エピローグ
2014年、秋。
「…和也、聞こえる?」
美由の声がトランシーバーから聞こえた。
「聞こえるよ!」
「覚醒」から7年、17歳となり、今やすっかり逞しい若者に成長した和也が答える。
「今、そっちへ行ったわよ。後はお願い!」
「わかった!」
そして和也は神剣を構えた。
中学に入るとともに姉とともにPBをやることになった和也だが、そのときから自分が男だから、と言うこともあるのだろうか今日に至るまでずっと神剣のほうを担当しているのだった。
最初の頃はどちらかと言うと神剣に振り回されている感じもしたのだったが、中学を卒業するころにはようやく使い慣れたか、今では自分の手足のように扱えるから不思議である。
と、和也の前に妖魔が現れた。
「てやあああああ!」
和也は己に気合を入れるかのように叫ぶと妖魔に向かっていき、妖魔に向かって横殴りに神剣を払う。
断末魔の悲鳴を上げる妖魔。
和也は向きを変えると背中から袈裟懸けに今度は切りつけた。
「和也っ!」
美由が和也の元に駆けつける。
和也は促すかのように姉に向かって頷く。
美由が神鏡を妖魔に向け、妖魔がその中に吸い込まれていった。
「…さ、帰ろうか」
美由の言葉に和也が頷く。
*
帰りの車の中。
「ねえ、和也」
運転席に座っている美由が助手席の和也に話しかけた。
美由もすでに23歳。働きに出ている、と言うこともあるのだろうか、その顔つきもあどけなさが消え、すっかり大人になっていた。
「…何?」
「…どうするの、大学の推薦入試?」
「うん…、先生は是が非でも受けろ、って言ってるんだけど…」
そう、和也も高校3年生となり、姉と共にPBをする傍ら、勉強のほうもかなり成績がいいようで、ある大学の推薦入試を受けないか、と言う話が来ていたのだった。
「お姉ちゃんも受けた方がいいと思うな。だってお姉ちゃん、PBが忙しくて大学行けなかったし、お父さんやお母さんも受けろ、って言っているんでしょ?」
「…まあ、そうなんだけど…」
「だったら受けたほうがいいと思うな。それに、授業は選択式なんだから、大学へ行った方がかえって時間が取れるんじゃない? まあ、最後に決めるのは和也だけどさ」
「…まあ、受けようかとは思っているんだけど」
「だったら受けなよ。こんな機会めったにないんだからさ」
と、姉と弟ということもあってか、こんな風に帰りには二人はそれまでの仕事のことはまったく話さずに家に帰っていたのだった。
一通りの話が終わった頃だった。
「…ねえ、和也」
「どうしたの?」
「…和也にだけは話しておこうと思うんだけど、実はお姉ちゃん、結婚しようか、って思ってるんだ」
「え…?」
姉の発言に思わず絶句する和也。
「…この間言っていたPBの人?」
「うん」
美由が頷く。高校を卒業して、会社勤めを始めた頃にひょんなことからあるPBの男性と知り合い、時々その人と美由がデートをしていたことは和也も知っていたが、いつの間にか自分の姉はそんなことまで考えていたのだろうか? そしてそこまで話が進んでいたのか?
「…実はさ、この間プロポーズされちゃったんだ。その人、ずっと一人でPBやっていて前からパートナーが欲しい、って言ってたんだ。だからお姉ちゃんがその人のPBと人生、両方のパートナーになってあげようかな、って思ってるの。お父さんたちだってもともと二人でPBやってて、結局それがきっかけで結婚したんだしね」
「でも…」
「…何か不安なことがあるの?」
「…お姉ちゃんが結婚したら一人でやらなきゃ行けない、ってことでしょ?」
「心配ない、って。一人でもやって行けるよ。お姉ちゃん、5年半和也と一緒にやってて思ったんだけど、もう和也は一人でも大丈夫だと思う。お姉ちゃん、もう和也に教えることは何もないよ。それに、お姉ちゃんが和也くらいの歳にはもう一人でPBやってたんだよ」
「お姉ちゃんが一人でやってたの、って高校の3年間だけでしょ」
「…そう言えばそうだったね」
思わず美由が苦笑する。
そう、美由が高校を卒業したころ、ちょうど和也も小学校を卒業したこともあって、和也が中学生になるとともに美由は両親に頼まれたとおり、和也の先生として姉弟でPBをやっていたのだ。そしてそれからもうあっという間に5年半と言う月日が流れた…。
その5年半の間、美由も驚くほど和也は成長を遂げた。いつの頃からか美由のほうが和也に助けられている気すらするようになったのだ。
「でも、和也なら一人でももう大丈夫だよ。…お姉ちゃん、和也が覚醒した日のこと、今でもよく覚えてる。そのとき思ったんだ。和也だったらお姉ちゃんを超えるPBになれる、って」
「超える、ってそんなこと…」
「和也なら大丈夫だって。これはお世辞でもなんでもない。それに、今度は和也が先生になる番だと思うんだ」
「先生、って?」
「お姉ちゃんに子供ができたら、和也にその子の先生になって欲しいんだ。PB同士の間で生まれた子供はほぼ間違いなくPBの素質があるってことは和也も知ってるでしょ? だから、お父さんやお母さんがお姉ちゃんに、そしてお姉ちゃんが和也に教えてきたことを今度は和也がその子に教えて欲しいのよ」
「…」
「お姉ちゃんがお父さんと一緒にやってた頃、お父さんがお姉ちゃんに言った言葉で今も覚えている言葉があるんだ。『人間がいる限り、妖魔もいなくならない。だから人間はこれからも妖魔と戦っていかなければ行けないんだ』ってね」
「…」
「だから、PBはこれからも妖魔と戦っていかなきゃ行けないし、お姉ちゃんも和也もその血を持って生まれてきたんだから、これからもずっと戦いは続くと思うんだ」
「…」
「…和也、お姉ちゃんの言っていることわかってくれるよね? お姉ちゃん結婚しても和也のことは応援するから」
「…わかった。これから一人でやってみるよ」
「そう、よかった」
そして二人を乗せた車は家路に着いた。
*
そして十数年後、結婚した美由とその夫である男の間に生まれた子供とその先生となった和也の二人が組んで、また新たな戦いが始まるのだが、それはまた別の機会に。
(終わり)
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