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パラメーターが上がる音がした

(これでもう関係は断ったと思っていた数日前の自分を怒りたい)


 アンナはやはり森に捨て置くべきだったと嘆いた。


「こんにちは」

「…………」


 昼下がりの午後。

 店が一段落してランチのサンドイッチを頬張っていたら主人公が現れた。

 小さな紙袋を手に、慣れ親しんだ学ランから柔らかいトップスと麻のズボンを身に着けている。何処から見てもこの世界の住人だ。


「……なんで私の家知ってるの?」

「サラおばさんが教えてくれた」

(なんてこと!)


 アンナは確かにサラには食堂で使うスパイスを卸している。しかしまさか家まで教えるとは思わなかったアンナは失態だ、と目元を押さえた。


(いや、考えが浅はかだった……)


 しかし今更悔やんでも仕方ない。

 アンナはげんなりしながらも、わざわざ店兼住居までやってきた主人公を追い出さず用件を聞くことにした。


「それで、何か用?」

「サラおばさんからスパイスのお使い」


 出会った時から感情の起伏が表面化しない顔はそのままだが、少しだけ雰囲気が柔らかくなったのはサラのおかげだろう。彼女は心の鎧を壊して温かく包んでくれる人なのだ。


「そ、スパイスね」

 椅子から腰を上げて店頭に並んでいるガラス瓶に入っている粉末状の調味料を取り出す。


(確かいつも使ってるのは粗挽き胡椒とバジルを乾燥させたもの……)


 スパイスは自分で作ると鮮度は長く持たないが、香りが良くて雑味が少ない。この店は薬草屋だが、スパイスを取り扱ってからは購入層が増えた。今では食堂も貴重な取引相手なのだ。


「はい、お代は五千ボーム」

「えっと……」


 もたつく主人公に、アンナは何度目になるかわからないため息をついて、手のひらに転がる硬貨を指差した。


「千ボームは、この硬貨」


 銅貨を五枚もらう。

 オズ王国では金貨、銀貨、銅貨の順で高額から少額へと下がっていく。

 現代日本に換算すれば金貨一枚十万くらいだろうか。ちなみに銀貨で千円。

 アンナの住む家の家賃は二階建ての店舗込みで銀貨十枚。この世界ではなかなかに高額だ。なので、アンナは日々せっせと小銭を稼いでいるのだ。


「はい、まいどあり」


 アンナはお金を確認してうなずく。


(さあ! 早く帰って!!)

 

 心の中で叫んでも、主人公はいつまで経ってもレジカウンターの前から動かない。


(なんなの……)


 同じ空間に長くいるのは良くないことだと思うが、彼はお得意さんの使いだ。無下にすることも出来ずに、こちらを見てくる漆黒の瞳に目をそらした。


「……これ」

「なにこれ?」


 差し出してきたのは手に持っていた紙袋だ。中からバターの良い香りが漂ってくる。


「その、助けてくれたお礼。金は必ず返すから」

(こういう律儀で義理堅いところが女キャラに受けるのかなぁ)


 何を考えているのか読めないところはあるが、年頃にありがちな照れ隠しなのかもしれない。

 そう思うと、少しだけ可愛く思えた。


(はっ! 惑わされちゃダメ!)


 これが主人公補正なのだと頭を振って、なんでもない風に受け取る。


「ありがとう、頂くね」

(いい匂い、これ結構高いパティスリーのじゃない?)


 月に一度ご褒美として買うバターたっぷりのエッグタルトはアンナの大好物だ。そんな物をもらって嬉しくないわけではないけど、素直に喜んだら負けだと思ってしまう。


「なんだかいい匂いがする」


 ひょっこりと二階から出てきた黒い毛に、主人公は驚いた表情をした。


「あれ、お昼寝から起きたの?」

「アンナ、なんだかいい匂いがするね」

「犬が喋ってる……!」


 アンナの足元で尻尾を振る黒い大型犬は、初めて来た来客に息を弾ませた。


「君は誰? 不思議な匂いがするね!」


 犬が喋ったことに心底驚いているのか、あれだけ直立不動だった彼が一歩下がる。


「あぁ、そっかまだこの世界に来たばっかりだもんね」

(確かに私も最初は驚いたもの……)

「全ての動物が喋れるわけじゃないの。トトの首輪を見て」


 恐る恐るトトに近づき、背中を屈める彼にトトは今にも飛びつきそうだった。


「えっと、なんか宝石がついてる」


 トトの赤い首輪にはアメジスト色の宝石がペンダントトップのように飾られている。


「これは大魔法使いオズの魔法がかけられた秘宝みたいな物なの」

「大魔法使いオズ……?」

「最初にこの国を作った人」


 その昔、オズという大魔法使いがいた。

 オズは雄々しい男、女神のような女、大賢者の老人、様々な姿に例えられるが、その姿は王宮の蔵書にある本を解析しても誰も確かめられなかった。

 ただその存在を明示するものだけが残されている。

 それがオズの遺産。


「オズの魔法がかけられた魔道具が世界に散らばっているの。数や効果は知られていなくて、小石のように小川に落ちていることもあれば、ダンジョンの奥深くにあったとも言われている」


 たくさんの冒険者がこの国を訪れる理由の一つでもあった。オズに関しての情報はオズ王国が一番で、手がかりを掴みに来ているのだ。


「冒険者はオズの遺産を見つけるのも目的の一つなんだよ」


 魔法士のみしか使えない魔法が、魔道具によって力のない者も使えるようになる。

 そんな天地がひっくり返るような代物を、冒険者たちが見逃すはずがないのだ。


(オズの遺産を知らないなんて、もしかして原作未修な主人公なのかしら?)

「なんでアンナが持ってるんだ?」

「これは骨董市で見つけたの」


 オズの遺産は形状、色、全てに共通点がないが、ただ面白いことにオズの遺産を手にした者は無欲な者ばかりということだけ知られている。

 アンナがオズの遺産を手にしたのは、本当に偶然だった。

 珍しい薬草を隣国の村へ仕入れに行った時に見かけた骨董市で見つけたのだ。

 ただの綺麗な石だと思った。

 アンナはその時、森で虫の息になっていたトトと暮らし始めて、その石がトトの黒い体に似合うと思い購入した。


(ただの石がついた首輪をトトにあげた時、いきなり話し出した時は泡吹いて倒れたなあ)


 びっくりするだけで倒れない主人公は、トトをしげしげと見た後で、アンナに視線を向けた。


「オズの遺産がアンナのところにあるのを知られたら大変なんじゃないか?」


 心配はもっともだった。

 しかしアンナには白魔法が使える言い訳がある。多少苦しい理由だとしても、トトが喋れる魔法は森に住んでいた祖母に教えてもらったと嘘をついても怪しまれなかった。


「だからオズの遺産ってことは秘密にしておいて」

「わかった」


 深く頷いた主人公は約束すると言い、トトの頭を撫でた。


「なでなで気持ちいい。ねぇねぇ君はなんていうお名前?」


 トトは主人公を気に入ってしまったようで、尻尾を振って嬉しそうに舌を出している。


「俺は幸太郎だよ」

「幸太郎! 僕はトトだよ、よろしくね!」

「うん、よろしく」


 アンナは眉間にグッと力を入れた。


(決して微笑ましいとか思ってはいけない!)


 しかし大型犬と男子高校生のほのぼのとしたやり取りに癒やされてしまいそうだ。


「それじゃあ、俺もう行くよ」

「はいはい、ありがとうございました~」

(さっさと帰ってくれ。そして二度と来ないでくれ)


 必死に愛想笑いを浮かべて手を振るアンナに、主人公はこちらを見て恥ずかしさを隠すように口を引き締める。


「また来る。……あと、出来ればアンナも名前で呼んでほしい……」


 慌てて店を出ていった背中が消えるまで嬉しそうにはしゃいでいたトトの隣で、アンナは唖然とする。


(名前で呼べ? まさか……好感度が上がってる……?)


 言われた言葉を反すうし、理解するまでに数秒かかった。


(これは……ハーレム要員候補になったのでは?)


 体から血の気が引いていく。

 特別なことと言えば、森の中で主人公を助けたことくらいだ。

 いや、助けたかも怪しい。なぜならアンナは逃げて捕獲されただけに過ぎない。


(分からない、何をどう考えても高感度が上がった理由がわからない!)


 初めて見た人間を親鳥と思う刷り込み効果

 なのだろうか、それとも彼がチョロすぎるのか。


(ていうか私トトの秘密教えちゃった! 弱みを握られるようなものじゃん!)


 脳内に浮かぶのは主人公に脅迫され、ハーレムに加えられる未来。


「しかも、また来るって! もう来なくていいよ!」


 店に来られたら追い出すことも出来ない。

 アンナの絶望の声は外にまで響いた。

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