歯車三つ
幸太郎がこの世界にやってきて半年が経とうとしている。世界はすっかり秋色だ。
(ヒロインたちにも順調に会えてるし、ギルドでのランクも上がってる)
元々の性格もあると思うが依頼への成功率や評判も良くギルド職員から信頼を得ており、今や幸太郎はギルドの中でも一目置かれている存在だ。報酬が高い依頼も引き受けるようになったので、サラとダリオの店で世話になることもないのに、まだ恩返しといって依頼がない日は店を手伝っている。きっとそういう義理堅いところも好かれているのだろう。ヒロインたちからの好感も上がっているように思えるし、このまま順調に行けばアンナが消えても大丈夫だと思っている。
しかしどうにも幸太郎はアンナの元へやってくる。ある時は依頼先で見つけた珍しい薬草を手に、ある時は手土産を持ってコーヒーを飲みに。義理堅い幸太郎のことだ、きっと未だにアンナへ恩を感じているのかもしれない。だがアンナとしてはそろそろ自分を忘れて美しい少女たちと冒険を楽しんでほしいのだ。そうなると、次の鍵は最後のヒロインなのだが……。
「ユーリ・モニークだっけ」
見た目はどんな風だったか……と考えたところでマンチキンへポーションを卸に行く時間になった。
アンナには転生にありがちなチートの力というものはないので、品物を卸に行くときは木箱に入れて持っていく。卸しの頻度も高く重量もあるポーションの配達に、アンナは苦労していた。最近は幸太郎が一緒に運んでくれていたが、今日はその幸太郎は依頼に行っている。
「今日は比較的軽めで良かった……」
幸太郎がこの世界にくるまでは当たり前にこなしていた仕事が大変と思うことに、アンナは慣れてはいけないと自分を叱責する。このままではハーレム要員まっしぐらではないか。
「あぁ、でもやっぱり重いことは変わらないなぁ」
ずっしりとはいかなくとも、段々手はしびれ始めて足取りも遅くなる。しかしこれも仕事だと思い直して、大通りを歩いていると、路地に繋がる曲がり角からドン! と背中に衝撃が走った。
「いたたた……」
「す、すいません!」
アンナの傍らには三角帽と木箱から落ちたポーションが転がっている。
「あ! ポーションが!」
慌てて瓶の中身を見るが、どれも無事のようだ。もしヒビが入っているポーションを降ろしたら信用がガタ落ちだ。
「ご、ごめんなさい~!」
土下座せんばかりの勢いで謝罪する人物に、アンナは手を振って大丈夫だと示す。
「問題なさそうだし平気。それより慌ててどうしたの?」
アンナの目の前にはミルクティー色のボブカットに薄ピンク色の瞳を潤ませている女の子が尻もちをついている。
「裏路地に迷ってしまって、そしたら男の人達に追いかけられて逃げてるんです」
大通りまで逃げられたら賑わう雑踏に紛れて撒けると思ったのだろう。それは正解だが、アンナとぶつかったことでタイムロスしてしまったようだ。路地裏へ通じる薄暗い一本道から数人の男たちがゆらりと現れた。
「へへ、俺たちは通行料もらおうとしただけさ」
運悪く素行の宜しくない場所へ迷い込んでしまったようだ。
「下がって」
アンナは男たちから少女を隠すように立ちはだかり、ギロリと睨みつける。
(大丈夫、セシリアから護身術程度なら教えてもらってるし!)
年下の女の子が怖がっているなら、自分の恐怖心など抑えられると唇をギュッと噛み締めた。
「お姉さんが通行料払ってくれんの?」
「アンタ達に払うお金なんてないわよ」
「……俺さあ、お姉さんみたいに正義感強いヤツ大嫌いなんだよね」
いやらしく笑う男は、ナイフを取り出して存在を強調するかのように振る。
(強化魔法をかけたセシリアの護身術なら勝算はある!)
アンナは両手を体の前で構えて息を整えた。
「ヒヒ、可愛い顔に傷がつくと思うとたまんねぇ!」
男たちは一斉にこちらへ駆け出し、ナイフを振りかざす。アンナは瞬時に強化魔法を自分にかけると迎え撃つために走り出した。
その瞬間、アンナの傍らからボオ! と風を切る音と、熱い塊に目を見開く。
「あちい!」
火の塊が男の腕を焼いた。
(え? 攻撃魔法?)
次々とアンナの後ろから放たれる魔法。しかし――
「ぎゃあ!」
「なんだよこれ!」
放たれた火の玉は照準が合っておらず、路地の壁や地面に当たり、反発を繰り返していた。運良く男たちに当たるものもあれば、ずっとピンボールのように跳ね返り続けているものもある。それもアンナたちを守る壁になっているというのもあるので、役には立っているのだが、いつ自分たちに当たるかもわからない。
「ひえええ!」
アンナは一歩二歩と後ずさりする。その時背後から凛とした声が響いた。
「お前たち! そこで何をしている!」
「衛兵だ!」
「捕まっちまう! 逃げろ!」
「うわあああ」
退散していく男たちの背中が小さくなって行く。反発を繰り返していた火の玉は暫くすれば消えていた。
「大丈夫ですか?」
「あ、ルーカスさん!?」
「アンナさん! 助けるのが遅くって申し訳ありません」
走り寄ってきたルーカスはアンナを心配そうに見つめ、忙しなく怪我はないか聞いてくる。
「本当に大丈夫ですから!」
「駄目です! アンナさんに擦り傷ひとつ付いていたら自分を許せません!」
(な、なぜ!? ルーカスさん全然関係ないのに)
あまりにも心配するルーカスを宥めると多少落ち着いたのか、アンナの横にいる少女の視線に気付いて咳払いをした。
「あの魔法は君のものかい?」
少女は落ちていた三角帽を被り直し、照れた微笑みを浮かべながら、アンナとルーカスにお辞儀をした。
「はい! 魔法使いのユーリ・モニークと言います!」




