞衣ちゃん、他に隠している事は、無いですかぁ」
「無いですかぁ」
西条姉妹が、追い打ちをかけるようにショートボブの小柄な少女に迫った。
「あと……、えーと……、無いっす。何にも無いっす。なんも問題無いっすよぉ」
舞衣ちゃんは、振るえる声で反論を続けていた。当然、わたし達は、彼女の言葉を信じてはいなかった。
『舞衣ちゃん』
わたし達は、彼女を囲んで問い正した。
「ううう、うー。もう、何も出ないっすよぉ。一昨日も、しずる先輩から、こっぴどく説教されて、根掘り葉掘り尋問を受けたっす。これ以上は、逆さに振っても何も出ないっすよぉ」
舞衣ちゃんは、涙目になりながら、こう訴えた。
「…………」
さすがにこうなると、わたし達は黙るしかなかった。
「でも、どうしましょう……。今日中に書類を提出出来なければ、何かマズイ事になるのでしょう?」
美久ちゃんが、蒼い顔をしてわたしに訊いた。
「そ、そだね。……そーだけど、取り敢えず、必要な書類を急いで作ろうよ。えと、何が必要なのかな? 大ちゃん、教えて」
わたしは、未だ出入り口に突っ立ったままの巨体に声をかけた。
「あ、あーと、それはですねぇー……」
大ちゃんは、脂汗を滴らせながら、説明を始めた……。
「と言う事は、このUSBメモリに入っている書式で、書類を作れば良いんだよね」
十数分後、大ちゃんから詳細を聞いたわたし達は、彼から小さなスティック状のメモリを見せられた。ただでさえコンパクト設計のUSBメモリが、大ちゃんの太い指に摘ままれていると、より小さく見えてしまう。……それは置いといて、兎に角、この中のデータを使えば良いらしい。
「じゃぁ、早速始めようよ」
わたしは、部で買ったノートパソコンを棚から引っ張り出すと、テーブルに座った。ACアダプターを繋いで電源を確保すると、パソコンのディスプレイを開いて電源スウィッチを軽く押した。
画面が明滅すると、冷却ファンがウィーンと回転する音がして、マシンが起動を始める。
(うううー。早く立ち上がらないかなぁ。古い機械って、こういう時にイライラするよ)
隣でガタガタと音がしたので、横を向くと、大ちゃんが同じようにパソコンを起動させていた。わたしの正面に座った舞衣ちゃんも、同じ事をしていた。
舞衣ちゃんが荒稼ぎした資金で、大ちゃんが無線ネットワークとサーバーを組んでくれたので、図書準備室の中なら、LANケーブル無しでネットに繋がる。インターネットだって出来るんだって。わたしには、どういう原理でそうなるのかは、分かんないけど……。
しばらくしてパソコンが使えるようになると、わたしはIDとパスワードを入力して、ログインした。
「千夏さん、今から、生徒会でもらったデータを、サーバーに上げるんだなぁー」
大ちゃんは、例のUSBメモリをパソコンの横の穴に差し込みながら、そう言った。
「うん。大ちゃん、お願い。後は皆で分担して、書類を完成させよう」
わたしは、皆に声をかけた。
「オーケイっすよ」
『分かりましたぁ』
各自、準備完了のようである。
「データのコピーが終わったんだなぁ。共有フォルダの【1.書類】に入れてあるんだなぁー」
この非常時というのに、大ちゃんは、相変わらずのほほんとした感じであった。でも、これが彼の最大限の緊張状態なんだから……しょうがないかぁ。
「じゃぁ、始めようよ」
『分かりました』
元気な声が返って来た。よし、頑張ってやるぞぉ。
「………………」
約三時間半後、わたし達は、全員途方に暮れていた。
「あーあ。分かんないっす。この書類に必要なデータが、どこを探しても見つからないっす。これじゃぁ、完成しないっすよ」
舞衣ちゃんが立ち上がって、頭を掻きむしっていた。
「ここの欄には、何を記入するんでしょうかぁ。美久ぅ、分かりますかぁ」
「私にも分かんないよう。私達、双子だよ。久美に分かんないのに、私に分かるわけ無いよぉ」
西条姉妹も苦戦しているようだった。
窓の外は、もう薄暗くなってきていた。これじゃぁ、間に合わないよぉ(泣)。
文芸部は、かつて無い大ピンチに陥っていた。
(どうすれば、……どうすれば良いんだ。部長のわたしが、ちゃんとしないと)
でも、目の前のディスプレイに映る書式は、未だ半分くらい空白が残っていた。
「ううー。こんな時、しずる先輩が居れば」
舞衣ちゃんが、そんな事を口走った。
「そうですわねぇ。しずる先輩が居たらなぁ」
「瞬殺で仕上がっちゃうに、決まってますぅ」
久美ちゃんと美久ちゃんも、同じような事を言った。実は、わたしも、同じ事を考えていた。
──しずるちゃんが居てくれたら
(たまたまこんな時に居ないなんて、間が悪すぎるよう。しずるちゃん、助けて!)
わたしは、もう万策尽きてしまった。
(これ以上は、わたし達じゃぁ無理かも知れない……)
心が挫けそうになってきた。我慢していても、眼に涙が滲んできそうになる。
わたしには、しずるちゃんが片手間に適当にしていたように見えたけど、実はこんなに大変な仕事だったんだ。でも、今は、しずるちゃんの偉大さよりも、彼女の居ない恨み節の方が強かった。
「あああぁぁ、もう駄目っす。これから、あっしが生徒会へ行って、〆切を延ばしてもらうっす」
舞衣ちゃんが立ち上がって、仕事を投げ出そうとしていた。
「舞衣ちゃん、駄目だよ。もうちょっとなんだから。頑張ってみようよ」
わたしは、舞衣ちゃんを説得しようとした。しかし彼女は、顔を真っ赤にして訴えた。
「だって、だって。もう何時間も、枠線だけの真っ白な画面を眺めてるっす。全く、全然、さっぱり進まないっす。これ以上は、もう無理っす」
(ううう。まぁ、その通りなんだけど……)
わたしには、もう口にする言葉が無かった。
──ああ、もう駄目だぁ
部室の中が諦めの空気で満たされようとしたその時、<ブブブブブゥ>と振動音が聞こえた。
発生源は、時間を見るためにパソコンの脇に置いてあった、わたしのスマホだった。
(SNSかなぁ? 何かメッセージが来たのかな?)
わたしは、スマホを手に取ると、画面を見つめた。LAINでメッセージが来ていた。
これ……、
「しずるちゃん!」
わたしは、思わず大きな声で叫んでいた。
「ええっ、しずる先輩っすか!」
わたしは、舞衣ちゃんに向かって頷くと、
「しずるちゃんから、LAINでメッセージがきたの。ちょっと見てみるね」
「早く見て欲しいっす」
「きっと、何かの助言ですわぁ」
「そうに違いありませんわぁ」
わたしは、皆を見渡すと、大きく首を縦に振った。
急いでスマホの画面に指を走らせると、短いが、重要な事が表示された。
「あっ。やった! これで書類が提出出来るよ」
わたしは、思わずそう叫んでいた。
「千夏部長、何が書いてあったんすか。読んで、読んでくだせい」
急かす舞衣ちゃんに促されて、わたしはメッセージを読み上げ始めた。
<千夏、今部室? 生徒会へ提出する書類の件だけれど、〆切を覚え間違えていたの。ゴメンネ。提出書類は、全部完成させて、共有フォルダの【年度末提出書類】に入っているから。印刷すれば、後は捺印するだけよ。だから、提出の方はお願いね>
「と言う事だって。これで何とかなるよ。良かったぁ」
わたしは、舞衣ちゃん達を見ると、滲んだ涙を拭ってニッコリと微笑んだ。
「やりましたぁ。さすがはしずる先輩ですわねぇ」
「やっぱり、しずる先輩は偉大なのですぅ」
西条姉妹は、揃って立ち上がると、そう言った。肩から力が抜けてしまっているのが分かる。
「千夏さん、良かったですねぇー。これで一段落なんだなぁー」
「うん。良かったね、大ちゃん」
わたしはそう言うと、メッセージにあったフォルダをパソコンで開いた。
おお、必要な書類が全部揃ってる。参考データのファイルも、別フォルダにまとめてあった。
それで内容は、というと……、
「凄い。書類全部、完成原稿になってる。ホントに、後は印刷するだけだよ」
やっぱり、しずるちゃんは凄い。こうなる事を予見して、既に完成させてくれてたんだぁ。
わたしは、この場に居ない彼女に、畏敬の念を送った。
「ううう〜。必要書類が完成してるんだったら、もっと分かり易いところに置いといて欲しかったっす。あっしの三時間を返すっすー」
と、舞衣ちゃんは、顔を真っ赤にして怒っていた。
でも、わたしや大ちゃんは、書類作成にさんざん苦労していた為か、ホッとして脱力してしまった。
「良いじゃない、舞衣ちゃん。終わり良ければ全て良し、だよ」
「千夏部長! そんな悠長な事じゃないっす。あっしの……あっしの貴重な時間を、返せーーー」
取り敢えず難関は突破したものの、舞衣ちゃんだけは納得がいかないようだ。
でも、書類が出来て良かったね。
わたしは、マウスを操作すると、印刷ボタンをクリックした。