第4話
2007年10月。
夏休みが終わり、2学期が始まった当初はこれと言った騒ぎも起こらず、美由自身もようやく騒ぎが落ち着いた、と思っていたが、今月に入ってから美由の学校で再びおかしなことが起こりだしてきていた。
と言うのも美由の通っている高校の生徒は一クラスで毎日のように3〜5人、多いときには10人近くも欠席してる状態が続いているのだ。
この日もそうだった。
朝のHRの際、美由は席を見回すと7〜8人の席が空いていたのだ。
(…一体どうしたんだろう…?)
勿論欠席する側にも何らかの理由があるのだろうが、それにしてもこの人数の多さは異常である。
念のために、と思って他のクラスの生徒にも美由は話を聞いたことがあるのだが、どうやらこういった問題は他のクラスでも起こっているらしい。風邪やそういった流行の話は聞いていないし、何か他に理由があるというのだろうか?
*
そんなある日、美由は下校中にクラスメイトの家によることにした。
そのクラスメイトが休むなんてことは滅多にないことだし、ましてや学校に何の連絡もなく休むということは考えられず、そのクラスメイトと以前から仲が良かったこともあって美由はどうも気になったのだ。
「ごめんくださーい」
美由が玄関の前で呼びかけると、一人の女性が出てきた。
「…あら、美由ちゃん。どうしたの?」
「あの、千恵ちゃんいますか?」
「千恵? まだ帰ってきていないけど、そうしたの?」
「いえ、今日学校休んだからどうしたのかな、と思って…」
「休んだ? 嘘でしょ?」
「…どうかしたんですか?」
「今朝、ちゃんとあの子学校行ったんだけど…」
「本当ですか?」
思わず聞き返す美由。
「ええ。今朝ちゃんと鞄持って学校に行ったんだけどね…」
「…だとしたら…」
「? い、いえ、何でもありません。どうも済みませんでした。千恵ちゃんが戻ってきたらあたしが訪ねてきたことを伝えておいてください」
そして美由は玄関を出て行った。
その夜。
「…そうですか、どうも済みませんでした」
そして美由が電話を切る。
「…どうしたの? さっきから電話ばかりしてるじゃない」
そんな美由の様子を見て由紀子が話しかけてきた。
「ん? ちょっと気になることがあって…」
「気になること? 何なの? 話して御覧なさい」
美由は一瞬話すのを躊躇したが、美由にとって由紀子は母親であると共に、既に引退したとは言えPBの先輩でもある。相談しておいた方がいいかもしれない。
「…実は…」
と美由はここ数日、学校での欠席する生徒が多い事を話した。
「…でも聞いてみると、みんなちゃんと学校には行っている、って言うのよ」
「…つまり、何処かで行方がわからなくなる、ってこと?」
「…うん」
「…何処かで学校をサボってる、とかそういうことは考えられない? お母さんが美由くらいの歳の頃だってそういう子いたし」
「でもそういう時、って見つかったとしたら真っ先に学校や親に連絡が行くでしょ? 聞いてみたんだけど、そんな連絡一度も来たことない、って言うのよ。それに1日でそんなに多くの子がサボったら誰だっておかしいと思うわよ」
「…うーん…」
思わず由紀子も考え込んでしまう。
「…となると他に理由がある、ってことよね。となると…」
「…いくらなんでもそれは考えすぎよ、美由」
「でも…」
「今の所確かな証拠もないんだし、もう少し調べてみないとわからないわよ」
「…うん…」
その翌日のこと。
美由がいつもどおり教室に入ると昨日休んでいたクラスメイトの千恵が来ていたのだ。
「千恵、おはよう」
「あ、美由、おはよう」
見た限りでは彼女の様子に何ら変わったところはない。
「…ところで千恵、どうしたの? 昨日学校に来なかったじゃない」
「…そのことなんだけど…」
そういうと千恵は黙り込んでしまった。
「? …どうしたの?」
「ん? なんでもない」
「なんでもない、じゃないでしょ? あたし昨日心配したんだよ。千恵の家まで行ったんだから」
「…本当?」
「本当だってば」
それを聞いた千恵は美由から目を離すと黙り込んでしまった。
「…どうしたの?」
しかし千恵は何も答えない。
「どうしたの、千恵? 一体何があったの?」
「…誰にも話さないでくれる?」
「勿論。約束するわよ」
「…ちょっとこっちに来て」
そういうと千恵は美由を非常階段の踊り場まで連れて行った。
「…どうしたの、こんなところまで連れてきたりして」
「…実はその…、昨日のこと、全然覚えてないのよ」
「え? 覚えてない?」
思わず聞き返す美由。
「うん。家を出たところまでは覚えているんだけど、気がついたら家の前に立っていたのよ。後からお母さんに美由が訪ねてきた、って聞いたんだけど、途中で用を思い出して寄り道した、って誤魔化しちゃったけどね」
「そんな、そんなことって…。本当に何も思い出せないの?」
「本当なのよ、信じて。全然覚えてないのよ」
「…わかったわ。千恵の言うことだもん。信じてあげる。その代わり、他の人にこのことは話しちゃだめよ。あたしも誰にも言わないから」
*
「…と言うわけなのよ」
その夜。リビングには美由と義和、由紀子の3人がいた。
いくら「誰にも言わない」とは言ったものの、義和や由紀子だけには話しておこうと思ったのだ。
「…うーん。確かに気になる話だな…」
義和が言う。
「そう一度に休む、って言うのは何か他に理由があって、って考えられない?」
由紀子が言う。
「理由って?」
美由が聞き返すと由紀子は、
「もしかしたら、と思うけれど、その千恵さんの記憶がない、ってことは誰かに操られている、とかそういったことは考えられないかしら?」
「操られている?」
「…まあ、お母さんの言っていることが本当なのかどうかわからないが、マインドコントロールと言うのはコツさえ掴めば案外簡単らしいからな。もしかしたら、誰かが、何かの理由があってその生徒達を操っている、とも考えられるけどな…」
「でも、誰が、何のために?」
「それはお前が調べることだろうが」
「…確かにそうよね…」
確かにここ最近の生徒達の行動と言うのは一種の異常さを感じる。
もし生徒達を誰かが操っていたとしたら…。
勿論それが妖魔の仕業かどうかはわからない。しかし…。
「…とにかく、調べてみる必要がありそうね」
*
翌日。
美由はなぜか学校の前の物陰に隠れていた。
そして校門に入ってくる生徒の様子を見ていた。
もし、クラスメイトの千恵の言うとおりだとすると、校門の前で何かが起こるはずだ、と思ったからだ。
念のために、という事で普段は家に置いてある神剣を右手に携えている。
しかし、何事もないかのように次々と生徒達は校門から校舎の中に入っていく。
「…空振りだったかなあ…?」
そう思った矢先のことだった。
一人の女生徒が校門の前で立ち止まった。
(…何しているんだろう?)
そう思った途端、その女生徒は向きを変えると美由のほうに向かって歩いてきた。
(…やばっ!)
慌てて身を隠す美由。しかしそんな彼女にも気づかないかのようにその女性とは美由の脇を通り過ぎると道を歩いていった。
一瞬だったが、その女性との顔を見たとき、美由はただならぬものを感じた。
と言うのも視線が定まっていないかのような顔をしていたからだった。
(…これは、何かありそうね)
そう思った美由はその女生徒の後を気づかれないように尾いていった。
10分ほども歩いただろうか、何とか尾行に気づかれなかったようで、美由はある建物の前までやってきた。
「…ここは…」
そう、数ヶ月前まではここに店があったのだが、閉店して今は誰もいないはずである。
扉の前には「貸店舗」の紙も貼ってある。
と、美由が後を付けていた女生徒がその建物の中に入っていった。
(…どうしたんだろう? あそこは今誰もいないはずなのに…)
と、そのときだった。
「…うっ!」
美由はあの悪寒を感じた。
慌ててポケットから神鏡を取り出す。と、神鏡に嵌まっている宝玉が光っていた。
「…まさか、妖魔がいる、って言うの?」
しかし実際に宝玉が光っている、と言うことはそうとしか考えられない。
「…だとしたら…」
美由は意を決すると神剣を握り締めてその建物に入っていった。
さすがに中に入っていることもあってか建物の中には簡単に入ることが出来た。
しかしあたりには誰もいない。
「…誰もいないのかしら…」
しかし、確かに美由が後を付けた女生徒がこの中に入っていった。
美由は息を潜め周りを見回す。
…と、奥の方で何か物音が聞こえてきた。
「…誰かいるの?」
美由はそう叫ぶと奥の方へと向かった。
「あ…」
奥に入った美由はその光景を見て思わず絶句してしまった。
何人もの男女が輪になって座っており、なにやらぶつぶつと呟いているのだ。
よく聞くと呪文か何かのようだった。
それよりも美由を驚かせたのはその男女が全員美由の通っている高校の生徒だった、と言うことだった。
もしかしたら、ここ最近起こっていた集団欠席の事件も彼らがここに来ていた、と言うことだろうか? だとすると納得がいく。
「な、何やってるの…」
美由が聞いたそのときだった。
自分たちがやっている事を邪魔されたからか、複数の生徒達が美由のほうを睨んだ。
「うっ…」
その顔を見て思わずひるむ美由。
彼らの顔はどう見ても人間のそれとは思えなかったのだった。
そんな中、一人の生徒が美由に向かって襲い掛かってきた。
美由は慌てて真剣を鞘から取り出すが、その足が止まってしまった。
おそらく彼らは体を妖魔か何かに乗っ取られているのかもしれない。
しかし、いくら妖魔に体を乗っ取られているとはいえ、美由にとってはクラスメイトであるし、それ以前に生身の人間である。下手に殺すことは出来ない。
「…どこまで出来るかわからないけど…」
そう呟くと美由は神剣の刃のほうを自分に向けて握り返す。
一人の生徒が美由に襲い掛かってくる。
美由はそれをかわすとみね撃ちをする。
これまで一度もやった事がなかったのだが、一応父親である義和からやり方だけは教わっていたのだ。
後はもう必死だった。何とかクラスメイトを傷つけないように、と必死にみね打ちを繰り返し次々と生徒達を倒していく。
そしてようやく全員を倒し終えたとき、不意に美由の首にかけてある神鏡の宝玉が光った。
(…来る!)
そう直感した美由は再び神剣の向きを替える。
倒れている生徒達の口からなにやら霧のような煙のようなものが出てきて、それがだんだんと実体化してくる。
その前に生徒達を相手にしている、と言うこともあってか、美由の体力もかなり無くなっている。とは言えここで打ち損じでもしたら自分の命にすら関わってくるだろう。
(…とにかく、一撃で致命傷を与えないと…)
美由は肩で息をしながらも両足でしっかりとコンクリートの床に立つと神剣を妖魔に向ける。
妖魔が叫び声を挙げて美由に襲い掛かってくる。
美由は渾身の力をこめると神剣を横殴りに払う。
妖魔が断末魔の悲鳴を上げて倒れた。
「…!」
思わず片ひざを付いてしまう美由。
どうやら今回の相手には自分もダメージを受けてしまったらしい。
神剣を杖のようにして立ち上がると少しは傷みが引いたように思えた。
そして神鏡を妖魔に向ける。
「…それにしても…」
美由は呟いた。
「…それにしても、人に憑依させるなんて、今までにこんなことなかったのに…」
そう、その存在だけは噂に聞いていたのだが、美由自身実体を見るのは初めてだった。
そのときだった。
「…そういえば!」
美由はあることに気が付いた。
「そういえば、お父さんが妖魔って言うのは自分から人に憑依するようなことは出来ない、って言ってたっけ。だとすると…。誰かが妖魔を操ってみんなを憑依させた…」
そうとしか考えられない。となると、この妖魔を操っている人物が他にいるということか?
そのときだった。
「…うっ!」
美由は例の「悪寒」を感じた。
慌てて辺りを見回す。
しかし辺りは誰もいなし。
とは言え、何者かが自分の事を見ているような感じがしたのは事実だった。
「…でも、誰かが見ているような気がしたのよね…」
そう、なぜかわからないが、この春からこういった妖魔退治をした後にこのような悪寒を感じたことが多くなっている。
そのたびに誰から自分の事を見ているような感じがしたのだ。
もしかしたら何者かがずっと自分を監視しているのか、自分の知らないところで別のことが進行してる、と言うのだろうか?
美由はよくわからなかった。
(第5話に続く)
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