表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/48

彼氏と彼女とチョコレート(5)

◆登場人物◆

・岡本千夏:高校二年生、文芸部部長。一人称は「わたし」。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。一年生の大ちゃんが彼氏。

・那智しずる:文芸部の二年生。一人称は「あたし」。人嫌いで有名だったが、学業優秀の上、長身でスタイルも申し分のない美少女。実は『清水なちる』のペンネームでヒット作を世に送り出す新進気鋭の小説家。千夏を主人公にして新作小説を書こうとしている。テーマはバレンタイン。

・里見大作:大ちゃん。文芸部にただ一人の男子で、千夏の彼氏。一人称は「僕」。2mを越す巨漢だが、根は優しいのんびり屋さん。千夏には首ったけ。


矢的武史:他校の三年生で、しずるの彼氏。小説大賞の同期だったのが付き合うきっかけ。自宅が病院を経営していることから、医学部合格を目指して猛勉強をしている。






 それは、バレンタインデーの直前の日。13日の事だった。


 その日は土曜日で、学校はお休みだった。

 わたしは、舞衣ちゃんの厳しいスケジュールの間をぬって何とか時間を作ると、大ちゃんとデートをしていた。

「今日は晴れてるし、千夏(ちなつ)さんも一緒で楽しいんだなぁー」

 大ちゃんがニヤニヤしながら、そう言っていた。

 わたしは少し赤くなって、ちょっと俯いていた。目抜き通りの真ん中でそんな事を言われて、柄にもなくわたしは照れてしまった。

 首に巻いている毛糸のマフラーが、少しチクチクしたような気がした。

「あ、あのね、駅前の茶店のパフェが、美味しいんだって。大ちゃんは、甘いもの大丈夫だよね」

 わたしは、照れ隠しのようにそう言った。少し、唐突だったかも知れない。

 しかし大ちゃんは、デレッとした顔をして、こう言った。

「大丈夫なんだなぁー。千夏さんと一緒なら、甘いものも美味しいんだなぁー」


(う~、なんか照れる。こういう時は手でも繋いであげた方が、良いのかなぁ。今まで、男の子の友達もいたけれど、恋人というわけじゃなかったしなぁ。マンガや小説では、どうやってたっけ?)


 相変わらず初心なわたしだった。しかし、ある意味、大ちゃんはわたしにとって『お似合い』なのかも知れない。

 まあ、そんな事を考えながら、わたし達は駅前までやって来たのだ。


 少し歩くと、目的のお店が見えてきた。わたし達は、二人で駅前の茶店に入った。窓際のテーブルに通されると、わたしは、彼と向かい合って座った。……え、『彼』だって。自分で思っといて恥ずかしい。わたしは、少し挙動不審に陥りかけた。それで、大ちゃんと目を合わせるのが恥ずかしくって、ちょこちょこと、店内を見回していた。

 そんな時、わたしのすぐ後ろの席から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「こうしてゆっくり会えるのも、久し振りね」

「ああ、そうだな」


 ええっと、この声って……、しずるちゃん! 話している相手は、例の受験生の彼氏さんだろうか?

 わたしは大ちゃんに目配せすると、テーブルに伏せるように指示した。大柄な大ちゃんは、向こうの二人に発見される恐れがある。……って、何を恐れる必要があるんだろうか。

 しかし、こんなところでデートしてるのが分かれば、お互いに気不味いことになるだろうことは間違いない。

 わたしは、そうやって細かな気遣いを見せながらも、しずるちゃん達の会話に、そっと耳を傾けてしまっていた。


「行くんでしょ、今夜」

「そうだよ。大事な大事な本試験だからな。ここまで頑張ってきたんだ。絶対合格してみせるよ」

「そう……」

「なんだよ、那智。絶対、合格するって。絶対だよ。心配すんな」

「分かっているわ。あたしだって、分かっているつもりよ。でも……」

「でも、……って、何だよ」

「あなた、本番に弱いじゃないの。センター試験の時の失敗を繰り返さないでよね」

「せ、センター試験では、満点取れなかったけど、足切りには引っかかってないんだぜ。充分に点は取れているよ」

「それが怪しいから言ってるのよ。本当に大丈夫? もう後が無いのよ」

「背水の陣ってことだろう。うん、絶対にヘマはしない。最低、二回は見直すつもりだ」

「そう……」

「そう、って何だよ」

「何も言ってくれないのね、あたしには」

「な、何だよ、それって」

「あ、あたしだって不安なの。あなたの現役合格目指して応援してきたけど、そんなあたしの気持ちは、あなたには、どうってこと無い事なのね」

「そ、そんな事無いよ。那智には、充分感謝してるよ。勉強が行き詰まってイライラしてる時にだって、リラックスさせてくれたし。何より、そうやって俺のこと応援してくれてる人が居るってのは、心強いし。それに……」

「それに?」

「何ていうか、その……、帰って来るところがあるって良いよな、って感じだ」

「くすっ、何それ。戦場に、死にに行く訳でもあるまいし」

「いや、男としては、気持ち的にはそんなとこなんだ」

「分かってるわよ。あなたらしいわ。……そうそう、これがあったんだったわ」

「何、これ?」

「チョコレートよ。明日、バレンタインでしょ。でも、あなたは、今日には行ってしまうから」

「あ、ああ、そうか。ありがとう。もらっておくよ」

「うん。あなたのことが好きよ。大好き」

「今更、目の前で言われると、ちょっと照れるな」

「うん……大好き……だったわ」

「え?」


 ここで、会話は一旦途切れた。

 しずるちゃんの声は、何だかひどく沈んでいるように聞こえた。

 何だ、しずるちゃん、……何を言おうとしたんだろう。言い方が過去形だ。まさか……、



「ねぇ、あたし達、別れましょう」


 えええええええ。それが、しずるちゃんの言った言葉だった。


「な、何だよ、那智。藪から棒に」

「あたし、もう疲れたの。ずっと今まで、あなたの心配ばかりして。メールも、チャットも、電話も、出来るだけ控えめにして。でも、合格したら、あなたは遠くに行ってしまうのね。こんなんじゃ、あたし、一年も待てないわ」

「待つ必要なんかないよ。休みのたんびに帰って来るよ。電話もするし、メールもする。絶対に那智を寂しくさせない。必ずだ」

「そう……。でもね、あなたは、きっとあたしよりも綺麗で、あたしよりも優しい()を見つけて選んでしまうのよ」

「そ、そんな事ないよ。それに、まだ合格するって決まった訳じゃないし。浪人すれば、後一年、一緒に居られるんだぞ」

「っっっっっ……、そんなだから心配なんでしょ! 合格できなかったら、あたしの所為だって、きっと言われるわ。あなたの家族は、そう言ってあたしを責めるに決まってる。それに、一浪している人が彼氏だなんて、あたし自身が許せないのよ!」


 その言葉の後、テーブルを叩く<ダン>という音が響いた。


「うっひゃぁ」

 あまりの事に、わたしは、思わずそう叫んでいた。


「え? 誰?」

 そう言って、立ち上がってこっちの方を見たのは、まさしく那智しずる先生である。


「あ、あなた達、何やってるのよ」

 しずるちゃんは、顔を赤くしてわたし達を睨んでいた。

「あ、あははは~。見つかちった」

「千夏! それに大作くんも。二人揃って盗み聞きしていたの」

 しずるちゃんの方も動揺しているみたいで、いつものキリッとした様子が見られなかった。

 それでも、上気した彼女は美しかった。こんな時までも綺麗だなんて、しずるちゃんずるいよ。

 そんなわたしの思いとは関係なく、彼女は鋭い目付きでわたし達を睨んでいた。



 ……と言うことで、結局、わたし達は四人で相席する事となってしまった。


 でも、やっぱり気不味い。


 わたしがおどおどしていると、しずるちゃんは、

「で、どうして千夏と大作くんが、こんなところにいる訳? あたしの後を、付けて来たの」

 と、ムスッとした表情で言い放った。

「違うよ。わ、わたし達だって、デートしてたんだよ。ここに座ったのは偶然だよ。偶然」

 わたしは精一杯の言い訳をしたが、彼女は、未だ納得していないようだった。

「えーっと、そっか。偶然だったんだ。えっと、千夏っちゃん、だったっけ」

 しずるちゃんの彼氏さんが、そうわたしに声をかけた。

「あ、ああーっと、お久し振りです」

 わたしがそう応えると、しずるちゃんは、ちょっとムッとした感じで、

「へぇ、名前で呼ぶんだ。あたしのことは、那智って言うのに」

 と、嫌味をたっぷりと含んだ調子で、そう言った。

「おい、変なこと言うなよ。この子達には、関係ないじゃないか」

「ま、正直言って、関係ないわね」

 そっぽを向いてそう言うしずるちゃんは、ちょっと寂しそうに見えた。

「そ、それより、しずるちゃん。わ、別れるって、どーゆーこと!」

 わたしは、少し強い口調で彼女に言い寄った。

「聞いた通りよ。別れたいの、あたし」

「そんなの駄目だよ。好きなんでしょ、彼氏さんのこと」

「好きよ。大好き。……だから、駄目なのよ」

「ううう~。そんなの分かんない。分かんないよぉ。好きなのに別れるなんて、おかしいよ」


 そうだ、絶対おかしい。わたしは、何とかしてしずるちゃんを思い留まらせようと、無い知恵を振り絞って考えていた……。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ