第37話 八犬士具足
ついに、最終章です!
行徳・国府台・洲崎の三方面で展開された戦は、里見軍の大勝利に終わる。これによって、扇谷定正や足利成氏等の大将が捕虜となり、滝田城へ護送。年が明けて文明16(=1484)年の4月に和睦し、講和条約が結ばれる事となる。
この期間中、私は怪我を治すために滝田城にて療養していた。また、正月明けにかかった高熱もあってか、傷の完治を含めてかなりの日数が経過してしまう。そのため、体調が完全に回復したのが、ちょうど講和条約が締結した後くらいであった。
「浜路」
「あ…!信乃…様!」
自分の部屋にいた私は、襖を開けて入ってきた信乃に気が付く。
里見の姫として暮らし始めた私は、「公の場では言葉遣いに気を付けた方が良い」という大角の教えを思い出し、思わず言い直す。
「用意はできたか…?」
「あ…うん!大丈夫だよ」
城の侍女達に小袖を着せてもらった私は、正装をした信乃の方を向いて答える。
「…では、行ってまいります」
「お気をつけていってらっしゃいませ」
私は身支度をしてくれた侍女達に一言礼を述べた後、信乃と一緒に部屋から出ていく。
…侍女みたいに第三者がいる前では戦国時代での名前である“浜路”を使わなくてはいけないけど…。やっぱり、まだ慣れないな…
信乃の後をついて城内を歩きながら、私はそんな事を考えていた。
「…どうした、狭。何か忘れ物でも致したか?」
「へっ…?」
歩きながら突然信乃が声をかけてきたので、私はつい声が裏返ってしまう。
「えっと…。やっぱり、まだ“浜路”って呼ばれる事に抵抗があるな…って思っていたの」
私は下を向いて恥ずかしがりながら、彼の問いに答える。
そんな私を見た信乃は、フッと穏やかな笑顔を浮かべ、口を開く。
「…某もな。故に、お主と2人きりの時や犬士達とおる間は、これからも“狭”と呼ぼうと思うておる…不服か?」
少しいじわるそうな口調をしながら、私の耳元で囁く信乃。
…なんか最近、信乃も毛野に似てきたような…?
私は頬を膨らませながら、そんなことを考えていた。
「エキショイ!!!」
その頃―――――――私達がいる所とは別の場所にいた毛野は、くしゃみをしていた。
「…狭の風邪が伝染ったのか?それとも…」
彼は、鼻水を息で吸いながら、独り言を呟いていたのである。
この年の4月16日――――――――一部ではあるが、私を含む里見家の者達と八犬士達は、皆でかつての戦で人々が死んだ古戦場・結城へ向かった。その戦とは、八犬伝でいう“結城合戦”と呼ばれた大戦。この地には私の祖父に当たり、父・義実にとっては実の父親である季基など、多くの戦死者が眠っていた。そんな彼らの霊を弔うための大法要を行うため、その地へ向かったのである。
正装した犬士達やその土地の僧侶達が見守る中、大法要がとり行われる。彼らの中央には丶大法師が座り、皆で手を合わせて黙祷をささげる。私が知る限りでは、この時こそ、初めて犬士達が欠けることなく揃った瞬間だったのである。信乃が一人旅だった頃から一緒だった狭子にとって、8人の犬士が勢ぞろいする事に感慨深い何かを感じていた。
…自分の通っていた学校がキリスト教の所じゃなくてよかったな…
私は法要が行われている間、そんな事をふと考えていた。自分がこの時代にタイムスリップしてから、結構な日にちが経過している。まだわからない事は多くても、この時代の暮らしに少しずつ慣れてきた狭子。しかし、やはり父・義実との対面時はぎこちなかったし、「姉君と妹君だ」と紹介された7人の姉姫・妹姫と対面した時も、姉妹という実感がまるでなかった。
やっぱり、平成で10年以上暮らしていたから、まだこの時代の人たちとは壁を感じるな…
自分が好きになった信乃と一緒になれたとはいえ、まだ現代に対する名残惜しさが残っていた狭子。複雑な想いを抱えながら、大法要の時間は過ぎていく。
「現八…」
「ん…?如何した、狭子」
大法要から滝田城への帰路へつく少し前、空き時間の間に私は現八に声をかけた。
何食わぬ顔というより、少し挙動不審になりながら、彼は私を見る。
やっぱり…こういう事って、はっきりさせた方がいいよね…!
心の中でそう思った私は、つばをゴクリと飲んでから口を開く。
「あのさ…現八。少し話があるのだけど…いい?」
「…承知した」
私の態度を見て何かに気が付いた現八は、低い声で頷く。
そして、私達は少し人気のない場所へと移動する。
「話…なんだけどね」
「うむ」
話を切り出そうとする私の心臓は強く脈打っていた。
そうして、ようやく決心がつく狭子。
「国府台にいた時…あんたは、私に言ったよね?その事なのだけど…」
「…“惚れている”という事についてか?」
「!!」
思い出すと恥ずかしい台詞だが、現八の口から改めて言われて、私は戸惑う。
「その…」
私は声を震わせながら、ありったけの想いをこめて話し始める。
「私も、現八の事が好き。…でも、それは男として…とかではない。…“仲間”として…なの」
私は、複雑そうな表情で話す。
彼は、私の話を真剣な眼差しで聞いていた。そうして、少しの間だけ沈黙が続く。
「信乃の事が…好きなのであろう?」
「っ…!!」
数分ほどの沈黙が続いた後、最初に口を開いたのは現八だった。
「なぜ」と言いだそうとした途端、彼は話し続ける。
「…伊達に、行徳から安房国にたどり着くまで共に旅をしていない。信乃を見るお主の瞳を見れば、一目瞭然じゃ」
「あ…」
そう言いながら、彼は私の頭を撫でる。
私は小学校以来、男の人に撫でられた事があまりなかったので、とてもくすぐったい気分だった。
「わしは、お主の笑ろうた顔が好きなのじゃ。故に…狭を困らせるつもりはない」
私の頭を撫でながら口にする言葉。
この時、私は彼の優しげな笑顔を初めて見たのである。その表情に私は胸の高鳴りを感じるものの、彼はすぐに私の頭から手を放し、後ろを向き始める。
「…お主は、我らが仕える里見家の姫。そして、頼もしき“仲間”じゃ。これからも、同志としてよしなにな…」
「現八…」
明るい口調でそう言ってくれた現八だったが、声が少しだけ震えていた。
…ありがとう…
私は手を胸に当てて握りしめながら、心の中で礼を言ったのであった。
「…如何致しました?浜路…」
「あ…」
結城から安房にある滝田城へ戻ってきた私は、姉・妹姫様達の元にいた。
「いえ…。ちょっと、考え事をしていまして…」
「ふうん…。もしや、信乃殿の事とか…?」
「へっ!!?」
この時、突然信乃の名前が出てきたため、私は目を丸くしていた。
すると、次女・城之戸姉様が話し続ける。
「戦で傷を負ったそなたを薬師の元へ連れてきた時、ずっとかかりっきりであったしな!」
「そして、そなたが信乃殿に向ける眼差しこそ、“殿方を慕う瞳”そのものであったし…」
「最も、あんなに面構えの良い殿方ならば、浜路姉様がお慕いするのもよくわかります」
一方で、竹野や小波も、口々に私が信乃に惚れている事を指摘する。
な、なんか改めて言われると…恥ずかしいな…
私は頬を赤らめつつ、内心でそんな事を思っていた。
「楽しそうですね」
「静峯姉様…!!」
すると、一番上の姉・静峯姫様が襖を開けて入ってくる。
「姉様…。それは、新しいお香か何かでございましょうか?」
彼女が持っている香炉に目が入った末娘の弟は、首を傾げながら姉に尋ねる。
「はい…。何でも、大陸より伝わりし、いとも珍しきお香だとか…」
「大陸…」
その台詞を聞いた時、私が最初に思い浮かんだのは、中国だった。
それは、昔は“大陸”とは中国等があるユーラシア大陸にあるアジア諸国を指していたからである。
「ところで、姉様。何故、“珍しいお香”なのですか?」
不思議に思った私は、静峯姉様に問いかける。
好奇心いっぱいの眼差しを私に向けられ、姉様は柔らかい笑顔で口を開く。
「それはですね、浜路。このお香の匂いをかぐと、内に秘められし物を思い出す…という逸話があるらしいのです」
「内に秘められし物…?」
その言葉を聞いた私は、それが一体何を指すのかと考え始める。
…それって、本当の話なのかなぁ…?
正直、ジンクス等に今まで興味を持たなかった私にとって、そういった話は本当かどうか信じる事ができなかった。
気が付くと、弟や栞らが香炉から匂う香を楽しんでいた。
「“内に秘められし物”が何かはわかりませんが…うん!すごく良き匂いですね…!」
匂いを嗅いだ二人は、口ぐちにそう言った。
その後、彼女達に続くように城之戸姉様や、他の姫達もお香の匂いを嗅いでいく。
「…では、浜路。そなたも…」
「あ…はい!ありがとうございます…」
最後に香炉が回ってきたため、私は香炉を持ち上げて匂いを嗅ごうとする。
…作法とかよくわからないけど…。まぁ、いっか!
内心でそんな事を思っていたが、本当の所、平安時代頃からあったこのお香を使った遊びには、それなりの作法があったと聞いた事がある。しかし、流石の私もそういった貴族の遊びまではしっかりと覚えていなかったのである。
…何だか、オレンジやハーブの匂いが入り混じったような、不思議な香り…
私は、香炉から香る匂いを堪能する。
鼻に入ってくる匂いは、まるで現代でアロマを楽しんでいるような雰囲気だった。
「っ…!!?」
その時、突然私の千里眼が発動する。
「浜路…!!?」
その直後に発生した頭痛によって、私は香炉を床に落としてしまう。
そんな私を見て姉様達が驚いている中、私は激しく痛む頭を抱えていた。
これは…この光景は…!!!
走馬灯のように、頭の中を駆け巡る映像。それこそまさに、私の前世・琥狛の時の映像だった。無論、これに蒼血鬼・蟇田素藤が出てきていたのは、言うまでもない。
私の中に駆け巡る数々の映像は、それこそ夢で見た時の内容から、今まで思い出したことのなかった出来事までも映し出していた。
「浜路!!?だ…誰か…!!!」
頭上では、姉姫様達の叫び声が聞こえる。
私…もしかして、地面に倒れこんでしまったの…?
私はかなり強い頭痛によって、自分が地面に倒れた事すら気が付かなかった。
「頭が…割れ…そう…!」
狭子は、頭を抱え込みながら、苦しみもがく。
頭痛に苦しむ中、千里眼の能力によって、真っ赤な業火で焼かれる風景が浮かんでくる。動けない自分と、泣き叫ぶようにして暴れる素藤。それが、どのような場面であるかを思い出した途端、私は気を失ってしまうのであった―――――――
いかがでしたか。
今回、結城で行われた大法要は、原作にもあったイベントの一つ。
原作ではここで、法師様が拉致されたりと、ひと悶着あるのですが…戦の後なんで、そういったゴタゴタはなしにしようと思ってこんな具合になりました。
しかも、実際の法要は関東大戦の前に行われたので、八犬士達が具足(欠けることなく揃ったという意味)したのも戦前だったんです。本当は。笑
しかし、この場面を書けたのは良かったと思っています!
また、狭子の姉・妹にあたる里見の姫達の名前も、当然原作から名前をお借りしています。彼女達は後に、信乃以外の犬士達と結婚する事になりますが、とりあえずはまだおいといて…。
今回出てきたお香は当然、原作にはない代物です。
設定としては、狭子が前世の事を全て思い出すきっかけが欲しいなーと思って考えた展開ってかんじですね★
さて、次回はどのような展開が待っているでしょうか?
戦は終わりましたが、まだ肝心な所を書いていないし、ついていない決着とかもあります。
次回以降はその辺りを少しずつ書いていく事になりそうです!
ご意見・ご感想があればよろしくお願いします(^^