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八犬伝異聞録 蒼き牡丹   作者: 皆麻 兎
第四章 亡き許嫁との再逢
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第16話 想いを告げるために

 これを「1つの肉体の中に2つの精神が存在する」というのだろうか。今の私は、まるで漫画の中にいる登場人物のような展開になっている。私の身体に信乃の許嫁・浜路はまじの霊が乗りうつっているのだから――――――――――


「浜路…。荘助が言っていたという…?」

「…ああ。故郷に残してきた許嫁…」

「信乃様っ…!!」

現八が驚いている中、私の中にいる浜路は、信乃に向かって駆け寄っていく。

 なっ…!!?

気が付くと、私は信乃の胸の中に飛び込んでいく。一方、信乃も迷う事なく、彼女を抱きとめるのであった。

「私…ずっと…ずっと、信乃様にお会いしとうございました…!」

彼の胸の中で、私の姿をした浜路が涙を流す。

信乃は私の背中に腕を回して、強く抱きしめていた。現八が呆気に取られている中、数分ほどの沈黙が続く。

 …今、信乃は私を抱きしめてくれている…。でも、それは私の中にいる浜路このこを抱きしめているのであって、私ではない――――――――

見た目はとてもドラマチックなシーンなのに、私の心は複雑であった。彼がどれだけ浜路を想っていたのか。それは、腕にこめている力で理解できる。

 なんだろう…。胸が苦しいよ…。なんで、こんなに苦しい気持ちになるのかな…?

狭子は、この光景を見て…ようやく、自分の気持ちに気が付く。しかし、それは最も嫌なタイミングであった。

 許嫁がいたのはわかっていたのに…どうして、私は彼の事を…好きになっちゃったんだろう…?

今は浜路が肉体を動かしているため、狭子の意思で涙は流れない。しかし、今の狭子は、本当に泣きたい気分になっていた。

そして、永い抱擁を交わした後…胸の中にうずくまっていた彼女が、少しずつ信乃から離れる。

「信乃様…。落ち着いて、よく聞いてくださいませ…」

「浜路…?」

彼女の台詞に対して、不思議に感じる信乃。

何かを決意したような…そんな雰囲気が、中から見て感じ取れる。

「信乃様…。私は、貴方様が存じている通り…どの殿方よりもお慕いしておりました…」

浜路の台詞ことばを聞き入る信乃。

そんな彼に対し、私の中にいる浜路は真っ直ぐなで見つめる。

 この子も…信乃の事、強く…強く想っていたんだなぁ…

彼らのやり取りの中、私は言葉では言い表せないようなくらい強い浜路の想いを感じ取っていた。

「しかし、無念にも…貴方と夫婦めおとになる前に、人としての生涯を終えてしまいました…。それでも、このまま逝く事はできない…。そう思って、この娘の身体を借りて、ここに現れた次第でございます」

「浜路…?」

不思議そうな表情をする彼に向かって、浜路は口を開く。

「本当ならば、このまま貴方と共に黄泉の国へと旅立ちたいのです…!ですが、それも叶わぬ夢…」

そう言って信乃の胸から離れた浜路は、彼を見上げながら言葉を続ける。

「お願いがございます、信乃様。…このまま私を想い続けるのは、誠に喜ばしいことです。しかし、それでは貴方がうかばれない…!故に…私の事など忘れて、思うままに生きてほしいのです…!」

「お主…!?」

その台詞を聞いた信乃は、我に返ったかのような表情かおで驚く。

「そう。いずれ貴方は、私と同じ名前の…」

訴えかけるような口調で言う浜路だったが、この時…途中で言葉が途切れてしまう。

 ん…?

当の私は、聞いているのが馬鹿らしくなってしまい、耳を傾けていなかったが…この時は、妙に目立っていたので耳に入ってきたのである。何かを言いかけた彼女は、その場で黙ってはいたが、すぐに口を開く。

「何はともあれ…私はそろそろ、逝かねばなりませぬ」

「浜路…!!!いくな…逝かないでくれっ!!!」

それを聞いた途端、彼は物凄くせつなそうな表情になる。

それは、今にも泣きそうだった。その後、信乃から完全に離れた浜路は、少しずつ後ろに下がる。

「良いのです、信乃様…。貴方と一生添い遂げる夢は叶いませんでした…。しかし、私は死ぬ間際に実の兄との再会が叶い、その腕の中で最期を迎えた。…これ以上、この世に未練などございません…!」

そう語りながら、頬には一筋の涙がつたう。

この時…私はおそらく、浜路と同じような想いを抱きながら、涙を流していたのかもしれない。

「信乃様…。貴方は親しき者達と共に、幸せに…この浜路の分まで、幸せに生きてください…!」

涙がとめどなく流れ、私の身体は蒼い光を放つ。

「浜路っ…!!!」

彼女を手放したくないと思っていたのか、信乃は必死に右腕を伸ばし、私を抱きしめようとする。

しかし、浜路の魂は――――――蒼い光の塊となって、天高く飛び上がり消えて行ってしまう。


「狭っ…!!」

そして、私から発していた蒼い光が消え去ると…地面に倒れようとする私の身体を、現八が抱き留めた。

「う…」

浜路の意識が消え、私の精神こころが肉体を満たしていく。

まるで、眠りから覚めたような気分になっていた狭子。

「浜路…」

その場で地面に足をつけ、信乃は茫然としている。

そんな彼に構う事なく、現八の瞳は私に向いていた。

「現…八…?」

「…大事ないか?」

「…ん…」

「大丈夫」と口にしたかったが、一つの肉体に2つの精神が混同していたせいか、私にはそこまで口にする余力がなかった。

私の視線は、虚ろな表情をしたまま座り込んでいる信乃に向いていた。しかし、思わぬ事態による疲労のため、私は眠るように意識を失ってしまうのであった―――――



 そうして意識を失った私は、またもや“あの男”の夢を見る。

「娘よ…。俺の事が、怖くはない…のか?」

素藤は、不思議そうな口調で、夢の中の私に問いかける。

この時の私は地面に倒れていたらしく、物凄く近い位置に彼の顔があった。その光景は、獲物を捕らえた獣が、それを食らおうとしている瞬間のように見える。その場所は周囲が真っ暗な闇に覆われていたため、正確にはわからない。だがおそらく、夢の中の私とこの男の、最初の出逢いがこのような場面だったのかもしれない。

「怖くなんて…ないよ?」

夢の中の私は…白髪の男に、そう述べていた。

その少女の瞳から私は彼を見ていたため、自分がどのような表情をしているのかがまるでわからなかった。

音音さんが言っていた“蒼血鬼”という名前。

夢の中の私は、この男に“餌”とされるような形で出会っていたのかもしれない―――

私は、自分の千里眼によって見た夢についてそんな風に考えながら、目を覚ましていく事となる―――――


「ん…」

重たくなった瞼を、私は開く。

外からは小鳥のさえずりが聞こえ、襖の隙間から陽の光がこぼれている。どうやら、朝を迎えたようであった。

「…目を覚ましたか?」

「信乃…」

頭上を見上げると、そこには信乃の姿があった。

その表情は、いつもと変わらぬ優しい笑顔。しかし――――――――

「顔…どうしたの…?」

私は、彼の頬が少し腫れている事に気が付く。

自分の頬に、私の視線がいっている事に気が付いた信乃はその部分を抑えながら口を開く。

「ああ、これか…。小一時間ほど前…現八にやられたものだ」

「え…?」

思いがけない返事に対し、私は驚く。

 現八が、信乃を殴った…?あの、無感情っぽい彼が何故…

なぜ、信乃の事を殴ったのか気になった私は、床に臥した状態から起き上って少し考える。そんな私の考えを察したのか、苦笑いを浮かべながら彼は口を開く。

「現八は、何も言わずに某の頬を殴った。しかし…あやつの表情かおを見た時…何を申したかったのか、おおよそわかったのじゃ…」

この時、私は「この先は訊かない方がいい」と雰囲気で悟り、その話をここで終わらせた。

「…そうじゃ!もう少ししたら、出立するのでな…。お主も、準備が整ったら俺たちに声をかけてくれ…!」

「あ…うん…!」

信乃はそう口にして、その部屋から出て行ったのである。

その後、自分の髪の毛がかなり乱れている事に気が付き、慌てて一つ結びにまとめる。そして、古賀からずっと着てきた男物の小袖を身に着ける等、出発の準備を始めた。

 私って…一体、何者なのだろう…?

狭子は、再び見た素藤の出てくる夢や、今回の出来事について考えながら手を動かす。自分は幼い頃に施設で育ち、本当の両親の顔や名前を知らないという過去を持ってはいるが…この里見八犬伝の世界にタイムスリップするまで、普通の女子高生として生活してきた。しかし、この世界の人々と関わり続ける中…本当の“自分”が何なのかわからなくなっていた。

小袖の着用をしていた狭子は、ふと布団の近くにあったお守り刀を手にする。本当なら、自分の所有物ではないはずなのに、今ではすっかり己の物と考えている自分がそこにいる。そして、お守り刀に牡丹花の紋章が刻まれている事に狭子は気が付く。刀の鞘から取り出そうと少し引っ張ると…綺麗に磨かれたが少しだけ見え隠れしていた。

「…まさかね」

この時、狭子の頭の中には一つの可能性が浮かんでいた。

しかし、「それは絶対にありえない事だろう」と考えるのを止めた私は、刀を腰に差して、部屋を飛び出していく。この時、頭の中によぎった可能性が真実である事を知らずに――――――――


いかがでしたか。

これまでの回に比べ、少し短かったかもしれないですね。汗

でも、区切りとしては良かったかなと思ってます!


いかにも、作者オリジナルの展開に見えるかもですが…これこそ、原作に沿った展開だったりします。

ただ、他の八犬伝作品では、この”死んだ浜路が現れて信乃に思いを伝える”シーンはあまり描かれていないと思います。

…彼女の告白をもっとも間近で聞いていた狭子は、さぞや複雑な気分だったのでしょうね。彼女も、信乃の事が好きだし=3


さて!わだかまりの残ってしまう終わり方でしたが、これにて第4章は終わりです。

次章はついに、”化け猫退治”のエピソードとなります!!

また、ここまでの展開と、小説の作法では”仇討”のエピソードが書けないように思われますが…。そこは、何とか描くつもりなので、今後もご期待ください★


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