噛み合う歯車、逃れられないシナリオ
「ちょっと、そんな早足で行かなくても……!」
ゼイゼイと荒い息を吐くアンナは、幸太郎の背中に文句を言う。
しかし幸太郎はアンナを気遣う余裕はないようで歩調は変わらなかった。
「もう! ちょっと待ちなさいよ!」
アンナが大きな声で呼び止めてやっと自分が焦っていたことに気付いた幸太郎は申し訳なさそうにする。
「ごめん……」
「……そんなに元の世界へ帰りたいの?」
アンナも小説の異世界へ転生したと気付いた時は喜びもあったが、加隈杏奈の死を受け入れるまで多少の時間はかかった。
しかしありがたいことに既に生活基盤があり、なによりアンナと血が繋がる父と母がいた。その安心感はアンナを包み込み、彼女に前を向かせた。
だが、幸太郎にはそれらが全くない。
訳がわからないまま異世界へ転移し、家もなければ友人もいない状況は不安だろう。なにせまだ高校生で子供なのだ。
「帰りたいよ……」
沈んだ声の切実さがアンナに伝わる。
(なんて自分勝手だったんだろう)
アンナとしてはハーレム要員にならなければそれで良かった。主人公の気持ちなど微塵も考えていなかったのだ。
「……ごめん」
「ん? アンナには色々協力してもらってるし、むしろ謝らないといけないのは俺のほうだろ。時間を割いてもらっていて感謝してる」
(幸太郎のほうがずっと大人だ)
幸太郎の気丈さに、アンナは泣きそうになった。
「……王立図書館はこっち。早く行こう!」
涙を我慢してツンとなった鼻をすすり、アンナは笑顔で幸太郎の背中を押した。
「ここが王立図書館」
大きな青銅の門が開かれた王立図書館は、平民でも閲覧が許可された場所だ。ここにはオズ王国で得られる全ての知識を学べる。
身分証を門番に見せて踏み入れた図書館の敷地はのどかで風に揺れる草木の音以外は聞こえない。王都の喧騒が嘘のように別世界だった。
「王宮図書館には劣るけど、ここも充分な本があるはずだよ」
しんと静まり返った図書館は本の日焼けを防ぐために必要最低限の陽光しか差し込まないが、ウォークウッドの書庫に陽光が当たると温かみが出て、舞うホコリをキラキラと輝かせている。
「魔法に関することなら、この辺りかな……」
アンナは幸太郎を魔法専門の書庫に案内した。
「なんで文字が読めるんだろう?」
それは都合よく言葉が自動的に日本語に変換されるのだ。
しかしアンナは知らないふりをしなければならない。もしここで同調してしまえば自分も異世界へ来た人間とバレてしまう。
「そ、そうなの? でもそっちの方が便利でいいじゃない!」
わたわたとフォローを入れるアンナは挙動不審そのものだが、幸太郎はそれをアンナの優しさだと勘違いして、フッと笑った。
「ありがとうアンナ」
(あぁ~~違うの! 優しさなんかじゃないの~~!)
純粋な笑みを向けてくる幸太郎にアンナの良心が悲鳴を上げる。
「とりあえず色々読んでみないといけないな」
気合を入れ直した幸太郎は手当たり次第魔法に関する書物を漁り出した。
数時間後
「……なにも無かった…………」
正午に来た図書館には、もう西日が差している。
書庫に居た数人の閲覧者は、とうに去り、残された司書以外にはアンナと幸太郎だけだった。
「どの本にも転移魔法に関することはなかったね……」
この小説は冒険目的として書かれたものだ。転移魔法がないかもしれないことは、なんとなく予想はしていた。
「帰れないのか?」
悔しさを滲ませる幸太郎に、アンナは悩んだ。これほどまでに帰りたいと切望する幸太郎を励ます言葉が全く出てこない。
(そうだ……!)
「もしかしたらオズの遺産なら……!」
「あの大魔法使いが作ったアイテム?」
オズの遺産はその効果も不明だ。
しかし普通の魔法では不可能なことも、大魔法使いオズがかけた魔法の魔道具なら元の世界へ帰る物もあるかもしれない。
「オズの遺産――」
それまで絶望していた幸太郎の瞳に輝きが戻った。
黒い瞳は固い決意を宿し、それまでの頼りない子供の印象は消えていく。
一人の少年の覚悟をきっかけに、この世界のシナリオが進むことをアンナは予感した。




