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新たな役職、お姉さま

 アンナの一日はトトの愛情たっぷりのキスから始まる。

 店の二階にある生活スペースのベッドルームで目覚め、一杯のハーブティーを飲み、まだ街が起き出していない時間にトトと王都を散歩。

 帰ってきたらスクランブルエッグと厚切りのベーコンに白パン、そしてサラダ。食事の後は淹れたてのコーヒーを飲んで開店準備をしてお客さんを待ちながら薬を作る。そんなありきたりで穏やかな一日を繰り返していた。

 ただひとつ変わったのは、仕事に関係のない人間が遊びに来ることが多くなったこと。


「やっほー! アンナ!」

「相変わらず狭い家ですわね」

「アンナ、元気にしてたか?」


 主に出入りをしているのは幸太郎達だ。作戦会議などと言っているが、半分は遊びに来ているだけだった。


「三人とも今日は何しに来たのよ」

「良いじゃない、この時間はお客も少ないんだし」

「いや、お客さんが多くても居るじゃない」


 このやり取りも何回目なのか、とアンナは頭を痛める。

 アンナの住まいである一軒家は、一階のフロアが全て店になっている。壁一面にはシェルフが設置され、その上には沢山の乾燥させたハーブを入れた瓶が陳列され、ディスプレイテーブルにはポーションを始めとする薬が均等に並べられている。カウンターには席が用意され、奥には簡易キッチンがあり、お手製ハーブティーを試飲出来るようになっている。


「で? 今日は何しに来たの?」


 溜息を吐き出し呆れながら問うと、ミリアリアがカウンター席に腰を掛ける。背筋を伸ばしたキレイな姿勢で、いつも頼むラベンダーティーを音もなく啜った。


「今日は小さな頼み事の解決ですわ。依頼者と待ち合わせしていますの」

「ここで!?」


 ミリアリアもすっかり冒険者としての生活に慣れたようで、白いシャツに革のビスチェと動きやすいパンツ姿は乗馬するみたいだ。腰にはアイテムを入れるウェストバックと護身用の短剣が下げられている。どこからどう見ても冒険者だ。


「ミリアリアが言うなら本当みたいね」


 ミリアリアは正直者だった。その美しい声で偽りの言葉を紡ぐことはなく、素直ではないが人を貶めたり、騙すことはない。いわゆる堅物委員長タイプ。


(そういうところが動物に好かれるのかも)


 知識も豊富な上に中型の魔獣なら短時間のテイムが出来るという才能も開花させ、今度のランクアップは間違いなかった。


「アンナってミリアリアの言うことは素直に信じるのよねぇ」


 セシリアは他のメンバーより早くにAランクに昇格し、ミリアリアと幸太郎をひっぱる先輩でありムードメイカーだ。冒険者の交友関係も広く、情報収集もできる上に戦闘にも慣れているので経験豊富。パーティーにとってはなくてはならないメンバーだった。


「アンナ、来たら迷惑だったか?」


 そしてこの世界の主人公である幸太郎。今や冒険者の中では期待の新人として一目置かれている。その成長の速さはマンチキンで最速のランク昇格を更新し続けているという。この世界に来た時はヒヨコのようにアンナの後を付いてきたというのに、今では冒険者として沢山の地を訪れては依頼完了の実績を積み重ね、着実にAランクへ近づいている。そして剣の師匠となっていたミリアリアの護衛騎士アダム・ハンソンとの手合わせには少なくない街娘達に熱い視線を送られていた。


(う~んこれも主人公補正??)

「さっきからボーッとしてるけど悩み事か?」


 首をコテンと傾ける幸太郎をジッと見つめるアンナ。


(顔は悪くないのよね)


 むしろ整っている方だとは思う。イケメン、という言葉よりもハンサム、と言うべきか。切れ長の鋭い目と寡黙さは何を考えているのか分からないのでミステリアスに感じるし、絹糸のように艷やかな黒髪は、この世界では珍しく人目を引く。何より出会った頃より鍛えられた体は多くの女性の好みだ。更に休みの日はサラとダリオの店を手伝うという好少年だとくれば、恋人にと考える娘たちは多い。


(ギャップ萌えってやつ?)


 こちらを見つめていた黒真珠のような瞳がフイ、とアンナの視線から逃げる。


「あんまり見ないでほしい……」

「あ、ごめん」


 アンナは慌てて謝る。睨みつけているように見えただろうか、悪いことをしてしまった。

 気まずさに幸太郎とは反対側にやったアンナは、耳の裏まで真っ赤に染まった幸太郎には気づかなかった。

 居心地の悪さにモジモジとするアンナのもとへ救いがやってきた。


「こんにちは、傷薬がほしいのだけど」


 扉を開けてやってきた笑顔が穏やかな女性はアンナの店へやってくる常連だった。


「こんにちは、傷薬ですね!」


 逃げるようにカウンターから出たアンナは女性の話を詳しく聞く。


「軽いものだったらこの辺の薬が良いですよ」


 クッと手を伸ばした壁掛けのシェルフに並べられた塗り薬。


(しまった、この薬は取りにくいから降ろそうと思ってたの忘れてた……)


 残念ながら脚立は修理に出している。どうしようかと悩んでいると、背後からフッと影が落ちた。


「これで良いか?」


 アンナが必死に手を伸ばしていた薬は、アンナより一回りも大きい手が安々とさらわれる。


「はい」

「あ、ありがとう」


 薬を取ってくれたのは幸太郎だった。ジッとアンナを見つめている。先ほどとは逆に、今度はアンナが幸太郎の視線から逃げる番だった。


「おまたせしました……!」

「ありがとう。アンナの薬が一番効くわ」


 満足気に去っていくお客を幸太郎と見送り、アンナは幸太郎の顔を見上げた。


「幸太郎、背が高くなったね」

「あ、うん……成長期だから」

「そうだね」


 途切れる会話に、アンナは居心地の悪さよりも寂しさを感じていた。

 出会ったばかりのころはアンナより少しだけ高かった視線だが、今の幸太郎に視線を合わせるには、アンナは首の痛みを我慢しなければならない。肩幅も広さ厚みが出てきた。少年が終わりを告げて青年になりつつある幸太郎は、きっとヒロインたち以外に、今は見つめているだけの女性達からもアプローチされるだろう。


(なんだろう、この気持ち……)


 きっと親が子を思う感情だと納得させて、アンナは眩しそうに幸太郎を見つめる。


(幸太郎にはたった一人を好きになってほしいなぁ)


 そんな願いが浮かんだ。

 二人の間に僅かな沈黙が落ちたが、店の扉がノックされる音がそれを消す。


「こ、こんにちは……あの、ここに幸太郎さんという方はいらっしゃいますか……?」


 扉が開けられ、まるで隠れるかのように見を縮こまらせてやってきたのは、お客ではなかった。


「あれ、あなた……」


 ラベンダー色の三角帽、揃いのローブを羽織り、手は少女の背丈より大きい杖を持っている。


「あ!」


 上目遣いでこちらを見ていた少女が、アンナを見るとローズクォーツのような瞳が輝き、本物の宝石に見えた。


「確か、ユーリ・モニークさん」


 まるで思い出したフリをするアンナ。しかしそんなことなど知らないユーリは名前を呼ばれて頬を染めて輝くような笑顔を見せた。


「お名前を覚えててくださって嬉しいです!

 お姉さま!」

「お、お姉さま!?」


 ユーリはピンクの瞳を蕩けさせるが、彼女がアンナをお姉さまと呼んだことで、薬屋ドロシーは静まり返った。


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