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Phantom Buster MIYU  作者: ともゆき
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プロローグ

 1988年、秋。

 結果的に昭和最後の秋となったこの年、世の中が「自粛ムード」となっていて、どことなく日本全体が沈みがちだったある日。

 夜のビルの屋上に25〜6歳くらいの一人の男が立っていた。

 男の右手にはなぜか剣が握られていた。

「…もうそろそろのはずだが…」


 その時だった。

「…よっちゃん、聞こえる?」

 男が左手に持っていたトランシーバーから女の声が聞こえた。

「…追い詰めたのか?」

 男がトランシーバーに向かって話しかける。

「うん。今、そっち言ったわよ!」

 トランシーバーの向こうにいるであろう女が叫んだ。

「わかった!」

「気をつけてね!」

「わかってるって!」

 屋上にいた男が叫ぶ。

 そして男は剣を構えると静かにその時を待っていた。やがて

「…来た!」

 男はそう直感した。


 やがて男の目の前に異形の生物――怪物と言うべきか――が現れた。

 その身の丈は優に2メートルはあり、凶悪な顔つきだった。

 怪物が男に向かってその巨大な手を振り下ろす。

 男はすんでのところでそれをかわすと、

「せえいっ!」

 気合一閃持っていた剣を横殴りに払う。

 怪物が断末魔の叫びを上げる。

 と、その様子を男の向かい側で見ていた女――先ほどまで男とトランシーバーで会話を交わしていた――がその怪物に向かって首から下げていた鏡を向けた。

 その鏡に怪物が吸い込まれていき、次の瞬間には怪物は消滅していた。


「…大丈夫?」

 女が男に駆け寄ってきた。

「…ああ、大丈夫だ。それよりそっちはどうなんだ?」

「こっちもバッチリよ」

 そういうと女は鏡を取り出した。

 2、3回振ると鏡の後ろ側に開いていた穴からコロン、とガラス球状の物体が転がり落ちてきた。

「…よし、後は事務所に届けに行くだけだな」


 そして二人は地上に降りると男の運転する車で走り去って行った。

   *

 車の中。

「…今日も大変だったね、よっちゃん」

 助手席に座っていた24〜5歳の女性が運転席の男に話しかけた

「あ、ああ…」

 よっちゃんと呼ばれた男はその言葉も何処か上の空で聴いているようだ。

「…どうしたの、よっちゃん?」

「…いや、そのな、由紀子」

「…なに?」

「そろそろどうかな、って思ってな…」

 それを聞いた由紀子と呼ばれた女性は思わず吹き出してしまった。

「…おい、なにがおかしいんだよ」

「ゴメンゴメン。実はその言葉、待ってたのよ」

「え?」

「だってあたし達だって高校の頃からの付き合いだし、高校を卒業してからもずっとパートナーとなってやってたんだもん。いつ来るのかな、と思ってたけどなかなか言い出さないからさ」

「じゃあ…」

「勿論、断る理由なんてどこにもないわよ。幸せな家庭作ろうね、よっちゃん」

「勿論さ」


 1989年6月、瀬川義和・小林由紀子 結婚。

    *

 1991年3月。

 病院の前に一台の車が停まると、中から義和が飛び出てきた。

 先ほど病院から連絡があり、「奥さんが産まれそうだ」と言う話を聞き、こうして駆けつけた、と言うわけである。

「…あ、瀬川さん!」

 顔なじみの医師が義和に駆け寄る。

「…由紀子は?」

「先ほど分娩室に入りましたよ。なんでももうすぐ産まれるようですよ」


「もうすぐ産まれる」と言われながら既に30分近く経ち、義和は分娩室の前を行ったり来たりしていた。


 それからどのくらい経っただろう。不意に分娩室の中から赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。

「…産まれた!」

 義和はそう直感した。程なく、

「あ、お父さん、おめでとうございます」

「元気な女の子ですよ」

 分娩室の前から医師や看護師が出てきた。


 1991年3月、瀬川家長女・美由 誕生。

    *

 1996年11月。

 5年前と同じ病院の同じ分娩室の前。

 義和は5年前と同じく分娩室の前でそのときを待っていた。

 ただ、前の時と違うのは彼の傍らには5歳になる娘がいることだった。

「…そうか、もうこの子も来年は小学校に行くんだな…」

 義和は自分の隣にちょこんと座っている娘の美由を見て思った。

 彼女も5年前にこの病院で生まれていて、医師や看護師の中には美由をみて「こんなに大きくなったのね」と言っている人もいるが…。

(…この子はひとり家族が増える事をどう思っているのかな?)

 勿論母親が数日前から入院していることは知っているし、彼女が通っている幼稚園では「もうすぐお姉ちゃんになる」と友達に話しているそうだが、果たして自分にきょうだいができる、とはどういうことなのかもしかしたらよくわかっていないのではないだろうか?

 そう思いながら美由の顔を見る義和。

 そんな父親の顔を娘は不思議そうに眺めていた。


 それから程なく、分娩室の中から5年前と同じように赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。

「…生まれましたよ」

「お父さんそっくりの男の子ですよ」


「…ほら、美由。おまえに弟が出来たぞ」

「弟?」

「…そうだぞ、美由はお姉ちゃんになったんだぞ」


 1996年11月、瀬川家長男・和也 誕生。

    *

 そしてこの一家はどこにでもありそうな普通の家庭生活を送っていった。

 ただひとつ、瀬川家には一般の家庭とは違っている部分がある点を除いては。

 

(第1話に続く)


(作者より)この作品に対する感想等は「ともゆきのホームページ」のBBSの方にお願いします。

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