第6話 古那屋を探して
この回で、「犬飼現八」の名前が”見八”という字で記載されている箇所がありますが…”現八”は後に本人が名乗ろうと決めた名で、最初は”見八”と名乗っていたそうです。
なので、入力ミスではないことをご了承ください。
行徳――――――下総国の南西部に位置し、海に近い町。公方のいた滸我ほどの華やかさはなくとも、多くの人々が行き交い、町は活気に満ち溢れる。そんな町に、私と丶大法師は到達しようとしていた。
「おい!!そこの坊主と小僧…!」
「ん…?」
町の入口に差し掛かった時、私と法師様を誰かが呼び止める。
振り向いてみると、お役人みたいな風貌をした男性と2・3人の兵士が、私たちの方へ近づいてくる。
「お勤め、ご苦労様です…。如何なさいましたかな?」
穏やかな口調で問いかける法師様に、役人面の男は一枚の紙を取り出す。
「絵姿(=人相書きの事)…ですか。この者達が、何か…?」
「ああ。事もあろうに、公方様の御命を狙いおったそうな」
「それはそれは…」
そんなやり取りを隣で聞いていた私は、絵姿と呼ばれる紙に書かれた内容を覗き込む。
これって…!!?
紙に書かれた内容を見た時、私は目を丸くして驚いていた。
そこには似顔絵らしき顔の絵と、外見の特徴と思われる文字が描かれている。行書か草書なのか――――文字が崩れていて所々読めなかったが、ほんの2行分だけ私でも読める部分があった。しかも、その部分は“犬塚信乃戌孝“と”犬飼見八信道“と書かれている。
「この者達を見つけたら、すぐに代官所へ申し出よ。恩賞金を与える」
「拙者は僧の身ゆえ、恩賞金に興はございませんが…承知いたしました」
「そこのお主もな!では、ゆくぞ!!」
「はっ!!」
役人面をした男は、絵姿を法師様に手渡し、兵士達と一緒に歩き出していく。
彼らが立ち去った後、私は法師様の隣に来て、再び読み返す。
「丶大様…。これって…?」
私は、周囲に怪しまれない程度の声で口にする。
「どうやら、貴女のおっしゃっていた犬塚殿と、この犬飼という犬士…。先日の騒動によって、おたずね者と相成ってしまったようですな…」
「!!」
そっか…。献上するはずだった足利の宝刀・村雨丸が偽物だったから、当然と言えば当然か…。でも…
考え事をしながら、私は複雑な表情をする。
「犬飼現八にしてみれば、かなりのとばっちりを受けたかんじかもね…」
信乃を捕えるために現れた現八が、逆に同じ逆賊の汚名を着せられておたずね者になってしまった事で、少し可哀そうだなと感じた狭子であった。
「さて…」
私と法師様は、この町にある宿屋・古那屋を探し始めようとする。
「その宿屋に、犬田親子が住んでいるはずです。確か、妹の沼藺という女性も一緒のはず…」
「しっ…!!!」
私が周囲を見渡しながら語っていると、突然、法師様が私を黙らせる。
「…どうかしましたか??」
丶大様が険しい表情をしていたため、私は途端に縮こまってしまう。
その後、路地の奥へ移動してから、法師様は口を開く。
「狭殿の話が誠なれば、2人の犬士はその宿屋に匿われているのでしょう…?」
「はい。…って、あ…!!!」
その台詞を聞いた途端、私は法師様が何を言いたいのかがおおよそ理解できた。
「…お気づきになりましたか?先程声をかけられたように、ここは滸我公方の兵による目があります。故に、慎重に古那屋を探さねば…」
「そうですね…。変に疑われて、私たちが捕まったら元も子もないですしね…」
私は、低めの声で法師様の意見に同意した。
…犬士を探す事に夢中で、役人の目がある事をすっかり忘れていた…。気をつけなくては…!
そう心に誓ったのである。
しかし、周りに悟られないようにして古那屋を探すには、骨が折れそうであった。土地感がない上に、探している人物がお尋ね者のため、人に尋ねる事もできない。私は、思わずため息をついてしまう。
そんな自分に、法師様は優しく肩をたたく。
「ご心配召されるな。昼間は閉めている宿も多いので、日が暮れるのを待ちながら探しましょう」
「そ…そうですね…!」
法師様は、相変わらずの穏やかな口調で私を宥める。
…最近思うけど、丶大様って結構マイペースな人なのかも…
心を落ち着かせた私は、内心でそんな事を考えていた。
その後、私と法師様は行徳の町を歩き始める。野菜や魚介類を売る人たち。そして、小袖といった衣類を売る人たちが存在し、民家の近くでは10歳もいかないような子供たちが遊びまわり、町は活気に満ち溢れている。
「行徳は下総で唯一の、海辺に面した宿場町…。魚介類が多く収穫されるゆえに、訪れる人も多い」
町行く人々とすれ違いながら、丶大様は語る。
「それに、宿場町というだけあって…宿屋の看板も時折見かけますね!」
「…左様。隣国である武蔵国との国境も近いからでしょうか…。旅人も多く訪れるのでしょう」
「へぇ…」
法師様の話を聞いていて、私は感心したような表情を見せる。
「えっと…武蔵国が、現代でいう東京だから…。下総国は…千葉県?」
「…?何の話でしょうか…?」
「な…なんでもないです…!!」
私が独り言を呟いていると、法師様は不思議そうな表情をしていた。
因みに、この辺りの地域が江戸と呼ばれるのは、まだ未来の話だ。その名前を出した所で、この時代の人達がわかるはずもないのである。
「わっ…!!?」
その時、鈍い音と共に私はすれちがった男性とぶつかる。
「なにしやがる!!」
「あ…。ごめんなさい…!」
振り返ると、そこには丸丸と太った若者が2・3人ほどいた。
顔もふっくらしていて頭上にある髪の結い方から、彼らが力士のような人達なのではと私は考える。
「“ごめんなさい”だぁ!!?」
私とぶつかった男性は、いきなり顔を近づけてくる。
「何、わけのわからない事を申しているんだ!!まさか、この俺様とぶつかっておいて、ただで帰れるとでも!?」
明らかに、男性は不機嫌そうであった。
いくら自分からぶつかってしまったとはいえ、ここまで怒られるのは割にあわない。しかも、現代においても他人とすれ違ってぶつかる事はあってもそれだけで突っかかってくる事はほとんどないため、余計に複雑な気分になっていた。
「痛っ…!!ちょっと!何するのよ!!?」
力士らしき男は突然、私の右腕を掴む。
「この小童が!!旅人だか何だか知らねぇが…礼儀ってもんをわかっていないようだなぁ…!!」
頭上で、男の声が聞こえる。
一方で、顔がかなり近かったため、この男の鼻息がかなり臭かった。
「これこれ…。喧嘩はよくありませぬぞ…」
「坊主は黙っていな!!」
気が付くと、私達の背後を連れである二人の男が取り囲んでいた。
もう…たかがぶつかったくらいで、何なのよ!!?
私の内心は、苛立ちでいっぱいだった。
「おい、兄貴!!この小童、黙りこんでしまったぞ!!やっぱり、町一番の強者に恐れをなしたのか…?」
私の背後で、2人の男が下品そうな声で笑っている。
しかし、私は怖くて黙り込んだのではない。人前なので気は引けるが、何とかこいつらを地面に叩き伏せられないかと考えを巡らせていたのだ。
…こいつら力士みたいに太っているから、拳じゃ無理があるし…。足を引っ掛けるにしても、肉厚だし効いてくれるかどうか…
手を出しづらいという意味では、法師様も同じだ。万人の目がある中で、出家した坊主が喧嘩沙汰を起こすわけにはいかない。
…きっと、私が刀を差していないから、なめられているのだろうな…。でも、刃物沙汰になったら、今度はお役人に捕まりそうだし…
私は、この場をどのように切り抜けようかと考える。
武士でない私は”正当防衛”も”斬り捨て御免”も許されないし…。どうしよう…!
私の腕を握りしめる男の力が強くて、振り払おうにも振り払えない。「どうしよう」と心臓が激しく脈打っていたその時であった。
「誰が町で一番じゃと…?」
「何!!?」
後ろの方から声が聞こえた途端、男たちの表情が一変する。
すると、人ごみの中から、背が高くて強靭そうな青年が姿を現す。その後青年は、私の腕を掴む男の側まで歩いてくる。
「こ…小文吾!!お主、帰ってきておったのか…!!」
「おうよ。つい、今しがたな…!」
「小文吾…!!?」
近くに来た巨漢の若者に対し、言いがかりをつけてきた男はその名前を口にする。
それを聞いた私は、目を丸くして驚く。この小文吾と呼ばれる青年は私と法師様を一瞥した後、男達の方に向きかえって口を開く。
「何があったのかは知らぬが…。このような童と御出家相手に、野暮な事をするな」
「なっ…小文吾の分際で、俺様に指図するのか…!!?」
男は強気な発言をしてはいるが、明らかに挙動不審になっている。
「それに、“町一の強者”と言い張るのはお主だけであろう?本来は、俺だがな…」
「うっ…!!」
「…なんなら、また相撲で白黒はっきりさせるか…?」
「くそっ…!!覚えてろよ…!!」
捨て台詞をはいた男は私の腕を放し、連れの男たちと共にそそくさとその場を去って行った。
「全く…喧嘩の仲裁を果たすために出かけたというに、また仲裁をするとはな…」
去っていく男たちを見つめながら、小文吾は独り言を呟いていた。
何とか難を逃れた私は、その場に座り込む。
「どこのどなたかは存ぜぬが…お礼申し上げる」
法師様は、小文吾の近くに来て、お礼を言っていた。
「なんのなんの!俺は喧嘩っぱやいのでも有名だが、腕だて沙汰(=暴力沙汰)にならぬよう努めるのも得意でな…!」
明るい表情で語る青年は、ふと地面に座り込んでいる私に視線を移す。
「…大事ないか?」
「はい…」
そう言って、小文吾は手を差し伸べてくれた。しかし――――
「あ…の…」
「ん…?」
小文吾が、無邪気な笑顔で私を見つめてくる。
「ごめんなさい。安心して…」
「安心して…?」
「腰が…抜けたかも…」
「え?」
私は頬を赤らめながら、腰が抜けた事を2人に伝える。
この時、丶大様と小文吾はちゃっかり声がハモっていたのであった。
腰が抜けるなんて…情けない…
私は、恥ずかしすぎて凹んでいた。
もしこの場に穴があるのならば、穴の中に潜って隠れたいくらいの羞恥心を感じていたのである。あれから腰が抜けた私は小文吾におぶってもらい、彼が営んでいるという宿屋に向かい始めた。
「それにしても、お主…。女子のように軽いのぉ…」
「!!」
その台詞を聞いて、私は心臓の鼓動が跳ねた。
…まぁ、私が女だと教えても問題ないだろうけど…。今はまだ、告げない方がいいかも…
彼の背中にうずくまりながら、そんな事を考えていたのである。
「さぁ、方々!!到着したぞ…!」
私たちのいた表通りから少し歩き、彼が営む宿屋に到着した。
「古那…屋…?」
私は一軒家の戸の近くに立てかけられている暖簾の文字を読んだ。
もしかして…いきなり当たりにたどり着いちゃった…?
思いもよらぬ騒動により、目的地にたどり着けた狭子と丶大法師であった。
「沼藺!!今、帰ったぞ…!」
宿の玄関にたどり着いた小文吾は、奥の方に向かって大きな声を張り上げる。
「はいはい…!」
すると、宿の奥から町娘のような格好をした女性が出てくる。
「兄さん…この方々は?」
「先程、表の通りにて会うたのだ。どうやら、宿を探しとるそうなんで、客として連れてきた!」
「兄さん…!」
するとこの沼藺という女性は、少し深刻そうな表情で兄を睨む。
「…?」
背中におぶってもらっているため私は見えなかったが、この時、小文吾は「しまった!」と言いそうな表情をしていたのである。
「さて、おろすぞ!!」
あれから私と法師様は、古那屋の一室に招かれた。
到達してすぐ、小文吾は私を床に下してくれた。
「では、お二方。朝までゆるりとされよ…!」
「かたじけない…」
「そんじゃあ、俺は向こうの部屋におるので…。では…!」
法師様から宿代を受け取った小文吾は、何かを気にしているのか―――そそくさとその場を離れていった。
「…何かあったのでしょうかね?」
「はて…。しかし、何か妙なかんじがする…」
「妙…?」
床に座り込んだ法師様は、腕を組みながら考える。
私は何が不思議なのかと首を傾げていると…
「…っ…!?」
眩暈がしたかと思うと、私の脳裏に白昼夢のような光景が映し出される。
そこには、小文吾達に取り囲まれた中で、誰かが床に臥している。
「信…乃…?」
布団に入って、苦しそうな表情をしている病人―――――――その色白で女人のような顔をした青年は、まぎれもなく犬塚信乃であった。
「思い出した…!!!」
「狭殿…!!?」
今の白昼夢で何かを思い出した私は、すぐに立ち上がって部屋を飛び出していく。
部屋を飛び出した私は、大きな足音を立てて廊下を進みながら宿屋の奥の方にある部屋を探す。
あそこ…か!!?
いくつかある客室の内、一番奥にある部屋の襖が目に入る。
「信乃…!!!」
私は、物凄い音で襖を開ける。
「動くな」
その声は、私が襖を開けたのとほぼ同時であった。
私の喉元には、小太刀があてがわれている。
いつの間に…?
私の背後には、頬に牡丹花の痣を持つ犬士――――――犬飼現八の姿があった。
私は刀に目を奪われつつも、ゆっくりと視線を上に上げると…その先には、顔が青ざめ布団の中で苦しむ信乃の姿があったのである。
いかがでしたでしょうか。
今回、力士のような男たちに絡まれ、小文吾が間に入る…というオリジナルの展開を加えてみたわけですが…。
原作では実際、小文吾は喧嘩の仲裁をしに出かける…という記述があるため、それに関連させてこんな場面を入れてみました。
さて、目的地である宿屋・古那屋に到達した狭子と丶大法師。
原作では「古那屋の惨劇」という回に当たりますが…
そのままだと、少しグロい内容となってますので、いくらか脚色した”行徳編”を次回以降でお楽しみください!
また、前回辺りから、当時の言葉を少しずつ本文に入れています。
そう言った単語は()内に現代語訳が書いてますので、当時の言葉を見つつ、読んでいただけると幸いです。
ご意見・ご感想をお待ちしてます★