変わらない日常、変わりつつある心情
あの依頼を完遂した後、ミリアリアは原作通り、無事にセシリアと幸太郎のパーティに加入した。これでヒロインは二人に増え、自分はお役目御免。どうぞ三人仲良くやっていってくれと思っていたのだが……。
「アンナ~!」
「……セシリア、幸太郎……。いらっしゃい」
ドロシーの中休み。ランチ時にやってきた二人に、アンナは用意していたサンドイッチを喉につまらせそうになった。
自分はもう関わらないであろうと思っていたのに、何を間違ったのか二人は毎日のように店へやってくるのだ。
「お茶一杯お願い~!」
カウンターでペシャリと突っ伏したセシリアはどうやらお疲れのようだ。
「はいはい。幸太郎は? なにか飲む?」
「俺はいつもので」
「また? もうコーヒーが苦手なら別のものにすれば良いのに」
「……別に、良いだろ」
「まあ、ご希望なら淹れますけど」
カウンター奥。倉庫の扉近くにしつらえた簡易キッチンでお湯を沸かし、ハーブティーと珈琲を淹れる。どちらも氷をたくさん使った冷たい飲み物。よく磨かれたコップはすぐに汗をかいた。
「いただきます!」
「どうぞ。はい幸太郎。ご希望の珈琲です」
「なんか、嫌味ったらしくないか?」
「そんなことありませんよ? ハーブ店で珈琲を頼むなんてとは思ってますけど」
「ほら、やっぱり嫌味じゃないか」
唇を少し尖らせる幸太郎は随分と表情豊かになった。喜怒哀楽がはっきりしているセシリアといるというのも理由の一つだろう。
「ごめんごめん。はい、アイスティーもどうぞ」
「ありがとう」
アイスコーヒーと一緒に差し出したシロップを入れたセイロンティー。スッキリした味にシロップを入れるとデザートのように甘く、他の雑味を爽やかさで消してしまう。夏にピッタリだ。
幸太郎が珈琲とアイスティーを交互に飲んでいるのを見て、セシリアは「ふふ、」と笑った。
「幸太郎はお子様ね」
「そういうセシリアは珈琲が飲めるのか?」
ムッとした幸太郎の言葉に、セシリアは胸を膨らませのけぞった。
「当たり前でしょ? 長期依頼の時なんて珈琲ばっかりだし。そもそも紅茶なんて渋くて苦いものが多いのよ? こんなに質が良いハーブティーなんて絶対に飲めないんだから」
セシリアの偽りない嬉しい言葉にアンナは照れくさくなる。茶葉の保存は簡単に見えて難しい。密封されていないと酸化が進み渋くなってしまう。アンナは品質管理を徹底しているので、効能も鮮度も庶民が買える価格からすれば最高品質だと自負していた。
「セシリア、嬉しいけど恥ずかしいからそのへんにして」
「なんでよ!? アンタはもっと自分を誇りなさい! こんなに良い店なんて中々ないんだから!」
「わかったからやめてぇ」
裏表のないセシリアからの言葉は、前世で慎み深く謙虚を美徳とした日本人だったアンナにとっては顔を真っ赤にしてしまうものだった。
「ごほん、それよりミリアリアとはどう? うまくやってる?」
「あぁ、あの子ね」
あからさまに溜息を吐いたセシリアは腕を組んで眉をひそめた。
「とんでもないお嬢様よ。なんであんなに偉そうなの?」
「そんなにわがままなの?」
幸太郎を見るが彼はけろりとしていた。
「我儘……なのかもしれないが、悪いやつじゃない」
「それは分かってる! でもなんていうか……。合わないのよ。あたしとあの子」
思い出してみれば原作でもセシリアとミリアリアは犬猿の仲だった。どちらも喜怒哀楽がハッキリしていてプライドが高い。言い合いはしょっちゅうだが、その反面バディとしてはこれ以上無いほど相性の良い二人という設定で人気があった。
「アンナぁ、お腹すいた」
「あれ? トトどこに行ってたの?」
「マンチキンだよ。この間ラナに会った時に来るよう言われたんだ」
「いつのまに……」
トトは一人で外に出ることも多い。ギルドに依頼される時は一人でマンチキンへ出向くのだ。
「今回はスリが多い露店街の見回りをお願いされちゃった」
「そうなの? じゃあお昼を食べてから向かったら?」
「そうするよ。あ、幸太郎たちはゴハン食べた?」
黒い瞳に映るセシリアがニヤリと笑った。
「まだ食べてないのよ~。あ~美味しいサンドイッチが食べたいなあ~」
「わ、わざとらしい!」
「俺もアンナのサンドイッチが食べたい」
(幸太郎は単刀直入で言ってくるんだから……)
トトを入れた三人のキラキラした眼差しにウッとなり、一拍置いて溜息をついた。
「わかった! 作ります!」
「やったー!」
冷蔵庫に入っているベーコンと卵、それにトマト。余っている材料で献立を考えていた夕飯を、どうやら考え直さなくてはならないみたいだ。