第3話
2007年7月。
いつの間にか季節は移り夏となっていた。
美由も勉強とPBの仕事と言う両立にあいも変わらず忙しい日々を送っていた。
しかし、である。4月に起こった不思議な出来事は3ヶ月経った今も多少は少なくなったとは言え、まだ教室のガラスが割れたとか学校の備品が何者かによって破壊された、と言う事件は時々起こっていた。
そのたびに彼女が駆り出され、何度か妖魔退治はしているのだが、一時は収まったかと思いきやすぐに新しい事件が発生するのだ。
この3ヶ月、彼女の気が休まる日といったら本当に数えるほどしかなかった。
そんなある日の夜のこと。
「…ただいま…」
美由が玄関を開けて家に入った。右手に神剣を、首からは神鏡をぶら下げており、丁度妖魔退治から帰ってきたところだった。
「おかえり。疲れたでしょう?」
母親の由紀子が美由を出迎えた。
美由はリビングルームを玄関から覗くと、
「…和也はもう寝たの?」
「もうとっくよ」
「…そうよね。もう11時近いもんね」
そう言うと美由はキッチンに入り、椅子に腰掛けると、
「はあっ…」
大きくため息をついた。
「…本当にここの所大変ね」
由紀子が美由に言う。
「そう。なんかここの所、急にこういった騒ぎが多くてさ」
「お父さんも言ってたけど、確かにここの所急に発生件数が増えている、って。それに、ちょっと気になることがあって…」
「気になること、って?」
「発生件数が増えたのって春になってからなんですって」
「確かにそうよね…。あたしが2年になってから急に増えだした気がするし。なんか関係があるのかしら?」
「そこまではわからないわよ。お母さんだってお父さんだってPBやってた頃はある一時期物凄く忙しかったのに、それとは逆にほとんど用事がない、って時もあったし」
「…だといいんだけれどね…」
「…何か気になるの?」
「ちょっとね」
そう、ここの所美由は例の「悪寒」が夏だというのに時々起こっているのだ。一体それがどういうことなのかよくわからないし、別に健康状態が悪い訳でもないから両親には黙っているのだが…。
「…まあとにかく、お風呂も沸いてるし、お母さんももうすぐ寝るから、美由ももう寝なさい」
「はあい」
そして美由は自分の部屋に着替えを取りに行った。
*
そんなある日の授業中のことだった。
美由は今までの事件の事を振り返っていた。
(…それにしてもどうしてこう最近…)
そう、今年に入ってから既に半年以上経ってるが、年が明けてから3月までと比べると4月以降の3ヶ月では美由が何らかの形で関わっている事件が明らかに増えているのだ。
しかもどういうわけだ過疎に事件も学校周辺で起きている、
(…一体何か共通点があるのかしら…?)
美由はこれまで自分が関わった事件の事を思い出していた。
(…そういえばあの時…)
と、美由がそこまで考えた時だった。
「…がわ。瀬川!」
美由を呼ぶ声が聞こえた。
見ると美由の座っている机の傍らに教師の三上が立っていた。
「…は、はい。なんですか?」
「なんですか、じゃない。授業中だろ!」
「え、ええ…」
「大体、最近のお前は授業中、ぼーっとしている事が多いな」
「そ、それはその…」
「そういえば最近、夜に出歩いている、と言う話じゃないか。何をしてるんだかわからんが、高校生の本分は勉強にあるんだ。その事を忘れるな」
そう言うと三上は美由の席を離れた。
*
「…どうしたの、美由? 本当に最近」
「ま、まあね」
「やっぱり三上先生の言ったように、PBの仕事で疲れてるの?」
「そういうわけでもないんだけどさ。やるとなると、どうしても放課後になっちゃうからさ…」
「そう言えば美由って三上先生と随分相性悪いわね。よく怒られてるじゃない」
「そ、それはその…、ああいう先生、好きになれなくてさ」
「えー、いい先生じゃない」
「そうかなあ…。なんか気に入らないのよねえ」
「…じゃあ、美由は冴木先生も気に入らないの?」
「どういうこと?」
「だって冴木先生とも相性が悪そうだしさ…」
「そういうわけじゃないんだけど…。何か気に入らない部分があるのよね」
「そういえば三上先生、美由がPBしてるの知らないみたいね。もうこの学校に来て3ヶ月になる、って言うのに」
「…それはその、話しそびれているだけ。別にいちいち教えることもないでしょ? PBやってるのはあたしだけじゃないし」
「だけど、このへんでやってるのは美由だけでしょ?」
「ま、そのうち三上先生だってわかるとおもうわ」
クラスメイトの言うとおり、美由はこの春に転任してきた教師――三上公平と冴木法子――とどうも相性が悪いのだった。
別に表立った対立とかそういったことはないのだが、どうもこの二人の教師が好きになれなかったのだった。
何故かはわからないが、どうも気に入らない部分があるのだ。それが一体なんなのか、美由もよくはわからないのだが…。
*
それから数日たち、夏休みを間近に控えたある日のことだった。
「あ、美由。ちょっといい?」
校門に入ったところを美由はクラスメイトに呼び止められた。
「…また起きたの?」
美由がそう聞くとそのクラスメイトは何も言わずに頷くと美由の手を引っ張る。
「これは…」
「…そう、いつもと一緒よ」
そう、例によって地面に何かで開けたような大穴が開いていたのだった。
「…本当に最近、よく起きるわね」
「やっぱりこれも妖魔の仕業かしら?」
「美由、調べてみて」
「…ちょっと待ってて」
そう言うと美由は着ていたブラウスの中に手を入れると首から神鏡を取り出した。夏服の間はこうして首からぶら下げているのである。
「あ…」
神鏡の真ん中に飾ってある宝玉が光ったのだった。
「…これは…」
間違いない、妖魔の仕業だ。
「…美由の出番、ってこと?」
クラスメイトが美由に聞いた。
「そういうことになるわね」
「…ゴメン、美由。この間引っ張り出したばかりだというのに、また引っ張り出して」
「いいのよ。もう慣れっこだから」
そう言って、美由が神鏡をしまったときだった。
「…!」
例の悪寒が美由の全身を襲ったのだ。
思わず縮こまる美由。
「…どうしたの?」
「ん? …な、なんでもない」
そして注意深く周りを見回す美由。
何のことはない、そこにはいつもどおり、生徒や教師が何人か美由の行動を見ているだけであり、別に怪しい部分は見当たらない。
(…なんでまたこんなところで…)
そのときだった。
(…そういえば…)
美由が最近、やたらと悪寒に襲われることに気がついたのだ。それも、春になって彼女の周辺で起きる事件の件数が増えるのと比例するように多くなってきている。
(…なんで急に増えてきたんだろう…)
美由はその理由がよくわからなかった。
*
その日の夜。
美由はその空き地で神剣を構え、目を閉じて「その時」を待っていた。
色々と調べてみた結果、どうやらこの辺に妖魔がいることに気がついたのだ。
そしてその妖魔を追い詰めてここまで来た、という事である。
「…来た!」
美由は気配を感じると目を開いた。
美由の目の前に彼女より一回りは大きいであろう、妖魔が現れた。
そして美由に向かって襲い掛かってくる。
美由はそれをかわすと、神剣で横殴りに払う。
妖魔が悲鳴を上げる。
そして美由は今度は背中から袈裟切りに切りつける。
そして間をおかず、神鏡を取り出すと妖魔にそれを妖魔に向ける。
妖魔が断末魔の悲鳴を上げ鏡に吸い込まれていった。
「…終わった…」
いつもどおりの仕事を終えると美由は携帯電話を取り出す。
「ええ〜っ? もうこんな時間?」
そう、携帯電話の時計は12時近くなろうとしていたのだった。
「急いで帰らなきゃ!」
そして、家に帰ろうとしたときだった。
「…うっ!」
美由の全身を「あの」悪寒が駆け巡った。
(…なんでこんな時に?)
妖魔がまだいる、と言うことか?
美由は首からぶら下げていた神鏡を取り出す。しかし神鏡の宝玉は何の反応も起きていない。
(一体どういうことだろう?)
しかし、その悪寒もすぐに治まった。
(…なんでこうも最近…)
そう思いながら美由は歩き出した。
美由が「覚醒」をする少し前あたりからこのように妖魔が近くにいるとこのように悪寒を感じるのでそのこと自体は余り気にならないのだが、最近はいくらなんでも多すぎるのだ。
だが、それはここ最近自分の周囲で起きている出来事と何か関係があるのだろうか?
それとも何か別の出来事が自分の身の回りで起きているのだろうか?
そんな事を考えながら角を曲がったとき、不意に誰かとぶつかってしまった。
「あ、ご、ごめんなさい!」
「…誰かと思ったら、瀬川さんじゃない」
そう、美由がぶつかった相手は聞き覚えがある声だった。
「あ、さ、冴木先生…」
そう、その相手と言うのは美由の高校の教師でもある冴木法子だったのだ。
「…先生この近くに住んでいるんですか?」
「…そうだけど。そんなことより、瀬川さん。あなたこんな時間まで何やってるの?」
「あ、そ、その…」
美由は慌てて右手に持っていた神剣を背中に廻した。
「…何持ってるの?」
「い、いえ、先生には関係のないものです」
なぜかわからなかったが、持っていた神剣を隠しておかないとまずいと思ったのだ。そもそも16歳の少女が持つものでもないし…。
「…本当に関係ないの?」
そう言いながら美由の背中を肩越しに見ようとする。
「で、ですから、先生に関係のないんです、本当に」
「…そう、ならいいけど。それにしても、女の子がひとりで出歩いている時間じゃないでしょう?」
「は、はい、そうですね。これから帰りますので。先生、さようなら」
そういうと美由はその場を走り去っていった。
「…はあ…」
ある通りに来たとき、美由はまたため息をつく。
しかし今度は安堵のため息だった。
「…なんか、気に入らないのよねえ…」
そう、なぜかわからないのだが、三上といい、冴木といい、自分のやっている事を知られてはいけないような気がしたのだ。
何故、そう思っているのかはわからない。しかし、あの二人に自分がPBである事を知られてはまずいような気がするのだ。
(…とにかく、もう暫く黙っておこう)
(第4話に続く)
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