第36話 蒼き光
<前回までのあらすじ>
戦いでの勝利が見えてきた折、父・義実の訃報を知らされた狭子は、急ぎ滝田城に向かう。しかし、それは玉梓(=妙椿)が仕組んだ罠で、城へ向かう途中で捕えらてしまう狭子。彼女を捕えた玉梓の目的は、自分を処刑させた里見義実に自分が受けた屈辱を味あわせる事。義実の刀で狭子の肉体を傷つける玉梓。
手も足も出ない義実はだんだん追い詰められ、妙椿はついに狭子にとどめをさそうとした時…部屋の外から、急ぎ駆け付けた信乃の姿があったのである。
「信…乃…?」
肩と両足から出血して貧血を起こしていた私は、眩暈を感じながら叫び声の聞こえた方向を見る。
私の視線の先には、鎧を身にまとい、あちこちが汚れていた信乃の姿があった。
「狭…」
息切れをしながら、信乃は、地面に倒れ伏している私を見下ろす。
縄で縛られて肩と両足の腱に傷を負った私は、まるで拷問を受けたような体勢になっていた。そして、彼は玉梓が持つ血で汚れた大月形に視線を移す。そこから、状況が読めてきた信乃の表情がみるみると変わっていくのであった。
「貴様…よくも狭を…っ!!」
そう叫んだ信乃は、果敢に刀を持った玉梓に立ち向かう。
しかし、彼の一振りで敵を斬る事はできず、玉梓の華奢な肉体をすり抜けてしまった。
その後、何度か敵を斬ろうと村雨丸を振り回すが…一度も当たる事なく、空振りで終わってしまう。
「わらわの妖術にかからず、ここまでたどり着けたのは褒めてやるが…。斯様な刀で、わらわが斬れるとでも…?」
「何っ!!?」
玉梓は、鋭い視線で信乃を捉える。
大月形を前に突出し、「斬れるものなら斬って見ろ」とでも言いたそうな雰囲気をかもしだす。しかし、私達と違って霊体の彼女を斬るのは難しい。それを己の身をもって味わった信乃であった。
「くっ…!!!」
その後も、斬り合いは続く。
私や父上には忍が一人ずつ背後に立って苦無を突き付けているため、信乃は思う存分には戦えない。その行為は「無駄に抵抗すれば私達の命はない」と述べているようであった。
玉梓に斬られた傷さえなければ、忍から逃れられるかもしれないのに…!
私は意識が朦朧とする中、必死で信乃の戦いぶりを見上げる。これまでと違って、鎧を身にまとい、しかも城の中なので存分に力を発揮できない。しかも、なんとも不条理な話で、信乃は玉梓を斬れずとも、逆は可能のようだ。それは、隙をついて彼に傷を負わせる玉梓を見ていればよくわかる。
「ぐあっ…!」
鎧と鉄鋼の間に見られる二の腕を斬られ、信乃は思わずうめき声をあげる。
誰か…彼に力を…!!!
思いのたけを声に出せない私は、心の中で必死に叫ぶ。
このままでは…私のせいで、信乃が…!!!
出血で意識が朦朧とする中、私の脳裏には現八や荘助ら他の犬士達の顔が思い浮かぶ。
「里見に組みする者は…全て滅ぶのじゃっ!!!」
玉梓がそう叫ぶと、彼女は大月形を振り上げる。
「やめ…!!!」
その状態を見ていられず、思わず父上が声を張り上げようとすると…
「っ…!?」
突然、何かの反動で、私は自身の身体を震わせる。
そして、気が付くと自分の身体が蒼く光り始めていた。
「これは…!!!」
視線を私に移した玉梓は、目を丸くして驚く。
そして、それに呼応するかのようにして信乃の胸元が光りだす。
「玉が…共鳴しておる…!!?」
彼は自分の胸元を見つめながら、その台詞を口にする。
何が起こっているのかが理解できていない父上は、茫然としていた。
「ぐっ!!?」
すると、私の背後で忍のうめき声が聞こえる。
何が起こったのかと思ったら、その数秒後に、誰かが私を抱き起こす。
「荘…助…?」
私が顔を上げると、そこには甲冑を身にまとった荘助と小文吾の姿があった。
「狭…浜路姫様。はせ参じるのが遅くなり、誠に申し訳ない…」
「うむ。だが、わしらが来たからには、もう安心じゃ!!」
柔らかい表情で声を出す荘助と、屈託のない笑顔で断言する小文吾。
体力が落ちていて泣く元気はなかったが、この2人の登場が私達に大逆転のチャンスを与えてくれた事を悟った。
「貴様ら…!何故、ここまで来られた…!!?」
犬士達の視線の先には、蒼い光によって焦りを見せた玉梓がいた。
「…確かに、滝田城に到着した後は無限回路をさまよい続けていたために、ここまでたどり着くまでに至りませんでした。しかし…!!」
静かに言い放つ荘助は、懐から「義」の文字が浮かぶ水晶玉を取り出す。
「これが蒼く光り始めた事で、我々はここにたどり着けた。そして、このような事が起きたのは、まさに伏姫様のご加護あってのもの…!」
荘助は玉を見せつけるようにして前に突出し、小文吾も同じようにしていた。
そこには、小さくはあるが蒼く光った玉がある。
「ぐあっ!!」
「ぐぅっ…!!!」
すると、2つのうめき声が聞こえた後に、信乃が私達に背を向けて立ちはだかる。
「!!!」
それとほぼ同時に、私の脳裏に8つの玉が浮かんでくる。
それはいつもの千里眼の一種のようにも思えるが、何か違うものがある。仁義八行の文字が浮かび上がる蒼い玉が、8つ揃った状態で私の脳裏に浮かんでいた。
天井が光ったかと思うと、一筋の蒼い光が、天井を突き破るような勢いで降り注ぐ。
「村雨丸が…!!?」
その降り注ぐ流れ星のような蒼い光は、信乃が持つ名刀・村雨丸にぶつかる。
「これは…!!」
この時、蒼い光をまとった村雨丸を見た信乃が目を丸くして驚く。
しかし、何かを悟ったかのように、村雨丸を前に突き出す。
これって、伏姫様…いや、姉様の神力…?
荘助の腕の中で、私はふとそんな事を考えていた。
そして、構えの姿勢を取り始める信乃。彼が握る村雨丸には、仁義八行――――――――すなわち、「仁義礼智忠信孝悌」の8文字が浮かび上がっていたのである。
「おのれ、伏姫!!どこまでもわらわの邪魔立てをする気か…!!!」
そう口にする玉梓は、刀を構えながら苦しそうな表情を浮かべている。
村雨丸が放つ蒼い光のせいか、目元を腕で覆い、光を避けるような体勢を取っていた。一方、村雨丸を構える信乃の表情は真剣そのものであった。
「あああっ!!!」
声を張り上げた玉梓は、その勢いで信乃に襲い掛かる。
それとほぼ同時に、構えの姿勢を取っていた彼も走り出す。本来なら数秒で終わるような出来事なのに、なぜかこの時はスローモーションで流れているように感じた。
勝って…信乃…!!!
心の中でそう願う狭子。
信乃の腹目がけて斬りつけようとする玉梓。刀を振り始める信乃。
その後、部屋中に刀が肉体を斬る音が響き渡る。
互いに背を向き合わせて立ち止まっている信乃と玉梓。視界が薄くなりつつある私の目に映ったのは、真っ二つに斬られた玉梓の姿。しかし、霊体である彼女の身体から血が出る事はなかった。そして、村雨丸から発する蒼い光がどんどん大きくなり、それは襖を抜けて滝田城…否、安房国中に広がっていく。その光と共に玉梓は消え、それとほぼ同時に、私は意識を失ってしまう。
そして、蒼い光が消え去った後…その部屋には信乃や荘助、小文吾や父・義実が立ち尽くしていた。
「また…」
すると突然、茫然としていた父上がポツリと呟く。
「またわたしは…無駄に生きながらえてしまった…!!!」
弱弱しい声でそう述べた義実は、床に座り込んで嘆いていた。
それは、自分が玉梓を処刑してしまったという事実が、全ての始まりだとわかっていたからこその嘆きだったのである。そんな主を、三犬士は複雑な表情で見つめる。一方で、外では父上の家臣達の足音が響いてくる。
「信乃さん…。兎に角、今は狭子殿の傷の手当をしなくては…」
「…ああ。そうだな…」
信乃を見上げながら、荘助は小さな声で話す。
それに応じた彼は、義実に跪いた後、荘助から意識を失った私を受け取る。そして、私をお姫様抱っこした信乃は、その場を後にする。
「狭…。よくぞ…よくぞ頑張ったな…!」
私が負わされた傷を見つめながら、ポツリと呟く信乃。
その後、キュッと私を優しく抱きしめた後、再び歩き出したのであった。この時、瞳は閉じていてもわずかに意識のあった私の脳裏には、冨山で向かい逢う伏姫様と玉梓の姿が映っていた。
怨念が消えた玉梓は、とても疲れているような雰囲気だった。そんな彼女を、伏姫はソッと抱きしめる。
「礼を申します…」
玉梓を抱きしめた姉様は、私の方を向いて一言…そう述べていた。
姉…様…
玉梓と共に蒼い光を放ち始めた伏姫は、光をまとったまま天高く昇っていく。天高く昇っていく彼女達を包む光は、まるで蒼い牡丹花のように私には見えていた。それが誠の事か夢幻かはわからないが、それを見届けた私の視界は再び漆黒の闇に包まれていく。
こうして、文明15年(=1483年)12月3日から5日間に及んだ「関東大戦」――――――またの名を、「対両管領連合軍戦」と呼ぶこの大戦は、ここで幕を閉じた。結果としては里見軍の大勝利に終わり、里見側の兵たちは、誰もが勝利を喜んだ。しかし、玉梓という悲しき存在を倒さなければならなかった私や八犬士。そして、父上にとっては、やりきれない想いが積もるほどある戦だったのである。
いかがでしたか。
久々の更新になってしまった今回は、この章をどうやって締めくくろうか悩んでしまったからなんです。実は(汗)
しかも、普段の事を思うと結構短かったかも…?
とにかく、この章はこれにて一件落着。
…でも、喜びだけではない戦でしたよね…
さて、次回はついに最終章!!
戦も終わり安房に平和が戻ってきたものの、まだもう一つの問題があります。
そして、○○との決着とか…
…とにかく、次回をお楽しみに★
ご意見・ご感想があればよろしくお願いします!