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八犬伝異聞録 蒼き牡丹   作者: 皆麻 兎
最終章 未来を生き抜くために
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第40話 己の未来と存在理由を創り出すために

<前回までのあらすじ>

前世の自分・”琥狛”の事を全て思い出した狭子は、眠るような形で蟇田権頭素藤ひきたごんのかみもとふじに連れ去られる。滝田城を去る際に素藤は「”始まりの地”である冨山で決着をつけよう」と信乃に言い放ってその場を去る。

こうして翌日、狭子は「一緒に来るか」という素藤の言葉に気持ちがぐらつく中、単身で富山に来た信乃の姿を確認する。

そして、「全ての決着をつけるため」――――――――信乃と素藤は一騎撃ちを始めるのであった。


富山中に、刀と刀のぶつかり合う音が響く。私は本気で斬りあいを続ける彼らを見守っていた。

 信乃…

村雨丸で素藤の刃を受け止める信乃。心は彼にあるはずの私だったが、前世の記憶を取り戻した今の私の場合、一概にそうとも言えない。私は、彼らの死闘をただ見守っていた。

「くっ…!!」

「ふんっ!!!」

信乃の素早い攻撃を、しっかりと受け止める素藤。

本来は人と鬼とでは身体能力が異なるため、強さには大きな差がある。しかし、名刀を携え、数々の死闘を潜り抜けてきた信乃だからこそ、彼と互角に渡り合う事ができるのであろう。

「…人間にしては、できるようだな…」

「貴様こそ…伊達に鬼ではないな…!」

息を切らしている信乃と、まだ余裕ありげの素藤。

双方の瞳には強い闘志が宿っている。

「…黄泉の国への土産に、良い事を教えてやろう…」

「む…?」

思いがけない台詞(ことば)に、信乃やその場にいた私が不可思議そうな表情をする。

すると白髪の鬼は、一瞬だけ私の方を見る。

「素藤…?」

その視線はすぐに信乃がいる正面へと戻ったが、私は自分の方を見た彼が何を言い出そうとしているのかが全く理解できなかった。

「…狭子は知っている事だが、俺の蟇田権頭素藤ひきたごんのかみもとふじという名は、まことの名ではない」

「…それが何とする?」

素藤は、自分の名前が生まれ持った本来の名前ではない事を明かす。

しかし、それは私も知っている事だし、敵である信乃にとっても特に気にする事でもない。

 何だって彼は今、こんな話を…?

私は、彼らの会話に耳を傾けながら考える。

「俺のこの名は、琥狛と同じ”先の世”から来た人間が名乗っていた名だ。そして…あやつらから見たお前たち犬共は、何と呼ばれているか知っておるか?」

「狭がいたという”先の世”…。某が何故、関係しておるのだ…?」

信乃は、白髪の鬼が言う言葉をはっきりと理解できていない。

一方、会話を聞く私の心臓は強く脈打っていた。

「貴様ら犬共は”里見の八犬士”と呼ばれ、滅びゆく安房国を救う英傑…と、語り継がれておる」

「“語り継がれている”…?」

「素藤…あんた!!?」

この瞬間、彼がその先に何を言おうとしているのか唐突に理解した狭子。

そんな彼に声を張り上げるが、素藤は話をやめようともしない。

「…初めてうた時から、我ら犬士の存在を知っていた娘…」

そう呟く信乃の視線は、少し離れた場所にいる私に向いていた。

彼の表情には、あまり喜怒哀楽が見られない。まるで、生気を失くしたような表情かおをしていたのである。

「…貴様ら犬士達は、書物の中で生み出された存在…という事だ」

「!!!」

不気味な笑みを浮かべながら、素藤は真実を語る。

その台詞に、信乃は驚きのあまり言葉を失ってしまう。

「某達が…紙の中だけの存在…だと?」

信乃は、そう呟きながら村雨丸を握る自身の右手を見る。

「そんな莫迦ばかな…!!!」

「…残念ながら、真の話だ。…俺はその確たる物を見ておるしな」

驚きと戸惑いの表情でその場に立ち尽くす信乃を、素藤は皮肉たっぷりの笑みをしながら見つめる。

「琥狛。お前とて、その理は知っていたであろう…?」

「それは…!!」

2人の視線が私に集中し、上手く答える事ができない。

 でも、八犬伝の物語を知る私にとって、それは…

「知っている」という事を認めざるをえない私は、震える手を握り締めながら首を縦に振る。

「狭…」

事実を認めた私を見た信乃は、「とても信じられない」と言いたげな表情をしていた。

「!!信乃…前っ!!!」

「!!!」

動揺を隠せない信乃は、私の一声で何とか素藤の一閃に対応する。

「語りとやらが、まだ終わっていないのに…!!」

「…残念ながら、俺は武士にあらず。故に、“卑怯”という言葉など何も意味を成さぬ!!」

そう言い放ちながら、素藤は物凄く速い一閃をあびせる。

「くっ!!!」

その後、休む間もなく素藤の猛攻は続く。

刀と刀の響く音。信乃は出だしが遅れてしまったのか、今度は防戦一方となってしまう。

「信乃…!!!」

本当なら彼に加勢したい気持ちでいっぱいだが、これが“一騎討ち”である以上、私が入り込む余地はない。

信乃の名前を叫びながら、私はその場に立ち尽くす。

「くく…。あれしきの事で動揺するとは…愚かな男よ…!」

「黙れ!!!」

激しい攻防が続く中、彼らの会話も続く。

「…そういう貴様こそ何故、“先の世から来た人間”の名を名乗る!?」

「さぁ…な。特に、深い意味はない」

「意味もなく、そんな名を名乗るとは思わないが!!?」

戦いながら会話する彼らだったが、素藤が急に黙り始める。

 でも、確かに…。彼が死んだ純一が名乗っていた名前――――――――蟇田権頭素藤ひきたごんのかみもとふじを、どうして名乗っているのか…。私も、正直気になっていたんだよね…

内心でそう思っていた私は、彼らが斬り合いを一旦止めたのを見て、口を開く。

「私も、それがずっと気になっていた。何故、貴方は純一…いや、蟇田素藤ひきたもとふじという名を名乗るようになったの?」

そう口にした途端、突然振り向く信乃と素藤。

少しの間だけ、私達の間で沈黙が続く。そして、複雑そうな表情かおをしながら、白髪の鬼は口を開く。

「素藤という男が、純一の記した書物のような人物ならば…いずれ、死にたどり着けると思うたから…かもな」

「死…?」

この時、私の心臓が強く脈打つ。

おそらく、前世で“死ぬ可能性がある”と言っていた素藤の台詞を無意識の内に思い出したからかもしれない。

「あの時は既に、生きることに疲れておったからな。…本来の“蟇田権頭素藤ひきたごんのかみもとふじ”は、八犬士が一人・犬江親兵衛に退治されるはずであったのだろう?」

少し悲しげな表情をしながら、私に向かって言い放つ素藤。

私は胸の痛みを気にしながら、黙って首を縦に振った。

「故に、琥狛あれとこの“戦国となりし世”で再び相まみえる事が叶う事を知った折…500年余りを生きてきた甲斐があったと実感した」

「500年…。狭の前世である“琥狛”とやらが死んでから、ずっと独りで生きてきた…という事か?」

「…ふん。だが、同情される義理はない。貴様は、ここで死ぬのだからな…!!」

そう口にした素藤は、刀の構えを変える。

それは、最後の一撃を迎えそうな雰囲気を醸し出している。

「あれは…!」

その時、信乃の懐と左腕が蒼い光を少しだけ放ち始める。

 伏姫様が、力を貸してくれるという事?それとも――――――――――――

蒼い光を見て私は驚いたが、すぐに冷静さを取り戻す。

「某はこれまで…鬼や妖の類とは、人をたぶらかす悪の存在と考えておった…。貴様らを退治する事が、我らの“正義”であると…」

静かな口調で話す彼もまた、刀の構えを変え始める。

「だが、今はただ愛する者を守り、共に生きるための…己の生のために倒す。その想いに正義も悪もない。それだけだ…!!」

決意をした強い瞳で言い放つ信乃。

彼らはそこで静止し、少しの間だけその場を動かなかった。

「…」

まるで時が止まったような瞬間だった。

緊迫した雰囲気の中、私も心臓をドキドキさせながらつばをゴクリと飲み込む。

「!!!」

風が吹いたかと思うと、2人は土を蹴って走り出す。

走るさ中、信乃が握る村雨丸に蒼い光がまとわりついている。それは私でも伏姫様のものでもない、彼自身の力―――――――――――ほんの僅か数秒の出来事が、本当に時間が止まったように感じる。


一瞬だけ目を閉じた私は、恐る恐るを開く。

そんな私の瞳に映ったのは、背を向け合って静止している信乃と素藤。どちらの刀がどこに接触したのか――――肉眼で見てもわからないくらい、素早い立ち回りだった。

 これは…どっち…が?

狭子は、その場で静止する2人をただ見つめる。しかし、動かない彼らを見る限りでは、どちらが会心の一撃を繰り出したのかはわからない。心臓の強くて早く鳴るのを、ただじっと聴いていた。

その時、水が地面に落ちたような音が聞こえる。

「あ…!!」

その音がどこから聴こえたのかを目で追ってみると、それは信乃が持っている刀―――――村雨丸だった。

 村雨丸は、“何かを斬った際に水柱がほとばしる”という言い伝えがあるって聞いた事ある…。という事は…

私は村雨丸の特徴を思い出した直後、静止していた彼らに変化があるのを目撃する。

それは、刀を地面に落とすと同時に、地に堕ちる白髪の鬼―――――――――素藤の姿であった。

「素藤!!」

思わずその名前を叫んだ私は、地面に倒れた彼の側へ行く。

そして、刀が当たった心臓部から紅い血がにじみだしていた。

「琥狛…」

「!!?」

地面に倒れた素藤を抱き起こした私は、彼が持つ金色の瞳を見つめる。

「お前…は、その男といて幸せか…?」

瞳が細くなる中、彼の口から弱弱しい言葉が紡ぎだされる。

しかし、彼の心臓部分から流れる血は、白髪の鬼が死を迎える事を物語っていたのであった。


「琥狛…。いや、狭子よ…」

「素…藤…?」

紅い血で濡れた彼の右手が、私の頬に触れる。

その手を握りしめる私の手は、微かに震えていた。

「…黄泉の国で会おう。愛しき…娘よ…」

「…おやすみなさい…。素藤…」

最期にそう口にした素藤は、ゆっくりと金色の瞳を閉じる。

その直後、私の黒い瞳から一筋の涙が流れる。

そして、蒼い光に包まれた彼は――――――――――そのまま天高く舞いあがって消え去るのであった。


光の塊となって消え去った蒼血鬼・蟇田権頭素藤ひきたごんのかみもとふじ

『来世で会いましょう…!』

蒼い光が空高く散っていくのと同時に、狭子の頭の中に響いて消えた声。

それは、他ならぬ“琥狛”の想いだったのかもしれない。

「狭」

「…!」

涙で潤んでいた瞳で見上げた先には、村雨丸を鞘に納めた信乃がいた。

「信乃…!」

「狭子っ…!!!」

戦いの終わりと共に、あふれ出す想い。

私と彼は、互いの名前を呼んだ直後に走り出す。そして、強く抱きしめあう。

「狭。某は…一生をかけて、そなたを守り…幸せにする事を誓う!!…ついてきてくれる…か?」

「うん…うん…!!!」

信乃は、苦しくなるくらい強い力で、私を抱きしめてくれる。

そんな彼の決意を聴いた私の瞳からは、うれし涙がとめどなく流れる。

「私も…貴方との未来を生き抜くために…!どこまでも、ついていくわ…!!!」

こうして、お互いの気持ちを再度確認し合う狭子と信乃。

私達の間にある心の結びつきがより一層強くなったのは…一重に、素藤が一騎討ちという生命いのちをかけた戦いの機会を与えてくれたからなのかもしれない。

しかし、幸せな気持ちで満たされていた私はこの時、そこまで考える余裕はなかったのである。

少し離れた場所で、神霊・伏姫様が優しく見守る中―――――――私と信乃は深く、熱い口づけを交わしたのであった。


いかがでしたか。

今回はハラハラドキドキ&泣けそうなラストを書いた、密度の濃い回だったと思います。

私個人としては、悪役である蟇田素藤ひきたもとふじは結構気に入っていたのですが…。やはり、物語の構成上、どうしてもこう終わらせるしかなかったというかんじです。

また、互いを認め合ったかんじで戦っていた2人を描けたのは満足なかんじですね★


さて!

話の流れ的には、これで終わり…かと思いますが、まだ最後のエピローグがあります。

ここまで描くのに、試行錯誤をかなり繰り返しましたが、次回で無事にエピローグを迎えられて、感無量なかんじです!

ではでは、次回のエピローグをぜひともご覧あれ!!

ではでは★


ご意見・ご感想があればよろしくお願い致します


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