彼氏と彼女とチョコレート(4)
◆登場人物◆
・岡本千夏:高校二年生、文芸部部長。一人称は「わたし」。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。今回は、バレンタインデーのチョコ作りに挑戦する。
・那智しずる:文芸部の二年生。一人称は「あたし」。人嫌いで有名だったが、学業優秀の上、長身でスタイルも申し分のない美少女。実は『清水なちる』のペンネームでヒット作を世に送り出す新進気鋭の小説家。千夏を主人公にして新作小説を書こうとしている。テーマはバレンタイン。
・高橋舞衣:舞衣ちゃん。一年生。一人称は「あっし」。身長138cmの幼児体型。変態ヲタク少女にして守銭奴。今ではしずるや千夏のマネージャー気取りで金銭を管理している。
・里見大作:大ちゃん。文芸部にただ一人の男子で、千夏の彼氏。一人称は「僕」。2mを越す巨漢だが、根は優しいのんびり屋さん。その外見に反して手先が器用で、手芸や料理も得意。
・西条久美:久美ちゃん。一年生、双子の姉。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。髪の毛は左で結んでいる。
・西条美久:美久ちゃん。一年生、双子の妹。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。髪の毛を右で結んでいる。
彼女達二人は、髪型で違いを出してはいるが、ほとんどの人は見分けられない。二人共オシャレや星占いが好き。
・藤岡淑子:国語教師で文芸部の顧問。喋らずにじっとしていさえすれば、超のつく美人。しずるの事情を知っている数少ない人物の一人。かなりの酒豪で、潰した男は数しれず。
しずるちゃんのお願いから、文芸部の皆でバレンタインのチョコレートを作ることになってしまった。
昨日は、大ちゃんの案内で、地元のマーケットでチョコの材料を買ってきた。今日は、実際に作ってみよう。と言うことで、わたし達は学校の家庭科室に集まっていた。
「あんまり好き勝手に使うなよ。後片付けもちゃんとする事。それと、出来たモノは、先生にも分けること。分かったかな」
顧問の藤岡先生は、こう言った。家庭科室を使うのを、学校と交渉してくれたのだ。最後の約束は、お礼というか、賄賂というか……。
「分かりました」
取り敢えず、わたしは返事をして、皆の方を向いた。
「では、手作りチョコレートに挑戦します。用意はいいかな」
『良いでーす』
揃った声が聞こえた。
「まずは、基本なんだなぁー。細かく砕いたチョコを、50℃くらいの湯煎にかけて、融かすんだなぁー。直接火にかけるんじゃないよぉー。焦げちゃうから。ゆっくりとね。あと、水が入らないようにねぇー」
大ちゃんは、制服の上にエプロンの姿で指導してくれていた。手に持ったボールやヘラが、やけに小さく見える。
わたし達は、めいめい好きずきにチョコの塊を取ると、適当に砕いてから金属のボールに放り込んだ。それを熱い湯に浮かべる。
時間が経ってボールが温まるとともに、チョコレートの表面が柔らかくなり、更には形が崩れてきた。
ほう、これでいのか……。後は、融けたチョコを型に入れるだけだね。簡単簡単。
「チョコレートが融けてきましたわぁ」
久美ちゃんの言葉に、大ちゃんが答える。
「融け出したら、一旦湯煎からおろして、こうやってヘラなんかで、よく混ぜてあげるんだなぁー。最初は少し硬いかもだけど、段々軟らかくなるからねぇー」
ああ、そうか。効率よく融かすためね。
「えっとぉ、所謂、テンパリングってやつですのねぇ」
(え? 違った。テンパリングかぁ。どっかで聞いたような……)
「こうやって温度を調節してあげると、チョコレートに含まれるカカオバターが分解するんだなぁ。そうすると、つややかで柔らかい口当たりのチョコレートに仕上がるんだなぁ。あ、空気が混ざり込まないようにしてね」
「なるほどね。チョコに含まれているカカオバターを一度融解したあと、微結晶状態に再結晶させるのね。科学的に理に適っているわ。さすがは大作くん」
(うう。やり方は分かったけど……。しずるちゃんにそんな難しいことを言われたら、テスト勉強みたいだよ)
「ええーっと、そんなに難しく考えなくってもいいんだなぁ。……皆、上手くできたかなぁ。テンパリングが終わったら、型に流し込むんだなあー。もっと味を足したい人は、ここで刻んだナッツやドライフルーツを混ぜてもいいんだなぁー」
大ちゃんが、丁寧に次の工程の指示をしてくれたので、なんとか完成させられそうだ。
「これで型に入れて、固まったら終わりなの? ふむん……、意外と簡単なのね」
しずるちゃんが、ボソリと感想めいた事を口にした。
「ああーっとね、これは、一番簡単なやつなんだよ。もっと手の込んだ人は、チョコレートケーキにしたり、違う色や味で何層にもしたりするんだからね」
しずるちゃんが『簡単』と言ったことに対して、わたしはウンチク的なことを補足した。やり始める前は、あんなに苦手そうにしていたからだ。
わたしが言ったことを聞いたしずるちゃんは、
「あら、そうなのね。お菓子作りといっても、奥が深いわね。でも、いいわ。あたしは、一番簡単なので作るから。要は、テクニックじゃなくて、愛情を込めることなんだからね」
と、正論を述べた。
(まあ、確かにその通りなんだけどね。でも、作り方を教わりに来ておいて、それは無いと思うなぁ)
わたしが、そんな事をボンヤリと考えているうちに、型に流し込んだチョコレートが、ほぼ固まったみたいだ。
「もうそろそろ、チョコが固まったと思うんだなぁー。そしたら、型から外してみるんだなぁー」
大ちゃんに言われて、わたし達は、それぞれ型からチョコを取り出し始めた。
「う、上手く取れないっす」
「あっ、出来ましたぁ」
「綺麗に固まっていますぅ」
西条姉妹の方は、上手く出来たらしい。ま、融かして型に入れるだけだもんね。
「くっそう、なんででっすっか。出てこい、チョコレート」
舞衣ちゃんの方は、未だ手こずっているようだった。型を逆さにして、テーブルに打ち付けている。何度か<ガンガン>という音が響いたが、しばらくするとおとなしくなった。
「やったっす。取れたっす。あっしも、チョコ、完成っすよ」
そんな舞衣ちゃんの様子を見て一安心したのか、大ちゃんは続きを解説し始めた。
「思い通りのチョコが出来たら、後は包み紙や箱に入れて、ラッピングをするんだなぁー」
「成る程、ラッピングっすか。チョコ本体が多少安っぽくても、包装でフォロー出来るってことっすね」
舞衣ちゃんが相槌を打った。
「う、ううー。身も蓋もないけど、平たく言うと、そうなんだなぁー。ラッピングだけでも、色々な方法があるよぉー。皆、工夫してみると良いんだなぁー」
大ちゃんの説明では、イマイチ重要性が伝わらないが、つまりは、ここも大事ということか。
「んじゃぁ、あっしは大量生産してバラ撒くことにするっす。久美ちゃんと美久ちゃんは、どうするっすか」
舞衣ちゃんの問に、双子達は少し悩んでいるようだった。
「そうですねぇ。意中の人がいるわけでもありませんしぃ」
「やっぱり、クラスの人とか写真部の人とかですかねぇ。お世話になった人達への、義理チョコでしょうかぁ」
(そ、そなんだ。義理チョコか……。わたしは、どしよかなぁ)
チョコは出来たものの、ボンヤリとそんな事を考えていると、しずるちゃんがこう訊いてきた。
「千夏はどうするの。もちろん、一点集中でしょうね」
「うお。……ま、まぁ、確かに他にあげる宛は無いけど。大ちゃんの他は、お父さんくらいかなぁ」
「そっか。家族も大事よね。あたしも、弟達に渡そうかしら」
「しずるちゃんこそ、彼氏さんに一点集中だと思ってたけど。なんか意外」
わたしは、思ってもみなかったしずるちゃんの答えに、少し驚いていた。
「あ、もちろん、試作品を渡すに決まってるじゃない。本命は、一番出来の良かったやつよ」
ああ、やっぱりね。わたしだって、そうするよなぁ。
わたし達がそんな雑談をしていると、大ちゃんがこんな事を言ってくれた。
「他にも、チョコケーキにしたり、チョコフォンデュみたいにすることも出来るんだなぁー」
「え、何すか、大ちゃん。そのチョコフォンデュって?」
聞き慣れない言葉に、舞衣ちゃんが、大ちゃんに訊き返した。。
「チョコバナナみたいに、イチゴとかリンゴとかを、融かしたチョコでコーティングするんだなぁ。やるんだったら、中身が傷まないように気をつけてね」
「成る程。イチゴをチョコでくるむんすね。イチゴ大福みたいなもんすかねぇ」
「いやぁ、コーティングするだけだから、イチゴの原型はそのままだよぉー」
ふむん、そんな裏ワザもあるのか。あれ? そう言えば確か……、アレもあったっけ。
「そう言えば、大作くん。このホワイトチョコはどう使うの?」
わたしの代わりに、しずるちゃんが、もう一つの包の中を見て、大ちゃんに尋ねた。
「これですかぁ。例えば、二層にして色違いに出来るんだなぁ。それから、文字の部分をホワイトチョコで作っておいて、その後、普通のチョコを流して固めると、文字入れが出来るんだなぁー」
「ああ、成る程ね。さすがは大作くんだわ。何でも知っているのね」
それを訊いた大ちゃんは、少し赤くなって、
「それ程でも無いんだなぁー。分かるのは、知ってる事だけなんだなぁー」
と言いながら、頭を掻いていた。
一方、それを聞いたしずるちゃんはというと、腕を組んで少し考え事をしていた。そして、しばらくしてこう言った。
「ありがとう、大作くん。お陰で作り方が分かったわ。じゃぁ、あたしは、後は自宅で作ることにするわね」
彼女はそう言って、さっさとエプロンを脱いで、たたみ始めた。
「え? しずるちゃん。ここで、皆と一緒に作るんじゃないの?」
わたしがそう訊くと、
「取って置きは秘密にしておくものよ。それじゃあ、あたしは先に帰るね。千夏、後よろしく」
と言うと、たたんだエプロンとチョコ一式をバッグに詰め込んで、さっさと調理室を出て行ってしまった。
「あ、あれまぁ。慌ただしい人っすね、しずる先輩も」
「そうですわねぇ」
「私も、先輩がどんなチョコを作るのか、見てみたかったですぅ」
こんな感じで、舞衣ちゃん達は少し気が抜けてしまったように見えた。
「ま、あっしらは、大量生産の義理チョコだから、ここでガンガン作っちまえばいいっすからね」
「そうですねぇ、舞衣ちゃん」
「では、量産に入りましょうかぁ」
と言うことに話がまとまったようだ。舞衣ちゃん達三人は、義理チョコ作りに取り掛かっていた。
(わたしは、どしよかなぁ)
そんな事を考えていると、大ちゃんがこっそりと話しかけてきた。
「ええっと、千夏さん。僕、チョコレートケーキも作れるんだなぁ。え、えーっと、い、一緒に作ってみますかぁー」
(え? チョコレートケーキ? パウンドケーキなら作った事あるけど……。どしよっか)
「それって難しいの?」
わたしが、彼を見上げてそう訊くと、
「普通のケーキと、そんなに変わらないんだなぁ。生地に融かしたチョコを混ぜるとか、ケーキをチョコでコーティングするとか、少し手間がかかるくらいなんだなぁー」
大ちゃんの返事で、思ったよりも難しくなさそうなことが分かった。だったら、教えてもらう事にしよう。
「じ、じゃあ、一緒に作ってもい?」
「あ、あーと、う、うれしいんだなぁー。ぼ、僕も、千夏さんと二人で、チョコレートケーキを作ってみたいんだなぁー」
と、二メートルを超す巨漢は、少し頬を染めると、照れながら返事をしてくれた。
密かに作って驚かせるのもいいけれど、こうやって二人で作るのも楽しいに違いない。
毎年、お父さんにしかあげたことがなかったのに、今年はちょっと違う。バレンタインデーを目前にして、こんな風に過ごすのも悪くはないな、と思ったわたしであった。