第9話 勇者、進路希望「勇者を辞めたい」
進路希望調査票の束をめくっていた俺は、ついに黙り込んだ。
「……勇者、辞めたい?」
生徒の名前は、セナ。
剣術科の2年生で、模擬戦では常に上位。
でも進路希望欄には、こう書かれていた。
「勇者を辞めたいです。戦いたくありません。誰かを傷つけるのが怖いです」
俺は職員室で、元・魔王軍の心理カウンセラー(今は生活指導担当)に尋ねた。
「彼女、何かあったのか?」
「いえ、本人は真剣です。昨日の模擬戦後、剣を地面に突き刺して泣いていました」
「……それは、辞めたくもなるな」
---
校長室にセナがやってきた。
制服の袖には、剣の紋章が消えかけていた。
「校長先生、私はもう、勇者じゃなくていいですか?」
「……理由を聞かせてくれるか?」
「模擬戦で、友達を傷つけてしまいました。
勝ったのに、嬉しくなかった。
私、誰かを守るために剣を持ったのに、いつの間にか“勝つため”に振ってたんです」
俺は、胸が痛くなった。
それは、俺がブラック企業で感じていた“違和感”と同じだった。
---
その日の午後、緊急の教育方針会議を開いた。
議題は「勇者制度の再定義」。
教師陣がざわついた。
「勇者を辞めたい? そんな希望、前代未聞ですぞ」
「だが、彼女は間違っていない。戦うことだけが勇者ではない」
「教育とは、“選ばせること”ではないのか?」
俺は、黒板に大きく書いた。
『勇者とは、誰かのために立ち上がる人間のこと』
「剣を持たなくても、声を上げることも、手を差し伸べることも、勇気だ。
ならば、彼女は“勇者を辞めたい”んじゃない。“別の勇気”を選びたいんだ」
---
放課後、セナが校長室に戻ってきた。
「校長先生、進路希望を修正します」
「おう。どう書き直す?」
「“勇者を辞めたい”じゃなくて、“誰かの心を守る人になりたい”って」
「……それでいこう。お前は、もう十分勇者だよ」
セナは、剣の紋章が消えた制服を見て、少し微笑んだ。
「ありがとうございます。少し、肩が軽くなりました」
俺は、進路指導室の窓から夕焼けを見上げた。
「……定時で帰れる日は、見えないけど。
でも、こういう日があるなら、悪くないな」




