主人公は魅了にお強い
主人公、いや幸太郎は初めて来店してから、サラのお使い以外でもアンナの店へ気軽に来るようになった。
遠慮してほしいと思うが、彼からしたら事情を知っているアンナといるのは楽なのだろう。
そして今日も幸太郎はアンナの店ドロシーへやってきた。
「こんにちはアンナ」
「また来たの」
幸太郎は余裕が出来たのか仏頂面が多少柔らかくなった気がする。
来るたびにそっけなく対応されても気にしない幸太郎は神経が図太い。それがシナリオが進んでいくために欠かせない素養なのかもしれない。
「今日はなにしに来たの?」
幸太郎はカウンターテーブルに腰をかけた。
いつまでも立ちっぱなしで対応するのも可哀想だと少しだけ思って座らせたのが悪かったのだろう。それ以降はテーブルにつくようになってしまったのだ。
既に諦めているアンナは、とりあえずコーヒーを淹れて幸太郎へ差し出す。
「うぇ」
「ふふふ」
幸太郎はコーヒーが苦手だった。それを知ったアンナはワザとブラックコーヒーを淹れている。
(こんな意地悪な女のとこに、いつまで遊びに来るつもりなんだろう)
いい加減他のヒロイン達と出会って解放してほしい、と思いながら腰を落ち着かせた。
「今日トトは?」
幸太郎はすっかりトトを気に入ったようで、来るたびにトトのことを聞いてくる。
もしかしたらアンナではなくトトに会いに来ているのかもしれない。それなら少しは優しい気持ちになれる。
「今はのんびり昼寝中だよ」
トトはアンナがオズ王国に来たばかりの頃に出会ったので年齢は二歳だ。小さかった体は大きくなり、温厚で人が大好きな性格のためか、立派な看板犬として頑張っている。
昼休みはご飯を食べた後にお昼寝をするのが日課だった。
「それで今日は何しに来たの?」
淹れたばかりのコーヒーをちびちびと舐めるように飲む幸太郎は、今日来た目的を思い出したのか、パッと顔を上げた。
「オズ王国の図書館に行きたいんだ」
「図書館?」
「そこに元の世界に戻る手がかりがあるかもしれないだろ?」
幸太郎は一縷の望みを掛けたように言う。
この世界の元となる小説は未完だということを思い出したアンナは、それはいい考えだと同調した。
「そうね、でも図書館を利用するには身分証が必要だよ」
アンナの言葉にがっくりと肩を落とす幸太郎だが、身分証は意外にあっさり作れてしまうものなのだ。
「アンナは持ってる?」
「もちろん」
ほら、と肌身離さず持っているギルドカードを見せると、幸太郎は興味深そうに見入っている。
「俺でも作れる?」
「作れるよ。早いのは冒険者ギルドかな」
アンナが所属しているのは商業ギルドだ。商業と言うだけあり、ギルドカードの発行には審査が必要になるが、冒険者ギルドなら即日発行が可能なので所有している人は多い。
「冒険者か……」
冒険者という単語が不安なのか、しばらく思案して結論を出した。
「これからこの世界で暮らすのに身分証は必要だ。俺は冒険者ギルドに入るよ」
「決定ね」
(これで他のヒロイン達に出会ってもらって、私のところに来なくなったら脱ハーレム要員よ!)
ニコニコしながら幸太郎の決意を見ていると、彼はアンナを上目遣いで見つめる。
「アンナも一緒にきてくれないか?」
(子供か?)
一瞬呆れたが、彼は正しく子供だ。しかも異世界人の高校生なのだから、不安なのは当たり前だった。
「わかった。じゃあ善は急げというし、マンチキンに行こうか」
「ありがとうアンナ」
安心したように初めて微笑んだ幸太郎に、二十三歳の加隈杏奈が胸を押さえて膝を崩しそうになる。
(可愛いけど! でも幸太郎は主人公! 情けは無用!)
それに冒険者ギルドに入れば依頼をこなすことでアンナのところに来る機会も減るだろう。そうなればアンナとしても願ったり叶ったりだ。
「それじゃ、レッツゴー!」
お昼寝から覚めたトトに留守番を頼んで、アンナ達は冒険者ギルドマンチキンへ向かった。
マンチキンへ到着したアンナは青い屋根とクリーム色のレンガ造りのギルドを見上げた。
(いよいよ冒険者として送り出せる!)
意気揚々と両開きのドアを開けると、陽の差し込むギルド内は今日も冒険者たちで賑わっている。
「ラナ! 冒険者登録をお願い!」
アンナの快活な声に、ラナは驚いたように声を上ずらせた。
「え、え!? アンナさん、冒険者にはならないって言ってませんでした!?」
ラナが驚くのも無理はない。
ポーションを卸すアンナを、ラナは何度もスカウトしていたのだ。
白魔法が使える者は少ない。レベルが上がれば全体治癒も可能で、冒険者の中で白魔法を使える人間は需要があるのだ。
「私じゃなくて幸太郎!」
アンナは興奮を抑えることが出来ず満面の笑みで幸太郎の背中を押してラナへと近づける。
「あら! ギルド登録は幸太郎さんでしたか!」
「さあ! ちゃっちゃと登録して!」
急かすアンナに、ラナは苦笑いを浮かべながらも、新しい冒険者が増えることは嬉しそうだった。
受付へ赴いてから十分ほどで、幸太郎の手にはギルドカードが握られていた。
「ギルドに入ったら最低でも月に一件の依頼を受けてもらいます。報酬額の希望と難易度のご相談があれば、私が適切な依頼を探すことも出来ますので!」
「わかりました」
少しだけ緊張している幸太郎に、ラナはにっこりと笑みかけた。
「ようこそ冒険者ギルドマンチキンへ!」
ラナ必殺の輝くような笑みにも幸太郎は反応せず、自分の手にあるギルドカードを握りしめてアンナを見つめる。
そこには嬉しさやこれからの期待など微塵もなく、ただ淡々としている顔だった。
「アンナ、行こう。あ、ラナさんもありがとうございます」
「あ、は~い……」
自らの魅力を自覚してたラナは、男から好かれる笑顔になんの反応も示さなかった幸太郎に口角を引きつらせながら、競歩で去る幸太郎とアンナを苦々しい気持ちで見つめた。




