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八犬伝異聞録 蒼き牡丹   作者: 皆麻 兎
第六章 7人目の犬士と千里眼

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第20話 石浜城での再会

ここから第6章です!

「あれから、ずっと眠ったままじゃな…」


化け猫を退治した日の翌日―――――――朝になっても、私一人だけが目を覚まさないまま床についていた。

そんな私に、現八がボソッと呟く。


「なに、疲れがたまっていたのかもな…。雛衣ひなきぬ殿の容態も気になる事だし、今日一日くらいは寝かせてやってもよいだろう…」


ブツクサ呟く現八の側で、信乃が穏やかな口調で話す。

私はそんな彼らの会話を、意識と無意識の狭間をさまよいながら聞いていた。


「それにしても…狭子殿は、強い女子ですな…」

「角太郎…?」


眠りにつく私を見つめながら、大角が口を開く。

現八や信乃が首を傾げる中、彼は落ち着いた表情で話し出す。


「お二人の話を聞いていると、狭殿は…。己が暮らしていた世から、この戦国の世に飛ばされた…という事ですよね?」

「ああ…。某も最初は信じられなかったが…。音音おとね殿の話を聞いた時、偽りのない誠の事と納得できたのじゃ…」

「成程。しかし、右も左も解らぬ地に立たされ、これまで幾度となく困難が降りかかってきた。それにも関わらず、この方の心は真っ直ぐに感じられる…。その変わらぬ想いは、人として尊敬に値する…と、わたしは思います」

「…確かに、そうかもしれないな…」


すると、意味ありげな口調で信乃が呟いていた。


彼ら3人の視線が私に向けられていたが…当の私は瞳を閉じていたため、気が付くはずもなかった。私は、おぼろげに彼らの会話を聞きながら深い眠りにつく。それは、永い夢の始まりであった――――――



「……あれ?」


気が付くと、私は見知らぬ建物の中にいた。


 眠りについていたはずなのに…?


私は、自分の身体の異変に気が付く。


 そういえば、この“夢だけど、現実のように感じられる時”が、以前にもあったような…


あの時は、安房国あわのくににある富山とみざんだった。今現在、私がいるこの場所はどこかの城の中のように感じられる。そして痛みなどの感覚はないが、自分の手足が半透明色になっている事に気が付く。


 …一体、どうなっているんだろう??


城の中にある廊下のような場所で、私はただずむ。立派な木の柱や、上等な布でできた壁代のような物を見つめると、少し離れた場所から何人かの足音が響いてくる。


「あれは…!」


その歩いてくる人間を見かけた時、私は目を丸くして驚いた。


何が起きているか把握できていない私の目の前には―――――――荒芽山あらめやまで一旦別れ、武蔵国へ向かった荘助と小文吾がいたのである。

2人は、どうやら見知らぬ男と会話をしながらこちらへ向かって歩いてきている。


「荘助…小文吾も…!!」


私は思わず、彼ら2人に向かって手を振る。しかし———


「!!?」


私の方に向かって歩いてきた彼らは、目の前にいたにも関わらず私の存在に気が付かなかったのだ。

それどころか、彼らは私の身体をすり抜けてそのまま去ってしまうのであった。


「すり抜けた…。しかも、私がいた事に気が付いていない…!?」


私は、何が何だか理解ができず、頭の中が混乱し始める。


 もしかして、これって…


その場で立ち尽くしていた私は、音音さんが言っていた“千里眼”の事を思いだす。


「もしかしたら、千里眼の能力(ちから)がパワーアップした…なんて事も…?」


これだけ時間がリアルタイムに感じられるのだから、おそらくこれは“今”起こっている事なのではと私は考え始める。


 何にせよ…これが、これまで見たのと同じ“夢”の一種なら…。この場所って…!!


冷静に考えるうちに、頭が冴えてくる。


「とにかく、これが八犬伝のどの辺りになるかを把握しなくては…!」


“考えるよりも先に行動する”事にした私は、この広い城の中を歩き回り始める。



「荘助と小文吾がここにいるという事は…」


私は城の廊下を歩きながら、考える。

独り呟きながら、私は幾人かの武士らしい人々とすれ違う。


「おい。そなた、見たか?あの若武者達を…」

「ああ。馬加(まくわり)様も大層お気に召されていたようだ。…家臣にでも迎えるつもりなのであろう」


そんな会話を小耳に挟む。

 

 ”馬加(まくわり)様”か…。だとすると、ここはやっぱり…


私は彼らの会話から、ここが千葉家の重臣・馬加大記まくわりたいきの暮らす石浜城ではないかと推定し始める。


 …まてよ。という事は…!!!


今の仮設を組み立てていくと、私の頭の中にこれから起こるであろう展開が見えてきたのである。


 もしかしたら…物凄い瞬間に立ち会えるかも!?


歴史好きである私の血が騒いでくるようになった。しかし、そう思っていたのもつかの間―――――――私が一つの部屋の前を横切った瞬間、思いもよらぬ存在を発見してしまう。


「えっ…!?」


驚きの余り、私はついつい声を張り上げてしまう。

目を丸くして驚く私の視線の先には―――――――――私達の敵であり、音音さんが“蒼血鬼そうけつき”と呼んでいた男・蟇田素藤ひきたもとふじがいたのである。


 どうして、あの男性ひとがここに!!?


私は、瞳を閉じて座り込んでいる彼を見つめながら、何故この石浜城にいるのかを考えていた。しかし、これまでの経緯から考えると、とても彼と関わろうとする気にはなれなかった。

どのみち、相手は自分に気が付いていないだろうとたかをくくった私は、すぐにその場から離れようとする。すると———


「…琥狛こはく

「っ…!?」


瞳を閉じている素藤は、そのままの体勢でとある人間の名前を呼ぶ。

それを聞いた瞬間———今は眩暈を感じるはずなんてない状態なのに、私の視界が揺れたような感覚に陥る。


 この感覚は、一体…!!?


素藤の口からその名前を呼ばれ、反応したようにも感じられる。しかし、何が起こったのかと私が頭を抱えていると、閉じていた素藤の瞳が開かれてその視線は外にいる私の方へ向く。


「…そこにいるのであろう?琥狛。そのような場所に突っ立ってないで、こっちへ来い」


初めて会った時と変わらない余裕のある笑みを浮かべながら、彼は私に声をかける。


「私の事…視える…の?」


私は、不思議そうな表情をしながらこの白髪の男を見つめる。

その後、素藤は私に対して苦笑いを浮かべた。


「その能力を過去に一度だけ、垣間見たことがあるからな…」

「?」


彼が述べる意味深な台詞に対し、私はますますわからなくなってしまう。

そんな私を見かねたのか…いつものポーカーフェイスに戻った彼は、再び口を開く。


「…そういきり立つな、琥狛。此度は、お前に手を出したりはせぬ。どの道、今の状態では触れる事も叶わぬわけだしな…」

「…どういう事?」

「…言葉通りの意味だ。お前も、神護鬼からその能力(ちから)について話を聞いたであろう?」


音音さんの名前が出てきた途端、私の心臓が強く脈打つ。


 …でも、どうして私が千里眼の能力ちからを持っている事まで知っているのだろう?


私は、少しずつ素藤の近くへ寄り恐る恐る指先で彼の肩をつついてみる。

しかし、彼が言うように私の指は相手に触れることなく、すりぬけてしまっていた。


「ところで…何故、貴方は石浜城(ここ)にいるの?この前、私を連れ去ろうとしていたのは何故!?それに、どうして私の事を“琥狛”って呼ぶの…?というより、“琥狛”って誰!?」


初めて会った日から結構な時間が経っているため、この男性ひとに聞きたい事は山ほどあった。


何故、あの時に私を連れ去ろうとしたのか。何故、自分の幼馴染である染谷純一の事を知っていたのか。

私の質問攻めに対し、素藤は軽いため息をつく。


「…そういっぺんに訊かれては、答えられぬではないか。しかし、そうだな…。俺がこの場所を訪れた所以…。それは、関東管領・扇谷定正の遣いとして来た、籠山逸東太こみやまいっとうたの従者として…と申せば、わかるであろう?」

「!!!」


彼が口にした通り、その台詞だけで彼がここを訪れた目的を理解する事ができた。


定正の遣いとして、この石浜城を訪れた逸東太の目的はただ一つ。この城の城主である馬加大記に会い、彼を通して千葉家棟梁にお声掛けをしてもらう事である。


「…まさか、里見を討つために…!?」


この時、私の表情は険しいものとなる。

素藤は、私の台詞に対して肯定も否定もしなかった。それを私は、肯定していると解釈する。

険しい表情で考え事をする私を、横目で見る素藤。


「先の話の続きだが…」


白髪の男は、私の方をしっかりと見つめ始める。

この時、初めてこの男性ひとの顔をまともに見たのかもしれない――――――白髪の髪に隠れた金色の瞳が、私の姿を捉える。その表情は、夢の中で見た男性そのものであった。


 何故だろう…。この顔を見ていると、とても懐かしいような感覚かんじがしてしまう…


私は、内心でそんな事を考えていた。


「お前は、琥狛そのもの…。今、俺に見せているその千里眼ちからこそ、あいつの証…」


素藤は、私の瞳を見つめながら意味深な台詞を呟く。


妙椿みょうちんと手を組み、信乃達とも刃を交えた彼は、本来ならば私達の“敵”なのだ。悪役的な人なのに、この瞳から目を離せない―――――――

私の黒い瞳は、この男性ひとの瞳に吸い込まれるようであった。気がつくと、素藤の顔が、まるでキスする直前のように近かった。


「ちょ…何なのよ!!?」


我に返った私は、慌てて彼から離れる。

そんな慌てふためく私を見て、素藤はフッと哂う。


「…惜しいな。今この手で触れる事が叶えば、押し倒すこともできたであろうに…」

「んなっ!!?」


彼は冗談のつもりかもしれないが、とてもそのようには聞こえず、私は頬を赤らめる。


「何、昼間から変な発言しているのよっ!!」

「…何を今さら」


私の事を鼻で笑った後、素藤は再び私のを見る。

その顔には、先程と変わらない余裕のある笑みを浮かべていた。


「お前は、俺の女…俺のものだ。そして、二世にせを誓った仲…故に、身体の交わりなど恥じる事でもなかろうて…」

「琥狛琥狛って言うけど…私・三木狭子は、貴方と会うのはまだ2度目なんだけど!?」


私は、何気にすごい事を言う素藤の台詞に振り回されながら、反撃のつもりで冷たく言い放つ。

すると、白髪の鬼は数秒だけ黙り込む。


 …力では勝てないけど、口でなら勝てる…!?


内心で、そんな事を考えていた時であった。


「蟇田!」


すると、廊下の方から見知らぬ男性の声が聞こえる。


「…ここにおるぞ」


己の名を呼ぶ声を聞いた素藤は、大きな声で外にいる男に応える。

すると、私と彼がいるこの場に、紺色の直垂をまとい、歳が40代くらいの中年男性が入ってくる。素藤は、そんな彼を横目で見ていた。


「お主、こんな所におったのか!」

「…馬加まくわり殿との話は終いか?」

「…ああ。全く、薄気味悪い男じゃ…!」


彼ら2人の会話を、私は黙って聞いていた。


 こんなに近くにいるのに、私の存在に気が付いていないのね…。それに、このやり取りを聞いている限り、この男性ひとって…


私はこの中年男性が、扇谷定正の家臣・籠山逸東太こみやまいっとうたではないかと考え始める。


「ところで、お主…。このような場所で何をしておったのだ?…何か、お主の声が聞こえたような気がしたが…?」

「…空耳であろう、逸東太。それより、もうこの石浜城を出立するのか?」

「…いや」


素藤の問いかけに、逸東太は少し考えてから答える。


「酒の好きなあの男は、今宵は女田楽を呼んで宴を開くらしい…」

「ほぉ…」


彼の話に、素藤は少しだけ関心の意を示す。


「まぁ…定正様の遣いである以上、わしも参加するのが礼儀。それに、従者としておるそなたも同席してよいとの仰せじゃ」

「宴…か。女田楽には毛ほども興味ないが…酒を久しぶりに飲めるのならば、悪くはないかもしれんな…」


  酒好きなんだ…


私は彼らの会話を間近で聞きながら、内心でそんな事を考えていた。

その後逸東太はその場で立ちあがり、白髪の男を見下ろしながら口を開く。


「…その前に、わしはかわやに行ってくる。わしが戻ってきたら、移動するぞ」

「承知…。して、宴とやらは何処いずこで行うのだ?」

「…対牛桜たいぎゅうろうじゃ」

「あ…!」


“対牛桜”という単語(ことば)を口にした逸東太は、大きな音をたてながら厠の方へと歩いて行ってしまう。

そしてまた、私と素藤の2人きりとなったのである。


「あいつが、籠山逸東太縁連こみやまいっとうたよりつら…」


私は素藤の視線が自分に向いている中、厠へ向かった男についてポツリと呟いていた。


「…成程。“あやつ”の申していた通り…お前は“歴史”とやらに詳しいのだな…」

「え…?」


白髪の鬼が言った台詞に対し、私は目を丸くして驚く。


  そういえば、この男性ひとって…


私は一呼吸置いた後、閉じていた口を開く。


「…ねぇ」

「…如何した」


少しだけ考え込んだ後、私は恐る恐る彼に尋ねてみることにした。


「なんで、あいつ…私の幼馴染である染谷純一を知っているの…?」


私は、真っ直ぐなで男に問いかける。

何故、自分が“未来から来た人間”だと一目見た時からわかっていたのか――――――私は、それがずっとひっかかっていた。ただし、私の事をよく知る人物・染谷純一を知っているのならば、私の存在を知っていてもおかしくない。


 とても信じられない話だけど、彼も私のようにタイムスリップしていたのだとしたら…。むしろそうでもない限り、素藤が純一の事を知るはずもないしね…


いろんな事を考えながら、私は素藤の返答を待つ。しかし―――――――


「待たせたな、蟇田。…では、参るぞ!」

「…承知」


ボソッと呟いた素藤は、ゆっくりと立ち上がる。

厠に行っていた逸東太が戻ってきてしまったため、彼との会話をここで終わらせざるをえなかったのである。素藤をジロリと睨んだ逸東太は、対牛桜のある方角へと歩き出す。


「…琥狛よ」


すると、ゆっくりと歩き始めた素藤が小声で呟く。

私は、何を言い出すのかと思い、黙って彼らの後をついていく。


「如何なる事を考えようが…お前は、琥狛の生まれ変わりたる人間…。己の事は、ゆっくりと思い出すがいい。それと…」

「それと…?」


言葉の最後の方が気になった私は、首を傾げる。


「お主なら、この後に何が起きるか想像できているのであろう…?俺もそうだが、この後の展開については、口出しをせずに黙って見ておるがいい…」

「わ…わかったわ…」


私は、見えない威圧感のようなものに押されて知らぬうちに同意をしていた。

そうして私は、対牛桜へと向かう素藤と逸東太についていく事となる。


 対牛桜で宴…。女田楽がいて、馬加も参加する…。いよいよって事ね…


素藤の言う通り、この後に起こる事がおおよそ想像できている私は、緊張感を胸に抱きながら対牛桜の方へと歩いていくのであった―――――――



いかがでしたか。

今回の第6章は、「狭子が千里眼の能力で見た夢を語る」という形で、八犬伝のエピソード”対牛桜の仇討”を書く事となりました。

今回は、その序章的な回。

しかし、主人公の狭子にとっては大事な回でもあります。

以前、夢の中に出てきた”琥狛”という女性の話が出ましたが、この名前は別に字を間違えているわけではありません。笑

名前の由来は”琥珀”から一字変えているだけですが、狭子と同じく、”犬”のつく名前にしようと考えたらこの漢字になった次第です。


さて、次回は石浜城にある対牛桜で催される宴の場面が描かれることとなります!

ここで、彼らをこうして…どうして…と、いろいろ錯誤中ですが、新たに登場するキャラに関しては、原作をご存じの方はすぐにわかると思います。

それでは、次回をお楽しみあれ★


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