第2話
2007年4月のある日。
美由が通っている高校も今日が始業式である。
「…ふう、なんかもう2年生、って感じだわ…」
校舎に入ると、この間16歳になったばかりの少女は大きくため息をついた。
勉強の合間にPBとしての仕事もしているから、なんだか訳のわからないうちに1年が過ぎてしまい、更に自分が3月生まれだと言うこともあってか、いまだに2年生になった、と言う実感がわいてこない。
とは言えようやくこの生活にも慣れてきたのも事実ではあるが…。
*
そしてクラス替えなどが終わり、全生徒が体育館に集まって始業式が始まった。
その中で美由の通っている高校に男性と女性、それぞれ一人ずつ二人の教師が転任してきた、ということで新任式が行なわれた。
「…それでは紹介します。4月1日付で本校に新任となりました三上先生と、冴木先生です」
「三上です」
男のほうの教師が挨拶をすると、続いて女の教師が、
「冴木です、よろしくお願いいたします」
と挨拶をする。
そのときだった。
「…!」
不意に美由は何か身体にぞくっ、とする感覚が走ったのを覚えた。
思わず縮み上がる美由。と、
「…どうしたの、美由?」
美由の後ろに並んでいるクラスメイトが話しかけてきた。
「あ、な、なんでもない」
慌ててごまかす美由。
(…なんだろう。今まで感じたことのないこの感覚は?)
風邪をひいた時などでよくある感覚ではない。身体の芯から感じるような寒さだったのだ。
今までもそういった感覚がなかった訳でもないが、今回のそれは今までとは全く比較にならないほどの強い感覚なのだ。
(…一体なんだろう…?)
結局その感覚はそのとき限りで、結局その後は一度も起こらずにその感覚の正体がなんだったのか、美由にはわからずじまいだった。
*
それから数日たったある日の朝のこと。
二人の女生徒が校門の前に立っていた。
二人とも同じ方角を向いていた。…と、
「…あ、来た!」
一人の女生徒が叫んだ。彼女達の見ている方角から美由が歩いてきたのだ。
「美由! ちょっと来て!」
もうひとりの女生徒が叫びながら美由を手招きした。そう、彼女達は美由のクラスメイトだったのだ。
「…あ、おはよう。どうしたの、一体?」
美由は二人のクラスメイトの姿を見て言った。
「挨拶はいいから。とにかく来てよ!」
そういうと一人の生徒が美由の手を引っ張る。
「ちょ、ちょっと! 一体何があった、って言うのよ!」
美由が連れてこられたのは学校の裏庭だった。
既に何人もの生徒がそこに集まっていた。
「あ、ちょっとゴメンね」
そう言いながらそのクラスメイトは生徒達をかき分け、美由を木の前に連れてきた。
「…ちょっと、一体どうしたのよ?」
「これ、見てよ」
美由を連れてきたクラスメイトが一本の木を指差した。
「…これは…」
思わず美由も絶句した。
そう、その気の真ん中あたりが何かでくりぬかれたかのような大きな穴が開いていたのだった。
しかもその穴と言うのがヤスリか何かで磨いたかのように綺麗になっていたのだ。
「…いったいどうしたの?」
美由が聞くと、
「けさ、登校して来た子が見つけたんだって。昨日まではこんな穴なかったのに…」
美由はその穴に近づくと、じっくりと観察をする。
「それにしても…。ドリルか何かで開けたにしては穴がきれい過ぎるわね…」
「うん。だから、誰がどうやって開けたのかわからないのよ」
「ねえ、美由、何かわからない?」
それを聞いた美由、思わず「へ?」と言う表情になり、
「…ちょっと、何であたしに聞くのよ!」
「だって美由、PBでしょ?」
「PBって言うのはあくまでの妖魔退治が目的なの。大体これだって妖魔の仕業かどうかわからないでしょ?」
「そりゃそうなんだけど…」
「…とにかくあたしも調べてはみるけど、何かあったらまた教えてね」
「う、うん」
*
それから数日後、例の木に大穴が開いた事件もまだ生徒達の間では話題になっていたある日の朝のこと。
今度はある教室のガラス窓が一斉に割られると言う事件が発生した。
しかも1枚や2枚、と言う訳ではない。その教室の窓ガラス全てが割られていたのだ。
ただ不思議なことにそのガラス窓は教室の中から割られたか、外にガラス片が飛び散っていたのだ。
しかも、学校の周りに住んでいる人の話だと、夜中のある時になにやらガラスの割れたような音が一度して、それきりだったと言う。
もしその言葉が正しいとすると複数の人間で同時に全てのガラスを割ったことになるが、一体どれくらいの人間が必要で、そしてそれこそ寸分の狂いもなく一斉にガラスを割ることなんてできるだろうか?
それに、その時間にそれだけのガラスを割ることができるほどの人間が学校に入るところを見たものは誰もいなかった、という。
更に警察も捜査を始めたが、これと言った手がかりが見つからない、と言う。
そして当分の間、その教室は使用禁止、と言うことになってしまった。
*
そういった事件があって以降も学校でグラウンドに大きな穴が開いていたり、コンクリートの一部が爪か何かで引っかいたかのようにえぐられる、と言う事件が起こっていた。しかもその原因が全くと言っていいほど分らず、仮に人間の手で起こしたにしては余りにも不自然な点が多い、と言うことだった。
「…と言うわけなの」
そんなある日の夜。美由は学校であった幾つかの事件を義和と由紀子に話していた。
義和からPBの仕事を受け継いだ今でも、こうして美由は二人に相談をし、義和たちも美由の「先輩」としてアドバイスをしていた。
「…そういうことがあったの…」
美由から話を聞いた由紀子はそういうのが精一杯だった。
「…とにかく、何故その学校ばかりで起こるのか、と言うのが気になるな」
義和も言う。
「…あたしも色々と調べてはみてるんだけど、アレだけの事を人間の力でやるなんて無理よ」
「じゃあ、美由は一連の事件は妖魔の仕業だ、って言うのか?」
「断定はできかねないけど、そうかもしれない、って思うの。だってどう考えたって人間の力であんな事をやるなんて無理よ。おまけに友達があたしに『何とかしてくれ』って頼み込むのよ」
「それは災難だったな。…でも調べてはいるんだろ?」
「…うん。もっと詳しく調べたいことがあるんだけど…」
そういうと美由は言葉を濁してしまった。
「…どうした?」
「…どうも色々な証言を照らし合わせてみると、事件が起こるのは夜遅くなってからなのよ」
「…そうか。最近は学校の夜になるとセキュリティの関係で門を閉めるからな。…わかった。そっちはお父さん達が協会のほうに頼んでみるから。美由はとにかく昼の間に調べられるだけのことは調べてみろ」
「わかったわ」
*
そして翌日の昼休みのことだった。
美由はその大穴が開いた木の傍に立っていた。
確かにこんな綺麗な形で木に大穴を開ける、なんて普通の人間には無理であろう。
(…となると…)
美由は制服のブレザーのポケットから神鏡を取り出した。
さすがに神剣は持ち歩けずに家に置いてあるのだが、こうして神鏡は肌身離さず持っているのだ。それにいつもは普通の鏡としても使えるから何かと便利だし…。
美由はその神鏡の鏡面をその木に向けた。
父親の義和が言っていたのだが、もし、この木を開けたのが妖魔の仕業ならしばらくは僅かではあるが反応が残っているからだ。
…と、鏡の裏面についている宝玉が弱々しいながらもほんのりと光を放った。
「…これは…」
母親である由紀子からこの鏡を受け継いだ時に聞いたが、もし妖魔の反応が少しでもあったとしたら光を放つはずなのだ。
もちろん、普段はこんな弱々しいしいものではなく、例えばすぐ近くにいればかなりの強さで光るのではあるが。
「…となるとこれは…」
この穴を開けたのは妖魔だというのだろうか?
その後も美由はガラスの割れた教室や、コンクリートが削られた場所で神鏡を向けてみたのだが、どこもかしこも同じような反応があったのだ。
*
そしてその翌日のことだった。
今度は何者かによって教室の一部が破壊される、と言う事件が起こった。
「…もしかしたら…」
美由はそう呟くとポケットから神鏡を取り出した。
すると、今まで以上に強く宝玉が光を放ったのだった。
「…やっぱり…」
美由がそう呟くと、後で見ていたクラスメイトが、
「…やっぱりって、美由…。これって人間の仕業じゃない、ってこと?」
「そういうことになるわね。大体人間が木にあんな風に綺麗な形で穴を開けたり、教室中のガラスを一斉に割るなんてできないわよ」
「…やれやれ。となると、もう美由に任せるしかないのか…」
「…任せる、ってそんな…」
「でも美由はPBなんでしょ? こういうことできるのはもう美由しかいないんだから。ね、お願い」
「…仕方ないわね…」
「でも、気をつけてね」
「わかってる、って」
*
そして夜。
学校の正門に一人の少女がいた。
言うまでもなく美由である。
これまでの目撃証言から分析すると、次々と起こっている不可解な現象は夜に成ると起こっているらしい、と言うことがわかったのだ。
そこで夜に張り込んでみよう、と言うことになったのである。
美由は普段は家に置いてきている神剣を右手に持つと、門扉を引く。
父親が前もって学校に話しておいてくれたからか普段はしまっている門扉も簡単に開き、美由は中に入っていった。
そして懐中電灯で辺りを照らすと、目撃情報のあった辺りを丹念に調べて回った。
そもそもの事の発端となった大穴を開けられた木もあの日のままの姿でそこに立っていた。 ただ、あの頃と違うのは「危険 近づかないこと」と言う貼り紙が貼られていることだったが。
「…これと言っておかしなところはないけど…」
あの日からも美由は色々と調べてみたのだが、現場はあの日のままの状態でこれと言って変わったところはなかった。それに2日前に調べた時より妖魔反応も薄くなってきたのか、宝玉の光もかなり弱くなっていた。
と、不意にいつもはポケットに入れているが、こういう妖魔退治の時には首からぶら下げている神鏡の宝玉が光った。
それも弱い光ではない。はっきりとした光である。
「…いるの?」
美由は辺りを見回す。すると上のほうでなにやら物音が聞こえた。
「…まさか!」
美由は懐中電灯で、学校の屋上の辺りを照らす。と、何かが動いたように思えた。
「屋上にいるの?」
そして美由は近くにあった非常階段から屋上に向かって昇っていった。
*
「はあ…はあ…はあ…」
美由は大きく息を切らせた。そして屋上へと続く扉の前に来ていた。
勿論途中途中で確認もしていたが何者かがいる様子はなかった。
「…となると後はここしかない訳よね…」
美由は大きく深呼吸をして息を整えると、ドアのノブに手をかける。
そしてドアのノブを開けると、屋上に飛び出した。
神剣を構えると辺りの気配を窺う。すると、
「…左?」
不意に左の方から何かの気配が来るのを感じた。
美由は左の方向を向く。
と、一匹の妖魔が美由に身かって襲い掛かってきた。
すんでのところで攻撃をかわし、美由は神剣を構える。
すると妖魔の右手が鋭い錐のようになる。
「…もしかしたら、あの木は…」
そう、この妖魔がやったものだろうか?
そんな事を考えている美由に妖魔が襲い掛かり、錐状になった右腕を美由に向かって突き刺そうとする。
慌てて美由はそれをかわすと横殴りに払う。
妖魔が悲鳴を上げる。
そして、美由は後から妖魔を袈裟切りにする。
妖魔が断末魔の悲鳴を上げる。
美由は胸からかけていた鏡を妖魔に向ける。
そして妖魔がそれに吸い込まれていった。
「…ふうっ…」
妖魔を退治した美由がひとつため息をつく。…と、
「…?」
美由は辺りを見回す。
「…なんだろう?」
そう、何やら別の気配を感じたのだった。
そしてあたりを探すが自分のほかには誰もいなかった。
「…気のせい…じゃないわね。確かに誰かいたはずだもの…」
美由は「気配」が一体なんなのかよくわからなかった。
(第3話に続く)
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