第8話 勇者、進路希望「魔王軍のパン屋になりたい」
進路希望調査票の束をめくっていた俺は、ついに笑った。
「……パン屋?」
生徒の名前は、トモヤ。
回復魔法科の1年生で、癒し系男子。
模擬戦では“パンで回復”という謎の戦法を使い、教師陣を困惑させている。
でも進路希望欄には、こう書かれていた。
「魔王軍の購買部でパン屋になりたいです。焼きたてで友情を届けたいです」
俺は職員室で、元・魔王軍の補給部隊長だった家庭科教師に尋ねた。
「彼、何かあったのか?」
「いえ、本人は真剣です。昨日の授業で“パンの魔力配合率”を計算してました」
「……それ、理科じゃなくて料理だろ」
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校庭の隅にある石窯に行くと、トモヤがパンを焼いていた。
しかも、魔法陣を使って発酵時間を短縮している。
「校長先生、見てください! “回復パン”完成です!」
「それ、魔法アイテムじゃなくて……パンだよな?」
「はい! 食べるとHPが回復します! 友情も回復します!」
俺は、ちょっと感動した。
でも、頭も痛かった。
「なんで魔王軍のパン屋になりたいんだ?」
トモヤは、真剣な顔で言った。
「戦場で一番必要なのは、食べ物です。
敵も味方も、お腹が空いてたら戦えません。
僕は、パンで世界をつなぎたいんです」
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その日の午後、魔王軍購買部への“職場体験”が設定された。
場所は、魔王軍本部の地下厨房。
俺は、校長として“付き添い”という名目で潜入した。
「校長殿、ようこそ。こちらが“焼きたて部隊”です」
厨房には、炎属性の魔族が火力調整をしていた。
水属性の魔族が生地をこね、風属性の魔族が冷却を担当している。
「トモヤくんには、“友情パン”の開発をお願いしています」
トモヤは、魔族たちと笑いながらパンを焼いていた。
その姿は、まるで“平和の象徴”だった。
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放課後、トモヤが校長室に戻ってきた。
「校長先生、友情パン、完成しました! 食べますか?」
俺は一口かじった。
ふわふわで、ほんのり甘くて——なんか、泣きそうになった。
「……うまい。これ、世界救えるかもしれないな」
「ありがとうございます! 将来は“魔王軍公認パン職人”になります!」
俺は、進路指導室の椅子に座り、深くため息をついた。
「……定時で帰れる日は、パンの焼き上がりより遠いな」




