第14話 ”鬼”と狭子との関係
<前回までのあらすじ>
荘助を仲間にした狭子と犬士達は、彼の情報を元に5人目の犬士・犬山道節を迎えるために白井へ向かった。道中で、道節の仇討騒動に巻き込まれ、扇谷定正の家臣達と刃を交える事となる。戦いのさ中、狭子は素藤の忍・狩辞下に襲われる。しかし、すぐに助け出され、一行は荒芽山に住む音音の元へ訪れる事となった。
音音と名乗る老女は、狭子が「未来から来た」という事実を知っているようだった。そして、彼女の口から、狭子や”鬼”の事について語られ始めるのである。
「お…鬼…?」
驚きの余り、私は言葉を失っていた。
いくら架空の存在が入り混じるこの“里見八犬伝”の世界でも、鬼という存在が出てきた事はなかった。そのため、物語を知る狭子も何が何だかわからない状態になる。
「偽りかと思うやもしれんが…」
私や四犬士を見かねた道節が口を開く。
「この音音が申す事は、嘘偽りのない誠の理。…わしは幼き頃からこの者を見ておるが…。10数年が経とうとも、音音は今と姿かたちが全く変わっておらんのだ」
「それって…」
…それって、歳を取らないって事…なのかな?
道節の台詞を聞いて、私はそんな事をふと思った。
そして、少しの間だけ沈黙が続いた後――――――――音音さんが口を開く。
「…鬼が人の子と異なる点は…それぞれが不思議な特徴や能力を持つという事。姿形は、人と大して変わりませぬ」
「力とは…如何なるものでしょうか?」
音音さんの語りに、首を傾げながら荘助が尋ねる。
「私は、鬼としての名を“神護鬼”と申します。これが意味するものとは、“神”…ここでは、神霊や霊魂の類となりましょうか…」
「…霊が見えるって事?」
「左様でございます、姫様。そして、私は…」
老女は、狭子の方を見つめながらゆっくりと語る。
「今から10年ほど昔…。神霊と相成られた里見家の姫君・伏姫様にお会いしたのです」
「えっ!!?」
それを聞いた瞬間、その場にいる全員が目を丸くして驚く。
確かに、自害した伏姫は神霊となって、犬士達を導く…という話はあるけど…。まさか、そんな展開があったとは…
私は八犬伝の事を考えながら、彼女の話を聞く。
「…でも、犬士と伏姫様には縁があっても…私とは何も関わりがないはずですけど…?」
不思議に思った私は、音音さんに疑問をぶつける。
「…ちなみに、姫。貴女がこの時代に来られる際…何か、声のようなものを聴いたのでは…?」
「あ…!!」
狭子はこの時、自分が学校の階段から落ちた時のことを思い出す。
『あの子たちを…導いて…!』
あの時聞いた女性の声…。今でも思い出せるな…
そんなことを考えていると、音音さんは私の気持ちを察したかのようにして口を開く。
「その時、語り続けていた声…。そして、貴女様をここにお連れしたのは…まぎれもない、伏姫様なのです」
「なっ…!?」
私は、またもや目を見開いて驚く。
しかし、今聞いている話がどれも突拍子もない事なので、あまり大げさに驚くことはなくなっていた。
「伏姫が私を、この時代に…。でも、一体何のために…?」
「一の理由は、犬士達を導く事にあるのかもしれませんが…。それ以上の事は、この音音も存じませぬ」
「そう…ですか…」
“自分が戦国時代に飛ばされた理由”を問い詰めたかったが、音音ですらわからない以上、無理に問いただす事はできない。
私は、何とも歯がゆい気持ちになる。犬士達の視線が私に集中する中――――――曳手さんが、音音さんに耳打ちをしていた。
「なんと…!!」
それを聞いた音音さんは、小声ではあるが瞳を見開いて驚いていた。
そして、数秒ほど私たちの間で沈黙が続いた後、一呼吸した音音さんが口を開く。
「…本題へ戻りましょう。次に、数多の特徴や能力を持つ鬼の中で…今、最も姫や犬士達に害を及ぼすであろう“彼ら”の話を致しましょう」
「“彼ら”…?」
信乃や現八。そして、小文吾が真剣な表情になり始める一方…“彼ら”を知らない荘助と道節は、不思議そうな顔をしていた。
この時、私の右腕や首筋にかゆみを感じた。
「…蟇田権頭素藤…と名乗る男をご存じですね?」
「…はい…」
「あの、白髪で色黒な男…」
突然、直球を投げてきた音音さんの問いかけに、私は首を縦に振る。
また、実際に刀を交えた事のある信乃は、真剣な表情で呟いていた。
「確か…風貌は変だが、面構えの良い男だったな!」
「…あの男もまた、“鬼”という存在…。“彼ら”の鬼としての名は、“蒼血鬼”。肉体が冷たく、血を食らう鬼を意味します」
「血を食らう鬼…!!?」
音音さんの台詞に対し、一同が不思議そうな表情をする。
血の色が蒼いわけでもないのに…どうして、そんな名前なんだろう…?
私は、ふとそんな事を考える。
「素藤を始めとし、先ほど姫の血を食らおうとした忍・狩辞下や、漆黒の小袖をまとう鬼・牙静…。彼らの狙いが、姫である事も…方々、ご存じですね?」
「ああ。何故、狭を連れ去ろうとしたのかはわからぬがな…」
音音さんの視線が、犬士達に向いた時…彼らを代表して、小文吾が答えた。
「奴らは一体、何者なんですか?」
私の隣で、信乃が真剣な表情で尋ねる。
『“染谷純一”…とやらを、俺は知っている』
「!!!」
この時、自分達の元から去る時に述べた素藤の台詞とその時の風景が、視界に入ってきた。
…彼らが鬼だとわかったけれど…あの男性―――――――蟇田素藤がなぜ、純一の事を知っているのかな…?
自分に見えた光景に驚きつつも、そんな事を冷静に考える狭子。そして、「そればかりは、この音音らにもわからないだろう」と内心でうすうすと感づいていたようだ。
「…伏姫様の神霊にお会いした時…あの方は狭子姫の事を、こう申しておりました」
「私の…?」
音音さんの真剣な眼差しが私に向いた瞬間――――――私の心臓が強く脈打った。
「これから現れるであろうその女子は、三世の姿を持つ者…と」
「“三世”…?」
「私にも、はっきりとした意味はわかりませぬ。ただ、伏姫様曰く…「一は“先の世から来た姫”。二は“千里眼を持つ者”」だそうですね…」
「千里眼!!?」
私は、驚きの余り、声を張り上げてしまう。
「千里眼とは、確か…」
ボソッと信乃が呟く中…私の表情を見て、何かを察した音音さんは、再び話し出す。
「千里眼について…何か思い当る事があるようですね?」
「はい…」
私は、その場で首を縦に振った。
千里眼という能力がどんなモノか…インターネットで見たくらいの知識しかなかったが…これまで、自分の身に起きた現象を考えると、「それ」を持っていても不思議でない事に気が付く。
「貴女の三の姿については、申していませんでしたが…。私が思うに、彼らは姫が持つ三世の姿のいずれかが狙いなのでしょう…」
「…まさか、狭子殿にそのような力がおありとは…!」
千里眼の名前を聞いて、荘助が私に視線を向けながら驚いていた。
“凡人が見えぬくらい遠くのモノまで見える能力”―――――――その千里眼を持っていたから、行徳で信乃を見つけたり、白井で道節と合流できたのである。今思えば、八犬伝の事が夢に出てきたのも…一重に“過去を透視る”という意味で、千里眼の一種なんだろうと、狭子は考えていた。しかし一方で、新たな疑問が生まれる。
…里見八犬伝の登場人物ではない私が、なぜこんな能力を持っているんだろう…?
その事だけがわからず、腑に落ちない気分となる狭子。
「そういえば…」
腑に落ちない気分になりつつも、私はまた新たな疑問が思い浮かぶ。
「音音さん達にとって道節さんは、貴女方の“主”だからわかるけれど…。どうして、私の事を助けてくれたのですか?」
「鬼に狙われる、いわば少し危ない人間なのに」とまで言おうとしていたが、流石にそこまでは口にしなかった。
私の問いかけを聞いた音音さんや、その後ろに控えている曳手さんや単節さんの表情が一瞬だけ曇る。しかし、すぐにその表情は穏やかなものへと変化する。
「…西洋の鬼の血を半分引く蒼血鬼が、古き時代より我々と敵対している…という事もございますが…一番の所以は、伏姫様の神霊にお会いして…その方が持つ、想いに触れたからでございましょう」
「…“想い”…?」
「…左様。姫様は、己が死に…玉梓の呪いに怯える故郷・安房の国の民や…里見家の事を案じていました。故に、自らが生み出した犬士達を支える“何か”を欲したのかもしれませんね」
「玉梓…!」
私はその名前を聞いて、思い出す。
犬士を探す事に夢中だったけど…そうだ。里見家を憎む玉梓が、このまま何もしないわけがない。きっと、何か仕掛けてくる…!!?
おぼろげではあるが―――――玉梓が、八犬士らの最大の敵となる存在である事は、私も知っていた。
「でも…普通の女子高生である私が…彼らを支えるなんて…」
私は、自身にそんな力があるとは思えず、思わず視線を下に落としてしまう。
「ご自分を信じてください、姫。貴女の想いが、八犬士の力となるでしょうから…」
そんな私に対し、音音さんは諭すようにゆっくりとはっきりした口調で応えてくれたのである。
それから夜が更け、私達は身体を休める事となった。
「信乃…眠れないの?」
「狭…」
現代で言えば、夜中の1時くらいだろうか…。いろんな話を聞いて、私はとても眠れる気分ではなかった。
月を見ようと、起き上って外に出ようとすると、縁側に座る信乃の姿があったのだ。
「そうだな…。お主も眠れぬのか…?」
「うん…。音音さんから、いろんな話を聞いて…考え事をしていたからかな…」
そう答えた私の視界に、見たことのない脇差が入ってくる。
「それ…」
「ん…?ああ、これか…」
私の視線に気が付いた彼は、その脇差を手に取って口を開く。
「これが本来、成氏公に献上するはずだった村雨丸…。道節が“共に忠義を果たそう”…と言って、某に返してくれたのじゃ」
「そっか…。ねぇ、隣…いい?」
「…ああ」
村雨丸を鞘に収めた信乃は、その場に座り込む。
そして、私もその隣に座り始めた。
最初に見た時の信乃…何だか、悲しそうな表情をしていたな…。この原因って、やっぱり…
狭子はなぜ、信乃が月を見ながら悲しそうな表情をしていたのかと考えた途端…胸がひどく痛んだ。
「…やっぱり、浜路さんの事…考えていたんだね…」
私がポツリと呟くと、信乃は否定も肯定もしなかった。
その場で黙ったまま、夜空に浮かぶ月を見上げる。月明かりに照らされた信乃の表情は、笑っているような、泣いているような―――――そんな表情をしている。
「故郷においてくるだけだったのに…もう、永遠に会えなくなると思うと…な」
信乃はそう語りながら、脇にさしている村雨丸を見つめる。
「お主と出会い、様々な事があったが…果たして、俺なんかが里見を救う事など…できるのであろうか…?」
「信乃…」
「許嫁すら守れない……ただの…男が…!」
この時…私は、あえて彼の顔を見なかった。
泣きはせずとも―――――その表情はひどく悲しく、つらそうにしているのは、わかりきっていたからだ。
八犬伝においての信乃は…それこそ、英雄のような存在だ。でも…彼とて、自由に怒ったり笑ったりする…。普通の男子だもんね…
“誰もが皆、強いわけではない”――――――そう思った途端、私は彼の事がすごく愛おしく感じるようになる。
「…狭…?」
私は、何も言わずに信乃の肩に寄り掛かった。
不思議そうな表情をした彼は、私に視線を向ける。
「不安になる事もある…。でも、私や…犬士が、側にいる…。好きな女性をいつまでも想うのも大事だけど、一人で抱え込まないで…ね?」
私は独り言を呟くように、信乃へ告げる。
しかし、これは自分にも言い聞かせている台詞といっても過言ではない。
「…すまぬ…」
永い沈黙が続いた後、彼はポツリと小さな声でそう呟いた。
その後の私と信乃は、ただ月を見上げていた。
“三世の姿”か…。でも、3つ目の私って…一体、何だろう…?
私は、月夜を見上げながら、ふとそんな事を考える。また、信乃はおそらく…亡くなった許嫁・浜路の事を考えていたのだろう―――――
一方――――そんな私たちのやり取りを、少し離れた場所で見ていた音音さん。そして、彼女は側に控えていた単節さんに向けて、ポツリと呟く。
「やはり…似ておりますね」
「音音様…?」
その呟きを聞いた単節は、首を傾げる。
「狭子姫の事です。…いでたちや雰囲気が、あの方に似ているなと。それに…」
「…姫から発した“蒼き光”…についてですか?」
その台詞を聞いた音音さんは、黙って頷く。
そして、少し考え事をした後、彼女は再び口を開く。
「…ええ。私が伏姫様の神霊と相見えた際…あの方も、蒼き光の中から現れ出た…」
「…!もしや、姫様は…!?」
「…ええ。おそらく今、私とそなたは同じことを考えているでしょう…。ただし、確証がない」
「ご本人には、申し上げない…という事ですか?」
「…左様。この件につきましては、私ではなく…いずれ、語るべき者達が語る事と相成るでしょう…」
単節にそう答えた音音さんは、私たちと同じように月を見上げていた。
自分が千里眼を持つ人間だとわかったが…流石に、この音音さん達のやり取りは知るはずもなかったのである。
こうして、それぞれの想いが交差する中―――――――荒芽山での一時が過ぎていく事となるのであった――――――――
いかがでしたか。
今回は、ほとんどが狭子の話題についてでした。
まだすべてとはいきませんが…主人公である彼女の事がいくらかわかったかと思います。
伏姫が狭子の事を話していたのはもちろん、フィクションですが…実は、原作での音音は何かしらの形で神霊となった伏姫と、富山で会う事となっているのです。
その事実を参考にさせて戴きました。
ちなみに、
”先の世から来た姫”→現代の高校生・三木狭子
”千里眼を持つ者”→?
3つ目の姿→?
音音が作中で言っていた”三世”を説明すると、こんなかんじ。
?に入る言葉は決まっていますが、ここで書くとネタバレになるので、それは作中でご確認を★
でも、3つ目についてのヒントは、音音さんが口走ったかも…?
「狭子の正体は…」と書きたい所ですが、まだ真実が明らかになる段階ではないので、それもまた後ほど…
さて!この回を持って、第3章は終了となります。
次回からは原作で言う”犬士列伝”の中でも有名なあれとあれの話が出る…?
また、狭子の出生に関係する出来事が列伝のいずれかを借りて起こるかもしれない…?
とにかく、次回をお楽しみに!!
ご意見・ご感想があればよろしくお願いします(^^