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八犬伝異聞録 蒼き牡丹   作者: 皆麻 兎
第九章 対両管領連合軍戦
36/42

第35話 同じ苦痛を味わせるために

「ん…」

身体に強い風を感じながら、私は目を覚ます。

ゆっくりと開いた眼で見た最初の風景は、土色の地面。どうやら私は、敵の忍に担がれて移動している最中のようであった。縄で縛られ、口を布で塞がれている。そのため、悲鳴をあげる事も、抵抗して逃げる事も叶わない状態である。

 そういえば…八犬伝に出てくる浜路姫って、いろんな危機が降りかかるらしいけど…。それが自分の事だなんて、思いもしなかったよなぁ…

私は視界に入る地面を見つめながら、ふとそんな事を考えていた。


「ご命令通り、里見の姫を連れて参りました」

「…ご苦労」

数分程経った後、彼らに命令を下した主の元へ到達する。

忍とその主らしき人の会話があった後、担がれていた私は地面に落とされる。

「…布だけ外してやるがよい」

「はっ…」

頭上から聞こえた声によって、私の口に巻かれた布が外される。

 この声…!

息ができるようになり、私は少しだけ気が楽になった。しかし、今しがた頭上で聞こえた声が聞き慣れた声である事に気が付く。その後、うつ伏せになっていた私の身体を、忍の一人が抱き起こす。そして、声の主の方を鋭い眼差しで睨む狭子。

「数日ぶりじゃな、里見の姫よ」

「妙椿…!でも、その姿は…!?」

私の視界に入ってきたのは、犬士達の敵であり里見家を恨む女性――――――妙椿だった。しかし、その格好は以前に見た尼僧の装いとは異なる。尼僧特融である頭に巻かれた布はなく、黒くて長い髪がはっきりと見える。そして、赤や黒などの刺繍が入り混じった豪華絢爛な打掛を身にまとっていた。その姿は、私がこの時代にタイムスリップする前、夢で見た格好とそっくりであった。

「…そなたは、わらわのこの姿を見るのは初めてであろう。妙椿とは、仮の姿。わらわの本来の名は玉梓たまずさといってな。…そなたの父、里見義実さとみよしざねによって処刑されたのじゃ」

「義実公…」

皮肉を込めた玉梓の言葉に、父・義実公の名を口にする狭子。

しかし、のんびりと考え事をする余裕はなかった。

「この人たち…。貴女が従えている忍ではないわよね!?…ここまでして、何がしたいの…!!?」

私は鋭い視線で相手を睨みつけながら、声を荒げる。

 里見の忍でないとすると、考えられるのは古賀公方か関東管領の忍…。彼女が双方に取り入っているから、できたのだろうけど…。その真意は一体…?

私は疑心暗鬼になりながら、玉梓を睨む。すると、クスクスと笑いながら、玉梓は口を開く。

「フフ…。わらわの手下では、そなたが持つお守り刀や、伏姫の神力に阻まれてしまう。だが、人間の忍ならば、さしずめ問題にはならぬ」

「…言っておくけど、義実公はまだ私が娘の浜路だとは知らないわ。連れて行っても、無駄な気はするけど…?」

私は嫌味をこめて、そう述べる。

 …事実、まだ義実公に謁見をしないまま戦場に同行したしね…

内心で私は、そのような事を考えていた。

私の台詞を聞き、玉梓の表情が曇る。そして、私の近くに来てしゃがみこんだ後、私の頬に人差し指を充てる。その当て方は、まるで刃物を突き付けているような雰囲気を感じさせる。

「そなたが義実の娘である事など、親は一目見ればすぐにわかる。…この伏姫と似た、美しき顔ならば尚更な…!」

この時、彼女の顔を間近で見た私は、その瞳に憎悪が宿っている事にはっきりと気が付く。

「…姉様を悪く思うのは、以前…犬士誕生の際に、彼女の霊力にやられた…から?」

私は憐みの瞳をしながら、玉梓を見つめて今の台詞を口にした。

最も、この台詞は憶測で、実際はどうだったのかはわからない。私がタイムスリップする前に見た、伏姫が自害し玉が四方に散らばる夢――――――――それは、素藤の登場によって、途中で終わってしまったからである。私の台詞を聞いた玉梓は、一瞬動揺の表情かおを見せるが、それを悟らせないためか、すぐに立ち上がってそっぽを向いてしまう。その態度は、私の述べた事が真実であることを匂わせていた。

「…話はここで終いじゃ。さて、向かうとするかの…」

「…しかし、玉梓様。滝田城は、里見家の本拠地。例え戦で兵が少ないにしても、正面から行くのは無謀なのでは…?」

何やら遠くを見つめる玉梓に対し、忍の一人が進言をする。

「大事ない。わらわの術があれば、城の者に気が付かれぬまま侵入が可能じゃからな…」

「…御意」

玉梓の言葉に、跪いて答える忍達。

しかし、その表情は戸惑いをいくらか見せていた。

 義実公…。まさか、こんな形で初対面する事になるなんて…!

その後、私の身体は忍によって担がれ、山道を下っていく。前回は犬士達をおびきよせるために私を捕えたという玉梓。その経緯からして、私をこれからどうするかは目に見えるほど明らかである。今までにない展開に、私は何もできず、成り行きに身を任せるしかできないのであった。



「…やけに静かだな」

そう呟くこの中年男性こそ、私の父であり、里見家の総大将――――――里見義実である。鎧を身にまとい、名刀・大月形おおつきがたを腰に下げた彼は、とある部屋の中で軸にたてかけてある1着の打掛を見上げていた。その打掛は、今は亡き伏姫が本来、婚礼の際に着るはずだった物である。部屋の外では、先程までは家臣達が出歩いていたはずなのに、ある時を境に物凄く静かになっていたのである。また、そろそろ戦の戦況を報告する忍が義実の元へ到着する頃合いなのに、その気配すらない。そして、今の季節が冬とはいえ、妙に肌寒い事に違和感を覚えていた。

流石におかしいと感じた義実は、その部屋を出るために立ち上がろうとした瞬間であった。

「…久しいな、里見義実よ」

「!!?」

聞き覚えのある声が襖の向こう側から聴こえ、表情を一変させる義実。

すぐさま振り向くと、そこには赤や黒などが入り混じった豪華絢爛な打掛を身にまとった玉梓が立っていた。

「玉梓…!?貴様、如何にしてここに…!!?」

「さぁ…?戦の中では、わらわのようなか弱き者に見向きする者は、おらぬのでな。…最も、貴様の家臣共は今頃、無限の回路をさまよっている事であろう」

「…何!!?」

「…此度は、良き土産を持参しておるのでな。正面から入るためにも、城の者どもを遠ざけただけの話じゃ」

「土産…だと…!!?」

不気味な笑みを浮かべる玉梓に対し、義実は深刻な表情を浮かべる。

双方の間に、緊迫した空気が流れていた。すると、玉梓の合図を皮切りに襖が開き、そこから数人の忍が入ってくる。

「きゃっ…!」

「!!?」

すると、忍の一人が、担ぎ上げていた私を地面に放り出す。

それを目撃した義実は、目を丸くして驚いていた。

 痛たた…

うつ伏せの状態で地面に放り出された私は、その衝撃に痛みを感じていた。

「この娘御が…“土産”だと…!!?」

義実は、軽鎧を身にまとい、縄で縛られた私を見下ろしながら戸惑いの表情を見せている。

それもそのはず、私と父・義実公は顔合わせをするのは、これが初めてだからである。すると、忍の一人が懐から私が持っていた、牡丹花の紋章が刻まれたお守り刀を取り出す。

「それは…!!!」

お守り刀を目にした義実の表情が、どんどん青ざめていく。

そして、地面に横たわっている私の顔をまじまじと見る。

「右の耳たぶに黒子…。そなた…浜路か…?」

「…っ…!!」

義実は、恐る恐る私に尋ねる。

最初は彼が自分の実の父親だという実感はまるでなかったが…名前を呼ばれた途端、“浜路”として残っている僅かな記憶が蘇る。

私の眼に映っていたのは、笑顔で私を見下ろし、抱き上げる義実公の姿。わずか1・2年しかこの地にいなかったので、記憶の奥底に眠っていた赤子の時の私―――――それこそ、私が里見家の五の姫・浜路である事を示す何よりの証拠であった。

「はい…父上…」

縄で縛られているために起き上る事ができないが、狭子は必死で義実を見上げながらそう答える。

「…息災で何よりじゃ…」

「はい…」

義実は、他にも言いたいことが山ほどあったであろう。

しかし、うまく言葉に出せない彼は、私が無事であった一言だけ述べてくれた。


「…感動の再会はできたようじゃな?」

玉梓の一言で、その場の空気が一変する。

「いっ…!!」

頭に物凄い痛みを感じたかと思うと、忍の一人が私の頭の頭頂部を無理やり掴みあげ、喉元に苦無をつきつけた。

「浜路…!!」

義実が声を張り上げた途端、背後から彼の喉元にも苦無がつきつけられる。

「…余計な手出しはいらぬぞ、義実。娘の喉元を切り裂かれたくなければ、その脇差を前に置け」

「何!!?」

「…従う気がないならば、娘の喉元を斬り裂くだけじゃ」

「くっ…!!」

玉梓の台詞と共に、私の首筋に苦無の冷たい感触が感じられる。

苦しそうな表情をした義実は、脇に差していた名刀・大月形を前に差し出す。それを見た玉梓は、顔をにんまりとさせて、その刀を手にするのであった。

 何を…する気なの…!!?

一連の行動を目で追う事しかできない私は、玉梓の行動に疑問を感じる。その刀で父上を斬るのかと思ったが、その刃先は彼には向けられていない。すると、彼女の姿が私の視界から消え、何が起きているのかと成り行きを見守っていると――――――

「!?」

風を斬るような音が聞こえた途端、私の肩辺りに何かがかする。

「浜路!!!」

父上の叫び声が響いた後、私の身体が再び地面に崩れ落ちる。

 肩周りが…燃えるように熱くて痛い…!!!

肩の後ろ側が物凄く痛み、それに苦しむ狭子。すると、畳の上に赤黒い何かがしたたり落ちるのを見た途端、自分が刀で斬られた事を悟る。

「いっ…!!」

致命傷ではないとはいえ、大けがの経験がない私にとって、この痛みは今までの怪我よりもかなり痛かったのである。

「ああっ…!!!」

すると、それに追い打ちをかけるようにして、玉梓は私の右足にあるアキレス腱を斬りつける。

肩に続いて、足。敵は、まるで私が苦しむのを楽しんでいるかのように、肉体を傷つけていく。

「玉梓…貴様ぁっ!!!」

「フフッ…いい気味じゃ、里見義実!!…貴様のような男は、己が傷つくよりも大事な者を傷つけられる事の方が、余程苦痛だと考えてな…」

怒りを顕にした父上の声と、高らかに笑う玉梓の声が響く。

そして、狂気の笑みを浮かべた彼女は、地面に横たわって苦しむ私の姿を見下ろしながら口を開く。

「…何、そう簡単には殺さぬ。そなたには一生消えぬ傷を残し、なぶり殺しにしてくれるわ…!!!」

そう言い放つ玉梓は、笑みですら浮かべている。

 く…狂っている…!

斬られた傷の痛みで視界が曇る中、必死に見上げた玉梓の表情は、狂気に満ちていた。

「止めろ…止めるのじゃあ…!!!」

この時、確認はできなくても、父上の表情は恐怖と絶望に満ちていたのがよくわかる。

しかし、彼もまた苦無を喉につきつけられているため、抵抗ができない。

「娘は関係ない…!!殺すなら、わしを殺せ…!!!」

「…そうはいかぬ」

父上が悲痛な叫びをあげると、冷徹な瞳で言い放つ玉梓。

その表情に宿っていたのは、狂気にも似た殺気であった。

「魂をえぐられるような気分であろう?里見義実。…数十年前、わらわに同じような想いをさせたのは、義実…貴様じゃ」

そう語る玉梓の表情は、殺気と共に絶望に囚われたような雰囲気を感じさせている。

一方、苦い表情を浮かべながら、父上は彼女の話を聞いていた。

「夫・山下定包やましたさだかねを貴様に討たれ、抵抗する術を失ったわらわを最初、お主は“助ける”と申した。だが…」

静かに語る玉梓は、その直後、持っている刀を強く握りしめる。

「家臣共に惑わされ、お主は一度口にした言葉を違えたのじゃ…。人の心を弄びおって…な。…何とも愚かな男よ」

 この話って…確か…?

痛みに苦しみながら、彼らの会話に耳を傾ける狭子。

この会話は、玉梓が処刑される前の事を物語っていたのである。

 一度は助ける事を約束したのに、結局は処刑されてしまった…。そんな人間に玉梓は絶望し、呪詛をかけたのかな…

話を聞きながら、私はそんな事を考えていた。それと同時に、絶望し恨みを残して処刑された彼女を、哀れにも感じていた。

「…そして、人間共の醜き煩悩によって甦ったわらわは…自分が味わされた苦痛を、貴様にも与えてやろうと誓ったのじゃ…!!」

「っ…!!!」

そう言い放った玉梓は、今度は私の左足の腱を傷つける。

深々と斬り裂かれていないとはいえ、鋭い痛みを感じた私は、今度は悲鳴をあげまいと歯を食いしばって痛みに耐える。

「…もう、止めてくれ…!」

冷や汗がドッと流れている父上は、ただひたすら私の助命を懇願する。

ついには、土下座をするような体勢になっていた。それを黙って見降ろす玉梓。完全に情緒不安定となっていた彼女は、義実ではなくどこか遠くを見つめていた。

「なぁ、義実よ…。何やら虚しくなってきたな…」

そう述べる玉梓は、生気を亡くした人形のようだった。

「…だけ…」

「…何?」

地面に倒れた私は、必死に声を振り絞って何かを口にしようとする。

その微かな声に気が付いた玉梓は、私を見下ろす。

「憎しみは…更なる憎しみを生む…だけ…。こんな…こんな事を繰り返していて…は、戦なんて…終わらない…よ…!」

私は息切れをしながら、思いのたけを口にする。

「玉梓…。貴女は、父上を…殺め、里見を滅ぼした後…どうする…の…?虚しさしか残らない事…本当…は、わかっているのでは…?」

狭子は、必死で玉梓を見上げながら語る。

戦のない現代で生きてきた私にでも、争いは何も生まない事や、平和である事が何よりも尊い事を知っていた。その想いは、この世界にタイムスリップしてからもより強く思うようになったのである。

私の台詞(ことば)を聞いた玉梓は、下に俯いて黙り込んでいた。その様子を、義実や忍達が見守る。

「…だからといって、止められるものではない…」

「…?」

この時、玉梓はボソッと何かを呟く。

しかし、その場にいた私達は、彼女が何を口にしていたのかは聞き取ることができなかった。

「そなたのような小娘に、何が解る!!!周りから慈しまれ、愛されて育ったそなたには…!!!」

「浜路…!!!」

すると突然、激昂した玉梓は、私に向かって刀を振り上げる。

それに気が付いた義実は、忍をおしのけようとするが、思うように動けない。

 殺される―――――――――――!!?

玉梓の口調からそれを察した私は、今度こそ斬られると思い、瞳を閉じる。


「狭!!!!!」

すると突然、襖の外から叫び声が聞こえる。

それに驚いた玉梓は、すぐに襖の方を睨む。その後、襖が勢いよく倒れ、そこから鎧を身に着けた若武者が登場する。

それこそ、私や父上の危機を悟って駆けつけた、信乃の姿であった――――――――


いかがでしたか。

今回はお約束の展開とはいえ、結構真剣になってキーボードを動かしていた作者だったりします。


狭子が言う、”タイムスリップする前に見た夢”についてですが、詳しくは第1話を参照してください。

また、今だから言える話ですが、この伏姫が自害する現場を目撃していた”白髪の男”こそ、蟇田素藤ひきたもとふじだったという事です。鬼である彼はこの出来事の後、狭子の幼馴染・染谷純一と出会うわけですから…。この発端は、全てにおける「始まりの物語」だったといえるでしょう。


さて、玉梓(=妙椿)に捕えられた狭子は、かなり大ピンチ。

でも、最後に信乃が登場した事で、事態は変わりそう?

次回はこの章のクライマックスなかんじになるかもです。

…最も、まだ物語自体は完結しませんが。笑

それでは、次回もお楽しみに★


ご意見・ご感想があればよろしくお願い致します!


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