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八犬伝異聞録 蒼き牡丹   作者: 皆麻 兎
第九章 対両管領連合軍戦
32/42

第31話 戦を目前にして

ここから、第9章です!

「ここが…安房国あわのくに…!!」

私はお城から見える土地の風景を見渡しながら、感慨深そうに口を開く。

「そうですぞ、姫。この地こそ、貴女様の故郷…」

私の隣には、丶大ちゅだい法師がいた。

単節ひとよさんの最期を看取った私たちは、法師様に連れられて安房国にある滝田城に到達していた。

 八犬伝でも有名なこの城…。しかも、ここが自分の故郷だなんて、実感が湧かないなぁ…

私は滝田城から見える景色を見つめながら、一人考え事をしていた。


「姫…」

音音おとねさん…!!」

私はその後、城内の別室で先に安房国へ向かっていた音音さんと再会する。

「姫…。お久しゅうございます」

「はい!私の制服とか…いろんな物を預かっていてくれて、ありがとうございました!!」

久しぶりの再会に、心踊らす狭子。

しかし、同時に複雑な想いにも駆られる。

「音音さん…。この度は、本当にありがとうございました。ただ…」

そう呟きながら、私は申し訳なさそうな表情で俯く。

それは、彼女の顔を見た途端、自分のために死んでしまった単節さんの事を思い出したからである。しかし、この神護鬼は特に動揺した様子もなく、口を開く。

「忍の者に、情けは無用…と、申し上げたき所ですが…」

音音さんは、少し間を空けながら話す。

曳手ひくてより、事の詳細を聞きました…。貴女は、単節のために涙を流されていたそうですね…」

「…はい。でも、それは何もできなかった自分が悔しくて…」

「…そう想って戴けただけでも、あのは報われたと思いますよ…」

静かに語る音音さんの瞳は、わずかに潤んでいた。

しかし、すぐに真剣な表情になって口を開く。

「今、八犬士の皆様は、戦に向けての軍議中のようですね」

「はい…。確か、毛野を軍師に迎えての軍議らしいですが…」

犬士達の話題に変わり、狭子は戸惑いながらも話を進める。

「…今の貴女は、八犬士かれらの事を第一にお考えください。姉君である伏姫様も、それをお望みです」

「はい。そうですよね…」

私は今の言葉で、少しばかり安堵したのである。

 そうだよね…。くよくよしているより、今は自分にできる事を精一杯やらないと…!

そう心に強く誓い、私は落ち込むのを止めにする事とした。

「それと…姫」

「?なんですか…?」

私たちの間で沈黙が続いた後、音音さんが最初に口を開く。

「作戦の一部なので、詳しくは申せませぬが…。私は、これから曳手と共に敵陣へ侵入致します」

「え…!?」

思いがけない台詞(ことば)に対し、目を丸くして驚く狭子。

「…この策は、毛野殿が考案されたもの。敵の勢力を衰えさせるためにも、必要というご判断から、女子である我々に命じられたのです」

「で、でも…。乗り込むと言っても…」

「武芸者ではない彼女が、己の身を守れるのか」と一瞬だけ不安が脳裏をよぎったが、すぐにその心配がない事を思い出す。

「薙刀…を扱えるのですよね?」

私は、緊張した面持ちで、老女に向かって語りかける。

その台詞に、音音さんは首を縦に振った。今思い出した事だが、原作での音音(このひと)は、薙刀の扱いに長けているという。そして、私の目の前にいる老女は、れっきとした鬼。女性なので男の鬼ほどではなくても、自分の身を守るくらいは容易いのだと実感したのである。

「この老いぼれ…。年老いていても、れっきとした“神護鬼”。それに、曳手も共に参りますので、姫が案ずる事は何もございません」



 そう私に告げた音音さんは、曳手さんを連れてその日の内に滝田城を後にした。

「斯様な場は、早々ないだろうな!」

その後、夜が更けて私は犬士達と一緒にお酒を飲みながら語り合っていた。

その場では、既に顔を真っ赤にした小文吾の姿がある。

「…大角や法師様、無事に目的地に到達したかな…」

私は信乃の隣で、ポツリと独り言を呟いていた。

というのも、毛野が立てた作戦の一部として、大角と法師様が敵軍の総大将・扇谷定正おうぎがやつさだまさの元に乗り込むため、数時間前に滝田城を後にしたからである。

「…案ずるな、狭。あやつは知恵ものじゃからな…。そう簡単に正体を見破られる心配もない。そして、御出家もいるし…な」

「うん…」

私の左手側にいた現八が、杯を手にしながら励ましてくれた。

そして、私は酒を飲み、明るい表情で語りあう犬士かれらを見つめる。

 …明日から、戦に臨む者達とは思えないな…

私は白米を口に運びながら、そんな事を考えていた。

流石に内容は教えてもらえなかったが、既に里見家の家臣として迎えられた犬士達は、この日の昼間で戦における作戦の話し合いを終わらせていたのである。そして、夜が明ければ、それぞれの持ち場へ移動する事となる。

私の記憶が正しければ、この“関東大戦”――――――――別名・対両管領連合軍戦は、行徳・国府台こうのだい洲崎すざきの3か所にて戦が展開する。行徳には荘助と小文吾。国府台には信乃・現八・親兵衛。そして、洲崎には毛野・大角・道節が向かう事となるはずである。この時、改めて八犬伝の物語を知っていて良かったと思えたのである。

「狭」

「何…?」

すると、右隣にいた信乃が私に微笑みながら声をかえてくる。

お酒を少しずつ口にしていた彼は、ほろ酔い状態になっていた。そんな彼の瞳を見つめていると、信乃は酔ってふざけ始めた小文吾や道節らを見渡しながら口を開く。

「大塚村を出てからお主と出逢い、これまで多くの出来事があった…。しかし、今…某は皆と出会えた事が、とても嬉しいというか…頼もしいとさえ思っておる」

「…うん」

信乃の語りに、私は静かに頷く。

静かに語る彼の表情は、本当に幸せそうに見えた。

 …信乃に限らず、ここにいる皆は戦で親を亡くしたり…と、悲しい生い立ちの人が多い。でも、犬士という宿命の元で集まり、皆が変われた…つまりは、強く明るくなれたのだろうな…

私は、ボンヤリとそんな事を考えていた。


「楽しくやっておるか?」

「毛野…!」

それから数分後、少し離れた場所で飲んでいた毛野が、杯を持ちながら私や信乃の近くへ来る。

「…策の方はどうじゃ?毛野」

「ああ。…万事、問題ない」

毛野に視線を向けた現八が尋ねると、毛野は静かに答えた。

 …思えば、毛野って私よりも年下なのに、軍師として戦の総指揮を取るのよね…。きっと、それだけ頭が良いのだろうなぁ…

私は女性のように綺麗な顔立ちの彼を見つめながら、お酒を口に運んでいた。

すると、そんな私の視線に気がついたのか、毛野が顔をにんまりとしながら口を開く。

浜路はまじ姫…。そんなにわたしを見つめていては、信乃が妬くぞ?」

「えっ!?」

毛野の台詞(ことば)を聞いて、狭子は我に返る。

…確かに、横から変な視線を感じるような…?

この時、私はあえて信乃の方を向かなかった。数秒間だけ、私たちの間で沈黙が続く。

「それよりも…だ。浜路姫」

「き…狭子で良いよ」

その沈黙を最初に破ったのが、毛野だった。

そして、呼びなれない名前で呼ぶ彼に、私は本来の名で良い事を伝える。

「それでは、狭。…音音に申しておったようだが、そなたも行軍(ぎょうぐん)に加わりたいと申したのは…誠か?」

「!!」

その台詞を聞いた途端、私は体を硬直させる。

毛野の真剣な表情を見て、真面目な話だと読み取れたからであろう。信乃や近くにいた現八も表情が変わり、彼らの視線が私に集中し始める。緊張感を漂わせながら、つばをゴクリと飲み込んだ後、私は口を開く。

「…はい。実際の戦には参加できなくても、私なりにできる事はあるだろうという考えから…です」

「…おい」

私がそれとなく答えると、黙って話を聞いていた現八が口を開く。

「…戦は、童の遊びではない。人と人が殺し合う場じゃ。お主が行ってどうにかなるほど、甘いものではないのだぞ!?」

低い声で言い放つ現八に、少しばかりの苛立ちが感じられる。

「…現八が申す事も一理ある。…何より、女子であり、里見の姫である狭を連れて行って何かあれば…。我らも、義実様に申し訳が立たぬ」

信乃が、現八をなだめるような形で私に物申す。

“里見の姫”と信乃の口から出てきた事に、狭子は胸が痛む。

「…」

犬士2人が話す一方、毛野は腕を組みながら考え事をしていた。

「浜路姫様!」

「あ、親兵衛…!」

すると、今度は親兵衛が私達の近くへやってくる。

お酒を飲んでいない彼は、物凄く元気そうだった。毛野の隣に座った親兵衛は、懐から一つの印籠を取り出す。

「それは、確か…」

考え事をしていた毛野は、彼の行動を見て口を開く。

「はい。この印籠の中には、神霊と相成られた伏姫様から戴いた、神薬が入っております。これは、傷や打撲によく効き、どんなに使ってもなくならない神秘的な物です!」

得意げに話す親兵衛。

 そんなにすごい薬があったんだ…

私は、彼の台詞(ことば)を聞きながら、内心ではそのような事を考えていた。

「姫様。手、出してください」

「え…?」

親兵衛に声をかけられた私は、咄嗟に両の手を差し出す。

すると、彼は私の手の中に、神薬が入った印籠を乗せる。その行動を見た3犬士は瞬きを数回し、驚いている様子だった。ただし、それは私も同様である。

「これを…私に…?」

「はい!本来は僕の役目だったのですけど…姫様がこれを持って行軍に加われば、負傷した者達の手当が可能になりますよね?」

「あ…!」

それを聞いて、彼の行動の真意が理解できた。

 救護…か。戦でけが人が出てしまうのは、避けられない事…。それだったら…!?

「行軍に加わって良いかもしれない」という可能性が出てきたと感じた私は、深刻な表情をする信乃と現八の方を見る。

「救護班だったら…同行しても大丈夫だよね!?」

私の台詞に、戸惑いの表情を見せる信乃と現八。

「けが人の手当て…か。それならば、行軍に参加しても文句ないのかもしれぬな…」

「わたしも、そう思う」

信乃の台詞に、考え事をしていた毛野も同意する。

「…致し方ない」

未だに納得のいかない表情かおをしていたが、現八も私の行軍参加に同意してくれた。


 話がまとまり、再び宴モードに戻る私達。お酒を飲んでいないのに、親兵衛も小文吾達と一緒になって騒ぎ始めていた。

「あ、そうだ…」

不意に思いついた私は、一人で静かに飲んでいる現八の近くに行って座る。

「浜路姫…いや、狭。如何した?」

「あ…ううん!大したことではないのだけど…」

声をかけてくれた現八に対し、私は真っ直ぐな瞳で彼を見つめて口を開く。

「…ありがとうね」

「ん…?」

できる限りの笑顔を浮かべながら、私は話を続ける。

「行軍の参加を反対していたのって…私の身を案じてくれたからだよね?」

私の台詞ことばに対し、現八は目を丸くする。

すると、彼はそっぽを向いてしまう。

「わしは、義実公…そなたの父上を悲しませるような事はしとうないからな。ただ、それだけじゃ…」

そっぽを向いた現八は、頬を赤らめながらそう呟いていた。

ただし、その表情を隣にいた私は見えなかったのである。「嘘をつかない」事を信条としている現八だからこそ、最初の台詞(ことば)は私の胸にすごく響いていた。

 …本当、私にとっても八犬士みんなに出逢えた事は、すごく良い事だったんだな…

私は気分が良くなり、満面の笑みを浮かべながらお酒を口にしていた。


 こうして、嵐の前の静けさ…ともいえる楽しいひと時は夜遅くまで続いた。そしていよいよ、文明15年(=1483年)12月2日―――――関東大戦が始まる前日となり、私達はそれぞれの持ち場へ移動する事となるのであった――――――――――


いかがでしたか。

やっと、原作の流れに戻りましたね!

今回は戦の前…なお話でしたが、次回から本格的な戦いの場へと変わります。

ただ、全部原作通り…というのも芸がないので、どこかしらか違ったシナリオがあるかも…?

今現在、その辺りをどう書こうか、資料と格闘中でございます★


では、ご意見・ご感想があればよろしくお願いします!

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