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八犬伝異聞録 蒼き牡丹   作者: 皆麻 兎
第二章 古那屋での出来事と伏姫の縁
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第7話 病に冒された信乃

<前回までのあらすじ>

下総国を南下し、行徳に到達した狭子と丶大法師。ちょっとしたトラブルに巻き込まれつつも、3人目の犬士・犬田小文吾を見つける事に成功する。その場の流れで、彼が営む宿屋に案内される2人。そこで不可思議な白昼夢を見た狭子は、宿屋の中をかけずりまわる。

すると、奥の部屋にて、苦しそうな表情で寝込んでいる信乃の姿を目撃するが、背後に潜んでいた犬飼現八から小太刀を突き付けられてしまう。

「動くな」


背後から喉に小太刀をあてがわれ、ツバを飲み込む余裕すらない。


 ど…どういう…事…?


心臓が強く脈打ちながら、私は思う。


「…少しでも動こうとすれば…斬る」

「!!!」


現八が耳元で囁き、全身から血の気が引くような感覚がする。

この感覚(かんじ)を例えるなら、殺気というべきか。それを感じた私はどうすれば良いかわからず、身体を硬直させていた。



その後、私は腕を後ろで縛るように押さえ込まれた後、すぐ隣の客間に連れていかれる。


「いっ…!」


中に入った瞬間、私は彼に突き飛ばされて壁に激突した。

現八は、再び私に小太刀を突き付ける。


「…あれを見た以上、無傷で帰すわけにはいかん。だが…お主が身の上を明かし、先程の光景を忘れるなら…命だけは助けよう」

「あの光景…」


それを聞いた私は、あの部屋で見たものを思い出す。


苦しそうな表情で寝込む信乃。それが最初に見た白昼夢みたいな光景とほぼ同じだったので、私の頭の中で鮮明に残っていた。

それを想像した途端、私はやっと、目の前にいる青年が自分を警戒している理由がわかった。


「私は…足利成氏公から差し向けられた刺客ではありません」


とにかく私は、誤解を解くために何とかこの台詞(ことば)を口にする。


真剣な表情で、相手を見つめる。現八は黙ったまま私を睨みつけていたが…数秒後、自分に突き付けていた小太刀を鞘に納める。

それを見届けた私は、内心で安堵していた。


「…まぁ、例え成氏公だろうと、お前のような小娘を追っ手に仕向ける訳ないか…」


彼は、ため息交じりの声でボソッと呟いていた。


「そうそう!そんな訳…」


同調の言葉を言おうとした瞬間、私はちょっとした違和感を覚える。


「…あれ?」


 …今、“小娘”って聞こえたような…?


私が呆気にとられていると、現八は嫌そうな表情かおをする。


「…そんな下手な男装、誰が見ても女子おなごだとわかるであろう」

「やっぱり…聞き間違いじゃなかったんだ…」


まさか、あの犬飼現八から格好の事を言われるとは微塵も思ってなかったので、とても変なかんじがしたのである。



「お…お主、女子おなごだったのか…!全く気が付かなかったぞ…!!」

「普通、すぐに気付くだろう…」


その後小文吾が現れて、私や法師様がただの客であると説明してくれた。


誤解が解けたのはよかったが、現八はまだ納得いかないような表情かおをしている。最も、男子の格好をする女なんて滅多にいないので、怪しむのは少なからず当然の事だろう。

 

 現八かれにはすぐバレたけど…。小文吾さんが気付かなかったという事は、私の男装も別に下手くそって訳でもなさそうね…


私は2人のやり取りを聞きながら、そんな事を考えていた。


「そうだ…そんな事より…!!」


私は、一番大切な事を思い出す。


「ねぇ!!彼…犬塚信乃は、病にかかっているの??」


そう切り出した途端、小文吾と現八の表情が曇る。

その表情からして、単なる風邪ではない事が容易に理解できた。


 えっと…確か、信乃は古那屋ここで何かの病気にかかって、死線をさまようはず…。でも、その病ってなんだったっけ…!?


私は、必死に八犬伝の話を思い出そうとする。


「…破傷風だ」

「え…」


現八が、低い声で病名を口にする。

その名は、現代でも聞いたことのある病気の名前だった。


「破傷風…という事は、許我での戦いの傷が原因…?」

「おそらく…」


私の問いに対し、現八が複雑そうな表情かおで答える。


病気が発症する理由としては十分だったが、私はそれ以上に治るのかが心配になってきた。

破傷風―――――それは、菌が傷口から侵入し、その神経毒のために口がこわばって開きにくく、全身の筋肉に硬直・痙攣(けいれん)が現れる5類感染症の一つ。時には、呼吸困難に陥って死亡する危険のある恐ろしい病である。

ましてやこの戦国時代、医療が現代ほど進んでいるわけではないため、治療法などないようにも思われていたが…


「治療法が…ないわけでもない…」

「本当に!!?」


小文吾の思わぬ台詞(ことば)に、私は思いっきり食いついた。


「ん…?でも、すぐにできる治療法なら、既に実践しているはずですよね…?」


“何かできない理由でもあるのか”と考えていた私の視界に、小文吾の妹・沼藺さんが入ってくる。


「…当家では、家伝である妙薬の秘法があるのです。これを病人にかければ…破傷風のような病でも、たちまち治るというのですが…」

「…何か問題があるんですか?」


私が彼女に問い返すと、沼藺さんは黙ったまま首を縦に頷いた。


「その妙薬っちゅうのが…若い男女の生き血だ」

「!!!」


それを聞いた途端、私の表情が強張る。

「それで本当に治るのか」という疑心もあったが、とりあえずは話を聞くことにした。


「…だが、その生き血というのも、特殊な条件があるらしい」

「??」


部屋の隅で座っている現八が、呟くようにしてそう述べる。

その後、私の視線はすぐに小文吾の方へ向いた。


「…ああ。最初は、俺と妹の沼藺で事足りるかと思うたが…。秘法の記された書物を読むと、俺はともかく、沼藺ではならぬという事がわかったのだ」

「どういう事…ですか?」

「…その“特殊な条件”って言うのが、女の生き血の方にある」


この時、私は緊張の余り、ツバをゴクリと飲み込んだ。


「妙薬に必要な女子おなごの生き血…。それは、清らかな乙女の血でなくてはいかんという条件なんじゃ…」

「乙女の生き血…」


それを口にした途端、私の頭の中が一瞬だけ真っ白になる。


「…妹は3年ほど昔、死んだ夫との間に息子を一人もうけておる。…今は行方知れずになっておるが…」


固まっている私を見かねたのか、小文吾が沼藺さんの肩に手を置いて説明する。

彼が今述べた事実は、“八犬伝”の原作とは大きく異なっている。しかし、そういった事実が、今の狭子の頭にはなかったようである。


「乙女って事は…処女…って事?」


私は、独りでブツブツと呟いていた。

一方で、そんな私を現八は不可思議そうな表情かおで見つめていた。そして今現在、この宿屋にいる人数。また、信乃と現八がお尋ね者だという事実を考えると、何が一番最善なのかが手に取るようにして解ったのである。


「…私の血じゃ…駄目かな?」

「えっ!!?」


私がボソッと口にした後に恐る恐る見上げると、その場にいた全員が目を丸くして驚いていた。

数秒間だけ沈黙が続いた後―――――――最初に口を開いたのが、小文吾だった。


「血が必要という事は…その…。お主の血を抜くという事だぞ?」

「わかっています。…でも、致死量には満たない量なんでしょ?」

「むむ…??」


私の言った言葉が通じなかったのか、小文吾さんは口を開けたまま静止していた。


「あ、えっと…。つまり、死に至る程血を抜くわけではない…という事でしょう?」

「あ…ああ…」


言い直した言葉を聞いて、彼はようやく理解できたようだ。


「だが、いくらあの男の顔なじみとはいえ、まだ会って間もないのだろう?…そんな見ず知らずの男のために、何故そこまでしようとする…?」


疑惑のを向けながら、現八が私に問いかけてくる。


「…誰かを助けるのに、理由なんているの?」


私は、今思った事を正直に口にした。

すると、現八が今までにないくらいに驚いた表情かおを見せる。


「それに…誰かのために何かしたい…って思うのは、人として当然の事だと思うの」


私は誰を見ながらでもなく、しかしこの場にいる全員に向かってその言葉を口にした。



そして、数秒の沈黙が続き、小文吾が立ち上がった。


「…お主の義は、ようわかった。ならば、今は一刻を争う時。すぐに支度を致そう…!」

「でも、兄さん!貴方はともかく…この方の場合、傷を入れる場所を間違えれば、命に係わります!どうすれば…」


立ち上がって歩き出そうとした小文吾に、沼藺さんが呼び止める。


「うーむ…。俺だと、力加減がわからんからなぁ…」

「…それがしがやる」


刀の扱いが苦手な小文吾が頭を抱えて考えていると…部屋の隅から、現八が名乗りをあげる。


「わしは許我におった頃、賊を捕える捕り手じゃった。そして、刀や弓矢の扱いも慣れておる。…異存はないな?」

「あ…お願いします…」


いくらか自信満々で言っている彼を見て、「犬飼現八らしい」と、私は内心で考えていた。

ただし、それは自分が考えている現八像と比較しながらの考えであるため、実際はよくわからないのであった。

 


 闇夜の深いこの日。今が何時なのかわからない中で、それは行われた。小文吾は妹の力を借りて、自らの肉体から血を決まった分だけ搾り取る。そして、私は――――――――現八が自分の肉体に傷をつけ、血を取る事となった。


「痛むと思うが…許せ」


私が身に着けている小袖のたもとをまくり、現八は右手に小太刀を握りしめる。

以前にできた覚えのない切り傷を見た彼は、そこに切り込みをいれる事にしたようだ。


「痛っ…!」


現八が深々と切り裂かないよう力加減を調節している中、私には鋭い痛みが走る。


 この時代は注射器や麻酔がないから、ある程度痛いのは予想していたけど…!


そう思いながら、私は歯を食いしばって痛みに耐える。

別室では痙攣に苦しむ信乃がいる中、永い夜が過ぎていくのであった。



 そして、翌朝―――――――――

致死量ほどではなくても血をある程度抜かれた私は、その疲労によって床に臥していた。外からは日の光が差し込み、朝になろうとしている。


「う…」


私が布団にくるまっている一方、妙薬の効果が出たのか、信乃の閉じていた瞳がゆっくりと開かれる。


「おお…目を覚ましたか…!!…具合の方はどうだ?」

「小文吾…」


明るくて元気な小文吾の声が、部屋に響き渡る。

すると、信乃は自分の身体のあちこちを見る。


「不思議だ…。あれほど痛いと感じておった痛みが、すっかり引いている…!まるで、生き返ったようだ…!!」


彼は、自分が治った事に相当驚いているようだ。


「お加減はいかがですか?」

「沼藺殿…」


会話をする彼らの間に、沼藺が入ってくる。


「もしや、某の看病を貴女が…?」


そう言いながら見上げる信乃に、沼藺は首を横に振った。


「…いえ。私は、兄の手伝いをしただけです。それより信乃さん。貴方の病が治ったのも、一重に、彼女のお陰なのですよ」

「“彼女”…?」


そう告げた沼藺は、隣の部屋…すなわち、私がいる部屋の襖の方へ歩き出していく。

そんな彼女を見た信乃は、不思議そうな表情かおをしながら立ち上がり、襖の方へふらつきながら歩き出す。



「これは…!!」


襖の奥を覗き込んだ信乃は、床に臥している私を見つけると目を丸くして驚いていた。

最も、私は深い眠りに入る直前の状態だったため、彼らの会話はおぼろげにしか聞こえていないわけだが…


何故なにゆえ…?」


信乃はまるで信じられないような表情かおで私を見下ろしていた。


「“貴方を助けたい”…という彼女の強き想いに、御仏が応えてくださったのやもしれませんね…」


信乃にそう告げた後、沼藺はその場から去っていく。


部屋で私の周りにいたのは、信乃だけだった。意識が遠のいていく直前だった私の唇は固まり、瞳は閉じられていた。

自分の側に座り込んだ彼は、布団の上に見えている私の右腕に視線を落とし、音をたてないように優しく触れる。そこには、現八がつけた刀の傷が存在している。


「…かたじけない…!」


そう呟く彼の声には、ありったけの感謝の念が込められていた。

この時、信乃がどんな表情をして言ってくれたのか…そんな事を考えながら、私の意識は次第に遠くなるのであった―――――――――


いかがでしたか。

今回、破傷風の治療法として「若き男女の生き血を浴びせる」という、突拍子もない方法が出てきました。

医療的にはありえないでしょうが、当時、(八犬伝の世界では)その方法が良いとされていたとか…?

とにかく、男女の血が必要だって事が原作には描かれていました。

ただし、それに沿った量の血だと狭子だったら絶対に死んでしまうので…多少、脚色させて戴きました。

他にも、原作とは違う流れもちらほらありますが…原作をベースに面白くするための工夫という事でご了承ください(笑)


とりあえず、信乃の破傷風が治り、一件落着なかんじ…?

でも、登場人物がもう一人いることをお忘れなき様★


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