第6話
「…なんだって? それは本当なのか?」
義和は由紀子から「美由の行方がわからなくなっている」と言う事を聞いて思わず聞き返した。
「…そうらしいわ。美由の友達に聞いてみても心当たりがない、って言うし、美由の携帯にも繋がらないのよ」
「…それにしても、一体どうしたんだ…」
「その、美由の友達の話では、放課後に校門のところで見かけた、って何人かが言っていたんだけれど、そこからの足取りがわからないのよ」
「…もしかしたら…」
「…もしかしたら、ってどうしたの?」
「いや、ちょっと気になることがあってな」
「気になること、って。…もしかして美由の学校の先生のこと?」
「知ってたのか?」
「たまたまテレビでそのニュースを見たから。もしあの先生たちが私の考えている通りだとしたら…」
「…だとしたら、美由が危ない!」
そんな2人のやり取りを傍らで二人の息子であり、美由の弟である和也がさっきからじっと見ていた。
勿論、和也も自分の姉が行方不明、と言うのが気になっていた。
「…とにかく、美由を探そう」
義和が由紀子に言う。
「わかったわ。…和也、お姉ちゃんから何か連絡があるかもしれないから、和也はここにいるのよ」
「う…うん」
そして義和と由紀子は家を出て行った。
*
「…う、ううん…」
美由はゆっくりと目を開けた。
「…ここは…どこ…?」
次第に視界がはっきりするにつれ、あたりのものが目に入ってきた。
美由の目の前にはなにやら長椅子のようなものが並び、向こうにはステンドグラスのようなものが見える。
「…ステンドグラス…? ってことはここは教会かしら…」
何で自分が教会にいるのかよくわからなかった。
そして美由は体を動かそうとする。
しかし体が動かない。
「…え?」
慌てて美由は当たりを見回す。
「…!」
自分の状態に思わず絶句する美由。
なんと美由は教会の祭壇で両腕を広げ、両足を揃え、十字架に磔にされていたのだった。そしてすぐそばには彼女の使っている神剣が転がっている、と言うのにこれでは拾いにもいけない。
「…い、一体どういうこと?」
教会に人間ひとりを磔にできるような十字架は普通ないはず。となるとこれは自分を磔にするために誰かが作ったのだろうか? そんな事を考えていると、
「…気がついたようね、瀬川さん」
美由に向かって聞き覚えのある声がした。
「…さ、冴木先生…」
そう、美由の目の前に冴木法子が現れた。
*
和也は家の時計を見ていた。
もうあれから1時間以上経っているが、相変わらず美由から何の連絡もないし、義和からも由紀子からも何の連絡もない。
「…お姉ちゃん、どうしたんだろう…」
和也はさっきから何度もこの言葉を呟いていた。
普段PBとしての姉を見ている和也にとって、美由は姉であると共に憧れの存在でもあった。そして両親からも自分が「PBになれる力を持っている」と聞き、いつか自分もああいう風になりたいと思っている存在だったのだ。
その姉が今行方不明になっている…。
「…お父さん、お母さん、ごめんなさい!」
居ても立ってもいられなかった。
和也は決心すると自分も姉を探すため家を飛び出していた。
*
「…先生、一体これはどういうことなんですか?」
「どういう、って? 見たとおりよ」
「見たとおり、って…。あたしをどうしようと言うんですか?」
「決まってるじゃない。邪魔者のあなたを始末するのよ」
「始末、って…。先生たちは何が目的なんですか?」
「目的? そんなもの別にないわよ」
「え…?」
その言葉に思わず絶句する美由。
「…私たちはただやりたい事をやっているだけ。それなのにPBは余計な邪魔をしてるのよ」
「…じゃあ、今までPBを殺したのも…」
「そう、あれも私達。彼らに私達の邪魔をして欲しくなかったのよ」
「…」
「でも本当に驚いたわ。まさかあなたがPB、って知った時は」
「…それじゃあ…」
「そう、今年の春頃だったかしら。あるPBを始末した時、このあたりに10代なのにPBとなっている子がいる、って噂を聞いたのよ。どうやら高校生らしい、ってことまではわかったんだけれど、そこから先がわからなかったのよ。丁度その頃だったかしら。ある高校に赴任する教師がいる、って話を聞いて、それが丁度男女一組だったから、私達が彼らに代わってやってきた、と言うわけ」
「それじゃあ、あの本物の三上先生と冴木先生を殺したのも…」
「そうよ、あれも私達がやったこと。もっともこんなに早く死体が見つかるとは予想しなかったけどね」
「…」
「それから私たちは色々と調査してみたの。面白いものね。高校の先生、という事で安心しきったのか、みんな私達に色々と話してくれたわ。その話と生徒達の行動を調べていったら瀬川さん、あなたがPBだということがわかったのよ。そしたらもう後は簡単。あなたを始末するだけですもの」
美由はようやくわかった。
あの「悪寒」の正体も、こうして人間でない、妖魔が化けた者達がすぐそばにいた結果だったのだ。何でこんな簡単なことに半年も気がつかなかったのか。
美由は自分の迂闊さを悔やんでいた。
*
和也は辺りを見回した。
そのとき、道端で何かキラッ、と光るものを見つけた。
「…?」
和也はその方向に近づくと、その光ったものを拾い上げた。
「…これは…、お姉ちゃんが使ってる鏡だ!」
そう、それは美由が肌身離さず持っている神鏡だった。
勿論和也だってそれがどういうもので、姉が何故持っているかはわかっているつもりだったが。
そのときだった。
「…え?」
和也は今来た道を振り返る。
「…あっちにお姉ちゃんがいる、って言うの?」
和也は神鏡をじっと見る。
なぜかわからなかったが、神鏡が自分に話しかけているような気がしたのだ。
「…わかった。行ってみるよ!」
そう言うと和也は神鏡を片手にその方向へ走り出した。
「ここは…」
和也はある教会の前で立ち止まった。
神鏡に導かれるかのようにここまでやってきたが、ここに姉がいるというのだろうか?
「でも、ここは確か去年、この教会にいた神父さんが死んでから、誰もいないはずなのに…」
そして和也が教会を見上げた時、
「…え?」
また神鏡が話しかけてきたような感じがした。
「…本当にここにお姉ちゃんがいるの?」
そして和也は意を決すると、教会に向かって歩いていった。
*
「…もうその辺でいいだろう」
不意に男の声がした。
「み…、三上先生…」
そう、美由の目の前に今度は三上公平が現れたのだ。
「あら、冥土の土産に私達の事を話していたのに…」
「もう話はそのくらいでいいだろう。早く始末しないと怪しまれるぞ」
「そうかもしれないわね」
そういうと冴木は美由の前に立ち塞がった。
「な…何をするんですか?」
冴木は何も言わずに右手を振り上げた。
「…!」
美由は思わず絶句した。
そう、彼女の右手がコンピューターでモーフィングしたかのように鋭い刃に変わったのだ。
そして冴木は美由の体に振り下ろす。
「いやあああああ!」
美由が叫び声を上げる。
しかしその刃は美由が着ていた制服のブラウスとスカートを引き裂いただけで、身体には傷ひとつ着いていなかった、
冴木は薄笑いを浮かべると美由のブラウスの胸の部分をはだける。
その勢いで彼女が身に着けていたブラジャーも切れてしまったか、美由の胸が露わになってしまう。
「あらあら。大きくはないけど、形のいいおっぱいをしているのね」
「や…やめて…」
同性とは言え(実際には男もいるが)、胸を見せていることの恥ずかしさ、何も出来ない悔しさ、自分がこうなっていることに対する悲しさ、そういったものが入り混じって美由の目から一筋の涙が伝って落ちる。
「…なんか傷を付けるのも勿体無いけど、やっちゃいなさい」
「わかっている」
三上が表情ひとつ変えず美由の前に立つ。と、三上の右腕は鋭い円錐形の錐状のものに変化した、
その瞬間、美由はこれまで起こっていた謎の穴の正体について悟った。
おそらく、今までの穴は三上が試し切りのつもりで貫通させたものに違いない、と。
そしてこれまでのPB殺害に使ったのも…。
三上が右手を振り上げる。
美由は覚悟を決めると目を閉じた。
そのときだった。
「お姉ちゃん!」
外から聞き覚えのある声がした。
何事か、と声のする方向を全員が見た。
「…和也!」
そう、入り口に立っているのは間違いなく弟の和也だった。
「和也、ダメよ、来ちゃダメ! お姉ちゃんはどうなってもいいから早く逃げて!」
まさか自分を助けに来たのが弟だったとは美由も予想が出来なかったのだった。
「和也? …そう、あなたの弟なのね。和也君、お姉ちゃんの言う通りよ。あなたのことは見逃してあげるから早くお逃げなさい。私は余計な人を殺したくないのよ」
「…お姉ちゃんに何をする!」
そう叫ぶと和也は美由たちの元に走ってきた。
「…仕方ないわね。先に始末して!」
その声に三上は頷くと和也の前に立ち塞がった。
「…お姉ちゃんを放せ!」
そう叫ぶと和也は三上に掴みかかった。
しかしいかんせん大人と子供である。体格差もあるし、とても和也の相手になるような人物ではなく、あっと言う間に和也は転がされてしまった。
「やめて! 和也には手を出さないで!」
美由が叫ぶ。
「勢いだけはよかった子ね。…こうなったらこの子に先に地獄に行ってもらうことにしようかしら」
「やめて! 殺すならあたしだけにして!」
美由は泣き叫んでいた。
「心配しなくていいのよ。すぐに会わせてあげるわ」
すると三上が床に転がっていた美由の神剣を拾うと鞘から刀を取り出し、和也にその切っ先を向ける。
「やめて! 和也を殺さないで!」
しかし美由の必死の叫びもむなしく、三上は剣を振り上げ、和也に向かって振り下ろした。
「和也あああああ!」
美由の悲痛な叫び声がこだました。
そのときだった。
「…!」
和也の体からまばゆいばかりの光が発せられた。
そのまぶしさに思わず目を覆う三上と冴木。
そしてその弾みで三上は神剣を落としてしまう。
「…和也…」
美由が呟くと、ゆっくりと和也が立ち上がった。
その光はますますと強くなってきているように見える。
「…まさか…」
*
なぜかはわからなかった。
和也は自分の体の中から力が湧いて来ているような気がした。
「…これは…」
そして和也は辺りを見回した。
三上が落とし、床に転がっている神剣が和也の目に入った。
「…え?」
なぜか自分に「この剣をとれ」と神剣が話しかけているような気がした。
和也は神剣に目を落とすと再び三上のほうを見る。
「この野郎!」
三上が和也に襲いかかる。
しかし和也は自分でも信じられないくらいのすばやさで横に飛ぶと、落ちていた神剣を拾う。
そして自分に向かって襲い掛かった三上に向かってなぎ払った。
「くっ…」
三上がひざを付いて倒れる。しかし、和也はそんな三上に目もくれずに、
「お姉ちゃん!」
と美由の十字架に近づくと、両腕と足を縛っていたロープを神剣で切る。
「和也、大丈夫? 怪我はない?」
やっと自由になった美由が話しかける。
「う、うん。…あ!」
そう言うと慌てて和也は目をそらす。
どうして和也が目をそらしたのか一瞬美由はわからなかったが、
「あ…」
そう、美由は胸をはだけたまま、破れたスカートの下からは白いショーツが和也にまる見え、と言う格好だったのだ。
どうやら和也のことが心配で、そっちの方に注意が行っていなかったようだ。
美由は慌てて服装を整える。
「あ、あとお姉ちゃん、これ」
目をそらしたまま和也が神鏡を美由に差し出す。
「あ、ありがとう和也。後はお姉ちゃんに任せて、和也は安全なところに行って」
「う、うん」
そう言うと和也は物陰に隠れた。
「…冴木先生。いや、冴木先生に化けた妖魔。今まであたしが受けた屈辱、そしてあなたの勝手な理由で命を奪われた本物の冴木先生の分も倍にして返すわ!」
そう言うと美由は神剣を構える。
「く…」
見る見るうちに冴木の顔が憎悪に満ちた表情に変わっていく。
「死ねえええ!」
冴木が美由に向かって鋭い刃に変わっている右腕を振り下ろす。
しかし美由は渾身の力をこめて神剣で跳ね返すと袈裟懸けに冴木を切り付けた。
断末魔の悲鳴を上げる冴木。
そして美由は神鏡を倒れている二人に向ける。
2人はあっという間に神鏡の中に吸い込まれていった。
「ふうっ…」
一安心したか、美由がため息をついたそのときだった。
「美由、怪我はないか?」
「和也、大丈夫?」
そう言いながら義和と由紀子が飛び込んできた。
「うん。あたしも和也も大丈夫よ」
義和は美由の格好に気がつくと、来ていたジャンパーを脱いで美由に渡した。
美由がそれを羽織る傍らで由紀子が和也に、
「ダメでしょ、和也。家にいなさい、って言っていたのに…」
「…ごめんなさい。でもどうしてもお姉ちゃんが心配で…」
「和也の気持ちもわかるけど、お母さん達だって心配したのよ。ね、こんなことしないの」
「…それにしても、妖魔がお前の学校の先生に化けていたとはな…」
「そういえば、上級の妖魔は人間に姿を変えることが出来る、って言う話を聞いたことがあったわ。おそらく美由の学校の先生に化けて調べていたのかもしれないわね」
「おそらくな。これからも気をつけなければいけないだろうな」
と、美由が何かを思い出したかのように、
「…そうだ。お父さん、お母さん。和也が覚醒したんだよ」
「え?」
「あたしもびっくりしちゃった。でも、和也が覚醒したんだよ」
「本当なの、和也?」
由紀子が和也に話しかけた。
「う、うん。なぜかわからないんだけど、体の中から何か力があふれ出てきている様な気がしたんだ…」
「それでね、和也は妖魔を一人倒したんだよ」
「…どうやら本当に覚醒したようだな…」
義和が呟く。
「じゃあ、ボクも…」
「ああ、お前もPBになることが出来るんだぞ」
「本当?」
そういう和也の顔がほころんだ。
「…とにかく、みんな無事でよかったし、ひとまず帰りましょう」
「ああ、そうだな」
そして義和の運転する車に4人が乗り込んだ。
車の中。
「…お姉ちゃん…」
後部座席に美由と並んで座っていた和也が話しかけてきた。
「…なに、和也?」
「その…、ごめんなさい」
「何謝る必要があるの? お姉ちゃん、和也が助けに来てくれて嬉しかったんだよ」
「…本当?」
「本当だって。助けに来てくれたときの和也、凄く格好良かったよ。お姉ちゃん、和也みたいな弟がいて本当によかった、って思うよ」
「…そう…」
和也はまだ何か気にしているようだった。
「? どうしたの?」
「…その…、ボク、お姉ちゃんのおっぱいとパンツ見ちゃった…」
そう言うと和也は黙り込んでしまった。
いくら実の姉とは言え、16歳の少女の胸や下着と言うのはまだ10歳の和也にとっては刺激が強かったようだ。
「それは、その…」
美由は一瞬どう言ったらいいのか迷ってしまったが、
「…いいの。お姉ちゃんが見せたんだから」
「え?」
「…和也が、お姉ちゃんを助けてくれたご褒美に見せてあげたの。だから気にすることないのよ」
そう言うと美由は和也に作り笑顔で微笑みかける。
それを見た和也もようやく美由に向かって笑いかけた。
(…でもよかった。和也が無事で…)
自分が助かったことよりも、美由は弟の和也が何事もなかったことの方が嬉しかった。
まさかあそこで和也が「覚醒」するとは思わなかったが、やはり彼女にとって和也は大切な弟だったのだから。
弟の和也に何かあったら姉である自分がどんな事をしてでも守ってあげたい、と思うように和也も姉である自分に何かあったら守ってあげなければ、と思っていたのだろう。
(…和也なら任せられるかもしれないな…)
美由はそう思った。
(エピローグに続く)
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