表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/48

年度末は大変(1)

◆登場人物◆

・岡本千夏:高校二年生、文芸部部長。一人称は「わたし」。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。三年生への進級を前に、部の今後を考えて……いるような、いないような。

・那智しずる:文芸部所属。一人称は「あたし」。人嫌いで有名だったが、学業優秀の上、長身でスタイルも申し分のない美少女。実は『清水なちる』のペンネームでヒット作を世に送り出す新進気鋭の小説家。その美貌を見出されて、舞衣に学園のアイドルとして担ぎ上げられ、うんざりしている。

・高橋舞衣:舞衣ちゃん。文芸部の一年生。一人称は「あっし」。小学生にも間違えられそうな身長138cmの幼児体型。変態ヲタク少女にして、強欲な守銭奴。しずるや千夏のマネージャー気取りで、小説やコラムの仕事以外にも儲け話を見つけてきては、しずるを担ぎ出している。










 休み明けの月曜日の朝、登校するわたし達は、学生達の注目を浴びていた。正確には、しずるちゃんが、なのだが。



──那智さん、あの髪、どうしたのかしら。


──しずる先輩、髪切ったんだ。何かあったのかな?


──もしかして失恋? いや、那智先輩に限ってそんな事は……。


──振ることはあっても、しずるさんが振られるなんて、あり得ないよ。


──じゃぁ、どうして?


──やっぱり失恋?


──噂じゃあ、彼氏がいるって……。


──じゃぁ、やっぱり失恋!


──しずる先輩を振るなんて、よっぽどの自信家なのね。


──先輩、可哀想。私だったら立ち直れないよぉ。



 周りじゅうから、勝手な憶測で噂をする声が聞こえる。

 一昨日、彼氏さんとのイザコザで、しずるちゃんは、その腰まで伸ばしていた長い髪を、バッサリと切り落としたのだ。今は、肩のちょっと先までで切り揃えた髪を、うなじの部分でまとめて縛ってある。


「しずるちゃん、やっぱり皆の噂になってるよぉ。いきなり、そんな髪型にするから」

 わたしはいたたまれなくなって、隣を歩く長身の彼女に話しかけた。

 しずるちゃんは、わたしの方をチラリと見ると、

「そう? やっぱり、前髪作った方が良かったかしら。でも、ぱっつんて、気を抜くとすぐに伸びて不格好になっちゃうのよね」

 と、何の気にもとめずに、そう応えた。

「いや、そじゃなくってさぁ」

 わたしは、そのあまりにも素っ気ないしずるちゃんの態度に、ツッコミを入れたくなった。

「え? う~ん、自分じゃ似合ってると思うんだけれど。校則で『長髪は縛るか編むこと』ってなってるから、縛ってみたんだけれど。お下げの方が良かったかしら。それともポニーテール? これじゃ、可愛くないのかしら」

 しずるちゃんは、自分が全校から注目を浴びる存在って事を、全く理解していないようだった。

「いや、似合ってるよ。似合ってるし、可愛いと思うんだけどさ……、先週とのギャップがね」

 わたしは何とか彼女に理解させようとしたが、ちょっと無理のようだった。

 そんなわたしに、しずるちゃんは丸渕眼鏡の向こうからキッとした眼差しを送ると、こう言った。

「それよりも千夏(ちなつ)、すぐに三月になるから、四月からの新入生の勧誘の事を考えなけりゃと思うの。去年だって、新入部員の確保は、結構、際どかったじゃないの」

 それを聞いたわたしは、成る程と思った。

 そもそも、しずるちゃんと知り合ったのも、部員確保が縁だったよなぁ。

「そだね。まぁ、うちは三年生がいないから、あんまり急がなくってもいかなぁ」

 と、わたしは応えた。


(取り敢えず、今は既に部員が六人いるんだから、同好会に格下げって事も、当面は無いんだし)


 てなことを考えてたわたしを、しずるちゃんは、上から見下ろすように睨みつけると、

「そんな甘いことを考えていると、また部員がいなくなっちゃうわよ。来年は、あたし達が卒業して二人抜けるから、その分を見越しての部員確保は必要よ。それに、舞衣(まい)さんや大作(だいさく)くん達に、新歓の経験をさせとく必要もあるでしょう」

 と、文字通り、上から目線の言葉だった。

 でも、確かにそだよなぁ。去年の部員確保には、散々苦労させられたから。後輩達に経験させるってのは大切ね。さすが、しずるちゃんは凄い。二手先、三手先を考えてるんだ。

「なに、ホケっとしてるのよ。千夏は部長なんだからね。しっかりしてよね」

 と、若干ウンザリ気味に、しずるちゃんはわたしに言った。

「面目ない……」

 と、わたしは苦笑いをしながら、彼女を見上げた。こういう時には、身長差を思い知らされる。わたしは、ちっこいからなぁ。


 そんなやり取りをしながら、わたし達は校門へ向かっていた。

 ちょうど、舞衣ちゃんが校門をくぐるところだった。

「あ、舞衣ちゃん、お早う」

 わたしが声をかけると、彼女もこっちに気がついたのか、

「お早うっす、千夏部長、しずる先輩……」

 と、応えた。しかし、ちょうど応えたところで、彼女は口をあんぐりと開けたまま、しずるちゃんを指差したまま固まってしまったのだ。

「あ、……、あ、……しずる先輩。そ、……その髪は……」

 と、やっとの事でそこまで絞り出すと、急に彼女は、わたし達のところまで走り寄って来たのだ。

「先輩! そ、その髪は何っすか! い、一体、何があったんすか‼ これは大変な事っす」

 舞衣ちゃんは、そう早口でまくし立てると、しずるちゃんの周りをぐるぐる回りだした。

「な、何よ、舞衣さん。どうしたって言うの」

 しずるちゃんは、舞衣ちゃんの行動に驚いて、その場に立ち止まってしまった。

「どうもこうもないっす。しずる先輩、髪の毛切ったんすか。どうして切ったんすか。何で突然そんな事になるっすか!」

 と、まくし立てる舞衣ちゃんに、しずるちゃんは、ちょっと困ったように応えた。

「別に、良いじゃない。ちょっとしたイメチェンよ。このくらいの長さのロングヘアーも似合ってるでしょ」

 しかし、舞衣ちゃんは納得しなかった。

「勝手に髪を切ったりされたら、あっしが困るんす。ああ、しずる先輩の美しいロングロングの黒髪がぁ。腰まで届く美しい髪の毛がぁ。折角、グラビアの撮影が決まりそうなのに、衣装もメイクもやり直しっす」

 そう言う舞衣ちゃんの言葉に、しずるちゃんはキッと眉をよせると、

「何! そのグラビアって。あたし、聞いてないんだけど」

 と、強い口調で言い返した。

「そりゃそうっす。今初めて、言ったんすから」

 と、舞衣ちゃんは、しれっとした調子で返事をした。

「ううう。先輩のトレードマークの腰まで伸びた美しい黒髪がぁ。折角のあっしの采配が、無駄になるっすよお」

 舞衣ちゃんの恨み節に、しずるちゃんは顔をしかめたまま、キッと彼女を見据えると、怒った口調でこう言った。

「良い事、舞衣さん。あたしは、ただの高校生なの。まぁ、副業で作家もやってるけど……。兎に角、あたしは、グラビアモデルじゃあ、無いの! 分かった」

 これにも負けずに、舞衣ちゃんは言い返した。

「違うっす。しずる先輩は、れっきとした、『グラビアアイドル』っす! しずる先輩のグラビアが載る雑誌が、どんだけ売れてるか分かってるんすか!」

「そんなの知らないわよ! 舞衣さんが勝手に、あたしをグラビア撮影に引っ張り出したんでしょうが。撮影がどうとか雑誌がどうとか、あたしの知ったこっちゃ無いわよ!」

 しずるちゃんの剣幕に負けたのか、現実を受け入れたのか、舞衣ちゃんは頭を抱えると、

「あああ。折角のあっしの企画がぁぁぁぁぁぁ。もう、台無しっすよぉ。沖縄のホテルと航空券も手配済みなのに。どうしてくれるっすかぁ」

 と、まだ恨み節のようにネチネチと言い続けていた。

「何よ、その沖縄って。まだ春休みにもなってないのに。勝手に決めたって、あたしはそんなとこ行かないわよ!」

 と、しずるちゃんは続けて舞衣ちゃんを叱りつけた。

「分かって無いっす……。しずる先輩は、全っ然っ、分かって無いっす。想像して欲しいっす。沖縄の青い海、白い砂浜、煌めく太陽。そして、そこに佇むしずる先輩の裸身。売れるっす。これは超売れるっすよ。それなのに、嗚呼それなのに……。美しいロングロングの先輩の髪の毛がぁ」

 舞衣ちゃんの身勝手な恨み節に、とうとうしずるちゃんは、本格的に怒り出した。

「舞衣さん! 何、その企画っ。また、あたしで儲けようとしてるの! いい加減にしなさい‼」

 と、またも舞衣ちゃんを叱り飛ばした。だが、彼女は引き下がろうとはしなかった。

「それだけじゃ無いっす。あっしも、沖縄旅行を楽しみにしてたっすよ。常夏の国、沖縄。先輩、沖縄行きたいっす」

「あたしには関係ないわ。舞衣さんが行きたいだけじゃないの。あたしを巻き込まないでっ」

 と、強硬に拒否をし続けるしずるちゃんだった。

「行きたい、行きたい、行きたいっすよぉ。沖縄、沖縄っ。沖縄、行きたいっす」

 と、舞衣ちゃんは、駄々っ子のように地団駄を踏んでいた。

 尚も討論を続ける二人を見て、わたしは、


(平和だなぁ……)


 と、つくづく思った。


(未だ、期末テストがあるのになぁ……)


 なんて事を、わたしはボンヤリと考えていたのだ。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ