第15話 千里眼を持つ者
ここからが第4章です★
それと、冒頭に出てくる”琥狛”という字は、本当にこういう名前の文字のため、スペルミスではない事をご了承ください。
「琥狛…お前は…」
音音さんの住まう庵を出発する前夜、私は不思議な夢を見た。
それは、今まで見た里見八犬伝の夢ではない。それよりも、遠い昔の過去のような夢だ。
白髪で色黒の男が、夢の中にいる私に向かって優しい声で何かを口にしている。少し汚れた小袖や、下された長い髪―――――――見た目はだいぶ異なっていたが、その人物が“蟇田素藤”である事はわかっていた。夢の中にいた私達は、とても幸せそうな表情をしながら、何かを語る。おそらく、夢の中の私にとって何よりも幸せだった時間なのかもしれない。
しかし、夢は幸せそうな雰囲気から一変する。気が付くと、辺り一面が火の海となり、人々が逃げ回っている。そして、私はというと――――おそらく傷だらけだったのか、全身が痺れて動けない。瞳から見える目線からすると、地面に倒れていると思われる。
「…ぁ…ぅ…」
夢の中の私は、視線の先にいる人物に向かって必死で手を伸ばそうとしている。
そして、その視線の先には―――――――両手が人の血で赤く染まり…泣きわめくような雰囲気で激昂する、白髪の鬼の姿が存在していた―――――――
「狭!!」
信乃に声をかけられ、我に返る狭子。
「…如何した?」
「あ…。ううん!大丈夫だよ!!」
心配そうな表情で覗き込んでくる信乃に対し、私は苦笑いを浮かべながら口を開く。
「もうすぐで村につく。…そこで、一宿借りるとしよう」
私達の方を振り返りながら、現八がそう述べた。
「それにしても…。小文吾や荘助さん、大丈夫かなぁ?」
私は、歩きながらボソッと呟く。
音音さんの庵で一夜を過ごした後、私達は3つに分かれて行動を開始した。もちろん、それは残る3人の犬士を探すためである。私と信乃と現八は下野国、荘助と小文吾は武蔵国へ向かう事となる。この分け方について助言したのは音音さんだが…実は、私が彼女に進言した事が反映されているようだ。
これから仲間になるであろう、犬村大角礼儀と犬坂毛野胤智…。彼らと出逢うためにまず、現八と小文吾は一緒に行動させる事はできないからなぁ…
私は、八犬伝の“犬士列伝”に出てくるエピソードの事を考えて、現八と小文吾は別行動すべきと音音さんに提案したのである。また、独り単独行動をとる事になった道節は、古賀へ向かった。これにも、ちゃんとした理由がある。それは、庚申塚での刑場破りをきっかけとしてお尋ね者になってしまった四犬士に代わり、情報を集めるためである。
…おそらく、敵である扇谷定正についての情報収集も兼ねているんだろうな…
私は、歩きながら、ふとそんな事を考えていた。
『信乃様…』
「ん…!?」
その時、私の頭の中に声が響いてきた。
信乃や現八は、私がその場で立ち止まっている事に気が付き、側に寄ってくる。
「…狭?」
「…何か今、女性の声がしなかった?」
「女子の声?聞こえなかったが…」
「そっか…」
私が問いかけると、2人は首を横に振った。
確かに聴こえたような…。しかも、以前にも聴いた事ありそうな声…
自分の頭の中に響いてきた声が何なのかわからず、首を傾げながら狭子達は進んでいく。
「そういえば…2人は、玉が映し出している文字の意味を知っているかな?」
「む…?」
私は、何気なく思いついた事を口にする。
これから起こる事を話すわけにはいかないけど…これくらいはいいよね?
そう思いながら、口を開く。
「元々、貴方たちが持つ玉の文字は、仏教における仁義八行を指すの。例えば、信乃が持っている玉にある“孝”とは、“父母によく仕える事”を意味するんですって」
「へぇ…そうなのか…」
「成程…」
私の話を聞く二人は、感心しながら頷いている。
「ちなみに、現八の“信”は、読んで字のごとく…。“欺かないこと。誠である事”を意味するの!」
「ほぉ…。“欺かぬ”とな…。確かに、わしは嘘偽りを申さないからな…。名が体を表すとは、この事を言うのかもしれん」
「…そういう事!」
八犬伝について、自分が知っている事を話すのは本当に気持ちが良い。
私はついつい、他の犬士達が持つ字の意味も話していた。
ただ、私の話を聞いている信乃の表情が、少し弱弱しいのを何となく感じていた狭子であった。
「…では、ごゆるりとされよ…」
その後、私達は上野国と下野国の国境辺りにある、猿石村という小さな村に到達していた。
そして、村長である四六城木工作というおじさんの家で一泊させてもらう事となる。
「もしかして…3人で一つの部屋…?」
この時、私は思いがけない危機に遭遇していた。
というのも、木工作という男性は部屋を用意してくれたものの…若い男性と、年頃の女子高校生を一つの部屋にさせたのである。
「…何か、不服な事でもあるのか?」
私が微妙な表情をしている理由がわからない現八は、首を傾げながら私に問いかけてくる。
「だって…なんで、女の私が…!!」
あっけらかんとした態度で尋ねてくる現八に、私は頬を赤らめながら声を張り上げようとすると…信乃が指を口に当てて、静かにするよう促していたのに気が付く。
そして、途中で口を閉じた私に対し、彼は小声で話す。
「…お主は今、男の身にやつしておるのだ。村長に男三人の旅と思われても致し方ない。…一晩の辛抱じゃ」
「う、うん…。そう…だよね…」
「…ああ」
私は、信乃が私を黙らせようとした理由がわかり、熱くなっていた感情も少し落ち着かせることができた。
「安心せい。誰も童のような身体をしたお主の着替えなんざ、覗かんからな!」
「ちょっと!!何、さらりと失礼な事言っているのよ!!」
現八の台詞に対して不服に思った私は、彼の目の前で頬を膨らませながら、その時を過ごす。
こんな軽口を叩いてふざけられたのは、本当にこの時だけだったという事を…私は後ほど知る事になる。
「さて…明日になれば、下野国に入る…かな?」
その後、私は村長宅の裏山にある温泉に浸かっていた。
今浸かっている温泉は石灰水のせいか、水面が白い。露天風呂だから、これだけ熱いお湯に浸かっていても大丈夫そうなため、私は首くらいまで浸かりながら温泉を堪能していた。
「あの夢…何だったのかなぁ…?」
私は、ポツリと独り言を呟く。
この時、私は昨晩見た夢の事を考えていた。これまで、八犬伝の夢くらいしか見ていなかったため、素藤が出てくるなんて思ってもいなかったのである。
あの男性の服装…。おそらく、戦国時代よりも昔の着物ってかんじだった…。という事は、過去の出来事だっていうの…?それに…すごく、優しい声だった…
私は、夢で見た素藤という男の顔を思い浮かべながら、頬を少し赤らめる。
『伏姫様曰く…「一は“先の世から来た姫”。二は“千里眼を持つ者”」だそうですね…』
すると、ふと私の脳裏に、昨日述べていた音音さんの台詞が思い浮かぶ。
“千里眼”かぁ…。なんか、平成では考えられない事が起きているようなかんじよね…。それに、音音さんが言っていた“三世の姿”とやらの3つ目も、何を意味するか気になるし―――――――――――
顎まで湯に浸かっていた私は、口で湯をブクブクと音をたてながら、考え事をしていた。
『お願い…』
「!!?」
それから、狭子が湯に浸かっていると…彼女の脳裏に、女性の声が響く。
「いっ…!!!」
すると突然、ひどい耳鳴りを感じる狭子。
それが余りに強烈な耳鳴りだったため、両手で耳を塞ぎ、その場で立ち上がる。
「っ…ぁ…っ!!」
私の心臓が強く脈打ち、頭を抱えながらその場でふらつく。
『お願い…今宵だけでいいから…』
「!?貴女は…一…体…!!?」
耳鳴りと共に、女性の言葉が続く。
しかも、その声は昼間に私が聞いた声と全く同じであった。
何か…身体が変なかんじがする…。どういう事!!?
頭を抱えながら、私は何が起きているのか全く把握できない状態に陥る。
「…っ…!?」
頭の中が混乱する中…突然、私と瓜二つの顔を持った少女が視界に入ってくる。その姿は、淡い水色の小袖を身にまとう女性。そして、服装以外は、本当に私そっくりであった。
「だ…れ…?」
視界に入ってきた女性を見上げながら、私は気を失ってしまう。
…あれ…?
意識を取り戻した私は、いつの間にか温泉から上がり、小袖を身にまとって歩き出していた。
いつの間に…?
知らぬ間に移動していたようだが、私はすぐに自分の身体の異変に気が付く。それは、狭子の意思とは関係なしに自分の身体が動いているのだ。
何これ…また夢!!?
私は自分の身体が勝手に動いている事に気が付き、夢なのかと錯覚する。しかし、歩いている時にくる足の衝撃は感じているため、夢ではない事に気が付く。
「すみませぬ…。しかし、しばしの間だけ…この身体を私に貸してくださいませ…」
え…?
またもや、私の意思にそぐわぬ言葉が、私の声で現れる。
身体を…?
今の台詞を不思議に感じた狭子であったが、勝手に動く身体…そして、意識を失う前に見た女性の事を思い出し、自分に何が起きているのかを唐突に理解する事となった。
「狭…戻るのが遅いな…」
一方、部屋の中にいた信乃と現八。
二人とも刀の手入れをしていたが、私の戻りが遅いためか、信乃がポツリと呟く。
「…あれとて、女子じゃ。風呂が遅いのは、特におかしい事でもなかろうて…」
「ああ…」
そんな信乃を見て、現八は静かに答えた。
何気ない会話をした後、再び沈黙が始まる。すると――――――――――
「!!」
襖が突然開き、身構える2人。
しかし、そこにいたのはお風呂上りで、髪が半渇きである狭子であった。
「…なんじゃ、お主か。…驚かせおって」
咄嗟に構えていた現八は、柄を握っていた右手を離す。
しかし、現八の台詞に対し、眉一つ動かさない私。
部屋の襖を閉めた私の視線は、すぐ近くにいた信乃を捉える。
「狭…?」
この時、私の表情を見て何かを感じたのか…彼は不可思議そうな表情を見せる。
このかんじ…この感触…。でも、この娘は一体…?
私が瞳を閉じるような感覚でいる中、“私”は口を開く。
「信乃様…」
「…!?」
私の姿をした“その娘”は、信乃の名前を呼ぶ。
しかし、2人は驚きの余り、後ずさりをしていた。それもそのはず―――――私が信乃や現八に“様”をつけて呼んだりはしていないからだ。
「お主…まさ…か…?」
しかし、この第一声で気が付いたのか、刀を手にしようとしていた信乃の右手が離れ、恐る恐る近づいていく。
「信乃様…。私です…大塚村の浜路…です…!」
「!!!」
“私”の口からその台詞が紡ぎだされ、目を見開いて驚く信乃達。
しかし、驚いているのは私も同じであった。
なんで、私の元へ来たのかわからないけど…これって…!
自分の身体が勝手に動き出している事を実感している狭子。何と、狭子の身体に死んだはずの信乃の許嫁・浜路の霊がとり憑いているという状況になっているのであった―――――――――――
いかがでしたか。
新章に突入し、「なんだこれ!?」と思われた方も多いと思います。
狭子が見た夢については…作者によるオリジナルストーリーの一端なので、今はこんなかんじでご勘弁を。
ただ、信乃の許嫁・浜路が狭子に取り憑く…というのは、原作では”犬士列伝”の”甲斐物語”から来ています。
これを言っちゃうと、次話の展開が読めちゃうかもしれませんが…
原作では、”化け猫退治”などの後になるため、時系列が全然違っているのですが、今後の展開や主人公・狭子にも大きく関連する話なんで、短い話だけれど、入れさせていただきました。
ちなみに、彼らが滞在している猿石村も、本来は甲斐国にある地名となっております。笑
さて、なぜ浜路は狭子の身体を借りて信乃達の前に現れたのか!?
そして、なぜ夢の中に素藤が出てきたのか?
後者についてはまだ語れませんが、前者については次回をお楽しみに★
ご意見・ご感想があればよろしくです♪