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八犬伝異聞録 蒼き牡丹   作者: 皆麻 兎
第七章 鈴茂林での戦い
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第24話 勝負の行方

<前回までのあらすじ>

武蔵国・穂北で再会を果たす六犬士と狭子。

互いの情報を共有した後、道中ではぐれた犬士・犬阪毛野を見つけるために、一行は鈴茂林へ向かう。

道節の情報通り、親兄弟の敵を討つために籠山逸東太の前に姿を現した毛野。しかし、そこには蟇田素藤ひきたもとふじの手下・牙静の姿もあった。

両者が一触即発の中、彼らの前に不気味な風貌をした者達が現れ―――――

「なんじゃ、こやつらは・・・!?」

私や犬士達の周囲に、全身が黒ずくめで、忍のような恰好をした連中が数人現れる。

しかも、彼らは皆、手甲鉤を持っている。

「成程・・・。素藤様も、信用されておらぬのですな・・・」

「何!?」

この不気味な連中を観察しながら、牙静がぜいが不意に呟いた。

「こやつら、お主の差し金か!!?」

「・・・我ら鬼が、このようなまがいものを使うはずないでしょう。ただし・・・」

「ただし・・・?」

私達の間に緊迫した空気が流れる中、不意に私は首を傾げる。

「!!!」

その直後、刀と刀の交わる音が周囲に響く。

気がつくと、黒ずくめの忍の一人が現八に襲い掛かっていた。彼は、自身が持つ十手でその攻撃を受け止める。

「こやつらは、妙椿みょうちんが仕向けた刺客。…貴方がた、犬士を始末するために参ったみたいですね」

「妙椿・・・!!」

その名前を聞いた私は、確信する。

この先、私や八犬士達にとって最大の敵となる者が現れたことを――――――――――



「皆・・・!」

その後、鈴茂林は戦場と化していた。

やっと見つけた毛野は、敵である籠山逸東太こみやまいっとうたと一騎討ちを繰り広げ、犬士達は、妙椿の刺客達と対峙している。そして・・・

「はっ!!!」

「ふんっ・・・!!」

信乃だけが唯一、牙静との戦闘を繰り広げていた。

私はというと、そんな彼らの戦いを見つめていることしかできなかった。信乃の攻撃を素手で受け止める牙静。この鬼は、どうやら刀を使わないで戦うようだ。しかし、刀を持つ信乃に引けをとらず、むしろ鬼であるせいか、優勢のようにも感じられる。

「妙椿と手を組んだり、狭を狙ったり・・・。お主達の真の狙いはなんなのだ!!?」

「残念ながら・・・その真意は、素藤様しか存じません」

村雨丸を振り回しながら、信乃が声を荒げる。

彼は猛攻を加えているが、牙静は顔色一つ変えないでそれを防ぐ。

 どうしよう・・・!私は、ただ見ているしかできないの!!?

信乃は、牙静を私に近づけないようにするかのように戦う。「逃げろ」と言われたが、皆が戦っているのに、自分だけ逃げ出す事なんて到底できない。

「そうだ・・・毛野は!!?」

私は少し離れた位置にいる毛野の方に視線を移す。

刀を交える毛野と逸東太。前者は小太刀を振るい、後者は脇差を使う。互角のように見えるが、どちらかというと毛野の方が苦しそうな表情をしている。それがなぜかと考えた途端、私は対牛桜での戦いを思い出す。

 そうだ、あの時・・・!!

千里眼で見た夢の中で、毛野が素藤に蹴り飛ばされた事を思い出す。

 おそらく、鬼である彼らの力は、私達人間よりも強いはず…。だから、あばらにひびが入ってたりする・・・!?

誰が見てもわかるように、腹部に怪我をしている中で剣撃を受けるのは相当苦痛なはずである。相手がつわものであればあるほど――――――――

それから数分ほど、木陰に隠れた私はそこから毛野の一騎討ちを見つめていた。軽業を得意とする毛野だが、やはり怪我のせいもあってか、あまり素早く動き回るような事はしていなかった。

「そんなに、わしが憎いか!?」

「ああ、憎いね・・・!我が父を直に手にかけた張本人である貴様や、関東管領・扇谷定正・・・!わたしは、粟飯原あいはらの姓を捨てた際に誓ったのだ。必ずや、貴様らを討つと・・・!!」

そう言い放つ毛野の瞳には、憎悪が宿っていた。

「親の敵なんぞで、斬られてたまるか・・・!!」

「何!!?」

その台詞の後、2人の武者は互いに一歩ずつ下がった位置にいた。

「わしは近い将来、この関東八州を治める者になるのだ・・・!今の君主を打ち倒してな・・・!」

「なっ!!?」

その言葉を聞いた私と毛野が、目を見開いて驚く。

 ・・・なんて、傲慢な男なんだろう!!!

この時、私は憤りを隠す事ができなかった。

「ぐっ!!!」

「毛野・・・!!!」

決着がつかない事に苛立ったのか、逸東太が突然毛野を蹴る。

しかも、それがちょうど以前に蹴られた箇所と同じ腹部のため、その時見せた毛野の表情は本当にきつそうであった。そして、少しひるんだ彼は、よろめきながら2・3歩後ろへ下がろうとする。

「これで、終いじゃ・・・。死ね!!!」

「やめてぇぇっ・・・!!!」

逸東太が刀を振り上げようとした瞬間、私は咄嗟に持っていたお守り刀を鞘から抜き出して投げる。

それは、その小刀が小柄のような役割を果たすと考えていたからであろうか。

「何っ!!?」

飛んできたお守り刀に気が付いた逸東太は、それを刀で弾く。

同時に、毛野以外にいる私の存在に気がついたようである。

「小童が・・・何をする!!?」

「…っ…!!」

その敵意に満ちた視線が、私にギラリと向けられる。

彼が持つ殺気に、私は身体を震わせる。それは、今にも私を殺しにいくと言わんばかりの殺気であった。しかし、毛野はこの瞬間を見逃してはいなかったのである。

「籠山・・・覚悟・・・!!!」

毛野は地面に落としていた小太刀を拾い、よそ見をする逸東太へ襲い掛かる。



次の瞬間、その場にいる全員が目撃していた。

牙静と対峙する信乃。妙椿の刺客と戦う犬士達。私の叫びに反応したのか、全員の視線が一騎討ちをしていた彼らに向いていた。そして・・・毛野が持つ小太刀が、敵の心臓を貫く―――――――――

「ぐっ・・・!!」

苦しそうな表情を見せる逸東太。

彼は自分に突き刺さった刀から逃れようとするが、毛野は一向に引き抜かず、むしろより深く貫こうとする。

「籠山逸東太・・・。親兄弟の恨み・・・今、報いたり!!!」

真っ直ぐなで、毛野は敵を見据える。

まさに、「この瞬間ときのために生きてきた」と語るような強い眼差しを、彼は持っていた。その直後、彼は敵に突き刺した小太刀を勢いよく引き抜く。心臓を貫かれた逸東太は、死に際の抵抗をする事もなく、毛野よりも大きい身体が地面に崩れ落ちる。彼は、頬に返り血をつけながら、敵が完全に動かなくなる瞬間を見つめていた。

「倒し・・・た・・・?」

私は震えながら、ポツリと呟く。

人が人を殺すという瞬間を間近で見たが、恐怖で震えているわけではない事に気がつく。

「毛野・・・勝ったんだね・・・。よかった・・・!」

私はこの時、自分が震えている理由が、安堵したからだという事に気がつく。

それもそのはず――――――あのまま私が何もしなかったら、毛野が殺されていたのかもしれない。これがいくら原作と同じ展開だったとはいえ、「失う可能性のあった命を救えた」・・・狭子にとっては、これだけでも涙が出るくらい嬉しい事だったからだ。

「・・・あとは、扇谷定正ただ一人・・・!」

一方で、目的を果たした毛野は、小太刀に付いた血を払い、鞘に納めながら呟く。その瞳には、強い意思が宿っていた。

その後、毛野の視線は少し離れた場所にいる私へと向く。

「・・・お主が、奴を引きつけてくれたのか?」

「へ・・・?あ・・・」

毛野に突然声をかけられ、戸惑う狭子。

コクコクと頷くと、彼はクスッと笑う。

 ・・・すごい、美男子・・・。見ているだけで、ドキドキしちゃいそう・・・

この時、初めて毛野の顔を正面から見た私は、心臓の鼓動が強く脈打っていた。女性のように睫毛が長く、ほんの少し化粧をしているようにも見える。永きに渡って女装をしてきたためか―――――女性である私にとっても、綺麗だなと思える人物であった。

私が呆けていると、彼は地面に倒れた逸東太の側に落ちている私のお守り刀を拾う。

「何者かは知らぬが、礼を申す。・・・そなた、名は?」

「み・・・三木狭子・・・です」

「・・・では、狭。とりあえず、そなたにこれを返さねばな」

「あ、そうか・・・!」

お守り刀の事をすっかり忘れていた私は、毛野の一言で思い出すのであった。

その呆気に取られたような表情を見た毛野は、クスクスと笑う。

 もしかして・・・私が女だって事、とうにバレている・・・?

クスクスと笑う毛野の表情(かお)は、まるで女の子をからかって楽しんでいるやんちゃな少年のような表情をしていた。

「あ・・・。じゃあ、鞘を持っているので、そっちに行くね・・・!」

私は頬を赤らめながら、毛野の元へ行こうと足を動かそうとした時であった。



「戦の場で敵に背中をさらけ出すのは、感心しかねますな・・・」

「!!?」

瞬きをした刹那、私の背後からとても低い声が聴こえてくる。

 この声・・・!!!

そう思ったのと同時に、私の視界に太い腕が入ってくる。

「あっ・・・!!」

気がつくと、私はその太い腕に絡め取られていた。

「しかも、身を守るためにある刀も…これでは何も役立ちますまい」

落ち着いた口調の声が、私の耳元に響く。

私の肩へ腕を回し、締め上げるような形で捕えたのは――――私を連れてくるよう素藤に命令された牙静だった。

 しまった…!

私は毛野の戦いに夢中だったため、自分が狙われている身である事をすっかり忘れていたのである。そして、目を見開いて驚く毛野に目を暮れる事なく、鬼は私を連れてその場を後にしようとしていた。


「狭!!?」

「皆…!!」

私を拘束した鬼が、声のした方を振り向く。

その先には犬士らの姿があった。彼らの表情は皆、深刻なものとなっている。しかし、それは私も同じであったのである。

「…余計な手出しはしないでいただこう。貴方がたがわたしに手を出せば、この娘の安全は保障できません」

「くっ…!」

私を盾にした牙静の台詞を聞いた犬士達が、苦しそうな表情を見せる。

 信乃!!?

私は、信乃の姿が見えない事に驚く。目だけを動かして周囲を見渡すと、腹を抱えて座り込んでいる彼と、その側に付き添う荘助の姿があった。

そんな彼の姿を見た私は、必死に敵の腕から逃れようとする。

 何こいつ・・・。ちっとも、放してくれない・・・!!

自分の顎下にある敵の左腕を、強い力でつねるが、痛みを感じているようには見えない。しかも、全く動じていないと思われる。

「あうっ!!!」

その直後、牙静が腕に込めている力を強める。

それによって、余計に首を強く締め付けられた私は、窒息しそうなくらい苦しくなった。

敵は加減をしているのだろうが、普通の人間たる私にとっては、相当苦しかった。

「狭っ…!!!」

私が苦しくて息切れをしている中、遠くで信乃の叫び声が聞こえる。

「てめぇ…。狭を放しやがれ!!」

「…それは、できないご相談です」

小文吾の叫び声が聞こえる中、淡々と話す牙静。

「…貴様、その娘をどうするつもりだ…?」

気が付くと、刀を構えた毛野が斜め前に立っていた。

そこで狭子が女であることを知った毛野のようだが、今はそれ所ではなかったのである。

「…この娘の処遇は、わたしも存じません。ただ、一つだけ申し上げると…。此度の件は、我が主・蟇田素藤ひきたもとふじ様。そして、妙椿の命令でもあるのです」

「えっ!!?」

その台詞を聞いた瞬間、私や七犬士の表情が一変する。

  素藤はともかく…何故、妙椿が私を…!!?

敵の真意がわからず、私の頭はますます混乱する。

「妙椿と言えば…確か、古賀公方と扇谷定正の和睦を裏で操ったと云われる、妖しき尼僧…。何故、その者が狭を…!!?」

道節は、深刻な表情をしながら述べていた。

彼が述べた言葉はおそらく、この場にいる犬士達も同じように考えていたであろう。

「…おそらく妙椿は、この娘の真の出自を知ったからではないでしょうか」

そう呟きながら、牙静は不気味な笑みを一瞬浮かべる。

  私の正体…。まさか、“3つ目の姿”…とか…!?

鬼の言葉を聞いた私は、この意味深な台詞の意味を考えていた。

「…兎に角、この娘は我々が預かります。取り戻すのはご自由ですが、それよりも早く安房国あわのくにへ向かった方が良いと思いますよ…?」

その表情は見えないが、牙静が勝ち誇ったような口調で話しているのがよくわかる。

すると、鬼が身に着ける着物の袂が次第に薄くなり、見えなくなり始める。このまま連れて行かれてしまう事を理解した私は、全身に鳥肌が立つ。

「嫌…いやよ!!放してっ!!!」

私は、再び腕から逃れようと足掻くが、当然のごとく腕から逃れる事はできない。

「信乃…!!皆!!!」

私は自分の視界が薄れていく中、必死で犬士達の名前を呼ぶ。

「狭っ…!!!」


荘助の肩を借りて立ち上がった信乃は、苦しそうな表情で私の名前を呼ぶ。

しかし、私を連れた牙静は犬士達の前から霧のように姿を消してしまう。それと同時に私の視界が完全に真っ暗になってしまうのであった―――――――


いかがでしたか。

なんだか、これだけドキドキしながら書いたのは初めてかもです。笑

とにかく、毛野の事が少しでも描けてよかったです=3


毛野が敵を倒すまでは良かったのですが、それが終わった以降は完全なオリジナルストーリー。

しかも、この章はこれにて終了。

次章は完全にオリジナルな話となっております。

これまで、主人公である狭子の事は少しずつ触れられてきましたが、次章でついに、彼女の出生―――――”三世の姿”の3つ目が明らかになります!!


何故、素藤だけでなく、妙椿も狭子を狙ったのか。

そして、信乃達は連れ去られた彼女を救う事ができるのか!?

次回をお楽しみに♪


ご意見・ご感想などがあればよろしくお願いします。

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