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Hermit  作者: ひろたひかる
本編
2/64

目覚めたら

真っ赤な丸い大きなライトがついて、コンクリート剥き出しの武骨な建物内を不気味に照らす。

と同時に、緊急サイレンが激しく鳴り出した。

「優!急ぐんだ!」

総一郎が優の手を引く。

「父さん!」

「急ぐんだ!隔壁を閉められてしまう!」

全力で走っていくとすぐに出口と、出口を塞ごうとしている隔壁が見えた。隔壁は既に上から降りはじめていたが、まだまだ間に合う。

「急げ!」

二人は隔壁へ滑り込む・・・が、そのとき。

後ろから追っ手の声がして。

ぱんっ、と乾いた、鋭い音がして。

「ゆう・・・っ!!」

総一郎が優を力いっぱい突き飛ばした。

いきおい、優は隔壁の外へ倒れこんだ。

「父さん!」

急いで振り返ると、閉まりかけた隔壁の向こうに、総一郎が立っていた。胸が、真っ赤に染まっている。真っ赤なしみは、すぐにどんどん大きくなり、床に赤い水滴が落ちる。

総一郎が床に崩れ落ち、閉まっていく隔壁の影に見えなくなった。

「父さん!父さん!!」

(優、逃げるんだ)

弱りながらも力強い父の心が聞こえる。優はびくっと一瞬動きを止めた。

(すまなかった・・・どうか、逃げてくれ・・・そして、そしてどうか幸せに・・・)

轟音とともに隔壁が閉まった。と同時に、総一郎の心の声も聞こえなくなった。

「父さん!父さん!!父さん・・・」


がばっと身を起こすと、優は真っ暗な部屋の中にいた。

「・・・・・夢・・・・・」

全身、汗びっしょりだ。額に首筋に髪がべったりと貼り付いて気持ち悪い。眠っていたというのに、はあはあと息まで上がってしまっている。

「夢だったら・・・・どんなに・・・・」

もう涙も涸れてしまうほど、あんなに泣いたのに。隔壁の外に逃げ出して、どこをどう行ったかもう覚えていない。たどり着いた人気のない神社の茂みの奥で、声を立てずに思いっきり泣いた。あとからあとから涙が出てきて、止め処がなかった。

けれど、また暖かい涙が頬を伝う。優は、布団に突っ伏して・・・・・・・

・・・・・・・布団?

あわてて起き上がって辺りを見回すと、優は見知らぬ部屋にいた。

もちろん、逃げ出してきたあの隔壁の内側でもない。

暗くてよく見えないが、広い部屋のベッドに寝かされているようだ。あたりは静かで、どうやら夜らしい。

ベッドの左側の壁に大きなカーテン、足元側には扉がうすぼんやりと見え、下の端から明かりが漏れて見える。

優はドアの向こうを見ようとベッドから降りようとした。……が、

がたん!!

ベッドのすぐ隣に置かれていた椅子を倒して、自分もそのまま崩れ落ちてしまった。

足に、体に、力が入らなかった。少し頭もくらくらする。つらそうに息を吐き、優はへたり込んだままベッドによりかかってしまった。

「何?何の音?」

そのとき、ドアの向こうから声が聞こえた。同時にドアの開く音がして、暗い部屋にさあっと光が差し込んだ。

開いたドアの向こうの廊下に電気がついていて、人影が見えた。急に目にした光は、暗い部屋にいた優にはまぶしくて、思わず目を細める。

「ちょっとちょっとちょっと!!」

ドアのところの人影が驚いたように声を出して、部屋の電気をつけた。それは20歳すぎくらいの女の人で、すぐにベッド脇に倒れこんでいた優に駆け寄った。

「だめじゃない、寝てなくちゃ!あなた、すごい熱で丸1日寝込んでたのよ!!」

それから、ドアの外に向かって叫んだ。

「一平――――!ちょっと、一平!手伝って!」

それから、ぐらぐらする優の上半身を支えるように手を添えて、言った。

「だいぶ熱は下がったみたいだけど、だめよ、おとなしくしてなくちゃ。」

「あの・・・・・・私・・・・・」

「心配しないで、大丈夫。あなた、神社の植え込みの影で倒れてたんですって。たまたま・・・」

ちょうどそこへもうひとり誰かが入ってきた。今度は大学生くらいの男性。

「彼が通りかかって見つけて連れてきたのよ・・・ほら一平、手伝って。ベッドに彼女を寝かすの」

「ああ、うん、ちょっと失礼」

男性・・・・一平は優をひょい、と抱えあげた。

「目が覚めたんだ。調子はどう・・・って、いいわけないか」

一平はにこっと優に笑いかけた。なんだか5月の青空みたいな笑顔で、なんとなくほっとさせられるものがある。優はおとなしくされるがまま再びベッドに横になった。一平は、見た感じ大学生くらい。背はすごく高くはないが、180cmくらいはあるのだろうか。ちょっと童顔の、快活な感じの青年だった。髪はどちらかというと真っ黒というよりは茶色っぽく、癖のない素直そうな髪を耳が隠れる程度に切りそろえている。

「すみません・・・ご迷惑をおかけしちゃったんですね」

小さな声で優は言った。

「丸1日も・・・寝てたなんて・・・」

「気にしない気にしない。ねえ、ところで名前をきいてもいいかしら?」

女性が聞いた。

「私、井原 ()()。こっちのコは麻生あそう 一平いっぺい・・・ここは一平のうちなの。」

「よろしく」

優はふたりの顔を交互に見た。それから、やっぱり小さな声で言った。

「ゆう…です。池田優っていいます」


てきぱきとした夏世の指示で、優に何か食べるものを持ってくるといって一平は出て行った。そういえば、夏世たちの言うとおりであればまる2日ほど食事をしていないことになる。倒れる前、丸1日は食事をしていなかったのだ。それは、食べられる状況にもなかったが、食欲など忘れていたというのがまったくのところだった。

「体が熱で弱ってるからね、なにか消化のいいものがいいわね」

そういいながらベッドに上半身を起こした優を支えるようにして水を飲ませてくれた。

横になりながら優は改めて夏世をみた。

20代前半くらいのスレンダーな人。さらさらのストレートヘアをあごの線くらいできれいに切りそろえていて、ちょっと釣り目だけど優しそうな目にさらっとかかっている。

夏世はさっき優が倒してしまった椅子を元通りに直すとそれに腰掛けて、サイドテーブルに用意してあった洗面器からタオルを出して絞ると優の額の汗をそっと拭いてくれた。

「ね、差し支えなかったら何があったか聞かせてくれないかな?」

単刀直入に夏世が聞いた。

「優ちゃん、高校生くらいでしょ?ご両親が心配してるだろうし、連絡するよ?」

「あ・・・その・・・」

口ごもる。

「両親は・・・いないんです・・・母は、小さいころ亡くなりました・・・父も・・・」

そこから先は言えなかった。まだ、父の死を現実として認めたくない。

口に出したら、また涙があふれそうだった。

少し気まずい沈黙が流れた。

「・・・ごめん、悪いこと聞いちゃったね。」

「いいえ・・・でも・・・ごめんなさい、詳しいことは話せません。助けていただいたのに、その・・・」

(話したら、きっとこの人たちを巻き込むことになる。それだけは、避けなくちゃ)

心苦しさで胸がいっぱいになる。

「ああ、いいのよ、話したくないのなら。ごめんね、立ち入ったこと聞いて・・・まず、体を治さなきゃね」

夏世があわてて笑顔を見せたとき、こつこつ、とノックの音がして大きな白いお盆を持った一平が入ってきた。

「佐藤さんがさ、消化のいいものがいいだろうって、お粥作ってくれた。」

一平がサイドテーブルに置いたトレイには、湯気の盛大に立ったおかゆの入った一人用の小さな土鍋と、漬物や佃煮の載った小鉢と、番茶の入った厚手の湯呑がのっている。夏世が、上品な桜の絵のついた小ぶりの茶碗におかゆを少しよそってくれた。

「それから、家主・・・って、俺の兄貴だけど、帰ってきたんだけどさ、もし調子がよかったら顔だけでも出したいって・・・どうかな?」

「え・・・あ、はい、大丈夫です」


食事が終わったころを見計らって部屋を訪ねてきた一平の兄は、優をちょっとびっくりさせた。

一平と似ていないのだ。

似ていない、なんてものではない。あからさまに人種が違うのだ。

白い肌、彫りの深い整った顔だち、さっぱりと整えられたプラチナ・ブロンドの髪、眼鏡の奥の青い瞳。

「はじめまして。古川 蘇芳(すおう)です。」

彼は静かな声で名乗った。

「熱はさがったんだって?よかった。このうちは部屋数と人手だけはあるからね、気を使わずにゆっくりしてね」

「あ・・・はい・・・」

思わず口ごもる優に、蘇芳は人懐っこそうな笑顔を見せた。

「びっくりしたでしょ。僕は母が北欧の出身でね。一目でわかると思うけど、一平とは実の兄弟じゃないんだよ。ま、本当の弟だと思っているけどね」

横で一平がなんだか照れたような顔をしている。

「さ、まずは体の回復が第一だよ。僕たちはこれで失礼させてもらうから、ゆっくり休んで。・・・・夏世、一平、いくぞ」

3人はじゃあゆっくり休んで、といって部屋から出て行った。

優はちょっと疲れたように感じて目をそっと閉じた。丸一日も寝込んでいたからもう寝つけないのではと思っていたが、思った以上に消耗していたのだろう彼女は、すぐに眠りに落ちて行った。


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