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八犬伝異聞録 蒼き牡丹   作者: 皆麻 兎
第六章 7人目の犬士と千里眼
23/42

第22話 政木狐

「…それは、誠か!?」

「う、うん…」

千里眼の能力による夢から目を覚ました私は、自分の目で見た事を信乃や現八。そして、“角太郎”から名を改めた大角に話す。

それによって、犬士が8人中7人揃った事を実感する彼ら。そんな彼らの表情には喜びの笑みがあった。

 素藤あのひとの事は…まだ話さなくてもいいかな…

私は毛野の登場については、しっかり話したが…犬士達の敵である蟇田素藤ひきたもとふじと会っていた話だけはしなかったのである。


 あれから、負傷してはいたが、日常生活には支障が出ない程度に回復した雛衣ひなきぬさん。妻の安全を確認した大角は、直々に「安房へ参ります」と信乃達に申し出てくれたらしい。

「お前さん、身体に気を付けて…。腹の子は、この雛衣に任せてください」

「ああ。事が落ち着けば、一度帰るのでな…。待っていてくれ、雛衣」

「はい…」

出立をする時…一時の別れとはいえ、大角と雛衣さんは別れの抱擁を交わす。

そこには、どんな時代でも変わることのない夫婦の愛が感じられた。


 雛衣さんと別れた後、玉壁たまがえしの里を出た私達は、本来なら真っ直ぐ安房国へ向かうはずだった。しかし―――――――

穂北ほきた…?」

「…左様」

あまり聞きなれない地名に、狭子は首を傾げる。

「武蔵国にある場所で…道節が申すには、結城合戦残党や豊島遺臣など、関東管領を快く思わない郷士たちの自治の里がそこにあるらしい。故に、そこで一度合流してから安房へ向かおうと荒芽山で話しておったのじゃ!」

明るい表情で、私に語る信乃。

どうやら、私が眠っている間に説明していたらしく、大角も頷きながら話を聞いていた。

「でもさ、信乃。武蔵国でも、その穂北…とやらは、どの辺りにあるの…?」

「…この辺りだそうですよ、狭殿」

歴史は得意でも地理に疎い私は、首を傾げながら信乃に尋ねる。

すると、大角が手にしていた地図を私に見せてくれた。渡された地図を見ると―――――そこに黒い丸がつけられていた。

 ここか…。一見すると、保木間ほきま辺り…。という事は、現代でいう東京都の足立区って所かな…?

私は、大角が渡してくれた地図を見ながら、現代の地形の事を考えていた。

 あれから、山道などの険しい道を通りながら、下野国しもつけのくにを南下していく私達。ここから穂北へは、現代の地名だと、栃木県から東京都23区に南下するといった具合である。鉄道機関の発達した現代と違い、全て徒歩で向かうこの旅路は、現代で暮らしてきた私にとっては、つらくて険しい。しかし、この時代の風景に慣れたのか、身体に感じる負担は思いのほか少なかった。



 それから数日が経過し――――――人気のない、とある山道を歩いていた時であった。

歩幅の大きい信乃と現八が先行し、その後ろから私と大角がついて行くといった形で進んでいた私達。

「そういえば、狭殿」

「何ですか?」

年が近いはずなのに“殿”をつける大角が、私に声をかける。

「ふと思い立ったのですが…狭殿は、好いている殿方はおられるのか?」

「えっ!!?」

思いもよらない発言に、目を丸くして驚く狭子。

そんな私に目も暮れず、大角は話し出す。

「いえ…。そのような格好をされてはいますが、貴女とて年ごろの女子…」

その先を言いかけた途端、彼の口が一旦止まる。

不思議に思った私だが、彼はすぐに私の耳元でこっそり囁く。

「…信乃殿を好いているとか?」

「…っ!!?」

大角の耳打ちで、私は完全に固まる。

「ん…?狭、大角…如何した?」

「や!!何でもな…い…!!!」

後ろを振り向いた信乃に声をかけられるが、思わず頭を勢いよく横に振るう狭子。

この時、自分の表情なんて見えないけれど、おそらく頬を真っ赤にしているのだろう。それは、頬が熱くなっているのを感じたからだ。

再び私達は歩き出すが、頬を赤らめたまま黙り込んでしまう狭子。それを見かねた大角は、納得したような表情(かお)で口を開く。

「…どうやら、図星のようですね」

「本人には………言わないで…ください…ね?」

私は、恥ずかしさの余り、俯いたまま大角に告げる。

「…ご安心召されよ。わたしの口は堅いですからね…。あ!でも…」

「でも…?」

穏やかな口調で話す大角。

 …でも、何だかからかわれているような…?

この時、不思議そうな表情をしながら内心ではそんな事を考えていた。

「信乃殿は、なかなか面構えの良い殿方ですしね。…安房国へ到達すれば、多くの女子が寄ってくるやもしれませんよ…?」

「…もう!!いいかげんにしてください…!!」

大角の台詞に、またもや頬を赤らめる私。

完全に、彼に遊ばれている狭子であった――――――――


「きゃっ!!」

あれから、数十分ほど歩いていると…突然、前を歩いていた現八が立ち止まる。

その勢いで、私は彼の背中におでこをぶつけてしまう。

「お二方…如何された?」

突然立ち止まった信乃と現八に、大角が首を傾げる。

 …どうしたんだろう?

同じように不思議に思った私は、横から顔を出して前の方を見つめる。

「…狐?」

気が付くと、彼らの視線は木々の間に立つ狐を指していた。

一見すると普通の黄色い狐であったが…それがこちらに向かって歩き出した途端、その姿に一行は驚く。

「九尾の…狐…?」

皆が驚きで固まっている中、私はポツリと呟く。

少しずつ私達のもとへ歩いてきた狐は、体毛は普通の狐と同様で黄金色だったが、尾が1つでなく9つも存在していた。

 もしかして…妖狐?

そんな事を考えていると、現八が身構える。

「こやつ…物の怪の類か…!?」

双方の間に、緊迫した空気が流れる中…私だけが物珍しいような表情かおをしていた。

「もしや、あんさん…“先の世から来た姫”なんちゃう!!?」

「へ…!?」

狐の口から、なぜか甲高い関西弁が聞こえる。

それを耳にした途端、私は物凄い変顔を狐に披露していた。

「こやつ…しゃべりおった…!」

「化け猫ならぬ、化け狐ですかね…!?」

狐の思いもよらぬ言動に、戸惑う三犬士。

そんな彼らに目も暮れず、狐は私や犬士達をきょろきょろと見比べる。すると、現八の頬にある牡丹の痣を発見したのか、目つきが穏やかになる。

「やっぱりや…!あんさんらが、音音おとねはんのうとった“三世の姿を持つ女子”と、“里見の犬士”やろ!!?」

「えっ!!?」

明るい口調で話す九尾の狐。

音音おとねさんの名前が出た途端、私達はこれが敵でない事を悟るのであった。

 


 その後、河のほとりで休憩も兼ねて、この狐の話を聞く事にした。

「驚かせて、すまんかったなぁ…!わいは、政木狐まさきぎつね。まぁ、“まさき”とか、自由に呼んでくれや!」

「はぁ…」

明るいテンションで話す政木狐に対して、完全にテンポの合わせられない私達。

咳払いをした後、最初に口を開いたのが現八であった。

「…して、政木狐とやら。お主は何故、わしらの前に姿を現したのじゃ…?」

「ええ。我々だけでなく、狭殿の事も存じていたし…」

現八と大角が、次々に口を開く。

「音音さんを知っているという事は…彼女の知り合いか何か?」

「そうや」

私の問いかけに、政木狐は首を縦に振る。

「ああ!ちなみに、わいの尾が九つあるんは、妖狐やからではおまへんや!」

「じゃあ、一体…?」

「あ…!」

信乃が首を傾げる中、“政木狐”という名前を聞いた私は、この狐も原作の八犬伝に出てくる登場人(?)物である事を思いだす。

「確か…不忍池のほとりで、とある人物の処刑を助けて“神狐しんこ”?となった狐だよね…?」

「そういう事じゃ!流石は、姫!!よう知っとるなぁ…!」

“神狐”と言ってもらえたのがうれしかったのか、政木狐はより上機嫌になる。

「まぁ、わいが神狐になったんは、不忍池で茶屋を営み、人間の旅人を助けとったのもあるんやろけどなぁ…。まぁ、そんな事よりもや」

明るい口調で九尾の狐は話していたが…突然、態度が変わったかのように真面目なに変わる。

「お前達…。はよう安房国へ向かった方がええぞ?」

「!!」

「…安房国で何が!!?」

突然、真面目な口調で話し始めた政木狐に、驚きながらも問い返す信乃。

そんな彼を鋭い視線で睨みながら、狐は話を続ける。

「古賀にいるお偉いさんと、関東管領…とやらが手を組み、里見を滅ぼす策を練っておるそうじゃ」

「何!!?」

その台詞に、三犬士は目を見開いて驚く。

「姫…。そなたは、既に知っておったんやろ…?」

「う…うん…」

政木狐の鋭い視線に対し、私は挙動不審になりながら答える。

少しの間だけ、私たちの間に沈黙が続く。すると、狐の視線は私から、周囲を見渡すような雰囲気になる。

「…まぁ、ここまでが音音はんに頼まれた言伝っちゅうわけや!それに、お主らが探しておる犬士も、あと一人だけやもんな!」

「…それって、犬江親兵衛いぬえしんべえの事…?」

突然、最初の雰囲気に戻った政木狐。

その早変わりに戸惑いつつも、私は最後の犬士・犬江親兵衛の名を口にする。すると、狐は、少し残念そうな顔をしながら口を開く。

「んー…惜しい!わいがうてるのは…親兵衛ではなく、犬坂毛野の方なんや、姫」

「え…?」

またもや思いがけない台詞に、表情を一変させる狭子。

しかし、それは犬士達も同じであった。

「…狭」

「うん…?」

「お主が見た夢によると…犬坂毛野と名乗る犬士は、石浜城で荘助や小文吾と一緒になったのではなかったか…?」

「うーん…」

不思議に思った現八が、私に尋ねてくる。

 …あの展開なら、そうなるはずだと思ったんだけどなぁ…

私は腕を組んで考え事をする。(のち)に思い出す事となるが――――――実は、八犬伝の原作にある“対牛桜の仇討”の段階では、まだ毛野は仲間にならないのである。

「あれ…?でも、そうしたら親兵衛は…?」

“毛野が最後の一人なら、親兵衛はもう近くにいる”と言いたげな、政木狐の発言に、私は首を傾げる。

「うん。親兵衛やったらもう、いろいろあって里見家に仕えとるわ…!今は確か…何かの遣いとやらで、京へ向こうてるはずや!」

「京都…。朝廷の使者って所か…」

政木狐の答えに、私はポツリと独り言を呟く。

江戸時代に比べたら、力弱いけれど…。日本史において“京への遣い”といえば、朝廷への遣いと同じだと解釈するのは少なからず間違っていないため、私はすぐその発想にたどり着いたのである。

一方、そんな私達の会話に、犬士達はついていけていないようだった。

「要するに…あとはその、犬坂毛野という犬士を探せ…そういう事ですか?」

「…まぁ、そうやな。ただし親兵衛は未だ、己が犬士である事を知らんみたいやな」

「成程…。これは一刻も早く、荘助や小文吾と合流しなくてはならぬな…」

戸惑いつつも、話を本筋に戻す大角と信乃。

 …でも、あれから一緒に行けなかったという事は…。逃げる途中、はぐれてしまったって事よね…。毛野は籠山逸東太こみやまいっとうたを追っているだろうし…どこにいるんだろう…?

私は、いろんな事を考えていたため、それ以外の事に気が回らない状態になっていた。

それと同時に、こんな時に限って自分が持つ千里眼の能力(ちから)が発動しない事に、苛立ちも感じていたのである。

「…ま、千里眼を使える姫がおるさかい、何とかなるじゃろう!」

明るい口調で話す政木狐に、全員が「楽天家だな」と思ったのは、言うまでもない事実であった――――――――


「ほんじゃあ、わいはもうくわ…!お主らも、道中、気ぃつけろよなぁー!!」

そう賑やかな口調で私達に別れを告げた政木狐は、ほんの数秒で見えなくなってしまった。

「“京の都へ向かった親兵衛と共に、安房へ参る”か…。では、あちらの方は何も心配する事はないようじゃな!」

政木狐が去った後、そう口にしながら立ち上がる現八。

「あとは、毛野を探すだけ…かぁ。一体、どこへ行っちゃったんだろう…?」

少し不安な表情かおをしながら、私はポツリと呟く。

すると、信乃が私の肩をポンと叩く。

「信乃…?」

そんな彼を、私は見上げる。

「…あまり気に病むな、狭。確かに不安ではあるが、ずっと沈んでいてはいざという時に動けん。故に、前向きになるのが一番じゃ…!」

「そうですね…。それに、荘助殿や小文吾殿から、居場所を特定できる策が得られるやもしれませんしね!」

そう口にする信乃や大角の表情が、とても優しげに感じられた。

「うん…そうだね!何事も前向きに…だね!」

私は、彼らが自分に対して元気づけてくれている事に気が付き、とても微笑ましい気分になる。

 いろいろと、よくわからなくて不安な事も多いけど…犬士達かれらがいてくれるなら、怖いものなし…かも?

私はそんな事を考えながら、犬士達と共に目的地である穂北へ向かうのであった―――



いかがでしたか。

前回の後書きで述べたとおり、今回は完全に一休み的な回。

でも、他の八犬伝作品には見られない政木狐を出せたのは、結構満足♪

現代語訳の原作に書かれていたのですが、八犬伝における九尾の狐は、神狐として称えられている、神聖な生物ものだとか何とか…。

ちなみに、狭子が言っていた「ある人物の処刑を…」について言うと、その助けられた人間は名を政木大全まさきだいぜんと変えて、里見家に仕える事になるらしいですよ★


さて、次回から新章に突入します。

原作で言う、「鈴茂林の仇討ち」辺りでしょうか?

ただ…先にお詫びしておくと、原作の後編主人公・犬江親兵衛に纏わる物語は、作品の構成上、省力する事となりそうです。

ご了承ください(汗)


それでは、ご意見・ご感想をお待ちしています!!

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