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朴念仁と高飛車

 ミリアリアと邂逅した数日後、幸太郎とアンナは冒険者ギルド、マンチキンへやってきた。今回の目的はFランクの任務を受ける予定だ。Fランクの仕事は主に薬草採取。意外と知識が必要な任務は、初心者冒険者にとってはその後役に立つものだ。


「幸太郎はもう小型魔獣なら倒せるDランクなんだから、初心者の依頼なんて受けなくてもいいのに……」

「俺が受けたいだけ」


 請け負う依頼主はアンナだった。冬に向けて今のうちに収穫しておきたいのが、一人でやるには限界がある。人手がほしくて依頼したのに、まさか幸太郎が受けるとは思いもしなかった。


「それとも迷惑だったか?」


 あからさまにしょげた雰囲気を纏わせた幸太郎に、アンナはアワアワと手を上げた。


「そ、そうじゃなくて! ありがたいけど……」


 早くランクレベルを上げて他のヒロインとクエストを熟し、誰かと恋仲になってほしい。それを阻んでいるのは自分なのではないかと最近思い始めている。なので仕事を手伝ってくれるのは有り難いのだが、素直に喜べない。しかしこうも空気を沈ませる幸太郎を見ると良心が痛むので、アンナは小さな息を吐いた。


「セシリアは良いの?」

「? セシリア? どうしてセシリアが出てくるんだ?」

「え、だって相棒でしょ?」

「相棒? そうなのか?」

「いや私に聞かれても」


 原作では、この時にはもうアンナと幸太郎とセシリアは三人で冒険者として仕事を請けるようになっていた。

 それがアンナはギルドに入っていないため二人になり、距離は原作より近づくことが早くなっていると思っていたのだが、どうやらそうではないようだ。


 マンチキンの扉を開けると、女性の声が二人の耳を劈いた。


「なぜ私がFランクなんですの!?」


 赤い髪が怒りに揺れ、受付カウンターのラナに噛みついている。


「いえ、あの、登録する方は一律Fランクからの開始でして……! 実力のある方は随時ランクアップの試験を受けられますので!」

「あら、そうなんですの?」


 ラナの言葉にクールダウンしたのかコロリと声色を変えた女性が、次はラナの説明にうんうんとうなずきながら一生懸命に耳を傾けている。


「幸太郎あれって……」


 揺れるウェーブ状のスカーレット。よく手入れされている髪は、彼女の細く白い項を際立たせていた。


「あら?」


 一通りの説明を聞き終わった女性がくるりと翻ったと思えば、黄金の瞳とパチリと目が合った。予感はしていたとは言え、威圧的な瞳と美しい容姿にドキリとする。ミリアリアだ。


「貴方達、この間の者たちですわね?」

「そういうアンタは露店で騒いでた人じゃないか」

「なっ! 騒いでなどおりません!」


 人垣が出来るくらいの出来事だ。騒ぎではないという方が無理があるのだが、どうにも彼女は認めたくないようで顔を赤くして、幸太郎に子犬のようにキャンキャンと噛みついている。

 キーンと響くほどの喧騒に耳を塞ぎたくなるというのに、幸太郎の表情に不快感はない。ただ威嚇する子犬を、あぁ騒いでるなぁと思っているだけのようだ。


「あ、アンナさーん! 幸太郎さーん! 今日はどうされましたー?」


 受付カウンターからラナがこの騒がしさを中断するため大きな声で呼びかけた。アンナは助かった! と内心でラナに感謝する。


「ほら、幸太郎! 私の依頼請けてくれるんでしょ!? 日が暮れる前に行かないと!」

「あ、そうだった。それじゃ」


 思い出したようにラナのもとへ歩き出した幸太郎は受付でアンナの依頼を請ける手続きを進める。

 その時、アンナたちの背後にカツカツとブーツの音を鳴らしながら近づいてきたミリアリアが二人に尋ねた。


「あなた達、これから仕事ですの?」

「そうだけど」

「難易度はどのくらいなのかしら?」

「薬草採取だからFランクだが」

「そう」


 唇に指先を置き、逡巡したミリアリアは少し俯いていた顔を上げた。


「その依頼、私も一緒に受けてあげますわ」


 胸に手を当て踏ん反り返るミリアリア。断られるとは微塵も思っていないその自信に、アンナは思わず拍手を送りそうになった。生前は社畜だった杏奈からすれば、その強気は羨ましいものがある。もしミリアリアのようだったら、退職して事故にも合わなかっただろうに。


「なんでだ?」

「へ?」

「別に頼むほどじゃない」

「あ、え、え?」


 ミリアリアが明らかに狼狽えている。そりゃそうだ。こんなにハッキリきっぱり拒否されることなんてそうそうない。ミリアリアの瞳が戸惑いに揺れ薄い唇を噛みそうになったところでアンナはわざとらしく声を上げた。


「そういえば欲しい薬草がまだあったんだったー。幸太郎一人じゃ大変だからお願いしようかなー!」


 アンナの言葉にパッと表情を明るくさせたミリアリア。中々にわかりやすい彼女は小さく口角を上げてラナから受け取った書類にサインをした。


「お名前はミリアリア・ハーネットさんですね」

「え?」


 思わず声を出しそうになった口を手で抑える。


「? アンタの名前ってそんなだったっけ?」

「そ、そうですわよ?」


 視線が気まずそうに逸らされる。


「ハーネットさんよろしくお願いします!」


 アンナが助け舟を出す。それにこれを逃したらミリアリアが仲間になる機会は永遠に失われる気がした。


「じゃあ、ミリアリアさんと幸太郎さん。依頼主のアンナさんと一緒に薬草採取に行く依頼受諾書を確かに受け取りました。行ってらっしゃい!」


 こうして、幸太郎、アンナ、ミリアリアで近くの森へ薬草取りの任務が始まったのだ。


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