彼氏と彼女とチョコレート(3)
◆登場人物◆
・岡本千夏:高校二年生、文芸部部長。一人称は「わたし」。ちょっと舌足らずな喋り方の小柄な女の子。今回は、バレンタインデーのチョコ作りに挑戦する。
・那智しずる:文芸部の二年生。一人称は「あたし」。人嫌いで有名だったが、学業優秀の上、長身でスタイルも申し分のない美少女。実は『清水なちる』のペンネームでヒット作を世に送り出す新進気鋭の小説家。千夏を主人公にして新作小説を書こうとしている。
・高橋舞衣:舞衣ちゃん。一年生。一人称は「あっし」。身長138cmの幼児体型。変態ヲタク少女にして守銭奴。今ではしずるや千夏のマネージャー気取りで金銭を管理している。
・里見大作:大ちゃん。文芸部にただ一人の男子で、千夏の彼氏。一人称は「僕」。2mを越す巨漢だが、根は優しいのんびり屋さん。その外見に反して手先が器用。
・西条久美:久美ちゃん。一年生、双子の姉。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。髪の毛は左で結んでいる。
・西条美久:美久ちゃん。一年生、双子の妹。一人称は「私」。おっとりした喋り方の可愛らしい女の子。髪の毛を右で結んでいる。
彼女達二人は、髪型で違いを出してはいるが、ほとんどの人は見分けられない。二人共オシャレや星占いが好き。
しずるちゃんとの仲違いは、わたしの思い違いだった。実は、彼女は新しい小説のアイディアを思いついて、その原稿を進めていたのだという。
そして、その小説を創るのは、わたし達だという。
「だから千夏、チョコレートの作り方を、教えて!」
「……へ?」
わたしは、一瞬何のことか理解できないでいた。小説とチョコの関係が理解できない。
「だから、千夏。チョコレートっ」
しずるちゃんが、重ねてわたしに訴えた。
「バレンタインデーといえば、チョコレートでしょう。高級品を買って渡してもいいけれど、やっぱり手作りにしたいじゃない」
「うん。そなんだけど……」
わたしは言葉に困った。
「わたしも、作れることには作れるけどぉ、……そいうのは、大ちゃんの方が得意なんじゃないかなぁ」
そう言って、わたしは大ちゃんの方を見上げた。
「え? 僕ですかぁー。まぁ、出来ますけどぉー」
大ちゃんが、いつもののほほんとした感じで応えた。すると、しずるちゃんは、
「千夏、あなたバカなの。送る相手に作り方を教わるなんて、変でしょう」
と言う。何か怒っているようだ。
「あたしのプロットでは、ここは、千夏が孤軍奮闘してチョコを作ることになっているの。千夏、あなた主役なんだからね」
「ええ! わたし、いつから主役になったの」
わたしは驚いて、しずるちゃんに訊き返した。
「原稿読んだでしょう。あたしと千夏がモデルだって、言ったじゃない」
「うう、そ、そだけどさぁ。大ちゃんの目の前で、公然と言われると恥ずかしんだけどな」
「何よ。実際、千夏も渡すんでしょ」
「そ、そだけど……しずるちゃん、強引」
わたしが難色を示していると、
「部長、ここは強気に出ないとならないっす。バレンタインデーは、年に一回のイベントっすよ」
という風に、舞衣ちゃんからも突っ込みが入った。
「そうですよぉ、部長」
「チョコは大事ですぅ」
西条姉妹も加わった。うう、これでは、断然不利じゃないか。どうすべ……。
わたしが俯いて黙っていると、大ちゃんがこんな事を言った。
「じゃぁ、文芸部の皆で、チョコを作ってみるのもいいんじゃないかなぁー」
それを聞いて、舞衣ちゃんは、
「それは、いい考えかも知れないっすね。あっしも、写真部の皆に贈ろうと思ってたところっす。この前、世話になったっすからね。勿論、義理っすけど」
と賛成の意を表した。すると、
「写真部にですかぁ」
「それはいい考えですねぇ」
『私達も、チョコレート、作ってみたいですぅ』
と、双子達も、それに便乗してしまった。
しずるちゃんはというと、腕を組んで何やら神妙な面持ちで考え込んでいる。
「ふむん……。まぁ、手の内がバレるのは癪だけれど、まずはチョコが作れなきゃ、どうにもならないわね。仕方がない。今年は、大作くんに教えてもらいましょう」
と、結局は受け入れてしまった。
「じゃ、頼むわね、大作くん」
校内一の美少女からの頼みに、
「分かったんだなぁー」
と、大ちゃんは、少し赤くなりながら応えた。
と言うことで、わたしの意向は完全に無視されて、文芸部の皆で手作りチョコレートに挑戦することになってしまった。
それで、今日は早めに切り上げて、皆で買い出しに出かけることになった。
「舞衣さん、チョコの材料って、経費で落ちるかしら」
しずるちゃんが、舞衣ちゃんにそう尋ねた。しずるちゃんが、ペンネーム『清水なちる』の小説家であることを知った彼女は、編集部との間に割り込んで、今ではわたし達のマネージャー気取りでいる。特に、お金関係は、全て舞衣ちゃんが実権を握ってしまった。
そんな事が続くと、終いには慣れてしまうものだ。しずるちゃんも、当たり前のように、経費のことを彼女に相談したのだ。
「いやぁ、さすがにそれは無理かと……」
いつもは守銭奴らしくお金にがめつい舞衣ちゃんだったが、今回は珍しく難色を示した。が、少しすると、何かを思いついたようだった。
「そうだ! しずる先輩の作ったチョコを、サイン入りで販売すれば大儲けっすよ。これなら、材料代もバッチリ。元どころか、莫大な利益が期待できるっす」
と、とんでもないことを言い出した。これには、しずるちゃんも、
「いい加減にしなさい。バレンタインデーのチョコレートをお金で買わせるなんて、夢がないでしょう」
と、お怒りのようだ。
「いい商売になると思うんすがねぇ」
「舞衣さん、大概にしなさい! ほんっとうに怒るわよ」
「いやぁ、勘弁してくだせいよ、しずる先輩」
「分かってるのかしら。あたしの仕事は、『夢を形にして皆に伝えること』なんだから。『バレンタインデーをこんな風に過ごしたら幸せね』っていうのを、形にしたいのよ」
(いや、しずるちゃん。それは、『清水なちる』のお仕事であって、しずるちゃんの仕事はお勉強だと思うよ)
なんてことは口に出せなかったけど、わたしは大ちゃんと一緒の買い出しで、少しドキドキしていた。
「ここが、僕の行きつけのマーケットなんだなぁー。ケーキやお菓子の材料が豊富なんだなぁー」
そう言って、大ちゃんが案内してくれたのは、ちょっとお洒落なスーパーマーケットだった。チェーン店ではなく、地元の資本らしい。差別化を狙ってか、地元産の食品素材とかが多かった。
「今週は、バレンタインデーが目の前だから、チョコのセールをやってるんだなぁー」
確かに、彼の言う通り、のぼり旗にもポスターにも、『チョコレート セール中』と、デカデカと宣伝されている。
「さぁ、入りましょう」
しずるちゃんは先頭を切って、店内に入った。そして、入口の脇に重ねてあった買物カゴを左手に持つと、店内を物色し始めた。
彼女の後ろを、大ちゃんが付いて回って、何やら説明をしている。
その風景を見て、「わたしもいつか、あんな風に大ちゃんとお買い物するのかなぁ」と、ぼんやり考えていた。
「しずる先輩と大ちゃんが並ぶと、まさに美女と野獣ですわねぇ」
「むぅ」
美久ちゃんが、失礼だが、素直な感想を述べた。
「それもまた、お似合いかも知れませんわねぇ」
「むむぅ」
久美ちゃんが、追い打ちをかける。
そう言われたら、わたしも、あまりいい気持ちはしない。それに、何だか大ちゃんを取られたようで、少しモヤモヤした気持ちになった。
わたしは、ズシズシと大ちゃんのところまで行くと、彼の左手にぶら下がってこう声をかけた。
「大ちゃん、わたしにも説明してよ。大ちゃんは、どんなチョコが好き?」
そう言われた大ちゃんは、耳を赤くして、しどろもどろになっていた。
「あ、あと、……ええっと、……に、苦味の効いたビター、かなぁー」
「ビターって?」
わたしが彼に訊くと、代わりにしずるちゃんが答えてくれた。
「砂糖やミルクをあまり加えない、本来の味のチョコね。さすがは大作くん。渋いわね」
それを聞いたわたしは、
「大ちゃんは、そんなに年寄り臭くはないよ。こういうのを、イケてるって言うんだよ」
と、少し不機嫌に、しずるちゃんに言い返した。
「えっ、何を怒っているの、千夏。まぁ、ビターを選んでおけば、甘みは後から足せるわね。確かに、頭のいい選択ではあるわ」
「後は、あっちの方に、ナッツやドライフルーツなんかがあるんだなぁ―。トッピングや、刻んで混ぜてもいいんだなぁー」
と、大ちゃんが補足してくれた。
(よし! わたしは、大ちゃんとドライフルーツを見に行こう)
わたしも負けずに買い物カゴを手に取ると、大ちゃんを目的のコーナーまで引っ張って行った。
「しずるちゃんは、メインになるチョコを選んでて。わたしは、トッピングを選ぶから」
そうわたしが叫ぶと、残された美少女は、少し肩をすくめてこう言った。
「いいわ。チョコレートは、あたし達に任せて。千夏は、トッピングを選んできてね」
「千夏部長、任せといて下せい」
『部長、ラブラブですわねぇ』
うう。最後の一言は余計だよ。わたしは、少し強引にしてしまったことに、恥ずかしくなってしまった。思わず、握っていた彼の手を離す。
「ううー。千夏さん、僕、何か気に入らないことをしましたかぁー。ゴメンなんだなぁー」
そうやって、大ちゃんは、済まなさそうに頭をかいていた。
い、いや、悪いのは大ちゃんじゃないんだ。
「そ、そんな事ないよ。……えっとぉ、大ちゃんは、どんなのが好きかな?」
わたしが、そう訊くと、
「え、えっとぉ、……今のも好きだけどぉ、ポニーテールにするのも好みなんだなぁー」
と答えた。
え? ええっ、えっとぉ、それは髪型の好みでは……。
「あ、あのぉ。と、トッピングにするドライフルーツなんかは、何がいいのか聞きたかったんだけど……。ゴメン、大ちゃん。わたし、ちょっとお手洗い。ここで待っててね」
その場を紛らわすと、わたしは店内を小走りで横切った。
そのまま女子トイレに駆け込むと、鏡に写る自分を見た。耳まで真っ赤だ。こんな往来でハレンチな。わたしのオオバカ野郎。
わたしは、振り乱した髪を手で梳いて整えると、ポケットを弄った。深い紺色の髪ゴムが指に当たる。
(よし! 決めた)
わたしは、髪を整え直すと、大ちゃんのところに急いで戻った。
「あ、千夏さん……」
大ちゃんは、そう言ったきり、呆然としていた。わたしも、少し顔を赤くして、ぎくしゃくとしていた。
そんなわたしは、大ちゃんがこんな事を思っているとは、全く想像だにしていなかった。
(ち、千夏さん、ポニーテールが可愛い、んだなぁ)