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八犬伝異聞録 蒼き牡丹   作者: 皆麻 兎
最終章 未来を生き抜くために
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第39話 始まりの地

蟇田素藤ひきたもとふじ!!貴様…如何にしてここへ!!?」

眠りについている私を抱いて城から出ようとする素藤の存在に、部屋に戻ってきた信乃が気が付く。

「如何にして…か。愚問だな」

「何!!?」

「我ら鬼の一族にとって、人間が作る障害など何も意味をなさないという事だ」

「どういう…!?」

信乃が何かを言いかけた時、素藤の腕の中で眠っている私を発見する。

「…また、狭を狙っての所業か…!!」

そう言い放った彼は、鞘から村雨丸を抜き出して、刃先を鬼に向けていた。

一方で素藤は、村雨丸の刃先をただただ見つめた後…ゆっくりと口を開く。

「…無駄な事はやめておけ。この状態の俺に危害を加えようとすれば、琥狛もただでは済まない事くらい…わかっているであろう?」

皮肉っぽい笑みを浮かべながら、素藤は話す。

信乃は刀を向けたまま、その場で黙り込んでいた。

「…明日みょうにち…」

「…!?」

「…明日、この安房国にある聖地・富山とやまへ来るがいい」

「富山…!?」

「…玉梓に呪われた里見の姫・伏姫が自害し、貴様ら犬士共が生まれし地。“物語の始まりの地”で決着をつけようではないか…!」

「決着…だと!!?」

素藤が口にした思いがけない台詞に、信乃は戸惑いを見せる。

ましてや、“物語の始まり”という言葉の意味を理解できるはずもない。それは、彼ら八犬士が“物語の中の存在”である事など知らないからである。

「その地で勝負をし、貴様が勝てば娘を返そう。しかし、己が勝った暁には…俺がこの娘を貰い受ける!」

「…貴様が良くても、狭本人はそれを許すまい」

「…それはどうかな?」

「!!?」

真剣な表情の信乃に対し、不気味な笑みを放つ素藤。

そして、その場から一瞬にして白髪の鬼は消える。その動きに動揺した信乃は、慌てて廊下に出る。

すると、月光に照らされた素藤が本丸の屋根の上に立っていた。

「…狭子は、“琥狛”としての己を思い出した。…故に、心も俺の物となるのは時間の問題…。だが、それでは貴様も納得がいかんだろう?」

「…貴様、何を申したいのだ!?」

上から見下ろす素藤に対し、信乃は鋭い視線で見上げる。

「己の運命さだめとは、戦って勝ち得る物。その理を決めたのは、誰でもない貴様ら人間共だ。…明日は、一人で来るがいい」

「待てっ…!!!」

信乃に一騎打ちの話をほのめかした素藤は、そのまま屋根をつたって何処いづこへと姿を消してしまう。

「くそっ…!!」

取り逃がしたという思いよりも、信乃は、私が記憶を取り戻した事に動揺している自分を恥じる。

それがしとて…狭に対する想いは、誰にも負けはせぬ…!!」

そう独り言を呟きながら、彼は城の中へと入っていく。

 一方で、一時的に目を覚ましていた狭子は、素藤の手によって睡眠薬のような物を飲まされていた。眠りと目覚めを繰り返していた私は、この時に彼らの間で交わされた会話が夢なのか現実なのかを区別する事すらできなかったのである。

 月夜の光に当たっていたのかな…?素藤に初めて攫われた時の光景が、頭の中に焼き付いている…

意識と無意識の狭間で、私はそんな事をふと思っていた。これは今でいうフラッシュバックみたいな物なのかもしれない。

そして私を抱えた白髪の鬼は、滝田城より北の方に位置する富山へと駆けていく。



「ん…」

瞼は閉じたままだが、意識のはっきりしてきた私の顔に朝日が降り注ぐ。

 もう…朝…?

そんな事を考えながら、私はゆっくりと閉じられた瞼を開く。すると――――――――

「目が覚めたな、琥狛」

始めに私の視線に入ってきたのは、白髪の鬼・蟇田権頭素藤ひきたごんのかみもとふじだった。

「…って、なんであんたが!!?」

頭の中にあった霧が晴れてきた私は、目を見開いて驚く。

いきなり大声を出した私を見た彼は、きょとんとしていた。

「…?」

この時、私の耳には遠くから聴こえる水が流れる音が入ってきた。

そして、立ち上がった私の目に入ってきた風景。多くの木々や荊棘けいきょくが存在し、少しばかりか霧のかかっていた風景だった。

「ここって…もしや…!!?」

「…左様。ここは伏姫が自害し、八つの珠が飛び散った場所…富山だ」

「すごい…」

私は大自然の神秘に感動したが、感動した理由はそれだけではない。

「ここから…ここから、全てが始まったんだね…!」

私は感慨深そうな表情で話す。

 里見八犬伝の物語では“全ての始まり”とも言えるこの地…。まさか、この富山に自分がいるなんて思いもしなかったな…!

自分が歴史好きだというのもあるが、何より今まで起きた出来事を考えると、物凄い場所にいるのだという実感がわく狭子。夢でしか見ていなかった風景に、ようやく巡り合えたからである。

「…ねぇ」

「どうした?」

岩に腰かけている素藤に声をかける狭子。

私はこの時、この時代にタイムスリップする前に見た夢を思い出していた。

「今だから訊けるけど…。もしかして貴方は、伏姫様が自害した時や、8つの珠が飛散する瞬間を見ていたのでは…?」

私は、恐る恐る素藤に尋ねる。

それは、夢の中で彼のような白髪の男がその一連の出来事を覗いていたのを知っていたからである。素藤は、私の方をジッと見つめる。その間、私達の間で沈黙が続き、私は彼が答えるのを待っていた。

「…この富山が、かつてお前と過ごした山と似ていたからな。…時折、訪れていた際に偶然見かけたというところか…」

「山…」

彼の台詞(ことば)に、私は腕を組みながら考える。

 言われてみれば確かに、琥狛がこの男性ひとと語り合った場所と似た雰囲気を持つような…?

ボンヤリと考え事をしていた狭子だったが、彼女はすっかり大事な事を忘れていた。

「そういえば、私…。滝田城で気を失って倒れたのだけど…。どうして、ここにいるのかしら?それに、なぜ私を連れだしたりしたの??」

私は、思いついた疑問を素藤にぶつける。

ただし、前世の自分を思い出したからか、この白髪の鬼に対しての警戒心はほとんどなくなっていた。そんな私を見た素藤は「やっと思い出したか」と言いたげな表情を浮かべていた。

「以前、あの男と刃を交えた際に申したであろう。…さては、忘れたわけではあるまいな?俺が、お前を戴きに参るという台詞ことばを」

「あ…!!」

それを聞いた瞬間、私は掌を口元に当てる。

彼が言っていた通り、関東大戦で頭がいっぱいだったため、すっかり忘れていた狭子なのであった。

「!!」

すると突然、素藤は後ろから私を羽交い絞めにしてくる。

それに反応したのか、私の脈がだんだん速くなっていく。

「戦が終わり、お前は“犬士共を導く”という使命を終えた…。今度こそ、俺と来るな…?」

「それは…!!!」

耳元で囁く彼に対して、頬を赤らめながら私は答えようとする。

これまでの私だったら、はっきりと断るはずだった。しかし、ここではきっぱりと断れずに、何を口にすればいいのかわからなくなってしまう。


素藤は、黙り込んでしまった私を見つめていた。

私が懸命に考えている一方、彼の手が私に伸びる。

「ひゃっ…!!?」

考え事をしている私の胸に、なんと素藤が手をつっこみ始めたのである。

その瞬間、全身に電気が走ったような感覚がし、私は頬が真っ赤になってしまう。

「ちょ…何…するのよ…!」

くすぐったくて笑いそうになる私を、意地悪っぽい笑みで見つめる素藤。

「…答えてくれるまで、離さぬぞ」

「えええっ!!!?」

相変わらずの身勝手さに、声を張り上げる狭子。

そんな私を、素藤は完全にからかって楽しんでいたのである。


「狭…!!!」

「信乃!!?」

聞き慣れた声が聞こえたかと思うと…少し離れた場所から、信乃が現れる。

「…来おったか」

信乃が現れた瞬間、物凄く低い声で呟いた素藤は、パッと私から腕を放す。

 助けに(?)…来てくれた!?

この時、私は改めて自分が白髪の鬼に連れ去られていた事を悟る。

名刀・村雨丸を腰に下げて現れた信乃は、真っ直ぐな瞳で私達を見つめた。

「…お主が申していた通り、此度は一人で参った。ならば、そちらもその意思を示したらどうだ…!!」

「意思…?」

信乃の台詞に、思わず私は首を傾げる。

「…話がよく見えないのだけど…」

少し考えてみたものの、どういう経緯があったかわからない私は、何が何だかよくわからなかった。

すると、素藤は私の肩に腕を乗せて抱き寄せる。

「俺とこの娘は、何百年も古き時代から続くえにしで結ばれた者同士。例えはるか先の世で生きてきた娘でも、恋い慕う事に変わりはない。無論、“狭子”としても、“琥狛”にしてもな…」

この時、素藤の顔からいつもの余裕そうな笑みは消えていた。

真っ直ぐ向き合う信乃と素藤の瞳。互いに強い意志のこもっている事に気が付き、私の心臓が強く脈打つ。

この後、私達がいるこの場に、一筋の風が吹く。

「成程…。しかし、狭への想いは某とて同じ。己を助け、如何なる時でも支えてくれた娘…。例えお主と深い縁で結ばれていようと、共に生き必ずや幸せにしようと誓った…!!」

そう言い放った後、信乃は村雨丸を抜く。

今までにないくらいの真剣な表情に、私はただ見つめているだけだった。

「さて…そろそろ、語りは終いにしようではないか…。この地こそ、決着をつけるにふさわしき地。“始まりと終わりの地”となるのだからな…!」

余裕そうな笑みを浮かべながら、白髪の鬼は鞘から刀を取り出す。

彼が言う“始まり”とは、この富山が八犬士誕生の地であるという事実に他ならない。

信乃と素藤が持つ刀身は、お互いの表情を捉えている。以前、海岸で対峙した時のような緊張感が走る。

「いざ…尋常に、勝負!!!」

信乃が刀を構えてそう言い放った後、彼らはその場から動き始める。

未来を勝ち取るため…あるいは、宿敵同士の一騎討ちがこの場で始まろうとしていたのであった―――――――――――


いかがでしたか。

今回は、見せ場前のワンクッションみたいな回でしたね。

そして、半分ふざけてたかも?笑


章タイトルを見て戴ければわかると思いますが、この最終章は完全に作者のオリジナルストーリー。そのため、作者にも結末はわからない!!?なんて事も?


さて、次回は信乃と素藤の一騎撃ちから始まります。

決着はいかに!?

そして、狭子というヒロインを巡っての戦いは、どんな結末を迎えるのか!!?

次回をお楽しみに★


ご意見・ご感想があればよろしくお願い致します。



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