第5話 道中で見られる、現代と戦国の違い
この回から第2章です!
上野国・荒芽山―――――――この山中に存在する庵で、一人の青年がたき火の前に腰かけていた。彼の名前は、犬山道節忠興。言わずと知れた、八犬士の一人だ。
彼はたき火の炎を見つめながら、ぼんやりと考え事をする。
「浜路…」
ポツリと、一人の女性の名前を呟く。
道節は、武蔵国にある円塚山で再会した妹・浜路の事を思い出していた。
「いや、過ぎた事を悔いていても、どうにもならん。己が持つ、仇討ちという大義を果たさねばな…!」
彼が呟く独り言は、庵の中に響く。
「ん…?」
すると、彼の視界に蒼い光が入ってくる。
不思議に感じた道節は、光を放っている風呂敷の中を見つめた。
「浜路の刀が…!?」
見ると、中に入っていた小さな小刀が蒼い光を放っていたのである。
この時、彼は「何かあるのでは?」と思ったに違いない。そして、蒼く光る小刀の側には、「義」の文字が浮き出る水晶のような玉が、同じようにして光っているのであった――
一方、狭子と丶大法師は足利成氏のいる滸我を離れ、下総国を南下していた。悪天候にはならずとも、目的地までの旅路はそう楽なものではない。
「…では、その行徳に行けば…?」
山道を歩きながら、法師様は目をきょとんとさせる。
私は、自分が平成の世から来た事。そして、芳流閣で戦っていた武士の一人が、山で知り合った知人。そして、犬士の一人である事など、知っている事を一通り話していた。
…後に、法師様の口から伏姫の話とかが伝えられるわけだし…。これくらいのネタバレはいいよね…
私は、物語の先の展開を話す事が「やってはいけない事」ではないかと考えていた。
しかし、八犬伝において重大な役割を持つ丶大法師なら…という想いで、ありのままを話したのだ。
「しかし、狭子殿は前の世だけではなく、先の世もおわかりになるとは…」
「はぁ…」
自分の話を真剣に聞いてくれる丶大様は、とても感心した表情で私を見つめる。
「行徳の町で、如何なる経緯で仲間になるかまではわかりませんが…。その町に住む犬田小分吾悌順が、“悌”の玉を持つ犬士なんです」
「ほぉ…」
私は、自分が知っている限りの事を話す。
法師様はそれを黙って聞いていた。
「…ところで、狭子殿」
「あ…言いづらいと思うんで、“狭”で大丈夫ですよ」
「では、狭殿…」
私は、自分の名前を言いづらいだろうと思い、愛称で良いと告げた。
すると、法師様は何か違う話題を話したがっているような雰囲気を醸し出す。
「…貴女は、今から500年以上先の世から来たと申された。…そんな貴女から見て、今いる現の世について、如何なるように思われる?」
「え…?」
その台詞を聞いた途端、私は身体が固まった。
「どう…って?」
丶大様が現代とこの時代がどう違うのかと尋ねているのは解るが、どう違うか…とすぐには答えられず、逆に聞き返してしまう。
「おそらく、眼から見る風景も、人も、皆の暮らしも…貴女の生きる時代とは、随分と違う事でしょう…。それについて、如何なるお考えをお持ちなのか…と思いまして…」
そう語る法師様の瞳は、どこか遠くを見ているような雰囲気だった。
「えっと…」
何て答えれば良いのかわからず、私はその場で黙り込んでしまう。
少しの間、私達の間で微妙な空気が流れる。
しかし、私が答えられないのを察したのか、丶大様はいつもの穏やかな口調に戻って話し出す。
「…参りましょう。先程、あちらへ向かう人影をいくつか見かけました。おそらく、小さな集落があるかもしれません」
「…はい…!」
あまり深くまで切り出されなかったので、私は少し安堵する。
やはり、年長者だからか…丶大様って、大人な方だなぁー…
そんな事を考えながら、私は法師様の後を追う。
「集落と言うより、ここって…??」
私と法師様がたどり着いた先は、村や集落…というより、現代でいう休憩所みたいな場所であった。
「宿場町とはいえぬ場所ではございますが…ここでしたら、多少の腹ごしらえはできましょう」
「丶大様…。お坊さんって、断食とかしないの?」
「腹が減っては、戦もできぬと申します。無論、獣の肉等は食しませんが…」
私達は、僧侶についてそれぞれ話す。
辺りは、夕闇に包まれていた。
旅をしているお侍とか多いな…。でも、それよりもっと気になるのは…
私は周囲を見渡しながら、気になった事を法師様に尋ねてみた。
「ここ…男も多いけど、逆に婀娜っぽい格好した女の人も多いですよね。…なぜでしょう?」
「っ…!!?」
私が問いかけると、法師様はひどく動揺した表情で私を見る。
私…何かまずい事でも聞いちゃったのかな…?
あの丶大様が明らかに動揺しているので、私は首を傾げながら考えていた。
「えー…おほん。そうか…貴女のような方は、ご存じないのかもしれませんね…」
「??」
ますます不可思議な表情をしていると、法師様は頬を少し赤らめながら口を開く。
「ここに女子がいるのは…その…。あの者達は、娼婦と呼ばれる者だからです。…男子の伽をして、生計を立てる…。ここは、旅人達がよく立ち寄るが故に、こうしておられるのでしょうね…」
「娼婦…!!?」
その言葉を聞いた途端、私はなぜ、法師様が頬を赤らめたのかがすぐにわかった。
「…無神経な事を申しましたよね。…ごめんなさい」
「あ、いえ…」
私と法師様は、再び気まずい雰囲気となってしまう。
娼婦なんて…歴史に限らず、漫画や小説でも聞いた事のある単語。私のように女から見ると“エロいお姉さん”ってイメージがあるけど…。丶大様みたいに、ちゃんと婚約者のいる男性にしてみれば、不謹慎極まりない存在なのかも…
気まずい雰囲気の中、私はそんな事を考えていた。
「あら!そこの可愛らしいお兄さん!あたしん所を寄っていかないかい?」
そう言って、私にすり寄ってくる女性が現れる。
「貴女の所…?」
「いやぁねぇ、もう!わかっているくせに…」
そう言いながら、女性は肩に手を添えようとする。
そうか…今、こんな格好をしているから…
男性用の小袖を身にまとった私は、外から見ると小柄な少年辺りに見えるんだろうなと、その時実感する。そして同時に、娼婦ってこんなにも馴れ馴れしいのかっていう事も理解した。
「いや…でも、私には連れがいるし…」
そう言いながら、私は法師様を見つめる。
気が付くと、法師様は笑いをこらえているような体勢になっていた。
「ちょっと!!笑っていないで、助けてくださいよー!!」
その光景を目の当たりにした私は、すぐさま彼に物申した。
…絶対、面白がっているよ!!
私は、少し慌てながらそんな事を考えていた。
しかし、女が女に誘われるなんて普通だったら滑稽な姿だろうって考えると、あまり法師様を責められなかったのである。
そして、そんなこんなで夜が更ける―――――――――――
あれから私達は、休憩所のすぐ近くで夜を明かす事になった。人々が眠りにつき、周りが静かになった中…眠れなかった私は、独り散歩をしていた。
他の人は眠ってしまっても…この、小屋を照らす炎だけはそのままらしいから、夜の散歩にはもってこいなのかも…
そんな事を考えながら、私は歩く。
ちょうど、この日は満月だったために足場も思っていたより暗くなく、歩きやすかったのである。
「私…本当に、帰れるのかなぁ…」
満月を見上げながら、私はポツリと呟く。
学校の階段で転げ落ちたのと同時にこの時代へタイムスリップし、現在に至るまでいろいろと目まぐるしくて、じっくり考える余裕がなかった。
「皆、心配しているよね…」
この時、私の頭の中には…両親や友人。そして、なぜか幼馴染の染谷の顔が浮かんでいた。
なんで、染谷純一の顔が浮かんできたのかはわからないけど…
私は、想像をかき消すように、首を横に振っていた。しかし、それでも辺りはとても静かであるため、どうしても物思いにふけってしまう。
「やっぱり……帰りたいよ…!」
いろんな人たちの事を考えていると、段々とせつない気持ちになっていく。
私の瞳は潤み、視界が揺れた状態で満月を見上げていたのである。
「もし…」
「え…?」
すると突然、後ろの方から声をかけられる。
潤んだ目を指でこすった後に振り向いてみると――――そこには、漆黒の小袖をまとい、短髪でこげ茶色の髪をした男性が立っていた。
「拙者、旅の者だが…。貴公はこの辺りに住まう者か?」
「いえ…。私も旅人ですが…?」
そう口にしながら、その男性の顔を正面から見る。
肩幅が広く、筋肉質で体格の良い男性は、更に話を続ける。
「では…この辺りに、茶を飲める場所はあるだろうか?…腹を空かしておりましてな」
「っ…!?」
この時、なぜか一瞬だけ悪寒を感じる。
…?気のせい…??
首を傾げた私は、再び口を開いて話し出す。
「一応、この先に宿場みたいな場所がありますよ!最も、今は皆寝静まっているようだから、朝にならないと飯は食べられないかもしれないけど…」
「…左様でございますか」
「ぐっ…!!?」
茶髪の男性が一言呟いたかと思うと、私の腹に物凄い痛みが走る。
まるで瞬間移動をしたかのようにしてその男は私の目の前にたどり着き、腹部に一発の拳を入れたのだ。
みぞおちに一発入った私は、膝をつき、そのまま地面に崩れ落ちる。
「しばらく喰っておりませんでしたからな…。ほんの少しだけですが…失礼致す」
意識が薄れていく中…男の声と、私の右腕に何かが触れている感触だけを感じていた。
いや……。私に…触らないで…!!
そう思うのと裏腹に、薄れていく自身の意識。
そして、私の視界は完全に真っ暗になってしまうのであった――――――――
『起きて…』
意識を失った私は、どこか遠くから聞こえる声に耳を傾けていた。
私の名前を呼ぶのは……誰?
眩い光の中、誰かが私の名前を呼んでいる。姿形は見えないが、呼びかけている口だけがはっきりと映る。
あれ…?でも…
唇の動きからして、それは明らかに“狭子”と呼んでいるわけではない。
「は…ま…?」
口パクから、何て言っているのか考えてみる。
しかし、その夢は続かず、またしても周囲が暗闇に包まれることとなる。
「狭殿…!!!」
気が付くと、頭上には法師様の顔があった。
「丶大…さ…ま…?」
「お怪我はござらぬか!!?」
法師様の顔をよく見ると、物凄く切羽詰まったような表情をしていた。
そして、ゆっくりと起き上った私は周囲を見渡す。すっかり夜が明け、木々の隙間から朝日がのぞいていた。
「わた…し…?」
「…貴女は、この場所に倒れていたのです。…一体、何があったのですか?」
深刻な表情をする丶大法師に、私はここで何をしていたのかを話そうとする。
しかし―――――
「あ…れ…?」
眠れないからと周囲を散歩したのまでは覚えていたが、その後の事がまるで記憶が抜け落ちてしまったかのように思い出せない。
「痛っ…?!」
すると、右腕にほんの少しだけ痛みを感じる。
「これは…切り傷?」
小袖の裾をまくってみると、右腕に切り傷のようなものがあった。
出血が止まっているため、怪我してからいくらか時間が経ったのがわかる。
「貴女の荷物は、特に何も盗られていないようです…」
「そうですか…。よかった…」
私は棒読みのような言い方で、その台詞を口にする。
「兎に角、大きな怪我もなくて安心致した…。それでは早速、出立致しましょう…!」
「あ…はい!」
そう言って、法師様は錫杖を持って歩き始める。
何故気絶していたのかを思い出せない私は、考えない方が良いかもしれない思ってこれ以上考える事をしなかった。
「ん…?」
脇の所に、何かさしているような感触を感じる。
不思議に思った私は、手探りでその感じた物を探す。よく見ると、私の帯の脇に小刀がさしてあった。
…こんなの私、持っていたっけ…?
見た目は普通の小刀だが、柄に牡丹の花をあしらった模様が彫られている。
本来なら、自分の所有物ではないはずだが———この時、私は「これは自分用のお守り刀だ」と考えていたのか、いつの間に手にしていた事を全く疑わなかった。
「狭殿…?」
「あ…はい!…今、参ります…!」
後ろからついてこないのを不思議に思った丶大法師が、私に呼びかける。
お守り刀を元の場所に戻した後、私は彼の元へ小走りで追いつくのであった――――
いかがでしたか?
八犬伝の物語を知る狭子が、あの丶大法師にネタばらしするんですから、すごい展開ですよね!笑
最も、”異聞録”ゆえにできる事ですが★
まだ物語の前半に当たるため、今回は特に疑問に思えるシーンが多かったかもしれません。
ただ、次回以降でいろんな事が判明するように書きますので、今後の展開をお楽しみに♪
次回からは行徳に到達し、ひと悶着があります。
それはどんな内容か?
お楽しみに★
ご意見・ご感想等がありましたら、よろしくお願い致します(^^