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八犬伝異聞録 蒼き牡丹   作者: 皆麻 兎
第三章 犬士達が集う一方で
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第13話 五犬士集結

「どうして、こんな所に…?」

私は、首を傾げながら呟く。

戦いのさ中、私の前に現れたのは…素藤に襲われた際、彼が連れていた男。風貌からして忍びのようだが、なぜかあの男性ひとと似た雰囲気を持っている。

「…ああ!先に言っておくが、此度はお前を連れて帰れとは命じられていねぇから!」

「なっ…!?」

その台詞を聞いた瞬間、私は心臓が強く脈打つ。

 そうだ…。あの時、彼は私を連れ去ろうとしていた…?

その時は自分の事で精一杯で何が起きているのかも実感できなかったが…今思い返してみると、私をどこかに連れて行こうとした雰囲気はあった。

「…貴方たち、一体何者?何故、私が未来から来た人間だって知っているの?」

「さぁな。俺は、素藤の野郎から聞いた程度しか知らねぇ。それよりも…お前が以前呟いた“きゅうけつき”って…何だ?」

「え…?」

急に何を聞くのだろうと感じた狭子。

確かに、“吸血鬼”と言っただけでは、この時代の人はわからないのかもしれない。私はツバを飲み込んでから、口を開く。

「…犬のような尖った歯を持ち、人間の生き血を食らう鬼…。文字通りで言うなら、そういう存在…かな」

「“血を食らう鬼”…ね。成程、間違ってはいねぇようだな…」

「…?」

男は腕を組んで考え込んだが、すぐに納得した表情かおになる。

「まぁ、平たく言えば、俺たちは古来から生きる鬼だ。ただし、俺様や素藤…牙静がぜいなんかは特殊だがな!」

「…牙静?」

その名前を口にした瞬間、男は顔をにんまりとさせる。

「最初に、お前の血を食らった野郎…と言えば、わかるかな?」

「!!?」

声が自分の背後から聞こえた瞬間、私はバッと振り向く。

 いつの間に背後へ…?全然気が付かなかった…

長髪の男は、まるで瞬間移動でもしたかのように、私の後ろにいる。その人間離れした動きに、私は驚きを隠せない。

そして、男は少しずつ私に近づいてくる。

「こ…来ないでよ…!」

近づいてくる男に対し、私は後ずさりをする。

しかし、木の幹にぶつかり、簡単には逃れられないような状況になってしまう。そして、獲物を追い詰めたような表情かおで、男は私の目の前にいた。

「俺様の名前は、狩辞下りょうじげ。一応、蟇田権頭素藤ひきたごんのかみもとふじに仕えている忍って事にしておいてくれ!それで此度、お前の前に現れたのは…個人的な要件というわけだ」

「個人的な…?」

私はその先を聞いてはいけないとわかっていても、疑問形を消すことができなかった。

すると、男は私の頬を右手で触れる。

「奴らが興味を持つくらいだ…。お前の血の味は、如何なるものかと思ってな…」

「くっ!!?」

突然、男は私を突き飛ばし、頭が木の幹に激突する。

その衝撃によって、立ちくらみをする狭子。気が付くと、私の頬に触れていた右手は、私の首を押さえつけるように広がっていた。

「痛っ…!!!」

首に入る力があまりに強く…そして、狩辞下が爪を立てていた所から、血が出始める。

「さて…。少々、味見をさせてもらうぜ…」

耳元で囁く男の声に、悪寒を感じた。

 “吸血鬼”の言葉の意味に納得していた…。だとすると、こいつらって…!?

首を押さえつけられ、全く抵抗できない状態で私はそんな事を考える。

 でも、本物の吸血鬼だとしたら…何かおかしいような…?

ふとそんな事を考えた矢先…

「あっ…!?」

首筋をつたっている血を、狩辞下の舌が受け止める。

男の舌が、私の首筋をなぞるようにつたった瞬間――――――私は全身に鳥肌が立つ。

「…うめぇ」

「ひっ…!!」

私が恐怖の余りに身体が硬直している中、またもや耳元で囁く狩辞下。

抵抗しようにも、自分の利き腕はこの男の左腕に掴まれていて、身動きすら取れない。

「…足りねぇな」

「…?」

「今度は、歯で直接味わいてぇなぁ…」

そうしきりに呟く鬼の忍は、恐怖の余りに力が抜けた私の左腕を掴んだ己の手を離す。そして、代わりに私の小袖の衿に手をかける。次第に顕となる私の素肌。それを見る相手のは、まるで獣のようであった。男の指が首筋を撫でるように触れ、その感触がやはり冷たい。しかし、当の私は頭の中が真っ白となって何も考えられなくなり、本当に気を失ってしまいそうになる瞬間だった。


「…っ…!!」

その後の出来事は一瞬だった。

私の目の前に一筋の風が吹いたかと思うと、狭子の目の前からあの男がいなくなっていた。

「…来やがったか」

気が付くと、狩辞下は少し離れた場所で忍び刀を構えている。

しかし、その場にいたのは彼と私だけではない。そこには――――――――――――

「この方には…これ以上、触れさせない…!!」

私に背を向け…立ちはだかるようにして、一人の女性が存在している。

栗色の髪を持ち、御団子頭のようにまとめている女性が自分の目の前にいる。何が起こっているのか理解が追いついていないが、その女性の格好が、TVや映画などで見る“あれ”の姿に多少似ている事に気付く。

「姫…ご無事ですか?」

「あ……はいっ…」

“姫”という呼び方が気になりつつも、私はその場で首を縦に振った。

 瞳の色が蒼い…。もしかして…?

私の方を横目で見た時、その女性(ひと)が持つ蒼い瞳が一瞬だけ垣間見える。

「…ったく。てめぇが来たという事は…あの女の差し金か?」

「わが主を“あの女”呼ばわりするとは…口数の減らない男だな、狩辞下」

そう言い放ちながら、彼を睨みつける女性。

その右手に握られているのは、狩辞下が持っているのと同じような、忍び刀だった。

「けっ!!人間どもに仕える、間抜けな神護鬼しんごきなんざ、“あの女”呼ばわりで十分!!」

狩辞下がそう言い放ったかと思うと…一瞬の内に間合いをつめ、女性が持つ忍び刀がその一撃を受け止めていた。

「嫌がる姫の血を、無理やり食らおうとするとはな…!!浅ましい男よ…!」

「生憎、そんな肉体に生まれついちまったものでね…!!だが、人間が人間を殺める行為より、よほど現実的だと思うぜ!!?」

紺色の髪を持つ忍と、蒼い瞳を持つ忍は言葉を口にしながら戦っていた。

「すごい…」

その刀さばきが、全く目で追えず――――私は、ただひたすら彼らを見つめる事しかできなかった。

「…!!」

すると、懐から何かを取り出した女性は、それを地面に叩きつける。

「っ…目くらましか…!!!」

地面に落ちた物体モノから、白い煙がたちこめる。

辺りが霧に包まれたように真っ白となり、人も草木の姿すらも見えなくなる。

「…姫。今の内に、参りましょう」

「でも、信乃達が…!!」

辺りが真っ白になっている中、栗色の髪の女性の声が耳元に響いてくる。

「ご安心を。道節様がたには、単節ひとよがついてますゆえ…」

「え…?」

「…兎に角、急いでいるので…失礼」

女性がそう呟いた途端、私の身体が一瞬だけ浮き上がる。

気が付くと、女性が私をおぶって走り出していた。

その速さは人とは思えないくらいで、周りの風景がどんどん見えなくなっていく。

 突然現れたこの女性ひと…。風貌と、この身のこなしを見ていると、忍みたいだな…。それに、狩辞下あいつの事も知っていたし…何者なんだろう?

私は、この栗色の髪を持つ女性の事を気にしながら、おぶさっていた。

「…ひとまず申し上げられるのは、わたし共は貴女様の敵ではないという事。そして、音音おとね様の命で、貴女方を迎えに参上したという事だけです」



その後、私たちは荒芽山あらめやまの山中にある、庵にたどり着く。

「狭…!!」

「信乃…皆…!」

その場所には信乃や小文吾ら、5人の犬士がいた。

無事を確かめ合う私たち。

「すまなかった、狭。定正の家臣達に行く手を遮られたとはいえ、そなたを守ってやれなかった」

信乃が、まるで迷子になった子供のような表情かおでそう口にしたものだから、少しだけ戸惑いを感じてしまう。

「う…ううん!そんな事ない!大丈夫!!…私よりも、皆こそ大丈夫だった…?」

「数は多かったが…それほど取り乱す事もなかった」

「おうよ!!」

頬を赤らめる一方、私は他の犬士達に声をかけると、皆が元気に答えてくれた。


「方々…お集まりになったようですね…」

「あ…」

その後、襖が開きそこから犬山道節と一緒に、一人の老女が入ってきた。

その女性は、年齢で言うと40~50代くらいの女性。でも、どこか品のあるような雰囲気を感じられる。そして、2人が地面に座り込み、私たちは円陣のような形で向かい合って座る。

「こやつは、わしの生家・犬山家にて乳母を務めていた音音おとねじゃ。そして…」

曳手ひくて単節ひとよ。こちらへおいでなさい」

「はっ」

音音が一声で名を呼ぶと、彼女の背後に2人の女性が姿を現す。

「この娘達は、私めの生家に仕えし忍。左手側におりますのが、曳手ひくて。その隣が単節ひとよと申します。以後、お見知りおきを…」

2人を紹介した時、同じ顔だちから、彼女達が双子だという事がすぐにわかった。

「そして、この庵は音音が隠れ住み、わしも隠れ屋として利用していた場。いくらか安全な場所だから…やっと、腰を落ち着けて話ができる」

そう言うと、道節は改まった表情をして私たちに向かって頭を下げる。

「若!!?」

その体勢を見た音音が顔を丸くして驚く。

「拙者は、犬山道節忠興いぬやまどうせつただともと名乗る者。此度の助太刀、誠に感謝致す…!」

「…何!気にする事ない」

「貴方も、我々と同じ犬士なのですから…」

優しげな表情で答える信乃の一方で、荘助がその隣で懐から取り出した「忠」の玉を見せる。

「それは…」

「先日、円塚山での立ち回りの際…わたしが持っていた玉と入れ替わっていたみたいです。あの時は、こちらも申し訳なかったと思っています」

荘助は苦笑いを浮かべながら、道節の方を見て謝罪をしていた。

 そうだ!この展開から言うと…

私はふと大事な事を思い出し、信乃に声をかける。

「ねぇ、信乃。道節さんは己が犬士だって事…知らないんだよね?…丶大法師ちゅだいほうし様から聞いた、伏姫様とのえにしについて…ちゃんと話した方がいいのでは…?」

「!!…そうであったな」

私は小声で彼に耳打ちすると、真剣な表情で頷いてくれた。

そして、深呼吸をした彼は、犬士達や音音ら女性陣の方を見て口を開く。

「道節殿…。その…俺たちが貴公の助太刀を致したのは、ちゃんとした所以があっての事なのじゃ…。少し話が長くなるが…音音殿も共に聞いてほしい」


 そして、信乃の口から八犬士誕生の秘話。そして、自分たちが牡丹の痣を持ち、犬の姓を持つ由来など、法師様から聞いた話が道節ら犬山家の面々に語られる。

「成程…。わしら5人は、伏姫とやらの縁で結ばれた兄弟…というわけだな」

「…左様」

多くの事を語っていた信乃は、真剣な表情をしつつも少し疲れているように見えた。

いろいろな話を聞いた道節もまた、考え込んでいるのか少し黙り込んでいた。

 とにかく、今の段階で集まった犬士は5人…。でも、私が現代に帰れるのは、いつになるのだろう…

“五犬士会同”という凄い瞬間を目の当たりにしているのに、私の心の中は曇っていた。普段だったら、「原作の流れに自分がいる!!!」と物凄く喜んでいたはずであろう。

「ところで…」

すると、考え事をしていた道節が口を開く。

そして、何やら気まずそうな表情で私の方を見つめる。

「お主らとわしとの関わりについては、ようわかった。しかし…この男の格好をした娘御は、何者だ…?」

「あ…」

こんな展開は、何かしら訪れるのはわかりきっていた事だけれど…本当にそうなると、不思議なかんじがした。

「私は、三木狭子と申します。えっと…」

私は自己紹介をし、自分が未来から来た人間だと話し出そうとしたその時だった…。

「“先の世から来た姫”…」

「えっ!!?」

すると、道節の側に控えていた音音さんが、思いもよらぬ事を口にする。

「音音…。そなた、今何と申した!!?」

犬士達が呆気にとられている中、同じように驚いた表情で道節が彼女に尋ねる。

主に尋ねられてはいるが、この時ばかりは彼女も背筋を伸ばし、真剣な表情で口を開く。

「このお方に関しては…私どもの事も含め、この音音から話させて戴く事を、お許しください」

「音音さん…。なぜ、その事を…?」

この時が初対面のはずなのに、自分の事を知っていた事に戸惑いつつも音音に尋ねる狭子。

すると、私が怯えているのを察したのか、穏やかな表情で言う。

「…驚かれるのも無理ありません。しかし、これは貴女だけでなく、若や犬士の皆様にも関連してくる話ですので、少しお耳を傾けて戴けますか?」

「…はい」

その穏やかな表情を見た私は、首を縦に振る。

 なんか…この女性ひとを見ていると、安心するな…

内心ではそう思っていた。

「…して、音音とやら。なぜ、お主は狭が“先の世から来た娘”である事を知っておるのじゃ?」

用心深そうな表情かおで問いかける現八。

しかし、そんな疑いの眼差しをものともせず、音音さんは語り始める。

「…これから、永い語りとなるでしょう。それは、私が人の子ではない…“鬼”という生き物だからです」

「なっ…!!」

この時、私と4犬士は、目を見開いて驚く。

そして、この後…音音さんによって、里見八犬伝には出てこないはずの存在 “鬼”と、私との関係が語られる事となる―――――――――――


いかがでしたか。

前回は中途半端な所で終わってしまいましたが、今回はまだよいかんじだったかも?


今回で初登場となる音音や曳手ひくて単節ひとよ

音音が犬山家で(道節の)乳母だったのは原作通りですが、彼女が鬼だという事。そして、曳手ひくて単節ひとよの双子が忍だってのはオリジナル設定です。

この双子の忍のモデルは、ギャグ王!で昔連載していたマンガ「里見八犬伝」に出てくる同名の女の子たち。

まぁ、原作話はこんなかんじにして…


次回は、この作品の心髄とも言える主人公・狭子についての事が一部語られると思います。

この作品は、基本は八犬伝に沿って話を進めていますが、主人公である狭子も、ただの女子高生ではないちゃんとした設定があるのです。

…そういった「秘密を持っている感」を描くのが好きな作者だったりする。笑

という事で、次回もお楽しみに★


ご意見・ご感想があればよろしくお願いします!!


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