この男、無自覚である
マンチキンを後にした三人が向かったのは王都にほど近い森だ。アンナを先頭に中深くなる道を歩き、この森一番の大木がある野原に着いた。
一面に広がる茂ったクリーピングタイム。とてもハーブがあるとは思えないだろうが、商売道具になる立派なハーブだ。クリーピングタイムのグランドカバーに咲くゴールデンヘリオトロープやローズマリーなどのハーブ。冬になると森に入ることが難しくなるので、今のうちに採取する。
「じゃあ、始めよっか!」
「そうだ、アンナ、今回も四つ葉のクローバーを探すか?」
「見つけられたら嬉しいけど、まあ難しいでしょうね。見つけたらラッキーくらいの気持ちでいて」
「わかった」
四つ葉のクローバーは、この世界では万能薬と知られ、希少で高値で取引される。
珍しい四つ葉のクローバーが簡単に見つかるとは思えないが、アンナは一度見つけたことがある。あの時の驚きと高揚は今も体が覚えている。
四つ葉のクローバーを乾燥させ少しずつ使用したポーションの効能が高まった。ハーブ店の主人としては当たり前だが、個人的に研究したいのも確かだ。
ハーブは状態が良いものを選ぶ。撫でるように草を分け、根から優しく抜き取る。薬を作るより繊細な作業である秋冬に向けての収穫は、人手が多いほうが良い。
「どうしたんだ?」
「え?」
幸太郎の方を見れば、彼は上を向いて視線の先に棒立ちのミリアリアがいる。
「その、ほ、本当にその態勢で収穫するんですの?」
「そうだけど」
あ。とミリアリアが困惑している理由を悟った。昨日の小雨で地面はぬかるんでおり、膝をつけるのを躊躇しているのだ。
(たしかに、侯爵令嬢が膝を地面に付けるなんて信じられないだろうな)
それにミリアリアのズボンは白だ。革のベストとブーツで冒険者らしくしているが、その生地は高価だろう。
「膝も汚れるし、髪だって地面につく。やりたくないならやらなくていい」
「そ、そんなこと言ってませんわ!」
さすが主人公というべきか、それとも幸太郎の性格なのか。
無自覚の煽りに、耐性のないミリアリア。まさにテンプレの流れだ。
「貴方達に出来て私が出来ないなんてことありませんから!」
ミリアリアはすぐにしゃがんで草を乱暴に抜いていく。どれが雑草でどれがハーブなのかまるで分かっていない彼女に溜息を吐きそうになっていると。
「それは違う。こっちが本物。草は撫でるようにして探して、抜くときは優しく。そう、そんな感じ」
(幸太郎が他人に教えている!)
この世界に来て助けられてばかりだった幸太郎が人に伝授する日が来ようとは。
アンナは親のように感動しながら、物語の進行を内心で喜んでいた。
(これで二人の距離はグッと縮まっていくのね。そしたら私との関係も希薄になっていくはず)
ルン! と俄然収穫にやる気が出てきたアンナは作業に戻る。今日はいつもよりハーブを見つける確率が高いのは気の所為ではないはずだ。
「あら? 珍しい。クローバーの葉が四枚に分かれていますわ」
「え!?」
ミリアリアの言葉に思い切り振り返る。その際に首を痛めたが、それどころではない。アンナは駆け足でミリアリアに近寄り、彼女の土で汚れた指先に摘まれた一輪のクローバーを凝視した。
「うっそ、ホントに四つ葉のクローバーだ」
確かにクローバーの葉は四枚に分かれている。驚きと高揚。過ぎ去ったはずの感覚が何倍にも戻ってきて、アンナは産毛が逆立った。
「すごい! ありがとう!」
「え、あ、そんなに珍しいんですの?」
「珍しいよ! 四つ葉のクローバーだよ!? 知らないの!? すっごい希少!」
早口になるアンナを見る大きな瞳がパチリと瞬き、意味を理解したのかギョッと驚いた。
「これがあの万能薬の元ですの? こんな小さいのが!? ただの雑草ではありませんか!」
「四つ葉のクローバー、知らなかったのか?」
幸太郎がまたもミリアリアの神経を逆なでする一言を放った。顔を真っ赤にしたミリアリアは「知っていますわ! ただ本物を見たのが初めてなだけです!」と噛みついている隣で、アンナは目を輝かせていた。
(凄い! また見つけられるなんて! あ、でもこれって貰っても良いのかな……?)
依頼内容はハーブの採取それだけだ。採取した全てのハーブとは書いていない。基本的に依頼の途中で得たアイテムは所有権は冒険者にある。高価なアイテムは換金するか、依頼内容に沿ったものなら報酬の上乗せを依頼主と交渉することも珍しくない。大体は交渉だが、それが四つ葉のクローバーとなると即金で支払えるだけのお金は家に落ちている銅貨を集めたって足りない。
(どうしよう……。頂戴とは言えない……)
どう見たって報酬に見合っていない収穫だ。アンナがどうしたものかと悩んでいると、スッと目の前に四つ葉のクローバーが差し出された。
「どうぞ受け取りなさい」
「で、でもそれ四つ葉のクローバーだよ? すごく希少で……!」
「それがどうかしまして?」
「え?」
「依頼内容に沿って収穫した物は依頼主のものですわ」
そう言ってもらえるのはとてもありがたいのだが、フェアではない気がして躊躇ってしまう。
「それに、」
「ん?」
「私が持っていても過ぎたものですわ。貴方が専門家なら、そちらで有効活用してくださいまし」
「いいの?」
「しつこいですわよ!」
「あ、ありがとう」
しっかりと根まである四葉のクローバーが手のひらに落ちる。軽いはずなのにズッシリと重く感じて、アンナは小瓶に入れた。
朝から始めたハーブ収穫は幸太郎たちのおかげで昼には籠いっぱいになった。汚れることに躊躇いがあったミリアリアだったが繊細な作業に長けていたのか誰よりも夢中になってハーブを探してくれた。始めの躊躇いが嘘のように膝は泥で汚れている。
「おつかれさま~!」
「つ、疲れましたわ」
ぐったりとしているミリアリアだが達成感があるのか、どこかスッキリした雰囲気だ。まだまだ余裕のありそうな幸太郎はハーブが入った籠を腕に抱えアンナたちの後を付いていく。
(それにしても、こんな綺麗な女の子を土まみれにしちゃって申し訳なかったなあ)
誰よりも汚れているミリアリアに、帰ったらシャワーでもしてもらおうと思っていると、後ろから「キャッ!」と短い悲鳴が聞こえた。
「え! どうかした!?」
振り返ると、幸太郎が真剣な目をしてミリアリアの縺れた赤髪に触れていた。
「な、ななな、なんですの!?」
驚きに飛び退きそうになっているミリアリアに対して、幸太郎はいつも通りの無愛想さだ。
(それにしたって珍しい。幸太郎から女の子に触るなんて)
「髪に土が付いてたから。あとほっぺにもついてる」
「へ!?」
「動くなよ」
頬に付いている土を、幸太郎は親指で拭った。しかし湿気た土は、その範囲を広げただけだった。
「あ。ごめん余計汚れた」
「え、あ」
耳まで真っ赤になったミリアリアを見るのは初めてではないけれど、その理由は全く違う。
「これやるから、髪結んだほうが良いんだほうがいい。せっかくキレイなんだし」
「~~~~!!」
ボン! と音がするのではないかと心配になるほど、彼女の髪色にも負けていないくらいに赤くなっている。
(なるほど。こうやって攻略されていくのね……)
まさか他人が恋に落ちる瞬間を見ることになるとは思わなかった。というか、そういうのは自分が不在の時に起こってほしかった。
アンナは若人の恋を応援しながらも、気まずい空気の中どんな顔をして帰路につけば良いのか分からなかった。