再会とニアミス
学校の最寄り駅をひとつ乗り越し、隣の駅に降りた優と一平は、駅前の地図で道を確認して、優の学校を目指して歩いた。
学校に近づくにつれ、一平の目線がだんだん鋭くなってくる。あたりを警戒しつつ、でもあくまで普通に歩いている。優も、電車の中でゆるんでいた気持ちをくっと引き締める。
時計を見ると、午後3時少し前。下校時間にかかっている。
「このまま学校見に行くわけには…いかないですね」
ちょっと残念そうに優がつぶやく。
「うーん…」
一平も肯定しつつ、あたりをくるりと見回す。
ふと、このあたりで一番背の高いビルを見つけて目をとめる。5階建てくらいだろうか、れんが色のタイル張りのビルが見えた。
「優ちゃん、あそこ。」
優もそのビルを見て、一平の言いたいことを理解する。二人は人が見ていないことを確認してから、そのビルの屋上に向かってテレポートした。
テレポートアウトしたビルの屋上は、風が吹いて気持ちいい。ふたりは学校の見える東側の角に陣取って、学校から人気がなくなるのを待つことにした。
「本当は、ちょっと見るだけでいいやと思ってたんだけど・・・だめですね、やっぱり実際に見ると欲張りになっちゃう。」
優は屋上の金網に手をかけて学校を眺めている。
放課後の学校は、ちょっと離れたこの場所からも何だか閑散として見える。
クリーム色の外壁、たくさんあるガラス窓、コの字型の校舎のちょうど真ん中にしつらえた、大きな丸い時計。けれど屋上にも校庭にも生徒はいなくって、なんだか校舎が取り残されてしまったようにさえみえる。
「別に、学校がすごく好きだったわけじゃないんですよ。普通に授業受けて、普通に友達としゃべって、普通に部活やって。いかなきゃいけないからいく、って感じ」
ぽつり、とつぶやく。
「へえ、何のクラブ入ってるの?」
「あは、華道部です。運動系はいまいちだめだったし、華道部に友達が入ってたから」
「そっか、だからそんな礼儀正しいんだ」
「礼儀正しいなんて、そんな」
「いまどきちゃんと敬語つかう女子高生、少ないと思うよ」
「だって、一平さんも夏世さんも蘇芳さんも、みんな年上だしお世話になってるわけだし」
面と向かって褒められるのはなんだかむずむずする。優はもう一度学校のほうへ目をやって、一平から目をそらした。
「でもさ」
強引なんだか気が回らないんだか、そんな優のそぶりにかまわず一平は話を続ける。
「俺に対してはタメ口でいいよ。ん~…何だか、ほら、敬語なんて使われると鳥肌立っちゃうよ。2歳しか違わないんだし」
学校の先輩とかでも敬語で話すでしょ、と内心つっこみつつ、優は一平の顔を見る。
「でも」
「『でも』も『だって』もなし!大体、公園で奴らとやりあったときはタメ口きいてただろ?」
「は、はい」
そういえば、そんな気もする。ああいうシチュエーションでは、いちいち敬語で喋っていると時間がかかるし、そっちに頭も回らない。多分、それでついタメ口になっていたんだろう。
「だーかーら、『はい』じゃなくて!」
なんだか一平のペースに乗せられている。実に勢いのある人だ。
でも、のせられて悪い気分はしない。
「・・・・・うん」
ちいさく返事をして、にっこりと笑った。
さら、っと風が吹いて、そんな優の前髪を揺らした。
やがて、午後の日差しの色があせてきた頃、すっかり人気のなくなったことを確かめて、二人はそっと学校の敷地に入った。学校の裏門のあたりからテレポートアウトすると、さらに敷地の奥のほうへ歩を進める。
学校は正門から見るとカタカナのコの字を伏せたような形になっていて、正面の横長の校舎の左右に手前に伸びる建物がつながっている。
裏門は、正門からずっと左奥にいったところにある。人通りの少ない住宅街に面していて、たいがいいつでも閉ざされたままだ。すぐわきに大きな駐輪スペースがあって、自転車とバイクが2,3台とめてあるのが、校舎内に誰かしら人がいることを示している。優と一平は、ほこりっぽいにおいのするバイクの横を通って、その更に奥の校舎の角を曲がった。
すると、敷地はちょっとだけ開けていて、そこに小さな畑と、『園芸部』とかかれた看板のかかっている小さなプレハブ小屋があった。
「よく、園芸部からお花もらってたんですよ」
なつかしそうな声で優が話す。
初夏の畑には、勢いを増した緑の植物が整然と植わっている。半分はトマトやジャガイモなどの野菜、半分は花を育てているようだ。
その畑の向こうに、蘇芳の家のものよりは少し小ぶりのアジサイの群生があった。
「・・・すげえ」
確かに、サイズは小ぶりだが、花の勢いがすごい。
こんもりと茂った葉、まるで宝石を思わせるようなはっきりとした青い花。遠めに見ても、ものすごい存在感があった。優は立ち止まって黙って眺めていた。
去年の今頃、まだ何も知らなかった頃。
初めて見たこの花たちの、あまりにも見事な鮮やかさに目を奪われて、持っていた携帯のカメラでアジサイの花を撮影したことがある。
けれど優の持っていた携帯は古い機種なので、カメラの画素数が少なく、思っていたようなきれいな写真は撮影できなかった。だいぶギャザが入ってしまって、優はちょっとがっかりした。
それから新しい携帯が欲しくなって、新宿のカメラ量販店へ友達と一緒に見に行ったのだ。
結局欲しかった機種は、機種変更料金が高かったので、諦めたのだが。
(そう、南美がついてきてくれて・・・)
そんな思い出が去来する。そして、もう半年以上会っていない、いちばんの親友の顔が浮かんできた。藤田南美。小学校からの、一番の仲良し。
無性に寂しくなって、ちょっとなきそうになる。
寂しくなるから、意識的に思い出さないようにしていたのに、やっぱりここに来るとどうしても思い出してしまう。
会ってはいけないのに。自分の無事なことすら伝えられないのに。
追っ手の魔手が親友に及ぶことだけは絶対に避けたいから。
そんな優の表情を見越してか、一平が肩をぽん、とたたいた。
「ほら、もっと近くに行って見ようぜ」
「・・・うん」
まだ青くて固い実のなったトマトの苗の横をとおり、アジサイのそばまで行く。
アジサイはにおいはしないが、まるで爽やかな初夏の香りが漂ってきそうなその出で立ちに、ますます圧倒されてしまう。
そっと手を伸ばし、花の一房に軽く触れてみる。
そのとき。
「だれ?」
突然声がした。女の子の声だ。
優と一平はびっくりして振り向いた。
振り向いた先、畑の向こうのプレハブ小屋の戸が開いていて、その戸口に女生徒がひとり立っている。高校生にしてはかなり小柄で、天然パーマのかかったくるくるの黒髪を二つにわけている。
「あ、すみません、このアジサイをみに・・・」
学校関係者に出くわしたとき用に言い訳をかんがえていたのだろう、一平がさらりと返事をする。けれど、優は思いっきり固まったままだ。
優の様子がおかしいことに、一平もすぐ気がついた。
「どした?」
「ゆ・・・・優?」
女生徒が目を真ん丸に見開いてこっちを見ている。ここにきて、一平も事態を飲み込む。
「み・・・なみ・・・」
優も気がついた。あそこに立っているのは。
「南美!!」
考えるよりも先に体が動いた。大好きな親友。今、まさに一番会いたいと思っていた人。
そう、大親友の南美がそこにいる。
優と南美は思わず駆け寄り、抱き合った。
「優!ゆう!!無事だったのね!!」
「ごめん南美、ごめん」
ふたりは声を上げて泣いた。しばらく泣いてから、どちらともなく顔を上げ、涙を拭いて、お互い向き合った。
「心配してたんだから。無事なんだったら、どうして連絡ひとつくれなかったのよ」
「南美・・・」
「突然いなくなって携帯も家の電話も誰も出ないし、学校にも連絡がきてないっていうし、警察が捜してもなんの手がかりもみつからなかったって・・・もう、私、本当に心配で心配で」
「ごめん・・・」
「ねえ、半年もどうしてたの?何があったの?・・・・・帰ってきたんでしょ?」
南美の真剣なまなざしが、優にはつらかった。
「ごめん・・・本当にごめんね、心配かけて。でも、まだ戻れないの。」
顔を伏せる。
「本当はここに来ちゃいけなかったの。南美に、会っちゃいけなかったの・・・」
「え・・・どうして?!」
優は不安そうな南美の声を聞いて、改めて決心を固めた。まだ、ここに戻ってきてはいけない。きっぱりと、今度は南美の目をまっすぐ見て言う。
「会えてうれしかった。私は大丈夫だから、心配しないで。南美のためにも、おねがい、今日のことは絶対人に話さないで・・・私に会ったこと、忘れて欲しいの」
南美が信じられないという風に目をまんまるに見開いている。
そんな南美の表情が、優にはつらい。でも、南美がもし今日優と会ったことを誰かに話せば、きっと「やつら」にその情報が漏れる。結果、南美の身が危うくなるのだ。
「ごめん・・・」
もう一度南美の目を見て、出てくる言葉はそれしかなかった。
そのとき突然、一平が話に割り込んだ。
「ちょっと待った、もうやばいかも」
優ははっとした。
しまった。南美との再会に頭が一杯で、つい警戒を怠っていた。
あわてて周囲を感知しなおすと、確かに誰かが近づいてくる。その誰かは、そこに確かに存在しているのに、まるでそこだけ真っ黒に塗りつぶされたように感知できない。
つまり、例のバリア・システムを使っているのだ。
「一平さん」
優の一変した表情で、一平はすぐに状況を理解した。
「優ちゃん、急がないと」
「うん、一平さんはさっきのビルで待ってて。南美、南美の荷物はどこ?」
「え?まだ教室に・・・」
「南美、驚かすと思うけど、騒がないでね」
優が南美の肩を抱きしめる。
「優ちゃん!ちょっとまって、俺が…」
咄嗟に一平は優がテレポートするのを止めようとしたが、間に合わなかった。
テレポートアウトしたさきは学校の教室だった。
肩を抱きしめていた手を優が解くと、
「え?え?」
と、事態の飲み込めない南美がきょろきょろとあたりをみまわした。
「南美、はやく、荷物」
「あ、・・・・」
静かにパニックしているらしい南美は、のろのろと自分のかばんを手に持った。
「いくよ」
再び南美の手を掴んでテレポートした。
今度は最初に学校を眺めていたビルの屋上だ。一足先に来ていた一平が待っていた。
「優ちゃん」
「ごめんね。南美のかばん、取りに行ってた」
「あ、そっか。」
それから優は、南美を振り返った。
「南美・・・」
南美がびくっ、とする。驚愕、としか言いようのない表情が広がっていく。予想していたことだったが、想像と現実ではパンチのききかたが違う。
優はそっと握っていた手を離した。
「ごめんね、怖い目にあわせちゃって。私に会ったことを誰にも言わなければ、心配ないと思うよ。だから、絶対に言わないで。
私も、多分・・・もう」
戻ってこないから、という言葉がのどの奥でつまる。
やっと会えた親友。その前で見せてしまった自分の力。
もう、優は南美の前に姿を現す勇気はなかった。
「ここ、学校のそばだから、ここからひとりで帰れるよね。本当は家まで送ってってあげたいけど…いやでしょ?だから」
優が話している間、南美は何も言葉が出なかった。
そんな南美の顔を見ながら、ふっと笑って、それから一平のほうに向き直った。
「一平さん、かえろ」
「え、でも」
優はそれ以上何もいわなかった。一平は南美に軽く会釈して、それから優と二人でその場から消えた。
後には、夕焼けの前の妙に白んだ空と、呆然とただ立ち尽くすしかない南美が残った。