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その手は確かに温かかった

「聞いてるか?」

(夢だ。それは夢なんだ)


痛む頭に眉をひそめながら、アンナは必死で頭を働かせた。


(この状況をどうしたら……)


1、見なかったことにして森に置き去りにする。

2、王都までは連れて行く。


(1だな)


 ニコリ、と男の子に笑いかけたアンナは、とりあえず体を引き上げる。そしてお尻の泥を払う男の子に背中を向けた。


「こんなところに装備もなしで来たら危ないですよ、気をつけてくださいね! それじゃ!」


 このまま駆け抜ければ王都までの道を知らない男の子を撒くことは簡単なはずだと、アンナは脇目も振らずに走り出した。


「ま、待ってくれ!」

(待てと言われて待つ奴がいるか!)


 呼び止める声を聞かなかったフリをする。異世界にやってきたばかりの少年になんという仕打ちだろう。しかし恨まないでくれと願った。魔獣の餌になってくれとは思っていないが、ここで主人公を救ってしまえば強制的にハーレム要員にされるのはゴメンだ。


 だって設定上のアンナは引っ込み思案で、どう考えたって正ヒロインになる要素がない。主人公と最初に出会い、彼が冒険者として一人前になるまで甲斐甲斐しく世話をして、後から出会う他のヒロインたちに埋もれていく。まさに不遇のヒロインなのだ。


(そんなヒロインになってたまるか!)


 しかし全速力で走るアンナを、主人公は諦めない。それはそうだ、なにせ相手は生死がかかっている。


(もう諦めてよ!)

「ちょっと待て!!」

「ひぃ!」


 そろそろお互い体力が尽きる頃だというのに、主人公の速度は衰えず、とうとうアンナは手首を掴まれてしまった。

結局アンナは主人公に捕まってしまい、振り払う力もなかった。ただ息切れして激しく動く鼓動を沈める以外に出来ることはなかった。


「は、走るの早くない……?」

「俺は運動部だから」


 最初から勝てるわけがなかったのだ。

 がっくりと肩を落として振り向くと、黒い瞳がこちらを見下ろしていた。まるで人でなしとでも言うように責めてくる。


「もう逃げないから、手を離して」

「…………」

「ホントに! 約束するから!」

「わかった……」


 年下の男子高校生にウソをつくほどアンナは落ちぶれていない。まあ、森に置き去りにしようとはしたが。


「それで、何か用?」


 整えきれない息を肩で吐きながら、目の前の主人公を諦念の瞳でアンナは見つめる。


「ここはどこだ? 下校途中に変な光に包まれて目が覚めたら知らない場所に居たんだ」


 そのセリフは本で読んだセリフと一字一句違わない内容だった。


(知ってる知ってる。本で読んだもん)


 とはいえ、ここは異世界トリップを知らないふりをしておいたほうが良いだろう。


「ここはオズ王国の外れにある森よ」

「オズ王国? ……聞いたことないな」

(あれ? あの本ってオズ王国を知らない設定だったっけ?)


 主人公の設定は本の数だけある。何編通りも読んできたアンナには、この本での主人公がどういう設定かはあやふやだった。

 しかしこれは好機だ。


(筋書きを知らないってことは、私が主要キャラだとは分からないはず)


 それならば王都まで案内して、そのまま親切な人で終わる可能性もあるわけだ。


「とりあえず一番近い中心街へ行きたい。もしかしたら何か分かるかも」


 困惑はしても冷静なのは主人公だからなのか、この肝の据わりは素晴らしいものがある。


(それに冷静。普通子どもならもっと戸惑うでしょうに)


 もう森に置き去りルートは無理だろう。なにせ彼の脚力と持久力にアンナは敵わない。無駄な体力を使って逃げるより、王都まで連れて行って別れるほうが賢明だ。


「仕方ないから案内するわ。私はアンナ。アンナ・モリス」


 アンナが手を差し出すと、少年はおずおずと応えた。


「オレは田辺幸太郎」

「幸太郎、よろしくね」


 次に触れた手は年相応に、しかしどこか縋るような弱々しさだった。

 

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