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Hermit  作者: ひろたひかる
本編
4/64

事情

「消えた・・・・」

蘇芳と一平は呆然としていた。

たった今ここにいたはずの優が、一瞬で消えてしまったからだ。

「まさか・・・瞬間移動?」

蘇芳があわてて一平を振り返る。

「一平!優ちゃんを」

しかし、そのときにはもう一平の姿はなかった。優を追いかけていったのだ。

「あいつ・・・」

蘇芳はばっときびすを返し、部屋を飛び出した。廊下を走りながら、携帯をダイヤルする。

「夏世?!悪い、今すぐそっちに行くから、手を貸してほしいんだ。事情は、会ってから話す!すぐ出かけられるように用意して待ってて!5、6分で行くから」

話し終わったときにはもうガレージの前にいた。まだエンジンの温まっている黒のレクサスに飛び乗ると、すごい勢いで飛び出していった。


月の明るい静かな夜。住宅街に取り残されたようにある、誰もいない小さな公園。

わずかに空気が揺れて、次の瞬間、優がそこにいた。さっき蘇芳の家のリビングで話していたときと同じ、パジャマに桜色のガウンを着たままの格好だ。

蘇芳の家からたぶんそんなに離れていないだろう。本当はもう少し遠くに行きたかったが、今の体力がそうさせてくれなかった。

街灯に照らされた公園には、ぶらんこが二つ、砂場の中に石でできたパンダときりん、そして真ん中に木を主体にできたアスレチックのついた大きな滑り台があった。

優はぶらんこのひとつに座った。きい、と滑車がきしんで、悲しげな音を立てる。

(これでよかったんだ)

無意識に深いため息をついた。

(ごめんなさい…本当にごめんなさい)

目の前にいない人たちに、心の中で何度も謝る。

実際、蘇芳の家をでることは、かなり厳しい決断だった。優にとっては出会ってほんの1日だというのに、なんだかずっと住んでいた家を後にするような寂しさがあった。なぜか知らないが、まったく自分とは無縁の世界の家なのに、優にはとても居心地がよかった。でも、自分が追われている限り、自分に人とは異質なこの力がある限り、一緒にいれば彼らの身も危うくなる。

それに、自分の力--------世間で言うところの超能力もみせてきた。

こんな化け物じみた力をもっているのだ。一平たちももう関わりあいになりたくないと思っているだろう。

(これで、よかったんだ。)

吹っ切るようにぶらんこを思い切りひとこぎした。ぶらんこが、大きな音で悲鳴を上げる。


そのとき。

「みつけたぞ、P―7」

無粋な男の声がした。優ははっとして声のするほうをふりかえった。

公園の入り口に、いつの間にか黒いスーツの男が3人立っていた。見覚えはないが、追手であることは確かだ。

「P-7」。それは、優が逃げ出してきた組織で彼女が呼ばれていた番号だ。やつらは優を名前で呼ぶことはしなかった。やつらにとって自分はは実験材料にすぎないんだと、呼ばれるたびにキツい思いをしたのだ。

優はとっさに身構えた。

「無駄だ。こっちにはバリア・システムがあるんだからな」

男たちはせせらわらった。それからずかずかと優に近づくと、無理やり腕を取った。

「研究所に戻るんだ、P-7」

「いやよっ!父さんを殺したやつらのところへなんて絶対行かない!」

優は必死に抵抗した。

「それに私はP-7じゃないわ。池田 優っていう立派な名前があるんだから!!」

しかし男の力にはかなわない。たやすく後ろ手に押さえられてしまう。

「痛!」

優の悲鳴に、男たちはニヤニヤ哂うばかりだ。テレポートを試してみるが、ちっともうまくいかない。

(バリア・システムか)

一定の範囲で超能力を無効化する機械。以前、研究所に囚われていた間にバリア・システムの実験をさせられたことがあるので、その効果を優は身をもって知っている。

なんとか逃れようと必死にもがくが、びくともしない。その間に男たちの一人は優を拘束するために手錠のようなものを用意し、ほかの一人が携帯をポケットから取り出しどこかへ連絡をしようとする。

「おい!!その子をはなせ!!」

急に声がして、その場にいた全員がびっくりしてそちらを見た。

「い…一平さん?!」

一平だった。

一平に気を取られた瞬間、優の腕をつかんでいた男の手が緩む。とっさに力いっぱいその手を振り解き、一平の元へ駆け寄った。

「優ちゃん、大丈夫か?」

「どうしてここが?」

一平はそれには答えず、優を自分の後ろに隠すように立って黒服たちをキッとにらみつけた。

「大の大人が3人も寄ってたかって、女の子ひとりに何してんだよ」

「へえ、何だよ兄ちゃん、カッコいいじゃねえか。でもな、そいつは人間じゃねえ。化け物だ。わかったら下がってな、色男」

一平が眉をひそめる。

「失礼な奴だな。女の子を捕まえて」

「怪我したくなかったら引っ込んでろ!」

柄の悪いののしり文句を吐きながら男の一人が一平に殴りかかる。それを合図にしたように、ほかの二人も一斉に動いた。



しかし男たちが動いた瞬間、一平が消えた。

「え?!」

消えた瞬間、今度は一平は最初に優を押さえつけた男の背後に忽然と現れた。

一平の消えた空間を呆然と見ているその一瞬を逃さない。

「わりい、俺、彼女の同類なんだ」

言うのと同時に男の背中に右手を突き出した。

ばちっっ!!!

ものすごい衝撃が走った。何も見えないが、まるで空気が、いや、空間が波打って見えるような気がする衝撃だった。

男は突き飛ばされるようにして転んだ。

「ありゃ?おかしいな。もっと派手にぶっとばしたつもりだったんだけど」

「バリア・システムよ」

拍子抜けした一平のそばに優が駆け寄ってきた。

「あいつらの使ってる機械なの。物理的なのも感覚的なのも超能力は全て妨害するの」

「直接の衝撃波とかはほとんど通用しないってことか」

とはいえ、優がテレポートに失敗したバリア・システム相手に弱いとはいえ衝撃を与えた一平のパワーには目を見張るものがある。

一平は足元にあった石を3つ拾い上げた。

「その機械、どこに持ってんだ?」

「ごめんなさい、そこまでは」

「ま、いいさ。手はいくらでもあるって」

言うと、石のひとつをものすごい勢いではじきとばした。

びしっ!!

「ぐえ」

石は、黒服のひとりのみぞおちを深くえぐり、男は汚い声をだして悶絶した。残りの二人が驚いた顔でそれを見ている。

「要は、そのバリアのフィールドで力を使わなきゃいいんだろ?どの程度の範囲だかわからなかったけど、この程度離れてりゃ効果ないみたいだよな。」

二つ目の石が二人目の男のみぞおちに当たる。恐ろしいものを見る顔で、3人目がじりじりと後ろへ下がり、優も一平も動かないのをみて踵を返し、大慌てで逃げ出した。

「こうやって石をテレキネシスで弾き飛ばせば、バリアのフィールドに入るとき石が飛ぶために働いている力はテレキネシスじゃなくて慣性なんだよね。慣性までは相殺しないだろ?」

一平の説明っぽい台詞が終わるころには、3人とも地面にのびでいた。

「生き…てるの?」

黒服の3人はぴくりとも動かない。

「人殺しはちょっと、な。さて、そろそろ蘇芳も来るかな」

「蘇芳さん?」

<<一平!無事か?!>>

突然、蘇芳の声が頭の中に響いた。一平がさも当然のように、声を出して答える。

「ああ、無事無事。早いとこ来てくれよ」

それから優のほうを見て説明した。

「蘇芳と夏世も優ちゃんと“一緒”だよ。持ってる力は違うけどね」

「え?」

「蘇芳はテレパシストなんだ。あと、透視も少しできる。夏世は、ちょっと特殊で、他人の超能力を補助してパワーアップさせちゃうんだよ。俺は馬鹿力でね、テレキネシスとテレポート専門。テレパシーなんかはからっきし」

優はびっくりして声も出ない。

「さて、こっちの種明かしはこれで全部しちゃったし、君を追ってた連中にも俺の顔を売っちゃった。話してくれるよな?」

車のブレーキ音とドアがばたんと閉められる音がして、すぐに蘇芳と夏世が走ってきた。公園の様子を見て、ちょっと息を呑み、一平と優の無事を確認して改めてほっとしたようだった。

「でも…」

「ほらほら、ちゃんと話してくれないと、巻き込まれた俺はますます危険なんだぜ?」

「そーいう説得の仕方ってありか?」

蘇芳が呆れている。

たしかに一平の言う通りかもしれない。優はそっと月を見上げて息を吐いた。

雲ひとつない夜空に冴え冴えと月は輝き、そんなまっすぐな光に優も心を決めた。



「公園に着くのが遅くなって悪かったね」

さっきの緑のソファのあるリビングで、蘇芳が口火を切った。

あれから、気を失って倒れている3人の黒服に蘇芳がなにやら暗示をかけて、騒ぎにならないように帰らせたようだ。それから、優・一平・蘇芳・夏世の4人で、蘇芳の車に乗って帰ってきたのだった。

車の中では、なんとなく誰も喋らなかった。優はまだ緊張が溶けていないようで、じっと下を向いていて、助手席に座っている一平がつけたカーラジオの音だけが響いていた。

蘇芳の家では、当然のように駿河がドアのところで待っていた。玄関前で車を止めると静かにドアをあけ、乗客を送り出す。

家に入ると、4人はリビングに陣取り、駿河が淹れたコーヒーを前に話を始めた。

「優ちゃんがどのくらい遠くにいったかわからなかったからね、まず夏世を迎えにいったんだ。聞いてのとおり、夏世はいわば超能力のブースターみたいな力を持ってるから、サポートしてもらえば僕は結構広範囲を探せる。一平の奴は、あせってたみたいで闇雲にテレポートして君をおっかけちゃって。あとから僕がナビゲートしてあの公園まで行かせたってわけ。」

「いや、闇雲ってわけじゃ・・・」

小さな声で一平が抗議のような疑問のような合いの手を入れるが、蘇芳に無視される。

「あの3人組から本当は、何か情報が得られればよかったんだけど、頭の中探ってもたいしたことは知らなかったみたいで。とりあえず、優ちゃんを見つけたこと自体を忘れるように暗示をかけて帰した。ただ、暗示ってあんまりやったことがないから自信がないんだよね」

「暗示にかかってないかもしれないってこと?」

「そうじゃなくて、そのうち思い出しちゃうかもしれないってことさ。まあ、いわば時間稼ぎだね。」

蘇芳がコーヒーをブラックのまま一口飲んだ。

「その間に、こっちもいろいろ情報収集とかしなきゃ。…優ちゃん」

ちょっとした沈黙が流れた。外では、少し風が出てきたようだ。窓のすぐ外に植わっている大きな柳の木が、さらさらと葉を鳴らす。

「私、半年前までは普通の高校生だったんです」

ぽつり、と優が重い口を開いた。

「父一人子一人で、でも、平凡に幸せにやってました。母さんは私を生んですぐ亡くなったって・・・父さんは、研究所に勤める研究者で、私は普通に学校にいってました」

それが崩れたのは、半年前のことだった。


夕方、学校から帰って夕食の支度をしていると、父から電話がかかってきた。

忘れ物をしたので、研究所まで持ってきてほしいというものだった。今までも何度かあったことだし、特に疑問に思わず出向いていった。

父の勤め先は、「一条化学研究所」。どこにでもありそうな、特別変わったところのない小さな研究所。優は研究所につくと、受付で応接室に行くように告げられた。

いつもなら父の研究室へ行くものをどうして、といぶかしみながらも応接室へたどりつく。だが、そこで待っていたのは父だけではなかった。

無機質な、何の飾り気もない応接室には、優の会ったことのないでっぷりとした中年男性が一緒にいて、何だか冷たいような気味の悪い視線でじろじろと優を見た

「池田君、この子かね」

「はい。」

父が答えると、男性はインターホンで人を呼んだ。とほぼ同時に、数人の白衣を着たこれまた見慣れない男性が応接室に入ってきた。男たちは優をぐるりと取り囲む。

「な、何ですか?父さん?」

しかし父は優と目をあわさないように下を向いている。かわりに中年男性が答えた。

「優君、きみは我々の大切な実験体だ。これからは我々の管理下で生活してもらう」

白衣の男のひとりが優の腕を取った。

「や・・・やだ!離して!父さん!!!」

逃げようともがいたが、次の瞬間、薬品のしみこんだいやなにおいの布を口に当てられ、優は意識を失った。


「父の勤めていた研究所は、表向きは製薬関係の研究をしているみたいですけど、裏では怪しい研究をしていたんです。そのひとつが、超能力者を人工的に作り出す薬の研究だったんです」

「つまり、優ちゃん、君はその薬の被験者だと?」

「・・・はい」

一平たちは優の話に緊張していた。普通の、そんじょそこらにいるような女の子が命を狙われる、なんて尋常な話でないことはわかっていた。でも、こんなSFじみた話になるとは(自分たちを棚に上げて)想像もしていなかったのだ。

「私は、その薬の被験者の中で第1号の成功例だったらしいです。だから、あいつらは私のデータを欲しがった。

投薬は、実は私がまだ母のおなかにいるときに母体を通じてされたらしくて、父は母や私が被験者にされていたことを私が生まれてから知らされたって・・・言ってました。母は、私を生んでまもなく亡くなりましたが、父は投薬の影響があったんじゃないかって疑ってました。今となっては、それを立証する手立てはないんですけど。」

ひざの上で握った手に力がこもる。

「父は、自分が私の研究担当になることで私を守ろうとしてくれていたようです。私が拘束される前はずっと、“期待されていた能力はみられない”、ってデータの改ざんとかもしていたみたいですが、結局ばれちゃって…それで私は研究所に拘束されたんです。それから半年間、いろんな検査をされたり、力を使いこなすためのトレーニングを受けさせられたりしました。父は、いつか逃げ出すときのために逆にトレーニングを受けたほうがいいと考えたみたいです。だから、捕まって半年はおとなしく従ってたんですけど…」

「で…半年後に」

「はい、チャンスがきたんです。父と二人で逃げようとしました。でも…そのとき、父さんは…撃たれて」

そこまで話すと、優はうつむいて黙ってしまった。

「じゃ、それから一人で?」

「―――――――多分、それが3日前だと思います。夜、逃げ出して、半日くらいめちゃくちゃにテレポートを繰り返しているうちに、倒れちゃったみたいです」

少しの沈黙の後、夏世が、隣に座ってうつむいている優の頭を抱いた。

夏世の着ているTシャツに、ちいさな涙のしみができて、部屋の中に優のすすり泣く声だけがか細く響く。

「大変だったね…」

抱きしめている夏世も、泣きそうな顔をしている。

やがて、古めかしい時計がボーンボーンと低く鳴って、日付が変わるのを告げた。

「―――――優ちゃん、まずはこの家にいなさい」

蘇芳が口を開く。

「家が家だからね、やたらと手出しできるような場所じゃないし、失礼だけど、君も今行くところがないだろう?今日のところは休むことにして、また改めて話をしよう。・・・夏世、しばらくうちに泊まってくれないか?」

「いいわよ」

「それから一平、護衛は任せるからな。僕は明日オフィスに顔を出して、調べものがあるから」

「ああ」

テーブルの上に載っているベルをとりあげ、涼やかな音を鳴らすと、ほどなく駿河が現れた。

「駿河、夏世と優ちゃんはしばらくこの家に住むことになった。部屋の用意と、それからそのことはあまり外部に漏らさないで欲しい。」

「承知いたしました」

ふう、と一息ついてソファを立ち上がると、まだ泣き顔の優の足元にしゃがんで、優を見上げた。

「さ、今日はゆっくり休んで。」

優は返事もできず、ただそっとうなずいた。


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