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八犬伝異聞録 蒼き牡丹   作者: 皆麻 兎
第八章 捕らわれた狭子を巡って
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第28話 京から戻った親兵衛と共に

「何奴!!?」

突如現れた少年を目にした妙椿みょうちんが、深刻な表情かおをしながらその少年を睨みつける。

しかし、妙椿の姿を確認した彼の視線は、地面に座り込んでいる私に向く。

「浜路姫様ですよね!?」

「えっ!!?…は、はい…!」

少年は少し高めな声で、私に声をかける。

 まだ実感がないのか、“浜路”という呼ばれ方は慣れないな…

私は挙動不審になりながら、そんなことを内心で考えていた。

気が付くと、その少年は小太刀を構えていたのである。

「我は、安房の里見に仕える犬江親兵衛仁いぬえしんべえまさし!殿の命により、その方をお救いするために参った!!」

「へぇ、てめぇが…」

不気味な笑みを浮かべながら、狩辞下は忍び刀を構える。

すると、わずか1秒の間に、親兵衛は間合いをつめて狩辞下に立ち向かっていた。

「…人間の餓鬼がきの割には、良い腕をしているじゃねぇか!」

見た目にそぐわぬ強さがあるのを知った敵は、まるで戦を楽しんでいるような表情をする。

「姫!今、そちらへ参ります…!!」

「…って、無視するんじゃねぇよ!!」

親兵衛は必死だったのか、軽く流したのかわからないが…敵の言葉を全く聞かず、私に向かって言い放つ。


その後、親兵衛と狩辞下の斬り合いが続く。

前者は、忍び刀を片手で悠々と振るう。後者も小太刀を右手で握りしめて戦っているが、敵とは事情が違うのである。

 …やっぱり、まだ開いていないんだね…

私は、彼らの戦いを見つめながら思う。

小太刀を片手で振るう親兵衛の左手の拳は、閉じられたままであった。それもそのはず――――――原作によると親兵衛は、生まれつき左手の拳が開いていない状態であると云われているためである。

しかし、「左手が使えない」というハンデがあっても、今戦っている蒼血鬼とは互角の戦いを繰り広げている。むしろ、彼の方が優勢なのかもしれない。しかし、それにはちゃんとした理由わけがあった。

「ちっ…里見の小太刀かよ…!」

「里見の…?」

狩辞下は、戦いながら舌打ちする。

その言葉が何を示すのかを考えていると―――――――――――

「姫。お迎えにあがりました」

「…単節ひとよさん!?」

後ろから声が聞こえたかと思うと…私の真横に、音音おとねさんに仕える忍・単節さんがいたのである。

姉の曳手ひくてさんと双子である彼女。彼女達を見分ける方法は、目元に泣き黒子があれば単節さんである――――といった具合だ。

「そなた…もしや、昨晩の!!?」

単節さんが私の縄をほどいてくれている中、彼女の存在に気が付いた妙椿が声を張り上げる。

そして、縄をほどいてもらった私は立ち上がり、単節さんは私の前に立ちはだかるようにして立つ。

「この方は、主にとって大事な姫。貴方達の好きにはさせませぬ!!」

単節さんは、妙椿に向かって言い放つ。

その気迫は、“鬼”そのものであった。

「姫…参りますよ」

その直後、私に向かってボソッと呟く。

そうして後ろ手で差し出された左手を見た途端、私の表情が一変する。元は腕から手の甲にかけて布が巻かれていたのに、その布は所々が破れていて、短めの袂からは血がにじんできていた。

 でも、この機会を逃すわけにはいかない…!

そう思った私は、彼女の左手を強く握る。すると単節さんは、物凄い勢いで走り出す。

「待て!!!」

妙椿の叫び声が後ろから響くが、一歩も止まろうとしない。

そして、私と単節さんが逃げだしたのを見送った親兵衛も、何とか敵の攻撃を避けてその場を後にしたのである。


「はっ…はっ…はっ…」

私は単節さんと手を繋いだまま、森の中を走り出す。

 息が…!!

ここ数日、監禁されていて身体を動かしていなかったせいか――――数分走っただけで、物凄い息切れが起きる。顔から汗がふき出て、今すぐにでも休みたい気分であった。

 でも、今は…!

「一刻も早く、あの場から離れなくては」という想いを抱く私は、弱音をはかずにそのまま走り続ける。しかし、それを見かねた単節さんが、急に立ち止まる。

「姫様。私がおんぶ致しますので、背に乗りかかってください!」

そう言って、私の目の前でしゃがみこむ。

「でも…単節さん。貴女、左腕に怪我を…!」

私はおどおどしながら、眼下にいる彼女を見下ろす。

単節さんの左腕は、普通に動かすには支障はなさそうだが…おんぶなどして、私の体重がのしかかったら、物凄い痛いのではという考えが、狭子の頭を巡る。

「…こうしている間に、追手がかかるやもしれませぬ。故に、お急ぎあれ!」

単節さんから強く促された私は、黙ったまま彼女の背におぶさった。

「…では、参ります」

「はい…」

単節さんの背に私が乗っかり、彼女の呼びかけに応える。

すると、さっきよりも早いスピードで、単節さんは走り出す。それこそ、周りの風景が見えなくなるくらいであった。

「犬士方の元へ今すぐ向かいたい所ですが…まず、この先にある海岸で、親兵衛殿と合流致しましょう!」

「…彼、大丈夫ですかね?」

走りながら、私達はそんな会話をする。

「確かに、親兵衛殿はまだ年若く、左手が使えぬ身ですが…京の都で名をはせるくらいの勇士です。…ゆえに、ご安心召されよ」

「それって…」

「…このまま話をしていると、舌をかみます。兎に角、急ぎますね」

「はい…」

そう促された私は黙って頷いた後、口を閉じた。

そして、私をおぶった単節さんは、山道を駆け抜けていく――――――



それから数分後、私達は人気のない海岸へたどり着く。

「親兵衛殿が到着次第、出立致しましょう…」

「はい…」

そう言って、彼女は私を下してくれた。

単節さんの背から下りた私は、彼女の左腕を引っ張る。

「姫様!?」

思いもよらぬ行動を見た単節さんは、目を丸くして驚いていた。

「…親兵衛が来るまでに、この腕の手当をしなきゃ…!」

「…!ご心配には及びません、姫様。ちょっとかすれただけですので…」

「大丈夫なんかじゃない!!いくら鬼であろうとも、傷口は塞いでおかなくては…!」

「!!」

単節さんは、私が応急処置をしようとしているのを最初は拒むが、強く言い返すと彼女は黙り込んでしまう。

私は自分の着物の裾を噛みちぎった後、単節さんの着物の袂をまくり、二の腕からちぎった布を巻いていく。

 それにしても…「鬼は自己治癒力が高い」って音音さんが教えてくれたのに…治る所か、どんどん悪化しているような…?

私は布を巻きながら、そんな事を考える。その様子を見ていた単節さんは、口を開く。

「申し訳ありませぬ、姫様…。貴女様の御手をわずらわす事となろうとは…」

「…大丈夫。気にしないで!…ただ、貴女たち鬼は自己治癒力が高いのに何故…」

「お恥ずかしい話ですが…昨晩、あの寺へ偵察に訪れていたのですが…その際に、素藤の忍と殺り合いまして…」

「…その時に?」

「…左様。に恐ろしきは、奴が持っていた刀。あれには、彼ら蒼血鬼の血が塗られているのでございます」

「…それって、何か特別であったりするの?」

「はい…。彼奴らの身に流れる血は、我ら鬼族の自己治癒力を無効にする能力ちからを有しております…。故に、狩辞下や素藤と殺り合う際は用心していたのですが…」

 …そんな能力ちからがあるから、彼らは“蒼血鬼”って呼ばれているのかな?

私は、単節さんの応急手当をしながら、そんな事を考えていた。


「さて…これでよし!」

「かたじけのうございます…」

応急手当が済むと、単節さんは私に向かって深々と頭をさげる。

「あ…えっと…」

こんな風に頭を下げられる事に慣れていない私は、少し戸惑う。

「そういえば…単節さん。貴女、犬士達の元へ戻ったのではなかったのですか?」

「…?」

私が問いかけると、彼女はきょとんとする。

その仕草を見た私は、我に返る。

 …私は千里眼で見ただけであって、その場にはいなかったのだった!!

私は、ついつい信乃達が話していた事を口走ってしまう。戸惑っている私を見かねた単節さんは、静かに口を開く。

「…はい。私が犬士方のおられる行徳へ向かう道中…京から戻り途中の親兵衛殿と、政木狐まさきぎつねにお会いしたのです。そして…犬士達かれらへの遣いを政木狐にお願いし、私と親兵衛殿はあの寺へと向かった次第でございます」

「そうだったのですか…」

彼女の説明を聞いた私は、ほんの少しだけ安堵する。

「浜路姫!単節さん!!」

すると、少し離れた場所から親兵衛の声が聞こえてくる。

私達は声の聞こえた方に振り向くと、片手で手綱を引き、馬を走らせていた親兵衛がやってくる。

「今、そちらへ参ります…!!」

そう言い放った親兵衛は、馬からヒラリと下りてこっちに向かって走ってくる。

 本当、左手が使えない人間とは思えないな…

私はこちらへ向かって走ってくる親兵衛を見つめながら、そんな事を考える。

「ん…?」

私の真横から、風を斬るような音が聞こえてくる。

「きゃっ!?」

音が聞こえた方を振り向いた直後、何かが私の前にのしかかってくる。

「っ…!!」

しかし、その後に響いた小さなうめき声で、それが単節さんだと気付く。

「…単節さん!!?」

何が起きたのかと私は混乱の表情かおを見せるが、彼女の胸元を見て表情が固まってしまう。

私を庇うようにしてのしかかってきた単節さんの胸には―――――――小さな小柄が突き刺さっていた。

「なっ…!?」

私は、その小柄が飛んできた方向を見ると…そこには黒装束を身にまとった者達―――――妙椿が放った追手が、7・8人程いたのであった。


いかがでしたでしょうか。

今回、やっと8人目の犬士・犬江親兵衛仁いぬえしんべえまさしを登場させる事ができました!

それと、やっと狭に助けが来たようですね★

彼と戦っていた狩辞下が呟いていたと思いますが…

親兵衛は”里見の小太刀”で戦っていました。それにはもちろん、家紋である牡丹花が刻まれていたのでしょう。

第27話で書きましたが、牡丹花には当時、獅子を押さえつける霊力があると信じられてきました。狩辞下達鬼は獅子ではないですが、”人ならぬ者”という事でこの小太刀にひるんでいたのでしょう。

それを知ってて、その小太刀を使っていたのか…どちらにせよ、文武両道の親兵衛は年若くても、賢い人間だったりするのです。


さて、次回の展開は…

胸に重傷を負わされた単節はどうなる?

その場には親兵衛がいますが、彼だけでは狭子達を守りながら敵と戦うのは厳しいでしょう。その上で、どうなるのか!?

…次回をお楽しみに★


ご意見・ご感想があればお願い致します♪


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