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八犬伝異聞録 蒼き牡丹   作者: 皆麻 兎
第一章 現代から戦国へ

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第2話 古賀までの旅路

今後、この作品では時代を表す年号が出てきますが…()内に書かれているのが、西暦での場合なんで、時期を読み取る参考にどうぞ★

「文明10年…」


私は、目の前にいる青年が告げた年号を聞き、身体を硬直させてしまう。


 …「西暦で何年か?」って訊きたいけど…。おそらく、西暦をこの男性ひとは知らないだろうし、何よりまだ西暦が使われていない時代かも…


私は、驚きすぎて、逆に冷静になり始めていた。


「記憶がない…というわけではないのだな?」

「え…?」


その時、目の前にいる青年が口を開く。


「そういうわけではない…かな?」


私は、しどろもどろになりながら答える。


その後、青年が不満そうな表情かおをしている事に気が付く。


 そういえば、私…この男性ひとにお礼を言ってなかったかも?


その事に気が付いた私は、背筋を伸ばして口を開く。


「えっと…私、三木狭子っていいます!未だに状況が把握できてないけど…。とにかく、行き倒れの私を助けてくれて、ありがとうございました!」


私は、お礼と共に自己紹介をする。

すると、青年は最初でこそ瞬きをして呆けていたが、すぐに我に返って話し出す。


「これは、ご丁寧に…。それがしは、犬塚信乃戌孝いぬづかしのもりたか。見慣れない風貌をしているから、礼儀を知らぬ女子かと思ったが…」

「いやいや、そんな事は…って、えっ…!!?」


青年の名を聞いて、私は目を丸くして驚く。


「今、あんた…犬塚信乃って…言った…!!?」

「?ああ…。それが、何か…?」


狭子の台詞に対し、信乃は戸惑いの表情かおを見せる。


 まさか…あの「犬塚信乃」…!!?


私は、ますます頭が混乱してくる。


「…そういえば、さっき円塚山まるつかやまって言った…?」


不思議そうに首を傾げている青年をよそに、私は独り呟く。

しかし、その声はあまりに小さく、信乃にはほとんど聞こえないような大きさであった。


 もしもあの人物だとしたら、ひょっとして…


私は、『南総里見八犬伝』のあらすじを思い出しながら口を開く。


「あの…ちょっとお尋ねしたい事が…」

「ん…?何か…?」


首をかしげる信乃に、狭子はゆっくりと口を開いて話し始める。


「もしかして…なんですけど、信乃さん…。貴方、滸我にいる足利成氏公に…名刀・村雨丸を届ける途中…だったりしますか?」

「なっ…何故、それを!!?」


私の台詞(ことば)を聞いた彼は、表情がみるみる険しくなっていく。

しかし、その驚きと戸惑いに満ちた表情かおを見て、私は確信する。


 やっぱり、ここ…『南総里見八犬伝』の世界なんだ…!!


そう考えだした途端、信乃がなぜ小袖や大紋を着ているのかを唐突に理解する事ができた。


「えっ…?」


何かの音がしたかと思うと、狭子の喉に刀の切っ先が突きつけられていた。

恐る恐る顔を上げると――――そこには、深刻な表情かおをした信乃の姿がある。


「お主、まさか…某が持つ、この刀を狙っているのか…!!?」


その表情は、深刻さと冷徹な雰囲気を醸し出していた。

この時、私は、全身に鳥肌が立つ。


「いや…。違う…けど?」

「では何故、某が腰に下げている刀が、村雨丸だと気付いた!!?」


狭子は盗人でない事を言ったが、聞く耳を持っていないようだ。


「…もし、何か申し開きする事があるのならば、はっきりと口にしろ!!」


口を開いたり閉じたりしている私に痺れを切らしたのか…信乃は、険しい表情でこちらを睨みつける。

 

 信じてくれるかわからないけど…。ここは素直に話すべき…かな?


そう考える狭子の心臓は、強く脈打っていた。


「えっと…話せば長い事になるのだけど…」



「…つまり、お主は先の世から参った…そういう事か?」

「うん…」


あれから私は、自分が平成という…この時代から500年以上先の日本から来た人間であることを話した。

信乃は最初こそ信じられない表情かおをしていたが…私の話を聞く内に、段々とそれを信じるようになってきたようだ。


「…“何を戯けた事を”…とか思わないの?」


私は、恐る恐る尋ねる。

それは先ほど刀を突きつけられたのだから、当然の態度かもしれない。


「最初は、何を申しているのか!?とは思うたが…。その見慣れない風体と、変わった言動を聞いていると…あながち偽りでもないような気がして…な」


そう答えてくれた信乃の表情は真剣で、自分の話をしっかりと聞いていた。


 ただ単純なだけなのか…それとも…?


自分がこの時代の人間じゃないなど、戯言としか取れない話を信じてくれた信乃に対して、私は安堵する。ただし、信乃が“小説の中の人物である”という言葉だけは口にしなかった。

 

 …それこそ、信じてもらえないだろうし…。何より、八犬伝の世界と似たパラレルワールドなんて可能性もあるし…ね


そして、気が付くと信乃は、持っていた刀を鞘に納めていた。


「兎に角、刀を狙う賊ではないようで安心致した…。刀を向けて、悪かったな。許してほしい…」

「あ…いえ…」


信乃の態度が急に変わったので、逆に私は緊張してしまう。


「詫びと言ってはなんだが…。某は今、お主が申すように、成氏公がおわす御所へ向かう道中だ。滸我までで良ければ…共に参らぬか?」

「え…?」


思いがけない台詞に、私は目を丸くして驚く。

すると、信乃は右手を口元に近づけながら口を開く。


「亡き父が”女子には優しく接するべき”と、仰せられておったのじゃ…。それに、お主のその身なり…。ここは山中だから良いが、町へ行くと人目につきやすい。故に、着替えた方がよいかもしれないな」

「あ…」


その言葉を聞いて、私は自分の身なりを見つめる。

 

 そういえば、学校を出る前だったから制服のままだった。これは確かに、人前に出たら不審がられるかも…


この時、私は自分の住んでいる時代で当たり前の事が、ここでは通用しない事を実感した。


「えっと、じゃあ…よろしく…お願いします」

「…ああ!」


軽く会釈した私に、満足そうな表情かおで彼は頷いた。



 その後、私と彼は円塚山を抜け、足利成氏の城があるという下総の国へ入ろうとしていた。その際、円塚山の麓にあった石浜城を通りすぎる事となる。


「石浜城って確か…」

「ん?何か申したか?狭…」

「あ、いや…なんでもない!」


下総の国に入ってすぐ、私はポツリと呟いていた。


 石浜城って確か、馬加大記まくわりたいき…って(やつ)が住む城…。後に、犬士の誰かが訪れる…なんて、今の信乃には言えないよね…


私は信乃の顔を見ながら、不意に思った。

彼の旅路についていく事になり、その道中で私はいろんな話をした。そして話を聞いている内に、彼が私と同じ18歳である事。なぜ、滸我へ向かっているのかがよく理解できた。

また、同い年なので「狭と呼んでね」と、声もかけてみた。最初、彼は慣れずに“殿”をつけていたが…同い年と知った事で、普通に呼んでくれるようになった。無論、私も「信乃で良い」と言われたのである。



「さて…滸我に着きそうだな…」


信乃がそう呟くと…私たちの視線の先には一つの町が存在していた。


「もしかして、ここが滸我…?」

「…ああ。最も、ここは城下町の端の場所に当たるため、成氏公のおわす御所へはまだ歩くがな…」

「ふーん?」

「某としては、そのまま御所へ向かいたい所だが…。まず、お主が身に着けるものを探す方が先決じゃな…」

「あ、そっか!」


先程までは人目につかない場所を歩いていたため、自分の格好の事などすっかり忘れていた。


「そ、そういえば、行き交う人たちの視線が私に向いている…ような…?」


最初に出会った円塚山とは違い、町が近いせいか何人かの人とすれ違っていた。

彼らの視線が私に行くのは、当然の事だろう。


「…ただ、一つ問題が…」

「えっ…?」


気まずそうな表情(かお)をする信乃に対し、私は瞬きを数回していた。



「わー…これが、この時代の服装かぁ…!!」


その後、町にある古着屋で適当に見繕ってみたモノを満足げに眺める。

私が着させてもらった小袖は…全体が紺色に近い色合いで、裾や至る所に白い刺繍が盛り込まれている。だが――――――


男子おのごの衣を身に着けたい…などと…本当に変わった娘御だな、お主は…」


そんな私を見ながら、呆れたような表情かおをした信乃が立っていた。


実は、古着屋を訪れる際…私は「信乃が身に着けているような服…小袖がいい」と提案したのだ。事故とはいえ、せっかくこんな時代に来たのだから、女性の格好よりも男性の格好の方をしてみたいと考えたからだ。


 それに…女性用の小袖(もの)だったら、動きにくい可能性が高いものね


そんな事も、ちゃっかり考えていたのである。

小袖に着替えた後、制服のポケットに入っていた髪ゴムで、自分の髪を一つにまとめる。


「どうかな?」


着なれない小袖を着た私は、髪を結んだ事で男装しているように見えているかを、信乃に尋ねてみた。


「うーん…存外、女子のそれよりも似合っているような…?」

「…ちょっと!それ、どういう意味?」


 …男装しているから、「かわいい」とは言ってもらえないにしろ…


その言い方に、私は不服そうに頬を膨らませる。

互いに軽口をたたきながら、私と信乃は成氏公のいる御所へと向かう。そして、数時間後―――――


「では、狭。某は、成氏公の元へ参るので…そなたとは、ここまでだな」

「う、うん…」


明るい表情で語る信乃を見て、私は何故か不安を覚える。


 何だろう…。すごく嫌な予感がする…


そう考える私の心臓は、強く脈打っていた。


「短い間ではあったが…楽しかった。…達者でな」


笑顔でそう告げた彼は…私をその場に残して、御所の方へと歩き始める。


「大塚村…か」


私の手元には、信乃が暮らしていたという村への行き方が書かれた紙があった。


「“その村にいる犬川荘助という人物を訪ねよ”…か。彼って、結構優しい人…なのかもな…」


私は、紙切れを握りしめながらポツリと独り言を呟く。


「…あ…!!」


その直後、何かを思い出した私は、すぐさま辺りを見回す。

見まわした後に信乃が向かった方角へと走り出すが、彼の姿はもうない。


「私ってば…肝心な事を忘れていた…!!!」


私が思い出した事――――――――それは、信乃がこのまま御所へ行くと、逆賊として追われる身になってしまうという事だった。


 そういえば、彼の持っていた村雨丸が実はすり替えられていて…彼はそれに気が付かぬまま、刀を成氏に献上しちゃうんだ…!!


それについて思い出した狭子は、御所の屋根がある方を見上げたのであった―――


いかがでしたでしょうか。

ご存じの方も多いかと思いますが、狭子が出会った青年…信乃は、言わずと知れた『里見八犬伝』の主人公的な存在となる犬士。

そんな彼に巡り合えたのだから、狭子も相当の強運なのかも?


話の中に出てきた石浜城では、「対牛桜の仇討ち」という話があり、そこでは犬士である犬田小文吾や犬阪毛野などが登場します。

今作にて、それはどのように描かれるのかは…まだお楽しみって事で★


ご意見・ご感想などがありましたら、よろしくお願い致します(^^

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