年度末は大変(1)
◆登場人物◆
・岡本千夏:高校二年生、文芸部部長。一人称は「わたし」。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。三年生への進級を前に、部の今後を考えて……いるような、いないような。
・那智しずる:文芸部所属。一人称は「あたし」。人嫌いで有名だったが、学業優秀の上、長身でスタイルも申し分のない美少女。実は『清水なちる』のペンネームでヒット作を世に送り出す新進気鋭の小説家。その美貌を見出されて、舞衣に学園のアイドルとして担ぎ上げられ、うんざりしている。
・高橋舞衣:舞衣ちゃん。文芸部の一年生。一人称は「あっし」。小学生にも間違えられそうな身長138cmの幼児体型。変態ヲタク少女にして、強欲な守銭奴。しずるや千夏のマネージャー気取りで、小説やコラムの仕事以外にも儲け話を見つけてきては、しずるを担ぎ出している。
休み明けの月曜日の朝、登校するわたし達は、学生達の注目を浴びていた。正確には、しずるちゃんが、なのだが。
──那智さん、あの髪、どうしたのかしら。
──しずる先輩、髪切ったんだ。何かあったのかな?
──もしかして失恋? いや、那智先輩に限ってそんな事は……。
──振ることはあっても、しずるさんが振られるなんて、あり得ないよ。
──じゃぁ、どうして?
──やっぱり失恋?
──噂じゃあ、彼氏がいるって……。
──じゃぁ、やっぱり失恋!
──しずる先輩を振るなんて、よっぽどの自信家なのね。
──先輩、可哀想。私だったら立ち直れないよぉ。
周りじゅうから、勝手な憶測で噂をする声が聞こえる。
一昨日、彼氏さんとのイザコザで、しずるちゃんは、その腰まで伸ばしていた長い髪を、バッサリと切り落としたのだ。今は、肩のちょっと先までで切り揃えた髪を、うなじの部分でまとめて縛ってある。
「しずるちゃん、やっぱり皆の噂になってるよぉ。いきなり、そんな髪型にするから」
わたしはいたたまれなくなって、隣を歩く長身の彼女に話しかけた。
しずるちゃんは、わたしの方をチラリと見ると、
「そう? やっぱり、前髪作った方が良かったかしら。でも、ぱっつんて、気を抜くとすぐに伸びて不格好になっちゃうのよね」
と、何の気にもとめずに、そう応えた。
「いや、そじゃなくってさぁ」
わたしは、そのあまりにも素っ気ないしずるちゃんの態度に、ツッコミを入れたくなった。
「え? う~ん、自分じゃ似合ってると思うんだけれど。校則で『長髪は縛るか編むこと』ってなってるから、縛ってみたんだけれど。お下げの方が良かったかしら。それともポニーテール? これじゃ、可愛くないのかしら」
しずるちゃんは、自分が全校から注目を浴びる存在って事を、全く理解していないようだった。
「いや、似合ってるよ。似合ってるし、可愛いと思うんだけどさ……、先週とのギャップがね」
わたしは何とか彼女に理解させようとしたが、ちょっと無理のようだった。
そんなわたしに、しずるちゃんは丸渕眼鏡の向こうからキッとした眼差しを送ると、こう言った。
「それよりも千夏、すぐに三月になるから、四月からの新入生の勧誘の事を考えなけりゃと思うの。去年だって、新入部員の確保は、結構、際どかったじゃないの」
それを聞いたわたしは、成る程と思った。
そもそも、しずるちゃんと知り合ったのも、部員確保が縁だったよなぁ。
「そだね。まぁ、うちは三年生がいないから、あんまり急がなくってもいかなぁ」
と、わたしは応えた。
(取り敢えず、今は既に部員が六人いるんだから、同好会に格下げって事も、当面は無いんだし)
てなことを考えてたわたしを、しずるちゃんは、上から見下ろすように睨みつけると、
「そんな甘いことを考えていると、また部員がいなくなっちゃうわよ。来年は、あたし達が卒業して二人抜けるから、その分を見越しての部員確保は必要よ。それに、舞衣さんや大作くん達に、新歓の経験をさせとく必要もあるでしょう」
と、文字通り、上から目線の言葉だった。
でも、確かにそだよなぁ。去年の部員確保には、散々苦労させられたから。後輩達に経験させるってのは大切ね。さすが、しずるちゃんは凄い。二手先、三手先を考えてるんだ。
「なに、ホケっとしてるのよ。千夏は部長なんだからね。しっかりしてよね」
と、若干ウンザリ気味に、しずるちゃんはわたしに言った。
「面目ない……」
と、わたしは苦笑いをしながら、彼女を見上げた。こういう時には、身長差を思い知らされる。わたしは、ちっこいからなぁ。
そんなやり取りをしながら、わたし達は校門へ向かっていた。
ちょうど、舞衣ちゃんが校門をくぐるところだった。
「あ、舞衣ちゃん、お早う」
わたしが声をかけると、彼女もこっちに気がついたのか、
「お早うっす、千夏部長、しずる先輩……」
と、応えた。しかし、ちょうど応えたところで、彼女は口をあんぐりと開けたまま、しずるちゃんを指差したまま固まってしまったのだ。
「あ、……、あ、……しずる先輩。そ、……その髪は……」
と、やっとの事でそこまで絞り出すと、急に彼女は、わたし達のところまで走り寄って来たのだ。
「先輩! そ、その髪は何っすか! い、一体、何があったんすか‼ これは大変な事っす」
舞衣ちゃんは、そう早口でまくし立てると、しずるちゃんの周りをぐるぐる回りだした。
「な、何よ、舞衣さん。どうしたって言うの」
しずるちゃんは、舞衣ちゃんの行動に驚いて、その場に立ち止まってしまった。
「どうもこうもないっす。しずる先輩、髪の毛切ったんすか。どうして切ったんすか。何で突然そんな事になるっすか!」
と、まくし立てる舞衣ちゃんに、しずるちゃんは、ちょっと困ったように応えた。
「別に、良いじゃない。ちょっとしたイメチェンよ。このくらいの長さのロングヘアーも似合ってるでしょ」
しかし、舞衣ちゃんは納得しなかった。
「勝手に髪を切ったりされたら、あっしが困るんす。ああ、しずる先輩の美しいロングロングの黒髪がぁ。腰まで届く美しい髪の毛がぁ。折角、グラビアの撮影が決まりそうなのに、衣装もメイクもやり直しっす」
そう言う舞衣ちゃんの言葉に、しずるちゃんはキッと眉をよせると、
「何! そのグラビアって。あたし、聞いてないんだけど」
と、強い口調で言い返した。
「そりゃそうっす。今初めて、言ったんすから」
と、舞衣ちゃんは、しれっとした調子で返事をした。
「ううう。先輩のトレードマークの腰まで伸びた美しい黒髪がぁ。折角のあっしの采配が、無駄になるっすよお」
舞衣ちゃんの恨み節に、しずるちゃんは顔をしかめたまま、キッと彼女を見据えると、怒った口調でこう言った。
「良い事、舞衣さん。あたしは、ただの高校生なの。まぁ、副業で作家もやってるけど……。兎に角、あたしは、グラビアモデルじゃあ、無いの! 分かった」
これにも負けずに、舞衣ちゃんは言い返した。
「違うっす。しずる先輩は、れっきとした、『グラビアアイドル』っす! しずる先輩のグラビアが載る雑誌が、どんだけ売れてるか分かってるんすか!」
「そんなの知らないわよ! 舞衣さんが勝手に、あたしをグラビア撮影に引っ張り出したんでしょうが。撮影がどうとか雑誌がどうとか、あたしの知ったこっちゃ無いわよ!」
しずるちゃんの剣幕に負けたのか、現実を受け入れたのか、舞衣ちゃんは頭を抱えると、
「あああ。折角のあっしの企画がぁぁぁぁぁぁ。もう、台無しっすよぉ。沖縄のホテルと航空券も手配済みなのに。どうしてくれるっすかぁ」
と、まだ恨み節のようにネチネチと言い続けていた。
「何よ、その沖縄って。まだ春休みにもなってないのに。勝手に決めたって、あたしはそんなとこ行かないわよ!」
と、しずるちゃんは続けて舞衣ちゃんを叱りつけた。
「分かって無いっす……。しずる先輩は、全っ然っ、分かって無いっす。想像して欲しいっす。沖縄の青い海、白い砂浜、煌めく太陽。そして、そこに佇むしずる先輩の裸身。売れるっす。これは超売れるっすよ。それなのに、嗚呼それなのに……。美しいロングロングの先輩の髪の毛がぁ」
舞衣ちゃんの身勝手な恨み節に、とうとうしずるちゃんは、本格的に怒り出した。
「舞衣さん! 何、その企画っ。また、あたしで儲けようとしてるの! いい加減にしなさい‼」
と、またも舞衣ちゃんを叱り飛ばした。だが、彼女は引き下がろうとはしなかった。
「それだけじゃ無いっす。あっしも、沖縄旅行を楽しみにしてたっすよ。常夏の国、沖縄。先輩、沖縄行きたいっす」
「あたしには関係ないわ。舞衣さんが行きたいだけじゃないの。あたしを巻き込まないでっ」
と、強硬に拒否をし続けるしずるちゃんだった。
「行きたい、行きたい、行きたいっすよぉ。沖縄、沖縄っ。沖縄、行きたいっす」
と、舞衣ちゃんは、駄々っ子のように地団駄を踏んでいた。
尚も討論を続ける二人を見て、わたしは、
(平和だなぁ……)
と、つくづく思った。
(未だ、期末テストがあるのになぁ……)
なんて事を、わたしはボンヤリと考えていたのだ。