エメラルド城、城下
「とりあえず、これ被って」
主人公を助けた原作のアンナ・モリスは主人公である田辺幸太郎を王都に入れた方法は簡単だった。森で行倒れていたと嘘をついたのだ。普通なら許されないことでも、街で信用を得ていた彼女の行いは見逃された。
そして杏奈もまた、同じようにした。
自分が被っていたマントで制服を隠せば、簡易的だが遭難者にも見える。
「やあアンナ。その男はどうしたんだ?」
顔見知りの門番が幸太郎を見るなり顔を顰める。
「森で行倒れていたの。記憶も混乱しているせいか覚えていないみたいで……。可哀想だから連れてきたのだけど、中に入れてくれない?」
「……その肩にかけている物は?」
マントから飛び出ている市内袋に、門番は厳しい視線を送る。危険物だと王都に入るのは叶わない。それはそうだ。記憶が無いというアンナの証言も怪しいだろう。
「見せてあげて」
コクリと頷いた幸太郎は竹刀袋を門番に見せた。するりと中から竹刀を取り出し、竹で出来た剣を隅から隅まで観察する。
「この竹できた剣なら危険性は低いな。表情からして記憶が曖昧というのも本当だろう。何よりアンナが言うのだから信頼できる」
「じゃあ、」
「中に入れても良いぞ。本当に記憶がないなら医者に診てもらえ」
「ありがとう!」
今まで積み上げてきた信頼がアンナと幸太郎を救う。これで王都に入れることにホッと安堵して、アンナたちはレンガが積み上がった堅牢な作りをした石垣を渡った。
薄暗く冷えた石垣の厚いトンネルを通れば光が差す。
「凄いな」
先程の静寂が嘘のように、街の賑わいが二人を迎え入れた。
「まるで海外だ」
「驚いた?」
「あぁ。写真や映像でしか見たこと無い風景が目の前に広がって驚いてる」
目を見開いてキョロキョロと辺りを見回している。そしてふと気付いたかのように地面を見て首を傾げた。
「聞いても良いか? 地面のここだけ黄色いのはどうしてだ?」
「ん? あぁ、これはイエローブリックロード。お城まで続いてる道しるべって感じかな」
「城って?」
「アレよ」
指をさした先を黒い瞳が追った。
オズ王国は国内のみならず他国からも観光に来る旅行者も多い。その理由は美しい城下町だけでなく、オズ王国の王城が一番の理由だった。
太陽の光を屈折させ緑に輝く城を、人々はこう呼ぶ。
エメラルド城――
エメラルドクリスタルで出来た芸術品のような城は、今の王家が出来る前から存在している。
「すげぇ……」
主人公が圧倒されるのも無理はない。まさに魔法がかかったかのような城は、見た者の心を奪い、時を忘れさせるほど美しいのだ。
「ファンタジー小説の中みたいだ……」
圧巻に口を開ける主人公は年相応の顔をしてキラキラとした視線を城へ向けている。
「あの中ってどうなっているんだ?」
「私も入ったことはないの。貴族でも限られた人しか入れないのよ。あとは特別な功績を残した人だけかな」
小説には勇者や聖人も存在し、大陸の東にいる悪い魔女を倒すために旅をしていると言う。まあ、その勇者の健闘も虚しく、その後冒険者となった主人公が向かうことになるのだが。
(私には関係ない話だけど)
アンナのやるべきことはハーレム要員の回避だ。予定外に主人公に出会ってしまったが、こんなことは修正可能なレベルだと信じている。
「さ、ついたわよ」
アンナたちがやって来たのは城下町の中心から少し離れた地区。ここは宿屋街だ。安価だが質の良い部屋に、階下には食堂まで揃い、従業員も気の良い人ばかりなので暖かく迎えてくれるだろう。
「サラおばさーん!」
ランチタイムを終えた食堂には、この宿屋のオーナーであるサラと旦那のダリオが食事を摂っていた。
「あら、アンナじゃないか! 男を連れてどうしたんだい?」
快活なサラは途中だった食事の席を立ち、アンナ達を迎え入れてくれる。
「この子を泊まらせてほしいんだけど」
「あらま、色男じゃないか! 名前はなんていうんだい?」
アンナの後ろに隠れるように立っていた主人公に矢継ぎ早に質問をするサラを、ダリオが制止した。
「サラ、困ってるじゃないか」
「あらいやだ! ごめんよ怖がらせる気はないんだ。それで宿泊だって?」
サラを笑顔でテーブルにつくように言い、ダリオはコーヒーを淹れてくれる。この夫婦の以心伝心は素晴らしいものがあり、忙しい宿屋を阿吽の呼吸で切り盛りしていた。
「森で倒れてたのを私がここまで連れてきたの。記憶が無いみたいなんだけど、サラおばさんとダリオおじさんのところなら安心して泊まれると思って」
この宿はアンナがオズ王国に来た時に泊まらせてもらった店だった。
クリーンな王政でも悪知恵が働く奴もいる。主人公のようにヒヨコみたいな人間がいれば食い物にされるだろうが、特に良心的なこの店なら心配はない上に拠点にするにも立地が良い。
「アンタ名前は?」
「田辺幸太郎です」
「幸太郎ね」
緊張がアンナにまで伝わってくる。グッと背筋を伸ばし、唇は一文字を引いていた。
「お金は私が出すから、この子が独り立ちするまで面倒見てくれない?」
「それは構わないけど……」
サラは見たことのない主人公の服装を見て訝しんでいるようだった。どうするか決めあぐねている二人の雰囲気を察した主人公は席から勢いよく立ち上がった。
「皿洗いでも掃除でもなんでもします。ここに数日でも良いので置かせてもらえませんか?」
主人公は不安に瞳を揺らしながらも、声を張りあげ頭を下げる。
その様子を見たサラはダリオと大きな声に目を見開きながら徐々に互いの視線を合わせるとジワジワと笑みを浮かべた。
「良いよ! その代わり忙しいから覚悟しな!」
「よろしくお願いします!」
やっと晴れやかな表情を見せた主人公はまた深々と頭を下げ、安心したように息をついた。
話も終わり、さっさと帰ろうとアンナが腰を上げると、突然主人公がアンナの手首を取った。
「アンナ、本当にありがとう」
ずっと浮かべていた不安の色がなくなった訳では無いが、血色を取り戻した唇からは幾分か硬さの取れた声色が発せされている。
「お礼を言われることじゃないわ。お金は返さなくていいから! ホントに気にしないで! 返しに来ないでね!」
懐から財布代わりの袋を取り出してアンナはサラに預ける。
「それじゃ! サラおばさんダリオおじさんよろしくねー!」
宿を出たアンナは脱兎のごとく駆け出した。
(いやっほう! お金は手切れ金よ! これから頑張ってハーレムでもなんでも作りなさい!)
晴れ晴れとした気持ちで普段は買わないちょっと高い肉を購入して、アンナはルンルン気分で自宅へと帰ったのだ。




