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八犬伝異聞録 蒼き牡丹   作者: 皆麻 兎
第九章 対両管領連合軍戦
34/42

第33話 神霊・伏姫の登場

「貴女が、伏姫様…?」

穏やかに流れる利根川のほとりに立つ、一人の女性。

聞き覚えのある声だったので、その可能性が高いのはわかっていたが…親兵衛の一言で、彼女が伏姫である事に信憑性が出た。

「あの霊が、亡き一の姫じゃと…?親兵衛。お主、何故そうだとわかるのじゃ!?」

「あー…。その……僕が何年か前、危ない目に遭って殺されそうになった時…冨山に連れてきて養ってくれたのが、この御方だったが故…かな」

私の後ろで、追いかけてきた現八と親兵衛がそんな台詞を口にする。

この時、親兵衛の口調が言いにくそうな雰囲気だったのを狭子は感じていた。

『ようやく…ようやく、このようにして相見える事が叶いましたね』

「はい。本当に…」

感慨深そうな表情で、お互いを見つめ合う狭子と伏姫。

私は神霊である伏姫様の元へとゆっくり歩いていく。しかし、ある程度まで進んだ私は途中で立ち止まる。地面にある河原の石を見つめながら、私は自分の右手を胸に当て、拳を強く握りしめる。

戦国時代ここに飛ばされて間もない時は、訊きたい事が山ほどあったけど…。今は、私をこの時代に引き戻してくれたこと…感謝しています」

『浜路…?』

私の台詞が思いがけない言葉だったのか、目の前にいる姫君は目をパチクリさせていた。

「この時代に来た事で、私にとってつらい出来事が多かったのは事実です。でも、その代償に…何にも代えられない大切なものを得る事ができました」

「狭子…」

静かな口調で語る私の後ろで、現八がボソッと私の名前を口にしていた。

この時、私の脳裏には犬士探しの旅をしている場面や、素藤ら“鬼”の存在を目の当たりにした時の事。そして、彼の部下に捕らえられた時の事や、信乃ら犬士達に助け出され、単節さんの最期を看取るまでの一部始終が走馬灯のようにしてよみがえる。

 本当に、いろいろな事があったんだな…

内心で私はそんな事を思っていた。

すると、黙り込んでいた伏姫が、私の顔を真っ直ぐ見つめながら口を開く。

『そなたの意思を仰がず、半ば強制的に連れてきてしまった事を何度も悔いました。故に、この戦が終わった後に、そなたを先の世へ送り返そうと思うておりましたが…』

静かな口調で語る伏姫の視線が、ふと現八や親兵衛がいる位置より遠くを見据える。

その視線の先には、何があったのかと狭子を心配して走ってくる信乃の姿があった。すると、伏姫の表情が柔らかい笑顔となり、今度は狭子の表情を見つめてから重たくなった唇を開く。

『…その様子では、もう心に決めているのですね?』

「はい。私はこの世界で…この時代で、愛する人と共に生きる。…そう心に誓いました」

この時、私の心は既に決まっていた。

故に、伏姫の問いかけが何を意味するのかを理解していたし、すぐに答えを口にすることができたのである。

 …10数年という時を現代あっちで過ごしてきたのもあって、帰れないのが寂しくないわけではない。でも、2度と友達や義理の両親に会えなくなろうとも、この想いは変わらない…!

私は心の中でそう強く考えていた。

「…陣中を慌てて狭が走り抜けていったから何があったのかと思いきや…これは一体、何が起こっておるのだ…?」

こちらへ走ってきた信乃の台詞を聞いた途端、私はすぐに後ろを振り返る。

伏姫様は気が付いていたみたいだが、この時初めて彼の存在に気が付いた私は、目を丸くして驚いていた。

『…それでは、本題へ入った方が良さそうですね…』

瞳を一瞬だけ閉じながら、その一言を発する伏姫。

信乃が来るのを待っていたかのような雰囲気だった彼女は、自分が現れた理由を語り始めようとするのであった。



「“火猪かちょの計”…か。伏姫様も、凄いことをお考えになる…」

この一言は、私達が伏姫様の神霊と会った日の翌日の夜に述べた台詞ことばである。

「本当に…。でも、今回の事を“自分のおかげである”と言わない所が、姉様らしいよね」

私は、その隣でボソッとそんな事を呟いていた。

 文明15(1483)年12月7日・戌の刻―――――――里見軍の陣中に、大量の猪がひっそりと運び込まれたのである。運び込んだ兵士達は、そのおびただしい数にただただ驚きを隠せずにいた。何故、このような事態になったのかは、昨日に会った伏姫様との会話に理由が潜んでいる。


『私の可愛い子供たち…。特に、信乃と現八と相まみえるのは、これが初めてですね』

「貴女が…神霊と相成られた、里見家の一の姫・伏姫様…」

現八や親兵衛から事の詳細を聞いた信乃は、彼女を見つめながら茫然としていた。

「ところで、伏姫様。なぜ、今日は僕たちの元へ…?」

首を傾げながら問いかける親兵衛の台詞を聞き、伏姫の顔から柔らかい笑顔が消える。

そして、すぐに真剣な表情へと変わった伏姫様は、私や彼らを見つめながら口を開く。

『…私が姿を現したのは、他でもありません。今、貴方がたが直面しておりますこの戦に連なる事です』


「…?」

その台詞を聞いた私は、何を口にするのかと首を傾げていた。

『昨日、国のあちこちから、民の悲痛な叫びが響き渡っておりました。そして、私はその一部始終を遠き地より見つめ、皆が苦戦しておる姿を目の当たりにしました。…そこで、考えたのですが…』

伏姫は、深刻な面持ちで話す。

当然、前線で戦っていた信乃達も、同じような深刻な表情をしながら話を聞いていた。

「何か…思いついたのですか…?」

彼女が言いかけたその先が気になった私は、恐る恐る尋ねてみた。

すると、伏姫様は私の顔を一瞬見つめ、少し黙り込んでから、再び話し始める。

『敵が所持する、あの奇妙な形をした大八車のような乗り物…。あれを打ち破るのに、火を身につけた猪を放つのはどうかと…』

「猪…じゃと…!!?」

伏姫の思いがけない台詞に、現八が目を丸くして驚く。

『…はい。野で生きる猪の牙にたいまつをくくりつけて突進させ、あの乗り物を焼き払う。これを、“火猪かちょの計”と名付けましょう。…この策を用いれば、あるいは…』

右手を口元に当てながら、伏姫様は語る。

 あれ?でも、あの三連車を焼き払える程の数の猪なんて、どうやって集めるのだろう?

話を聞いていた私は、ふとそんな疑問が生まれる。

「しかし、姫様。斯様な策を実行に移すには、それだけ多くの猪が必要となるはず…。この安房国に、それだけの猪が生息しておるかどうか…」

まるで、私が考えた疑問を代弁するかのように、信乃が伏姫様に問いかける。

しかし、その質問を待っていましたと言わんばかりの表情で、伏姫様は話し始める。

『明日、申の刻…。この利根川の下流に、65程の猪が流れ着きましょう』

「えっ!!?」

それを聞いた私と犬士達は、驚きの余り声を張り上げてしまう。

すると、伏姫様の身体が、元々透明であった身体が、消えゆくように薄くなる。

「姉様!!?」

私は消えようとする伏姫様に対し、無意識の内に“姉”と口にしていたのである。

宙に浮き始めていた彼女は、私達を見下ろしながら口を開く。

『その猪達は、私が御仏から賜った神猪…。彼らの存在が、貴方がたの戦を必ずや、勝利に導くでしょう…!』

「待って、姉様!!行かないで…!!!」

次第に消えていく姉を見た私は、右腕を真っ直ぐに伸ばしながら、叫ぶ。

そんな私に気が付いた伏姫は、私を見下ろし、潤んだ瞳で見つめながら口を開く。

『浜路…私の可愛い妹…。どうか、死んだ私の分まで幸せになってくださいね…!』

そう言い遺して、伏姫様の神霊は姿を消してしまったのである。


そんなやり取りがあった後、彼女の予言通り、この日の申の刻―――――――現代で言えば、夕方の4時くらいに行徳ぎょうとくにいる荘助や小文吾の報せを聞いて、この陣に猪が運ばれたのである。報せを聞いた私達は、元気のある人たちと一緒になって猪65頭の牙にくくりつける分のたいまつを用意したのである。

「犬塚殿。全ての猪に、たいまつをくくりつけましてございます」

「うむ、ご苦労…」

私と信乃が伏姫様との会話を思い出し終えてから数分後、里見の兵士が信乃の元へ報告に訪れていた。

この報告は、全ての準備が整った事も意味する。

「狭」

「何…?」

報告に来た兵がその場を立ち去った後、信乃が私に声をかける。

「昨日にお会いした、伏姫様…。本当に美しき姫君だったな」

「…はい!!?」

あの真面目そうな信乃が、この大事な時にそんな浮ついた台詞を口にしたものだから、私はつい声を張り上げてしまう。

 …信乃ってば、実は年上好みだったりするのかな…?

私は、不機嫌そうに頬を膨らませながら、内心でそんな事を考えていた。

そんな私に気が付いた信乃は、すぐに優しい笑顔となり、口を開く。

「妹君である、そなたと似て…という事じゃ。某にとって、この世で最も美しくて愛おしく思えるのは、狭だけだからな…」

「信乃…」

姉である伏姫様に軽い嫉妬をした後だからか、この時の信乃の台詞がすごい心に響いてきた感覚を覚える。

そして、こういう台詞をサラッと言えるのは、やはり信乃くらいだろうなと実感する狭子。この時、私は鏡を見なくても自分の頬が赤くなっている事が、手にとるようにしてわかったのである。

そうこうしている内に、信乃の視線はどこか遠くを見つめていた。

「…この策によって、戦の流れは変わる。…狭、覚悟は良いか?」

信乃が、低めの声で私に向かって告げる。

 真剣な表情…でも、きっと彼は物凄く緊張しているのだろうな…

彼の態度で今の心情を理解した私は、信乃の肩をポンと叩き、明るい笑顔でこう言い放つ。

「もちろん!!今回の一件で、里見軍(あなたたち)は必ず勝利する…!!だから、大丈夫だよ…!!」

「狭…」

そんなやり取りが私達の間で交わされ、夜が明けるのである。



「な…なんじゃ、あれは!!?」

「大量の猪が、我らの軍に向かって突進してくる!!?」

翌日の12月8日――――――――文明の岡の近隣を流れる利根川沿いで、にらみ合いの続いていた里見軍と連合軍の戦が再開される。

里見軍は早速、猪にくくりつけた松明に火を灯した後、敵軍に向かって猪を放った。この65頭もの猪の活躍によって、敵軍は総崩れとなる。あれだけ脅威となっていた三連車も、猪から移った炎によって燃え、使い物にならなくなってしまう。そして、この日は強い向かい風が吹いてくれたおかげで、三連車に燃え移った炎はさらにその威力を増し、あっという間に敵の新兵器を焼き尽くしてしまったのである。

「凄い…!!」

「ほんま…圧巻やなぁ…!!」

この一連の様子を、私は政木狐まさきぎつねと一緒に里見の陣から眺めていた。

火猪の計によって総崩れとなった連合軍に、信乃や現八が指揮する里見軍が攻め込む――――3日前とは全く違う光景を、狭子と政木狐は目の当たりにしていた。

「親兵衛から話は聞いとったが…ほんま、伏姫さんとやらは、凄いお人やったんなぁ…!」

逃げ惑う敵軍を見下ろしながら、九尾の狐は感心していた。

「うん…。私にとっても、自慢の姉様だね…!」

満面の笑みを浮かべながら、私はその言葉を口にしていた。


その後、私と政木狐は里見の陣に戻った。形勢逆転のおかげで、自軍の負傷者が減ったため、怪我人といえる兵がかなり減った状態であった。

「ん?あれは…」

ゆっくりと私達が歩いていると、ふと政木狐が何かの存在に気が付く。

彼(?)が向いている方向を私も見ると、陣の中をきょろきょろと見渡しながら、誰かを探しているような若武者が見える。

「大全ではないか…!お主、洲崎に向こうとったはずじゃが…如何した?」

その若武者の近くまで駆けていった政木狐は、その人に声をかける。

「おお!お主か…!!」

政木狐の存在に気が付いた男性の顔は、汗だくであった。

 政木狐このこが見えるって事は、彼の知り合いか何か…?

見た感じは20代半ばで普通の若武者であるこの男性に対し、何者か疑問に思う狭子。

「おぉ!そういえば、姫は会うのは初めてやったな!!ほれ、浜路姫様に挨拶せぇ!!」

汗だくだったこの男性ひとは私が里見の姫である事を知った途端、目を見開いて驚いていた。

「失礼いたしました、姫様!!某は、政木大全孝嗣まさきだいぜんたかつぐと申す者。若き時、この九尾の狐に命を救われ、それ以後から里見家に仕えさせてもらっております!」

「さ…里見家五の姫・浜路と申します…」

私はたどたどしい口調で、自身の名前を口にする。

それに対して、地面に跪いて堂々と名乗る大全。その声の大きさに、私はつい同じくらい声の大きい小文吾の事を想像してしまう。

「…さて!挨拶も終わったという事で…大全。お主、何用でこの陣に参った?」

「…ああ!!そうであった!!!」

政木狐の台詞を聞いた大全は、我に返る。

そして、すぐさま真剣な表情に変わる。

「この陣で防衛使を務める犬塚殿にお目通りを…と思ったのですが…その方は何処におられるのかと思い…」

「…信乃だったら、前線に出向いているよ?」

「なんと!!?」

どうやら彼は信乃を探していたらしく、私は彼がいる岡の下の方を指さしながら口を開く。すると、またもや大きな声で驚く大全。

その後、周囲をきょろきょろと見回した後、声を潜めて口を開く。

「それでしたら、姫。貴女様だけでもお急ぎを…!」

「えっ…?」

小声ではあるが、深刻な表情で語る彼を見た途端、私の中に嫌な予感がしてくる。

「…もしや、殿に何かあったのか!?」

私がその場で固まっていると、その隣で政木狐も小声で話す。

彼らの会話を聞いている中、私の心臓は強く脈打っていた。

「…左様。義実よしざね公が床に臥したのじゃ…!」

「…!?」

驚きの余り、声を失う狭子。

この訃報は、原作通りに進んでいたこの関東大戦に、新たな危機を呼ぶこととなるのであった―――――――――――



いかがでしたか。


伏姫が狭子らの前に姿を現したり、政木大全が洲崎から駆け付ける…辺りは私が考えた話ですが、それ以外の展開としては、ほぼ原作通りとなりました!

伏姫が神猪を犬士達の元へ送り込み、それを使って「火猪の計」を実行するという流れは原作通りであり、また他の八犬伝作品でもあまり描かれていない内容だと思います。

今回は書いていて気持ち良かったと、今は実感しています。

今回と前回の32話を通して、やっと、伏姫と狭子が直接対面できたわけだし、現八が狭子に恋愛感情を持っている所まで書けたからですかね?

まぁ、戦は一件落着★でも、まだ肝心な問題が残ってますからね。

次回以降は、その辺を書いていくつもりです!

そのため、まだまだこの第9章は終わりません!!

あ!一応補足しておきますが、話の中に出てきた「戌の刻」は辰刻で、夜の8時くらい。実際、猪が里見軍の陣に運び込まれた正確な時間は不明ですが、”夜”という記述だけが資料にありました。そのため、”八犬伝”なわけだし、”戌”の刻である20時くらいがいいかなぁ~と思って、この時間に設定した次第でございます(^曲^)♪


実の父・義実が倒れた事を知った狭子はどうする!?

そして、この訃報がもたらす新たな危機とは…!!?

…次回もお楽しみに★


それでは、ご意見・ご感想をお待ちしてます♪


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